第45話 好きな男の子


 和気あいあいと始まった初のコミフェサークル参加。

 俺と月夜野と高麗川はこのイベントをゆったり堪能して…………。



「お、お釣りが足りない!!」

「本がもうない、早く次の出してえ」

「ヤバい行列になる!」


 ゆったり堪能どころじゃ無かった……俺達の手際が悪いせいで島中なのに行列が……な、何? こんなに人気あるの? 月夜野のサークルって……。

 そして何故手際が悪いかというと……。



「夜月先生ですか? ずっとお会いしたかったですう~~」


「あ、ありがとうございます」


「千秋様にはお会い出来なかったけど、夜月先生にお会い出来るとは……感激です!」


「あああ、ありがとう」


「おい! 月……夜月先生手伝ってくれえええ!」


 そう……どうやらサークルのホームページで月夜野……ペンネーム夜月先生が来るとの告知があったらしく、ファンがこぞって月夜野に握手やサインを求めに来ていた。


「で、でもおおおおお」

 初めての事で断り方もわからず片っ端から対応していた月夜野。まあ、ファンをないがしろには出来ないけど、こっち二人はど素人なんだから!


「とにかく行列はまずいから握手だけにしてくれえ」


 こんな島中で行列とか周りに迷惑がかかる……。

 

 大手サークルというわけでは無いが『サークルうみぼうず』の会長である千秋さんという作家さんは、どうやらBL方面では結構な有名人らしく人が途切れる事がない。さらに月夜野、夜月先生が初参加とあってサインを求めてくる人が続出、さすがに対応しきれないと、とりあえず握手だけにして貰った。てかどんだけ有名人なんだよ月夜野、どこかの妹作家とはわけが違うな……。


 まさかここまでとは……あまり2日目には来ないけど、通常コミフェって最初は大手から回りその後に掘り出し物を探す為島中に入るのがセオリー、なのでこの手の島中サークルは前半暇になる事が多いはずなのだが……。


「高麗川ごめんな、初のコミフェで何も見れなくて」


「ううん、面白いぞ! あ、ありがとうございます! あ、面白いから見てって下さい」

 月夜野は座って握手をする。俺はお金のやり取り、高麗川は本を渡したり試読をすすめたり本の補充をしたりしている。月夜野が一番楽だな……これだから先生様は全く……。


 しかし暫くすると手際も良くなり、人もまばらに来る様になってくる。普通逆だろ?


 相変わらず買いに来る人は途切れないが、月夜野に握手を求める人も大分減って来た。


「じゃあ、とりあえずそれぞれ休憩を取ろう、と言っても二人はいないと駄目だから……高麗川、悪いんだけど一人で回ってくれるか?」

 初めて来たのに案内出来ない……でも月夜野を一人にするわけにもいかない。


「僕は平気だけど……二人で良いのかい?」


「ああ、俺は昨日も来たし明日も来れるし、月夜野は一応ここの責任者だし、ファンの対応しないといけないし」


「うん、ごめんね、高麗川さんゆっくり見て回って来て、あと良いのがあったら私の分も」


「あははは、そうか、そうだな、じゃあお言葉に甘えて」

 高麗川は親指を立ていわゆるサムアップして笑顔でその場を後にした。走りはしなかったが、華麗なフォームでスキップをしながら去っていく……楽しそうで良かった……。


 そして俺と月夜野は暫し無言で本を売ったり勧めたりしていた。


 高麗川が休憩に行った直後、お昼過ぎて一段落ついたのか? ピタリと客足が途絶える。

 既に新刊はこのまま行けば余裕で完売するであろう部数しか無い。無意味に多く本を刷らない所を見ると会長さんの読みが的確なのか? それともネットや秋葉原等で販売するから読者さん達が安心しているのか?


 とりあえずようやく月夜野と喋る機会が来た。


 俺は慎重に言葉を選び月夜野に話し掛けた。



「凄いんだな……月夜野って」


「はえ? な、何よ急に! 嫌み?」


「いや……本音」


「……べ、別に私が凄いわけじゃないし……」


「いや……俺もオタクの端くれだからね……こういう所にファンが来る凄さってわかるよ」


「そんな事……でも私も正直びっくりしてるかな……メールとかで応援してますとかは貰った事あるけど、直接って、なんかすごく嬉しい」

 そう言うと俺の方を見てニッコリ笑った。月夜野の大きな瞳が細い線になるくらい、満面の笑みで……その顔にその笑顔に俺はドキドキしてしまう。こいつの笑顔ってこんなにも可愛かったんだと、こいつって……ここまで屈託なく笑うんだと……そう思わされてしまった。


 そして俺と月夜野の間にあった厚い壁が、今まであった高い壁が今は無いと、そう感じていた。


「じゃあ、俺も見てみるかな」

 俺はそう言って見本に置いてある同人誌を1冊を手に取った。


「え! えええええ!! み! 見るの?!」


「な、なんだよここまで来て駄目なのかよ?」


「だ、だって、び、びーえるだよ! びーえる……だ、だめえ!」


「びーえるって……大丈夫大丈夫俺はそう言うの平気だから、この間池袋デートの時ちょっと寄ったけど、それなりに面白そうだったぞ」


「面白いって……あ!! まさかやっぱりこの間いい感じの男の子と一緒に居たのってやっぱり!!」


「な、なんだよそれ、どこで見たんだ? てか別に変な関係の相手なんていねえぞ」


「あ、当たり前でしょ!」


「なんだよ、BL書いてるんだからそう言うのむしろ好物なんじゃねえのか?」


「バカ言わないで! 好きな男の子がリアルでBLとか嫌に決まってるでしょ! そう言う言い方するから誰にも言いたく無かったのに、本当男って最低」


「え?」


「な、何よ?」


「いや……聞き間違いか? 月夜野……今……何て言った?」


「は? 聞いてなかったの? 男って最低って言ったのよ!」


「いや……その前」

 俺は耳を疑った……なので確認するようにもう一度聞く。


「前? …………あ」

 月夜野が手で口を抑え顔を真っ赤にする。そうですかそれが答えですか…………えええええええええ!! っていうか……いつから?


「聞き間違いじゃあ無い……のか?」


「ちちち、違う、違うのおおおおお!!」

 そう絶叫すると月夜野は椅子から立ち上がり走ってその場を後にする。

 

「ちょっ待てここ一人は、月夜野さん~~まってええええええ」

 俺の言葉を聞いているのかいないのか、月夜野は一目散に逃げていった。


 周囲は無視を決め込むも、所々からチラチラとリア充爆発しろという視線が突き刺さる。


 いや……BL同人ブースに男一人ってヤバいだろ……売り上げ的にも……


 どっちでも良いから早く帰ってきてくれえ……「ちょっとお前なにしてくれるんだああああ」という、会った事もないサークル会長千秋さんからの声がどこからともなく聞こえる気がしていた。







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