第10話 月夜野との出会い

 月夜野が帰って俺はベットに寝転んであいつの事を考えていた。

 僅かに香る月夜野の香り……彼女がさっき迄俺の部屋にいたなんて、昨年の今頃じゃあ夢にも思わなかっただろう。いや、今でも……か。


 俺は月夜野と初めて会った高1から今までを振り返りながら彼女の事を思い出していた。



 ◈ ◈ ◈ ◈ ◈



 月夜野 瑠は女子には人気だ。

 もう何度も言っている通り、彼女の周りには常に女子が集まっている。


 そして彼女は入学した時から何故か常に俺の近くにいる。


 だから自然と聞こえて来てしまう。彼女の会話が話し方が。

 彼女は女子同士で話す時、聞き手に回る。相手の話をよく聞いて的確に答える。

 悩みなんかもよく聞いて答えている。完全に聞き上手だ。

 そして自分の事は殆ど言わない、聞かれた事だけ丁寧に返事をしている。


 そこが慎ましやかとか、奥ゆかしいとか、美人なのにでしゃばらないとか言われ、女子にはかなりの人気だ。



 ……しかし、これが男子相手となるとガラッと変わる。

 まず彼女は男子とは話さない、殆ど口を聞かない。彼女の可愛さに当初近づく輩は結構いたが、その殆どを完全無視……。


 そして、それでも近付く奴に対して彼女は一刀両断にする。


 例えば……「ねえねえ、どこ中? よく聞く音楽とかって何?」なんていう、どこぞの質問ボックスみたいな事を聞いた日には……彼女は汚物でも見るような目付きでこう返事をした。


「あんたの声以外ならどんな歌声でもましね」


 これである……。まだ妹の歌声とか言ってる変な作家の方がましな答えだ。


 次第に男子は彼女を遠ざける。そして遂に男子は誰も彼女に近付くなくなる……そう……俺を除いてね。


 そう、そうなんだ、最悪なのが俺なんだ。

 だって、だってさ、近づきたくなくても何故か席が近くなる。何故か隣になる。すると話したくなくてもどうしても話さなければいけない事も出てくる。


 入学した時の彼女、まだ何も知らなかった時の彼女。

 彼女は初め俺の斜め前に座っていた。


 今でも覚えている、自己紹介の時の事を……。


 月夜野という美しい名前の通り、彼女の美しさは際立っていた。

 艶のあるロングの黒髪は月光に照らされた深夜の静水の様だ。白いその肌は深々と降り積もる北国の雪の様に白い……そして人形の様に整った目鼻立ち、スレンダーな体型から伸びる細くて長い手足、どれを取っても完璧だった。


 しかしその自己紹介の直後、俺のそんな思いは吹っ飛んだ。その容姿とは裏腹に、月夜野は事あるごとに俺を貶す、貶める。 なにか喋ると余計な一言が付いてくる。


 俺も聖人君子じゃない、イライラする事だってある。だから言い返す、負けじと彼女も言い返す。

 1年の時は喧嘩の毎日だった。


 いくら可愛くても、いくら綺麗でも、こんな奴はごめんだ、俺はそう思った。


 そして2年に進級しクラス替えでホッとしたのもつかの間、またも月夜野と同じクラスに俺は愕然とした……しかも何故かまた隣の席だった。


「……また隣……このストーカー」


「どっちがストーカーだよ、そっちこそ俺の後ばっかついてくんな!」


「大きな声を出さないで、ストーカー君」


「くっ」

 これが進級して最初の会話だった。また1年こいつとこうやって言い争うのかと俺は辟易していた。


 しかし、その後直ぐに俺と月夜野はシステムによりカップリングされた。


 カップリングされた当初、学校以外でもあいつと会わなきゃ行けないなんて、最悪と思った。


 しかし……しかし、まだ1ヶ月も経っていないのに、俺はなんだか少し慣れて来た気がしてきた。


 相変わらず、きついしイライラする様な事を言われるけど……でも時折見せる可愛いらしい姿に俺はドキッとしてしまう事もあった。


 正直に言って……あいつと一緒に居ることを俺は少し楽しいと思い始めている。

 それに、あいつは黙っていればかなり可愛い、だから一緒に歩くと周りが振り向く、俺の中に少し優越感が芽生える……本当に黙っていれば俺の理想の相手と言っても良いくらいだ。


 俺は押し入れに隠しておいた○これ抱き枕を抱きしめた。これが月夜野だったらと、そんな事を考えながら強く抱きしめ思った。


 もしあいつが……月夜野が……男子に対して、いや俺に対して……俺だけに対して……もっと素直になってくれたら……そんな事があったら……そんなあいつが存在したら、俺は月夜野をこんなふうに抱きしめたくなるかも知れない、あいつの事を好きになるかも知れない。


 そんな事があったら……だけど……ね。



 

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