第25話 わ、私も……

そこから俺は月夜野に構わず歌い続けた。歌いながらも次の曲を入れ、ノンストップアニソンライブを繰り広げた。

 

 その間月夜野は文句を言わずに見続けている。怒らないって約束を守っているのだろう、一般人にはキツイ時間だろう、でも俺の事をわかって貰うには1曲では駄目だ。

 俺はとりあえず歌詞を見ないでも全部歌えるアニソン全21曲を約1時間程で歌い続けた。

 最後は「皆ありがとう~~」と声優ライブの物真似を入れ、俺はマイクを静かに置くと月夜野の隣に座った。


「な?」


「…………な? じゃないわよ! 一体なんだったの今のは!」


「え? だから俺の趣味? カラオケじゃないぞ?」


「わかってるわよ! あ、あんた……オタクだったの!」


「正解!シャキーーン」


「か、からかわないで、え? 待って待って……えええええええええ」

 月夜野頭を抱えた。まあそうだよな……カップリングの相手が、ガチオタなんてさ……俺は月夜野に同情した。でもこれが俺なんだ、この姿が俺なんだ……。

 俺達のスタートはひょっとしたら月夜野にとって最悪なスタートになったのかも知れない……。


「ごめんな……隠してて……でも始めるにはこうするしか無かったんだ」

 これを、俺のこの趣味を言わないと、全部が嘘になる。部屋を変え、親に口止めをし、自分を隠し、日常を隠す。今まで月夜野に伝えた事は全部嘘だ。

 嘘で塗り固めた自分を、相手に……将来の相手に見せてどうするんだ?

 

 だから、月夜野には悪いけど、俺はカミングアウトした。

 

 ここからスタートだ。多分月夜野はキモいって思うだろう……でも、それでもこのカップリングに俺はかけてみた。キモいって思わない様な何かが月夜野の中にあるのかも知れない、システムはそれを見抜いて俺達をカップリングしたのかも知れない。まあ、仮に駄目でも、どうせ1年足らずで終わる関係なのだから、1年足らず我慢すれば、月夜野は俺から離れられるんだから……。


「し、知らなかった……」

 頭を抱えた後に顔を覆い隠す月夜野……だよね、だって隠してたもん……。


「まあ、誰にも言って無かったからな……」


「ちょ、ちょっと待って、ごめん……今、色々整理できない」

 椅子に座ったまま月夜野は顔を覆って下を向く……なにやらブツブツと呟いているが何を言ってるのかはわからない。泣いているのか? 身体が少し震えている。

 

 その姿を見て、その月夜野の姿を見て、俺は若干後悔し始めて来た。もう少しソフトに言えば良かったのかと……やはり……彼女はオタクを毛嫌いしている。


 日頃から男子にキツイ彼女、一番酷い扱いはオタクグループだった。


 月夜野はそのオタグループが近くにいると、いつも凄い目付きで睨み付ける。

 友達と話をしている時でも、オタグループの方をチラチラと見ては嫌そうにため息をついていた。


 それほど迄に嫌いか……俺はその月夜野の姿を見て絶対にバラしてはいけない、もしバレたら、もうこいつには言い争いでは一生勝てないと思い、そう心に誓った。

 

 ちなみに俺がそのオタグループに入らなかったのは、緩すぎだったから。

 何度か近くに寄って話をそれとなく聞いてみたが、聞こえて来るのは一般人でも見るような漫画の話ばかり……俺が入ったら完全に浮く! そもそもそいつらは1年の頃から同じクラスだったようで、違うクラスの俺が彼らの中に入る隙はなかったけどね。


 

 そして今日俺はその誓いを破った。特に月夜野には絶対にバレない様にと誓っていただけに、やはりその代償は大きかった……月夜野のこの落ち込み具合を見て俺はそう思った……。


 これなら罵ってくれた方がよかった……キモいって言ってくれた方がよかった……。

 いや、そうなると思っていた……でも月夜野は約束を守ってくれているのか、怒鳴りもせずにただただ、何も言わずに俯いているだけだった。


「ごめん……やっぱりそうだよな……オタはキモいよな……わかるよわかる」


「――――は?」

 俺がそう言った瞬間月夜野は顔を上げて俺を見た……あれ? 泣いてたんじゃないの?


「え?」


「だ、誰がキモいって言った!?」


「へ?」


「私がいつオタがキモいって言った!!」

 え? あれ? そこ? そこで怒る? なんで?


「いや……言ってないけど……」


「じゃあオタクがキモいとか二度と……あ」

 月夜野は慌てて口を押さえると首を何度も横に振った……怒らないという約束を破ったからなのか? 俺はそんな事よりも今のって、今のセリフって一体どういう事なのか月夜野はなんでそんな事を言ったのかそっちが気になって仕方かった。なので単刀直入に思った事を聞いてみる。


「えっと……月夜野さんひょっとして」

 俺がそう言うと月夜野は目を見開き恐怖に怯える様な表情に変わった。

 なぜそこまでビックリするのか? なぜそこまで驚くのか、その表情の変化、感情の変化は一体なんなのか、俺はある一つの結論にたどり着く。



「ひょっとして……知り合いにオタがいる……とか?」

 そう、ひょっとしてこの間池袋で会っていた奴がオタクなのか? 確かにあそこはそういう待ち合わせにぴったりかも知れない、そうすれば全てが繋がる。


 俺は日頃からアニメでそういう感覚を養っている……キャラの感情、ストーリーの進みかたそれを常に考えている。つまりだ、そこから今回得た教訓は、月夜野にはオタクの大事な知り合いがいると言うことだ! どうだ!

 

「ふえ? あ、え、ええ、まあ……」

 何か曖昧な返事をする月夜野……やはり怪しい……でも……俺達の約束に嘘をついてはいけないという決まりはない。


「……そか、でも……よかった……」

 ただ俺はそれを聞いてホッとした……もしかしたらこれで月夜野との関係が終わってしまうかも、それこそ俺のガチオタがクラスにバレるかも……と思っていたから……あれ? 月夜野と終わってしまうって……なんで俺は残念に思ってるんだ?



「……あ、あの!」


「ん?」

 俺が何か月夜野に対して沸き上がっている変な感情に戸惑っていると月夜野は俺に何かを決意したような表情をして口を開く。さっきからコロコロと変わる月夜野の表情、月夜野は一体どうしたのだろうか? そして今から何を言うのか、俺は注目した。


「あの……あの……じ、実は……わ……」


『ピロロロロロ、ピロロロロロ』


「ひ、ひいいい!」

 電話の音にひきつる月夜野……いや、そこまで驚く事はないだろうに……と思いながら電話を取るとカラオケ店の店員さんから、残り時間10分ですと言われる。


「え、延長する?」

 俺がそう聞くと月夜野はプルプルと首を横に振った。

 出来れば今度は彼女の話を聞きたかったのだが、なんかそれどころじゃない状態……。


 結局、月夜野はその後は何も言わずに残っていたジュースごくごくと飲み干し、時間ちょっと前に一緒に部屋を出た。

 

 俺はさっきの続きと月夜野の事を聞きたかったので喫茶店に軽く誘ううも、月夜野はそれを丁重に断り足早に帰って行ってしまった。


 ……月夜野は最後に何を言おうとしていたのか……俺はそれが気になってしょうがなかった。

 

 やはり……好きな人がいるって事なのだろうか?


 ただひとつだけ言える事は、俺の中で月夜野の好感度がかなり上がったという事だ。

 オタクと言っても毛嫌いしない月夜野に、俺は少しだけ親しみを感じ始めていた。

 

 


 


 

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