システムで迷走する二人

第30話 再開は三回コールから


 ついに来た……月夜野からのサイン、指で机を3回たたくあのコールが……

 おれは緊張しながら机を3回叩きコールを返す……久しぶりの会合が始まる……そして俺たちの新しい物語が始まる。のか?


 

 俺は今週ずっと考えていた……月夜野の事を……ずっと話をしたかった。


 今日から、俺達の新しい物語が、まるで小説の第2章が開始するかの様に始まる……始まると思っていたが…………。



 いつもの喫茶店いつもの席、いつもの態度の月夜野……違っているのはコーヒーがホットからアイスに変わったくらい。


「――――最低……」

 開口一番月夜野がいつもの様に椅子に背を預け、大柄な態度でそう言った。


「なんでいきなり怒ってるんですか? 月夜野さん」

 

「ふん……私……言ったでしょ……あんたが主導権を握れって……だから……1週間待ったのに……」


「え? あれってこの間のデートの件だけじゃないの?」


「だ、だって、やっぱりこういうのは男の人が主導権を握るものでしょ? 来年新しい人とのマッチングを見据えてるんだから……だからずっと待ってたのに……あなたも真剣にやらないと意味ないでしょ?」


「あーー、まあ……そうだよなあ」

 ちなみに月夜野には黙っているが、俺は来年マッチングシステムを利用するつもりは無い。ただ、今でも彼女は欲しい……女子と付き合った事が無いんだからこういう経験は確かに貴重だとは思っている。

 

 たださあ……やっぱり月夜野は怖いんだよ、俺の中で彼女は恐怖の対象なんだ……とにかく今まで何を言っても言い掛かりをつけられていただけに簡単に主導権を取れと言われても……。


「どうするの? そろそろシステムから次のデート先の提案が来るからそれに乗っかるの?」


「……いや……決めるよ……ただ、前回……月夜野とさ、もっとゆっくり話そうと思ってたんだ。お互いの事を知ってそれから色々決めようかなって思ってたんだ……でも俺だけ趣味をバラして逃げ帰ったから、呆れられたのかなって思ってさ」


「……それは……ごめんなさい……ちょっと童謡じゃなくて動揺して」


「何の言い直しだよわかんないよ……えっと……じゃあ引いてないの?」


「全然! ぜんぜんぜんぜぜんぜん、ひ、引いてないよ!」


「どこのDJだよ! …………あのさ……月夜野ってさあ……オタク?」

 

「ひいっ!! わ、わた、わたひがオタクなわけないし、バカじゃん!」


「滅茶苦茶動揺してるし……じゃ、じゃあさ」


「ま、待って待って、えっとさ、ほら私アニメ↘とか見てるって言ったじゃない? 別に偏見ないし、多分、ね?」


「いや……今のアニメの発音もオタッぽいんだよなあ」


「アニ↑メ でしょ? アニ↑メ」


「声が裏返る程上げないでよ、なーーんかわざとらしいなあ」

 今日の月夜野は本当におかしい、何か誤魔化してる……やっぱり彼氏なのか? 彼氏がオタなのか?


「な、何よ私にばっかり聞いて、あなただってオタクって事以外は何も言って無いじゃない」


「いや俺にとってそれ以上の重大な案件は」


「ファミレス」

 俺に被せる様に強い口調で月夜野が言った。


「え?」

 

「この間ファミレスの前にいたでしょ? 私見かけたんだけど……」


「ファミレス?」

 ファミレスの前? なんだいつだ? 


「後ろ姿だけだったから誰だかわからなかったけど、凄く仲良さそうにしてたよねえ~~あれって誰? ま、まさか……恋人……とか?」


「ち! 違う!」

 思い出した、高麗川だ! 


「ふーーーん、随分と仲良さそうだったわよねえ……」

 

 俺は突然の話に動揺した。高麗川と一緒に居た所を見られた? あ、でも後ろ姿って……じゃあ高麗川は見えて無かったと言う事か……見えてたら高麗川一緒に居たって言うだろうし……。

 どうするか……勿論高麗川がエロゲーを買ってた事は言えない……そして俺がギャルゲーの月夜野キャラを探しに行ったなんてキモい事も勿論言えない……高麗川と一緒に居た事はバレてないならなんとかなる!ここは逃げの一手しか……。


「いや、居たっけかなあ、覚えて無いなあ、道聞かれた様な気がするけど、それかなあ?」

 あそこではそれほど長く話をしていない……そして月夜野は店から出てきたとも言ってない! ならば道を訪ねられたで誤魔化せるはず! 俺すげえ、だてにコ○ン見てねえぞ!

 死んだ俺のじっちゃん、賢三の名にかけて俺は月夜野にそう言って誤魔化した!


「ふーーーん」


「な、なんだよ?」


「別にいいい~~」

 そう言うと月夜野は不機嫌な表情でアイスコーヒーに口をつけた。しかし不機嫌な表情とは裏腹になぜだか興奮している様な、そんな雰囲気を感じるんだけど……気のせいか?


「と、とりあえず週末……デートを兼ねてどこかでまた話でもしよう、カラオケでも、公園でも、どこか月夜野の好きな場所で」


「秋葉原……」


「え?」


「あなたオタクなんでしょ? じゃあさ、秋葉原に私を案内してくれる?」


「――は? ええええええええ?!」


「―――ふふふふ……だって……オタクの聖地なんでしょ? …………秋葉原って」

 月夜野はそう言って笑った。美しく気高く、まるで吸血鬼が人の生き血を飲む時の様に、化け物が人を飲み込む時の様に、凄惨に笑った。


 俺は月夜野のその表情を今後一生忘れないと、何故だかそう思っていた。


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