第53話 彼女の髪

 

 俺が屋台等で買ってきた物をペロリと平らげた月夜野はさっきとは打って変わって上機嫌になった。


 単純……と思ったが、これは月夜野なりの処世術なのかも知れない。


 怒っていたのは間違い無いが、いつまでも許さないでは何も出来ない、何も進まない……一緒にご飯を食べる事がきっかけの一つなんだろう……俺はそう思った。


 少しずつだけど、月夜野の事がわかって来ている。


 去年出会ってからマッチングされるまで俺に取って彼女は目の上のたんこぶ、うざい女、最悪の性格、色々と破綻している。あの美しい容姿のせいで、調子に乗っているんだろう……そう思っていた。


 しかしこの数ヶ月でその印象はかなり薄れている。


 まあ、めんどくさい性格ではあるけど、中学の時、虐めに近い状態に陥った事を考えれば仕方の無い事なのかも知れない。


 今も俺達の目の前を通り過ぎる海水浴客が月夜野を2度見する……皆驚きの表情を浮かべる。


 その度に俺の中で優越感と不安心が沸き上がる。色々と危惧してしまう。


 宝物を手にした時どうする?

 金庫に大切にしまうか、皆に見せびらかすか、自分の懐に入れて肌身離さず持ち歩くか……どれにしても不安が付きまとう。


 俺と付き合う事によって……月夜野の男嫌いが治ってしまったら……。

 これだけ綺麗で可愛い女子を周囲がほっておくわけが無い……。


 そうなったら……俺なんて……。


 怖い……何故か急に怖くなってしまった。これ以上は……もう見せたく無い。

 そんな思いが沸き上がる。


「えっと……そろそろ帰る?」


「え! なんで?」


「あ、いや……ほら……お土産とか見たいし、ここ結構遠いし、夜になっちゃうし……」


「えーーーー、そうかあ……でも……もうちょっと泳ぎたかったなあ」


「また来よう……ね」


「……うん」

 素直にそう返事をする月夜野……可愛い……可愛い過ぎる……俺の彼女……俺の宝物……。


 俺達は更衣室で着替え浜辺を後にし駅に向かった。


 砂浜に足を取られ転ばない様にという建前で月夜野と手を繋ぐ……そして歩道に出ても繋いだまま離さなかった。


 離したく無い……この手をずっと離したく無い。


 月夜野も離してとは言わない……駅前でお土産屋に入る。買う時一瞬離すが磁石の様に、吸い付く様にまたお互い何も言わず手を繋ぐ……電車に乗っても俺達はずっと手を繋いだままでいた。



 電車に乗り車窓から見える景色を二人で眺めていた。あまり会話もせずに手を繋いだまま二人でじっと眺めていた。


「すーーーすーーー」


「……月夜野?」


 暫くすると寝息が聞こえて来る。気付くと月夜野は目をつむり眠っていた。


 美しいお姫様の寝顔……眠れる森の美女、白雪姫、いばら姫、そんな童話が頭に浮かぶ……。


『キス……したい……』


 男なら、好きな人を目の前にしたら至極当然の感情だろう……でも寝ている時にキスって……卑怯な事だと思う。


「さすがに……ね」

 そう思い俺も椅子に背中を預け目を瞑った……しかしその直後肩に重みを感じる……直ぐに目を開けると月夜野が俺の肩に頭を預けてきた。


 更衣室にあったシャワーを浴びているはずだけど、月夜野の髪からほんのりと潮の香りがする……月夜野自身の甘い香りと相まって俺の脳を刺激する。


 手は握ったまま……俺の肩に頭を乗せ寝ている月夜野……。


 キスは駄目だけど……でも……髪くらい撫でても……。


 髪の毛くらいなら……そう思い俺の肩にかかっている月夜野の髪を手を繋いでいる反対の手で払いのける様にそっと触ってみた。


「うわ……」

 艶やかな黒髪……初めて触る女の子の髪……しっとりしていて、サラサラで、ひんやりしていて……なんて良い感触なんだ。


 俺は月夜野が寝ている事を再度確認して、また髪を触った。


 サラサラと手の平からこぼれ落ちる黒髪……俺は手に残った髪をそっと持ち上げ自分の顔の前に持っていくと、その漆黒の黒髪をじっと見つめた……綺麗だ……凄く綺麗だ。


 もっと味わいた、月夜野の髪の感触を……俺は何度も寝ている事を確認した後、月夜野の髪を自分のほっぺにくっ付けた。


 手で触った、肩から匂った、その数倍の香りと感触が俺を襲う。麻薬の様な月夜野の匂いと感触に浸る……ああ、恍惚とはこういう事を言うんだろう……。


「……う、うう……ん……瞬……くん」


 その時月夜野が寝言で俺の名前を呼んだ。俺は慌てて髪を離す……ヤバい俺は何をしていたんだ! 自分の変態行為を恥じる……でも……2次元ではわからない感触と匂い……これが女の子なんだって思わされた。


 もっと感じたい……もっと知りたい、女の子の事を、月夜野の事を……。


 そう思うもこれ以上はと、俺は再び目を閉じる……月夜野の頭の重さを心地の良い匂いを感じながら……俺も眠りについた。





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