第67話 国による恋人マッチングシステムを使ったら選ばれたのは隣の席の大好きな女の子だった
ようやく明日から学校に行ける……いつもよりちょっと長い夏休みだった。
停学明け……まあクラスでも俺が停学と認識している奴は恐らく2人しかいないだろう……その二人が待っていてくれる……。
「月夜野は……待っていてくれているのか……」
机に座ってぼーーっと参考書を眺めている。とりあえず勉強は3日遅れ、まあ3日授業を受けなかったからといって俺の学力がどうこうなる事は無いが……。
ふとスマホを眺めると時計は23時59分になっていた……停学明けまであと1分か……等とどうでも良いこと考えていた……そして時間は0時に……するとその瞬間スマホに着信が入る。
「月光!」
着信画面には月夜野瑠璃の表示、鳴っている曲は〖ピアノソナタ第14番嬰ハ短調 作品27-2〗 ベートーベン月光。
月夜野……俺の彼女の曲が部屋に鳴り響いていた。
俺は慌てて拒否を押さない様に慎重にスマホの受話ボタンを押した。
『やっほーー』
「やっほーーって……」
綺麗な声が耳に入る……1週間ぶりの月夜野の声に涙が出そうになる。
『だって手を振りながら声を出す時って言ったらやっぱりやっほーーかなぁって』
「手を振りながら?」
『うん……今手を振ってるよ、五十川君の部屋に向かって』
「えええええ?」
俺は椅子から乱暴に立つと窓に向かった。窓の外には月夜野が手を振りながら立っているってばっかやろう!
俺はそのまま部屋を出ると転びそうになりながらも、なるべく音を立てず、母さんにばれない様に玄関に走った。
玄関を出ると電灯の灯りに照らされた月夜野がこっちを見ながら立っていた。
上からの光に照らされ、白いワンピース姿の月夜野は幻想的で神秘的で、本当に女神が立っているかの様な錯覚に陥る……しかし時間は0時……若くて綺麗な女子高生がこんな時間に一人なんて信じられない、ましてやそれは俺の一番大事な人……。
「ば、バカ!! こんな時間に一人でなんて、危ないだろ!!」
逢いたかった、顔を見たかった、声を聞きたかった……そう言いたかった……でも最初にかけた言葉はバカだった。
「あはは、怒られると思った……ごめんなさい」
月夜野は首をかしげてニッコリと笑った。
「当たり前だ……」
「でも……逢いたかったんだもん……つらかったんだもん……」
「……俺も……逢いたかった……」
目の前に俺の一番好きな人がいる……1週間毎日月夜野の事を考えていた。また髪を触りたい、手を握りたい……そして抱き締めたい。
今目の前に、俺の手の届く位置に月夜野がいる……でもあの高麗川の言葉が頭を過った。
「菫から聞いたよ」
「俺も聞いた」
「そっか……」
「とりあえず家まで送るよ」
「……でも……もう電車無くなるよ」
「歩いて帰るよ」
「そっか……ごめんね」
「とりあえず駅まで行こう……準備する」
俺は一旦部屋に戻りスマホや財布、鍵を持って再び家を出た。
月夜野の家は電車で数駅……歩いて往復は正直キツイ……かといって家に入れて朝までってのは……いくら母さんでも停学明け数分では良い顔はしないだろう。
それに話したい事は山程ある。
スマホで調べると月夜野の家方向の終電は余裕で間に合いそう……帰りは無理だけど俺一人なら問題は無い……。
少し足早に歩き、話しながら月夜野と駅に向かった。
「俺……月夜野に謝らなきゃって……明日謝るってそう考えてたんだ」
「…………何を?」
「俺さ……月夜野と付き合ってからも……ずっと思ってた……1年の時……お前がいなけりゃどうなっていたかって」
「うん……」
「この間まで俺は高校デビューがうまく行って友達出来て、ついでに可愛い彼女も出来てたって……そう思ってた……それを全部月夜野に壊されたって……心の底ではそう思ってた」
「…………」
「でもそんなの俺の幻想……俺はお前を言い訳にしてた、だから謝ろうって……ごめん……」
「そんな事……」
「だからお前が俺の事を好きって言ってくれて、俺の正式な彼女になった時に俺の1年間を台無しにした月夜野に責任を取って貰おうって……そう考えちゃったんだ……月夜野の気持ちを無視して……月夜野がどう思っているかなんて深く考えずに……」
「……ごめんなさい……」
「いや……違うんだ……謝るのは俺だ」
「ううん……私が悪いの……五十川君は何もわるくない……」
月夜野はそういうと俺の手を握ろうとした。しかし俺は……その手を離した。
「五十川君……?」
「ごめん……」
俺達は駅に到着し一度会話を止め終電に乗る……電車の中では俺は何も言わずに窓の外を眺めていた。周りには人がいるから……月夜野を酔っ払い客からガードする様に立たせ、駅に到着するのを無言で待っていた。
駅に着くと月夜野が再び俺の手を握ろうとする……俺はまたそれをそっと跳ねのけた。
「……酷い……」
「……ごめん」
「どうして……」
「時間……まだいいのか? 明日改めてでも……」
「こんな状態じゃ寝れないよ……私の事が嫌いになったの?」
泣きそうな顔でそういう月夜野……違う俺は……。
「じゃあ……そこのベンチに座ろう……」
駅前のベンチに月夜野を座らせ近くの自販機でお茶を買う……月夜野に1本渡し隣に座る。俺は自分のペットボトルのキャップをひねり緊張で乾いた喉に流し込んだ……そして一度落ち着こうと空を見上げる。見上げると綺麗な月が見えた……ここで月が綺麗ですねって言えれば……凄く良かったけど……。
これから俺は月夜野に言わなければいけない事がある……明日に、いや、明後日に、いやずっと後にしたい……でも、今言わないといけない……いつかは言わないとならない事がある、俺は覚悟を決めて月夜野に話し始めた。
「月夜野……なんで俺と付き合ったんだ?」
「……好きだからに決まってる」
「俺のどこが好きなんだ?」
「どこって……」
「高麗川に言われて気が付いた……月夜野……お前は罪滅ぼしで俺とつきあってるんじゃないのか?」
「……罪滅ぼしじゃ駄目なの?」
「少なくとも……俺は嫌だ」
「……好きよ……五十川君の事は……なんでもしてあげたいって気持ち……」
月夜野は俯きながらそう言った……なんでもしてあげたい……確かにそう言っていた。だから俺は要求した、俺の妄想、欲望を満たす為に……。
「好きだから……なんでもしてあげたいなら……凄く嬉しかった……俺もそう思っていた……けどその中に罪滅ぼしの為ってのが入ってるよな……」
「じゃあ……逆に聞くよ……五十川君はなんで私が好きなの? こんな私のどこが好きなの? 顔? スタイル?」
「それは……」
「私も菫に言われて考えた……ううん……前から考えていた。好きって何? って……この気持ちって何? って……五十川君の事を思っているこの気持ちって何? って……」
胸に手を置き苦しそうな顔でそう言う月夜野……苦しいんだ……俺も月夜野も苦しかったんだ……。
「……俺も……辛いよ……お前の事を考えていると辛くて仕方ないんだ」
「辛い……五十川君も辛いんだ……」
「ああ、辛い……辛いよ……辛くて仕方がないんだ……もっと声を聞きたい、もっと触れたい、もっと見たい、もっと嗅ぎたい、もっと味わいたい、そんな変態な事をずっと考えているんだ……俺は情けない奴なんだ……俺は月夜野に相応しくないって……ずっと……」
「私も……もっと触って欲しいってもっと聞いて欲しいって、もっと嗅いで欲しいって、もっと見て欲しいって……味はちょっとあれだけど……でも、そういう気持ちだよ」
「だからそれは……罪滅ぼしの為に」
「だからそれの何がいけないの!」
月夜野は俺を見て声をあらげた……辺りにはもう人はいない……駅前に月夜野の声が響き渡った。
「それは……」
「高麗川さんの言ってる事は正しいよ、私達は歪んだ出会いをしている……でも……それの何がいけないの!」
「何がいけない……」
「そうよ……システムに踊らされている? 騙されている? 良いじゃない、それがきっかけでも、私達はそれでこうなった、上等じゃない! それも運命でしょ! 街中で声をかけられて付き合う、ネットで知り合って結婚する、学校で告白される……そんな人達と私達の何が違うの!!」
「何が違う……」
自由恋愛とお見合い、昔はそんな違いがあったらしい、寧ろお見合いの方が主流な時代も……それで皆不幸になったかと言われればそういう人達もいる……幸せだという人達もいる。
「要するに……これからって事か……」
「そう……これからだよ……その為のシステムなんじゃない……万能じゃないなんて誰でも知っている……機械って利用する物でしょ?」
「……利用する物」
「そうだよ……私達は利用しようってそこから始まったんだよ、お互いを利用しよう、システムを利用しようって……だから良いんだよ……私を利用して……私も五十川君を利用する……これってwin-winでしょ?」
そう言うと月夜野は俺の手を握る……今度は俺も握り返した。
「好きって、愛ってまだよくわからない……でも今……私は五十川君が一番大事……それだけはわかってる……」
「それは俺も……」
「だからこれから……もっと一緒にいてくれる? もっと私を利用してくれる? 私も五十川君と一緒にいたい、五十川君を利用したい……システムの力を借りて……そして勝つ……強敵に……」
「強敵に?」
「そう……高麗川さん……高麗川さんはシステムを敵にした……私は味方にする……だから1週間我満した……辛かったけど……でも……私が高麗川さんに勝つにはシステムの力が必要だから」
「そんな事……無いよ……俺は……月夜野が大事だから……一番だから」
「今はまだ私が有利なんだね……でもそれもシステムのお陰だから……」
「高麗川vs俺と月夜野とシステムか……あははは、高麗川が魔王みたいな配置だなあ」
「五十川君……一緒に戦ってくれる?」
「なんか変な争いなって来てないか?」
「ふふふ、そうだね……」
月夜野はそう言うと少し上を向いて月を眺める……俺も一緒に月を眺めた。
月夜野……その名前の通り月がよく似合う……月に照らされた月夜野は美しく儚い……。
月夜野は俺を利用すると言った……俺を利用して……男嫌いが治ったら……かぐや姫の様に月に帰ってしまうのでは……そう思ってしまう……。
俺は月夜野と繋いでいる手の力を強めた……離したくない……この手を離したくない無いと強く握った。
「瑠……好きだよ」
「瞬……私も」
そして初めて月夜野を名前で呼んだ……月夜野も俺を名前で呼び返してくれた。
綺麗な月に照らされたまま俺たちはずっと手を繋いでその月を眺めていた……いつまでもいつまでも……ずっと眺め続けていた。
(第一部完)
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