第31話 素直になれない


 梅雨入り間近のじめじめとした天気、雲が空を覆い明るい太陽を隠す。

 まるで私の心の様な天気……私の心はいつもこんな雲の様にモヤモヤしている。


 次のデートを秋葉に決めると、私は直ぐにあの店を出た。

 喫茶店ではあまり長居はしないようにしている。誰かに見られる可能性があるから……穴場と言っても完璧ではない。かといって彼の前でいつもの格好は出来ない……いつもの自分は出せない。


「髪……切ろうかな……」

 そうすれば少なくともお下げにはしないで済む。でも黒髪ロングはコスプレの時に重宝する。好きなキャラに多く存在するから……まあ、人前出た事は無いんだけど、一人で楽しんでいるだけ。


 オタとわかっても彼に対して素直になれない……男の人に対して素直になれない。

 あの恐怖が甦るから……裏切られたあの恐怖が……。


 好きな人には知って欲しかった、隠したく無かった……私の事を、私の趣味を。

 自分の容姿の良さは知っている……あの時の中学の時のあの彼が、ううんクラスが……学校の皆が私に自分の理想を押し付けた。だから私は決めた……高校では演技するって、皆の前で皆の理想通りの私になるって……実際その通りにいった。元々同じ中学出身者少ないと言うのもあって、私の噂は払拭された。


 でも……もう疲れた……1年もの間、人を偽って自分を偽って殻に閉じこもって……。


「私も……高麗川さんのようになりたい」

 最近女子の間で噂になっている高麗川さん……元気で足が早くて、そしてかなりのオタクだそうだ。

 昔から隠し事を一切しない、何でも赤裸々に話す彼女、裏表がなくとにかく素直だという評判だ。

 1年の頃から同じクラスだったが、私には彼女の記憶が殆ど無い……いつも忙しなく教室を出ていく印象だけだ。


 そして最近彼と……五十川君とよく話しているのを見かける。

 

 何を話しているのか聞こえないが、凄く楽しそうな笑顔が印象的だった。高麗川さんではなく……彼の……五十川君の顔が……。


 私と居るときには見せない顔……ううん……今まで誰にも見せた事のない笑顔……。

 あんな顔するんだ……五十川君てあんな風に笑うんだって思った。

 

 私とこんな風にならなかったら……ううん1年の時私と出会って無かったら、彼はあんな風にいつも笑顔でいたのかも知れない。

 いつも緊張していたから、今でも緊張しているから……私の前で彼はいつも怯えている。

 それが逆にイライラして、彼に当たってしまう。


 でも……それでも……私に本気で言い返してくれたのは……彼だけだった。

 私の叫びを受け止めてくれた男の子は彼だけだった。


 だから私は彼に甘えていたのだろう……彼なら許してくれると……。

 現に彼は私と今付き合ってくれている。あれだけの事をした私と一緒にいてくれる。

 許してくれてるかはわからないけど、彼には私とのマッチングを拒絶する事だって、断る権利だってある。


 でも……私の為に……今日も付き合ってくれている。


 そして彼は自分がオタクって言う事も告白してくれた……嬉しかった。私と同じって……彼が私と同じだって事が凄く嬉しかった。


 だからそんな彼に対して次は私が……私がやらなければ、私の事を、本当の私の事を伝えたい、彼に対してもっと素直になりたい。




 でも……あの時の事が甦る……あの中学の時の彼が……私にオタ疑惑がかかった後に、あいつが教室で……私の……カバンを友達と笑いながら漁っていた……あのシーンが……フラッシュバックの様に甦る。



 その度に吐き気がする……男の人に話かけられる度に……。


 でも……五十川君だけには無かった……強制的にいつも近くにいたからかも知れない、大人しい彼だったからかも知れないけど……無かった。


 だから……今は彼が、彼しかいない……私を救ってくれるのは……私の殻を破ってくれるのは……彼しかいない……そう思っている。


 だからもっと素直になりたい……彼に、五十川君に……素直になりたい……。


 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る