第28話 3cm大きくしてくれ

「ぶつぶつと選択肢を言いながら近付いて来れば嫌でもわかるよ!」


 高麗川は俺に笑顔でそう言った。でも目は真っ赤に腫れ上がり、汗と涙で可愛い顔がぐちゃぐちゃ、でも……なんかその顔が俺には凄く美しく見えた。


「えええ、俺言ってた?」


「あはははは、小さな声だったが僕には、はっきりと聞こえたよ」

 

「ヤバいな学校でも言ってないかなぁ」

 俺はそう言いながら高麗川の隣に腰かけた。高麗川は俺を見ずに真っ直ぐ正面見つめていた。なので俺も高麗川を見ずに正面を見つめる。競技場とは反対方向、林の中は誰もいない。遠くから競技場の歓声、アナウンスの声が聞こえてくる。


「ダメだった……」


「そか」


「1組のタイムが早かったから前半落として順位勝負で行ったんだけど、後一人で届かなかった……折角君がここまで来てくれたのに、ごめん」


「いや、凄かったよ、見直した」


「あはははは、君の必死の応援聞こえたよ」


「うわマジか……つい熱くなって」


「ううん、あれが無かったら先頭グループに追い付けなかったよ、ありがとう」

 高麗川そう言うと自分の肘を俺の肘に軽く当てる。俺もどういたしましてと返事の代わりに肘で返す。


「でも……悔しい……悔しいよおお」

 そう言うと高麗川はまた泣き始めた。俺は高麗川を見ずに何も言わずに黙って隣に座っていた。もうすぐ梅雨入りの時期……しかし今日の天気は良く木漏れ日が俺達を照らしていた。

 体育会系か……まあ俺も今でこそこうだけど、小学生の頃までは色々とやっていた。だから気持ちはわかる……スポーツを純粋に真摯にやるって、辛いよなあ……。



「ううう……せ、先輩にさあ、オタ活動とかしてるから今一伸びないって言われてさあ……だから今回頑張ったんだ……インターハイ迄行って見返してやりたかった……」


 前言撤回……オタはどこまで行ってもオタだった……。


「……まあ、でも凄いんだろ? あまり良くわかって無いけどここまで来たのって」


「オタの割にはって思われるのは嫌なんだ、むしろオタだからって思わせてやりたかった……」


「そか……」


「後5cm、ううん3cm僕の胸があったら……」


「そうだな……ってえええ?」

 陸上のトラック競技はゴール線上に到達した時、身体の一部が通過してゴールしたと判断される。それがどこかと言うと、胸の位置らしい……オリンピックで写真判定の時に良く見かける映像で皆胸を張ってゴールしているのがわかる。


「うううう、ツルペタなんだよ僕は! ずるい、前の二人はそれなりにあった! 足の差じゃないってのが納得行かない、悔しいいいいいい」


「ちょ待て、高麗川、お前が一番悔しがってるのってそこ?」


「他に何があるって言うんだ!」


「いや、先輩にとかって……」


「それ言った先輩は県大会で落ちたよ、その段階でざまぁは終了してるんだ、そんな事でここまで悔しがっていない」


「――――おい……」

 俺の感動を返せ、今すぐ返せ……。


「そうだ! 僕とした事が! これは絶好の展開じゃないか!」

 高麗川がまた何か変な事を良い始めたぞ……絶対ギャルゲーの話だ……。


「なんだよ、フラグなら今折れたぞ」


「フラグ? いや、それより僕の夢だったセリフが実践で言えるじゃないか!」

 そう言うと高麗川はユニフォームの裾で顔の汗と涙を拭う、細くて白い凄く引き締まったお腹が眩しいくらいに見えた。


「な、なんだよ!」

 俺はお腹を見てしまった事を誤魔化す様に、少しきつめにそう言うが、そんな事気にもせず高麗川はキラキラと目を輝かせながら俺に言った。



「五十川君が揉んでくれたら……勝ってたのに」


「あーーーーーーほーーーーーーかーーーーーーー」


 俺は高麗川の頭を軽くチョップした。予想通り、いや、予想を上回る高麗川のオタ振りに頭が痛くなる。あんなに凄いのに……先輩の言ってる事は正しいよ。


「なんだよお、さっきは凄いって言ってくれただろう」


「それを上回るお前のオタの凄さにびっくりだわ」


「ちぇ~~」

 口を尖らせ悔しそうな顔をする高麗川……ただその小動物的可愛さは俺の心を容赦なく抉って来る。

 なんなんだこいつは、ギャルゲーのキャラそのものなんだけど……。

 日頃からそんなゲームをばかりやっているせいなのか、一々ギャルゲーのキャラっぽいんだよお前は……。


「ま、まあ、とにかく今日はありがとうな、誘ってくれて、来て良かったよ」


「そうか、それは良かった…………そうしたらさ……あの……僕ね、今日負けたら……君に言おうと思ってたんだけど…………言っても良いかな?」


「え?」

 高麗川は真っ赤な顔で遠くを見つめてそう言った……え? な、何これ……ま、まさか……告白?

 俺の心臓が早鐘の様に打ち始める……まさか……しかし……そうだったら……ど、どうしよう……。


「あのさ……僕……僕ね……」


 俺は生唾を飲み込んだ……やっぱりか……これは……ま、まさかの……生まれて初めての……告白……。


「僕……君と…………」


「高麗川……」

 どうしよう……駄目だ俺には今(仮)彼女が……いるんだ。だから……来年からなら、でもそれは言えない……そういう約束だから……。俺は心を鬼にして、彼女の告白を断らないと……そうおもった。



「僕……君と一緒にコミックフェスタに行きたいんだ!」


「すまない、俺には…………は?」


「いやあ、インハイ無くなったし、インハイの同行は毎回1年がやるし、僕、夏休み暇になってさ~~前から高校生になったら一度行って見たかったんだよ!」


「……それが負けたら言おうとした事?」


「そうさ、勝ったらインターハイだぞ、行ってる場合じゃないからね」


「そうですかああ……」


「君なら行った事あるんだろう? 今回のご褒美に案内してくれ!」

 コミックフェスタ……毎年恒例オタ最大のイベントだ。

 今年は確か8月9日から3日間……とりあえず行くのは行くんだが……灼熱地獄の中延々と並ぶ体力……あそこに素人女子なんて連れて行ったら……あ、そうか……恐らく暑さにも強いし、体力も俺よりも上か……。


「うーーんまあ、いいか……2ヶ月近く先だし、今のところ誰かと行く予定も無いし」


「やった~~~~!」

 高麗川はそういうと俺の肩をパンと叩く……痛えな、まったく……でも、まあ、このくらいで元気が出るならいくらでも連れて行くよ。


「俺はその時安易にそう答えたが、コミフェでとんでもない事になるとはこの時思いもしなかったのだった」


「高麗川ナレーションを勝手に付けるな! フラグを立てるな! このギャルゲー脳が!」 

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