第38話 身体を要求されても……

ようやく諸々食べ終わり、俺の財布が空になる事が確定と同時に、月夜野は訥々とつとつと語り始めた……。


 しかし俺はその話を聞いて、銀行で全財産下ろしたくなった。

 食べる事でそのストレスが、辛い思い出が少しでも軽くなるのなら、俺は月夜野に散財を惜しまない……そう思わされた。



◈ ◈ ◈ ◈ ◈



 中学の時私に言い寄る男がいた。スポーツマンで背も高く皆から慕われていた。


 私は彼に好意を抱いていた……。


 ただ……実際彼はスポーツマンと言ってもたいして活動していない、部室が溜まり場になっているような部活、慕われているというのもカースト上位の連中にのみ……そして彼はカースト下位自分より下の人間をいじる事によってカースト上位陣の中に入り受け入れらていた。


 そしてそいつの一番のターゲットは……オタク連中……彼らをバカにし、彼らをなじり、そして虐めに近い様な事をしていた。


 私は初めそれに気が付かなかった。弄るのも彼なりのコミュニケーションだと思っていた。カースト上位の中に居るとそういう事も気が付かなかったと……ただ……それは今でも悔いている。


 まだ未熟だった自分、未熟だった周囲……未熟な環境……それは仕方の無い事と自分に言い聞かせていた……それでも、今考えると私は自分がその時の自分が嫌になる。


 そして……その未熟な環境下で、その彼が次のターゲットに選んだのは……私だった。

 

 何故彼が私をターゲットに選んだのか、それは彼に聞いてみないとわからない……ただ想像するに、カースト上位の女子達は私に対してコンプレックスを抱いていたのだろう……それを解消すれば自分のその地位はより安定する判断したのだろう……それとも私から感じるオタクの気配に嫌悪したのか?


 なんにせよ、彼は私を利用した……私が彼に好意を寄せている事をわかった上で……。


 私に言い寄る彼、私はその時……彼が私に好意を抱いていると勘違いした。

 

 彼に好意を抱いていたから錯覚した……両思いと錯覚し、つい彼に自分を知って貰おうと油断した。


 自分から聞いてしまった。


「ねえ……オタクってどう思う?」

 

 バカにした言い方では無かった、私……実はそうなんだけど……と彼に本当の自分を好きになって欲しいと、そんな気持ちで聞いてしまった。


 恐らくそれで彼は全てわかったのだろう……疑惑ではなく確信に変わったのだろう……私がそっち側の人間だと言う事を……。


 翌日から周囲の目が変わった……私はクラスカースト上位から最下層まで一気に落ちた……日頃一緒に笑っていた事もあって……カースト下位の人達からも見離された。


 私はクラスで孤立してしまった。


 そしてさらに決定的な事が起きた……彼が私のカバンを漁っていたのを見てしまった。

 担任に呼び出され、職員室から教室に帰って来た時……彼が男友達数人と大笑いしながら私のカバンの中を漁っていた……。


 私の持ち物を検索するように、精査するように……全部机に並べていた、何もかも……全部……。


 私はそれを見て……気持ち悪くなった……あの彼のニヤけた目が、表情が、声が全てが嫌いになった。


 私はそのままトイレに駆け込んだ……そしてずっとずっと泣いていた、怖かったから、恐ろしかったから、彼が、人が、人間が……恐ろしかったから……。



 そして私は男の人が恐ろしくなった……嫌いになった…………。



◈ ◈ ◈ ◈ ◈



「五十川君には何も罪はないの……ただ……貴方は少し彼に似ていた……多分元スポーツマンだったからね、彼もそうだったから……何かに挫折したスポーツマン……」

 

「……それが俺に当たっていた理由か……」


「ご……ごめんなさい」


「いや、良いんだ……」


「でも……貴方は違う……彼じゃない……勿論そんな事はすぐにわかったの……でも……私はこのイライラを、この気持ちを解消する為に……貴方を利用したの……貴方の優しさを利用していたの」

 月夜野の目からまた涙が溢れそうになる……俺を見て涙ながらにそう告白する。


「いや、俺だって言い返していたし……」


「でも……それでも……今日私のオタがバレて、今まであんな事して……私は貴方に恨まれていて……学校で全部話されても……何を要求されても……身体を要求されても……仕方のない事」


「…………お前はバカか?」


「……え?」


「同人見すぎだオタク娘」

 俺は笑って月夜野にそう言った。当たり前だ……なんでそこで身体を要求とか何そのエロゲ、駄作にも程がある。


「だだだ、だって」


「なんだよ、俺がそれを要求して、あの同人の様に~~~~とかリアルで言いたいのか?」


「だってだって今貴方は私の弱味を握ったのよ? 私の事を憎んでいるんでしょ?」


「いや、だから……たかがオタバレでそんな要求するかっての、そしてお前も受けんな」

 そんな事で身体をって……月夜野の貞操観念大丈夫か? 


「――――でも……」


「そもそもな……俺はお前を憎んでなんかいないよ、苦手だったけどな、つい最近まで……いや、今日までな」


「…………じゃ、じゃあ……今は? 好き……って事?」


「ばーーーーか、マイナスからプラスマイナス0になっただけだ、調子乗んなポンコツオタ娘」


「酷! 調子乗ってるのはどっちよ、やっぱり男って、ううん……あんたって最低!」


「あははははは、調子戻って来た、それでこそ月夜野だ」

 

 俺がそう言うと月夜野は不貞腐れた態度と表情でふんっと横を向く……そうだよ、それでこそ月夜野だ。しくしく泣いてる月夜野なんて見たくもない……それでこそ……その態度こそ、俺の好きな……月夜野……俺の理想の相手だ。



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