第27話 選択肢は?


 週明け……学校では一切話をしない俺と月夜野。

 しかしなんか二人の間に今までにない変な空気が流れているのを感じた。


 帰りに喫茶店集合という、机を3回叩くサインをしようか、でもカラオケで引いてたし……どうしようか迷っているうちに昼休みになってしまう。


「五十川君! 週末空いてないか?」


「え?」

 昼休み俺はいつもの様に一人で弁当を食べようとした時、高麗川がウサギの様にピョンピョンと跳ねるかの如く俺に近づくと、いきなり今週の予定を聞いてくる。俺は何故か思わず隣の月夜野を見ようとしたが、さっき友達数人と学食に行った事を思い出す。

 とりあえず月夜野と毎週会う必要はない、現に先々週は月夜野の用で1週間ずらしている。


「今のところは?」

 またオタ話が出来るかも、俺はそう思い今のところは予定が無いと高麗川に告げると、少し暗そうな高麗川の顔がパアッと明るくなった。

 そして満面な笑みを湛えながら俺に言った。


「僕の走りを見に来ないか?」


「走り?」


「うん!」



◈ ◈ ◈ ◈ ◈



 そして土曜日……俺は今地方の陸上競技場にいる。

 結局月夜野とはなんとも言えない空気になってしまい、今週はお互い何も出来ないまま過ぎてしまった。ああ、後悔先に立たず……。


 と言うわけで俺は気晴らしに高麗川が出場するという陸上の大会に来ていた。

 関東大会というのがどれくらい凄いのかよくわからないが、ここである程度上位に入るとインターハイに出場出来ると言われると、それなりにレベルが高いのだろう。

 つまり高麗川というのはそれくらい走れるという事だ。


 予想より遠かった競技場、到着した時は既に競技は始まっていた。

 観客席には各学校の横断幕、そしてその近くの席に学校毎に纏まって座っているらしい。うちの学校の横断幕、陣取っている場所はすぐにわかったが、さすがに上級生もいるそこに直接行く勇気はない。


 俺はメールで『ついた遠かった……(´・ω・`)』と、送ると速攻で返事が返ってくる。

『遅い! ギリギリ! もうすぐ発走だから見ててヽ(♯`Д´)ノコリャーッ』

 

 もうすぐ発走? 俺は空いている客席前方に座りトラックに目をやると、『カンカンカンカン』とラスト1周の鐘がなる。


 数人は水着かと思わされる様なユニフォーム、まさか高麗川もあれを着るの? なんて不埒な事を考えつつも、8人の女子が凄いスピードでトラックを走る姿に圧倒される。


 選手がゴールすると直ぐに、女子800m予選2組というアナウンスと共に次の選手がトラックに入って来る。


「おーーー、高麗川だ」

 観客席から知り合いを見る喜びと共に高麗川が別世界の人のよう見えた。

 当たり前だがいつもとは全く違う表情の高麗川はスタート位置を確認すると、スタートを切る練習で軽く一回流して走る。

 それが決まりなのか? 各選手も同様にスタートの練習をし始める。


 皆それほど高くない身長だが、その中でも高麗川は一際低い……あんな身体で大丈夫か? と思わず心配してしまう。


 残念ながら高麗川は水着の様なユニフォームではなく、普通のランニングシャツに短パンだった。でもそこから伸びる細長い手足に少しドキッとしてしまう。


 そして各学校名と選手名がアナウンスされ、皆がスタートラインに付く。


 スタートで混乱しない様に800mは中距離だがセパレートスタート、短距離の様なスタート方式のようだ。

 

 セットの声に選手が構える。一瞬の静寂、ピストルの音と共に選手が飛び出して行った。

 コーナーを曲がるとセパレートが解除され選手が1コースに集まって来る。高麗川は作戦なのか実力なのか最下位辺りを走っていた。


 小さい身体を一杯に使い、ウサギが大地を走るかのように高麗川が前を追いかけている。


「す、凄い……」

 何が何やらわからないが、とにかく高麗川が凄いって事はわかった。

 頑張れ高麗川、頑張れ頑張れ、俺は拳を握りしめ高麗川を見つめる。

 バックストレートから、最終コーナーを回って依然最下位の高麗川。

 俺は目の前を通過していく高麗川に周り目も気にせずに大声を上げた。


「こまがわーーーーー頑張れえええええええ!!」

 俺の掛け声に高麗川が一瞬こっちを見た気がした。

 ラスト1周の鐘が鳴る。高麗川のペースが上がり集団から落ちていく選手を続々と抜いて行く。凄い凄い!!

 

 そしてバックストレートで高麗川が仕掛けた。

 押さえていたのか前がオーバーペースだったのか? グングンと先頭の3人に近付く。


 そして予選通過をかけた4人の熾烈な争いはラストの直線まで縺れた。

 

 横一線に並ぶ4人の選手、一際小さい身体を目一杯伸ばし高麗川が食い下がる。


 そして……ほぼ横一線でゴールした。

 倒れ混む4人の選手……初めて見たがこんなに凄いのか……。

 俺の角度からはほぼ同着、高麗川何位かわからない……だが結果は直ぐにスクリーンの表示された。

 

 高麗川は3着だった。


 俺は観客席から立ち上がり競技場の外に出た、高麗川に何か一言言いたくて……。

 グランド内は立ち入り禁止だが、選手は外でウォーミングアップしたりしていた。


 外に出て高麗川の姿を探す……今走っていた選手達が競技場から出てくる。

 高麗川はその選手達の後ろにいた。

 トラックへの入り口付近に笑顔で後輩らしき女子と話をしている。予選通過したのか? 俺はその姿にホッとした。


 おめでとうと声を掛けたくて待っていると、高麗川はその後輩に手を振り外へ向かって走り始めた。

 クールダウンか……、漫画で読んだことがある。


 ゆっくりと走っていく高麗川、あの時と同じ、ゲーム屋の前で見た美しい走りを目で追っていると、高麗川は道から外れ、競技場の周囲の林の中に入って行く。


 あれ? なんでそっちに? と思い俺は歩いて高麗川を追った。


 林の中に入って行くが高麗川の姿は見えない……、俺はゆっくりと奥に行くと、なにか声が聞こえた。


「ちくしょう……ちくしょう……」

 泣き声と共にそんな呟きが……その声のする方に近づくと木の陰で体育座りしながら塞ぎ込んでいる高麗川の姿があった。


 俺は声を掛けようか迷った……頭の中にギャルゲーよろしく選択肢の画面が浮かぶ。


 1.声を掛ける。

 2.そっとその場を後にする。

 3.押し倒す。


 いやいや3は無いやろ犯罪やろ、ヘタレな俺は迷わず2を選択、高麗川を置いてその場を後に……。


「いや慰めろよ! ここは1だろ、なんなら3でも良いんだぞ!」


 振り向くと高麗川は座ったまま俺を睨んでそう言った。


「気付いてたんかーーい、てか何で選択肢までばれてるんだ!」

 

 さすがのギャルゲーオタクだった。いや3は無いやろ……。

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る