第49話 くだらない人生だな!

「え?」


「ごめんなさい……」

 月夜野は申し訳なさそうにそう言った。ガラガラと崩れて行く自信……月夜野は俺の事を好きなんじゃ無いのか……、あの会場での言葉はなんだったのか?


「そ、そう……だよな……俺の事なんて……」

 思い上がっていた。マッチングされたからって相手がそう簡単に好きになってくれるわけ無い……。そもそも月夜野には他に好きな人がいるかもって……。

 つまりは恋愛小説や漫画でよくある意味だったって事か……月夜野の好きは……LoveではなくLikeって事だったのか?

 

 そうなんだ……恋愛って一番になれないと駄目なんだ。俺はいつだって一番になりたいなんて思った事は無かった。スポーツでだって勉強でだって、一番に意味を見いだせなかった。父さんは一番になれなきゃ駄目だと言っていた。俺はそうは思わなかった……それがスポーツを止めたもう一つの理由……。父さんや周りの期待に応えなければというプレッシャーから俺は逃げた。


 でも今は……逃げちゃ駄目なんだ……これは、今度は一番じゃなきゃ駄目なんだ……。


 大切な人が欲しいなら、自分の物にしたいなら一番じゃなきゃ駄目なんだ……恋愛は一番じゃなきゃ駄目なんだって……そして俺はまた一番になれなかったんだ……俺は……月夜野の一番に……なれなかったんだ……。

 

 諦めなければいけないのか……今度もまた……。


「ち……違う……」

 俺が諦めかけたその時、月夜野は思い詰めた顔で俺を見ながらそう言った。


「違う?」

 

「五十川君の事は……嫌いじゃない……好き……」


「……え?」

 どうせ誰かの次にでしょ……ハイハイわかってるよ……。

 月夜野の次の言葉を予想しつつも俺は再び淡い期待を抱いてしまう。この諦めの悪い性格に……自分に嫌気が差す。


 しかし月夜野は俺の予想と全く違う事を喋り始めた。


「私……あなたに散々悪態をついた……あなたにずっと酷い事をしてきた……でもあなたは全部受け止めてくれた、システムでも助けてくれた。そして今回も……。凄く……凄く嬉しかった、凄く感謝していた……それと同時に自分が嫌になった……あなたに相応しく無いって……だから……ごめんなさいって」


「じゃ、じゃあ……」


「だから……私……あなたに愛される資格無い……愛する資格も無い……男の人を嫌いになって、でもシステムを使って……矛盾している……私の性格は……破綻しているの……そんなの……あなたに相応しく……」



「あああああああ! めんどくさい!」


「……な!」


「月夜野お前はめんどくさい!! こうなったらはっきり言ってやる! 俺は初めて会った時からお前の顔が好きだった! 最近までずっと顔だけならって思ってた! 俺はそんな良い奴じゃない! 相応しいとかって話なら俺の方が相応しく無い! マッチングされた時も顔だけなら最高なんだけどって思ってた!」


「か、顔だけって……ひ、酷い!」


「ああ、そうさ、俺は酷い奴なんだ。お前の顔だけで、顔の良さだけでずっと我慢してきた、ずっと我慢して付き合ってたんだ」


「顔だけでずっと……そんな……酷すぎる……」


「ああ、そうさ俺は酷い奴なんだよ! でも……それだってお前だろ! 月夜野自身だろ、それに今は……今は全部好きだ……好きになっちゃったんだよ! そのひねくれた性格だって、男嫌いのめんどくさい所だって、オタクな所だって……全部好きなんだ。確かにスタートは顔だけかも知れない、でもさ、そんなの人間なら、男なら当たり前の事なんだよ!」


「……当たり前って……だから男って嫌いよ……」


「でも……俺の事は好きなんだろ?」

 俺は机に肘を置き、手を組み顔の前に持ってくる。眼鏡は掛けたままなのでなんとなくキラリと光る様に天井のライトに合わせ反射させてみる……恐らく月夜野の好きなキャラであろう某司令官の真似をしてそう言った。


「な! 自惚れるのもいい加減に……」


「好き! なんだろ!?」


「くっ!」


「じゃあ……つべこべ言わずに俺と付き合え、俺はお前の事が好きだ、誰よりも一番好きだ! 顔も声も髪も性格も身体も全部好きだ!」

 そして俺は強気の態度から一転机に頭を付け懇願する様に言った。



「だから……月夜野 璃さん、僕と正式にお付き合いしてください」

 もう恥も外聞も無い……俺は月夜野が好きだ。泣き落としでも、お願いでも、土下座でも何でもする……月夜野の一番になれるなら、何でもするってそう思った。

 月夜野の表情は見えない……こんな事を言ったら、したら……切れられるかも知れない……でも俺は信じた。自分を……彼女を……そしてシステムを……俺達は相性抜群な筈……だから本音を出せば、俺自身を出せば……絶対に彼女はうんと言ってくれるって……そう信じた。


 机に突っ伏して懇願する俺、目をつむり月夜野の返事を待つ……すると月夜野が立ち上がる音が聞こえた。

 

 まさかこのまま部屋を出ていってしまうのか……しかしここで顔を上げたら俺の思いが伝わらない……駄目でも俺は最後までこのままでってそう思った。


 だが部屋の扉を開く音は聞こえない……代わりにごそごそと何かを取り出す音が聞こえて来る。


「……五十川君……これ……」


 返事ではなく何かをテーブルに置く音がした。

 俺はゆっくりと顔を上げるとそこには……


「――――これって……」


「今回の同人誌……見てない……よね?」


「あ、うん……」

 そんなタイミング無かったからね。


「見て……いいよ」

 俺はそう言われ恐る恐る同人誌を手に取る。月夜野のペンネームは確か夜月……バレるぞ、そのペンネーム……そう思いながら夜月先生のページを開く……。


 BL同人誌、裏表紙や見本では見たことあったが実際にページを開くのは初めてだった。予備知識はあったが……月夜野の作品は……かなり直接的で……。


「……それが……私……私はそれを……ずっと隠して来たの、それが原因で男の人が苦手になったの……」


「――男嫌いのBL好きか……」

 何か矛盾がある気がするけど、まあ、それとこれとは別って事かな?

 

 そんな事を考えながら月夜野の作品をペラペラと捲る。初めは衝撃的だったが、すぐに慣れた……って言うか……むしろ面白い……しかしこれって……俺?……そして可愛い男子……高麗川? なんかこのキャラ俺と高麗川を男の子にしたような……そんな気がするんだけど……。


 しかも……その高麗川を男にしたようなキャラが攻めて……俺みたいな男が受けてる……。


「えっと……これ……逆じゃ?」

 いわゆる逆カプでは?


「……は?」


 あに濁点を付けた様な言い方、眉毛の間に皺を寄せ凄い顔をしながら何言ってんの? と言わんばかりの声を出す月夜野……ですよね……それは言っちゃ駄目な奴ですよね。


 めんどくさい月夜野と付き合うって、恐らくこういう事を乗り越えないといけないんだろうなあ……と思いつつ俺は構わず作品を読む……そして全て読み終え同人誌を月夜野に返した。


「――どう……だった?」

 おどおどした表情で俺にそう聞く……俺はもう月夜野に偽らない、思った事をそのまま言う事にした。


「つまんねえな……」


「!」


「つまんねえよ……つまんねえ……お前の作品じゃなくてさ……お前の人生が……」


「人生? ど、どういう事よ……」

 

「くだらないって……多分これが原因で男嫌いになったんだろ? こんな事を隠すのに必死なってさ」


「はあ?! よく言う自分だって……自分だって……オタ隠してたじゃない!!」


「ああ、そうさ……だから俺の人生もくだらないんだ……お互いくだらない人生だったんだよ……」


「お互い……くだらない……」


「だからさ、これからは、二人でハッピーになろう……俺はお前を……月夜野を幸せにしたい……月夜野とハッピーエンドを迎えたい……BL? 最高じゃないか! 俺のベットの下にはもっと最高なのがあるぞ!」


「――うわ……ひく……最低」

 うーーわ、自分の趣味以外は認めない気か……。まあ、これも月夜野らしいな……俺は思わず苦笑する……これも月夜野、いつもの月夜野……俺の好きな月夜野だ。


「――――だから……これからは俺に頼れ……お前の為なら何でもする……お前は俺の一番だから……だから……俺と付き合え、そしてハッピーエンドを迎えよう……その作品の様に……その二人の様に……さ」


 月夜野の夜月先生の作品は、最後二人の男子が……恐らく俺が……相手の膝枕で幸せそうに寝ているシーンだった……凄く幸せそうな、涙が出る程に幸せそうな顔をした……俺がそこにいた。


「お前を幸せにするから、俺を幸せにしてくれ……お前と一緒にいる事が俺の幸せになるから……」


 俺がそう言うと月夜野は驚きの表情になった。そして天使の様な笑顔に変わる。


「なんか……大袈裟……まるでプロポーズみたい……」


「プロポーズ……そうだよ……だって俺達はマッチングされたんだ……ゴールはそこなんだから」


「そっか……うん……そうだね……そうなれば……嬉しい」


「なりたい……いや……なるよ、だって俺達の相性は抜群なんだ、他の誰よりもさ」


「ふふふ……そうだね……」

 そう言うと月夜野は真顔になり姿勢を正す……そしてそのまま頭を下げ言った。


「ふつつか者ですが……宜しくお願いします」


 それを見て俺も頭を下げた。

「こちらこそ……宜しくお願いします」



 こうして俺達はマッチングシステムの思惑通り、正式に付き合う事になった。


 

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