第33話 月夜野の手の感触

 

 コスプレ館はオタク館4階アニカフェの横に併設されている。


 それほど広くはないが品揃えは豊富で、各種衣装は勿論、ウィッグ、カラコン、メイク用品等が揃えられ、中には模造武器まである。


 エレベーターを降りるなり月夜野は一目散に店内へ、そしてすぐに衣装の前に……お! それは最新アニメ『クラスでカースト上位のお嬢様が突然僕の妹になった』の義理の妹『泉』が学校で着ている制服じゃないか? 原作者の設定が全然駄目で、アニメ化の際、滅茶苦茶大変だったと噂の制服、そのコスプレ衣装だ。


「ってか……一目散にそれって……」

 他にも有名作品のコスプレ衣装はある。それこそオタじゃなくても知ってる有名作品が所狭しと並んでいる。しかし月夜野が最初に見てるのは最新深夜アニメ、しかも作画崩壊ギリギリで、視聴者の興味は既にストーリーとかではなく、最後まで崩壊しないで行けるのか?! というそんな微妙な作品だ。


「ふーーん、こんな襟なんだあ」


「知ってるの?」

 俺は月夜野に近付きそう聞くと、は? 何言ってる? 知ってるに決まってるでしょ?! みたいな険しい表情に変わった気がしたって、まさかねえ。


「は? 何言ってるの?」

 うーーわ、本当に言ったよ言っちゃったよ……。


「し、知ってるんだ……」


「…………私がオタアニメなんて知ってるわけ無いでしょ!」


「……へーー」


「な、なによその疑いの目は、私がこんな面白くもない作品見てるわけ無いでしょ!」


「そ、ソウデスネ~~」


「…………ふん!」

 月夜野はそう言うと、俺を無視して足早にウィッグコーナーに向かった。しかし俺はこの時完全に疑惑が確信に変わっていた。月夜野は間違いなくアニオタに影響されている……と。


 恐らくあのコスプレ作品のアニメの事を聞いていたんだろう。今話題のギリギリ作画崩壊アニメだ。俺は嫌いでは無いが、多分嫌いな人はボロクソに言ってる……月夜野は恐らくその話を聞いて知っていたのだろう……。


 俺はそう確信すると同時に少し嫉妬した……月夜野にアニメの話が出来る人物に、そしてそれを素直に聞く月夜野に……。


「ねえ、ちょっとこれ持ってて」


「ん?」


「ほら早く!」

 月夜野は俺にヘッドドレスを渡す、艶やかな黒髪がふわりと舞う。

 黒い衣装に黒い髪……白いヘッドリボンがよく映えていた。


「どう似合う?」

 金髪のウィッグを被り俺に見せつける。黒髪の方が綺麗だ、月夜野に合ってる。でも金髪もいい……全くの別人、その綺麗な顔立ちから美しい吸血鬼、バンパイアハーフの様な妖艶さがある。


「まあ……綺麗なんじゃないか」


「……そ」

 そう言うと月夜野はウィッグを棚に戻し俺が持っていたヘッドドレスを奪い取る。


「どうするの?」

 月夜野の顔が先ほどより赤い……店内はそれほど暑く無いが? 興奮しているのだろうか?


「隣でお茶でもする?」

 アニメキャラが描かれたパンケーキやデザート等が有名な喫茶店隣併設されている。するとまた月夜野はため息をついた……なんなんだ今日は?


「何言ってるの? まだ入ったばっかりでしょ!? じゃあ次は4階に行くわよ」


「4階?」


「レンタルケースがあるでしょ、何か掘り出し物あるかも知れないでしょ!!」


「掘り出し物って……」


「ほら、グズグズしてると売れちゃうでしょ、行くわよ!」


「いや……あの月夜野さん?」


 月夜野は俺の手を引っ張りエスカレーターに乗る。いや……あの……掘り出し物ってオタグッズしかありませんが? ブランド物とか殆ど無いですけど? 


 目をギンギンに輝かせる月夜野……まるでこの間行った、池袋のオタショップで、タイムセールの時にいたお客の様な形相だ。


 そう言えばあの時セールのワゴンをどす黒いオーラを纏いつつ、あさっていた女子が一人いたなあ……後ろ姿だけだったが……俺はあの雰囲気に耐えられなくて別の階に避難したんだ……そして今の月夜野からそのオーラが……着ている服のせいだろうか? 同一人物の様なオーラが出ている気がする……。


 そして……月夜野は気付いているのだろうか? 今……俺達は手を繋いでいるって事を……月夜野の手は少しひんやりして、凄くすべすべして……そして……柔らかかった……俺は初めての月夜野との接触に心を奪われそうになる。


 月夜野は俺のそんな気持ちに全く気付く事なく俺をグイグイと引っ張って行く……その握った手に、更に力を込めて。





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