第11話 僕っ子

 俺の家に来るイベント、月夜野の親に俺が自己紹介メールを送るイベント、そしてその後一度だけ学校帰りに喫茶店で30分程一緒にお茶を飲む。


 取り敢えず予定していた二人のイベントを全てこなし、残りは今週末に約束している池袋デートだけなっていた。


 そうしてそんな事を、デートをしている事が皆にバレない様に、学校内で俺と月夜野は殆ど会話しない様に気を付けていた。


 だがそれが、会話しない事が今日裏目に出てしまった。



 昼休み、相変わらず一人でこそこそ弁当をつまむ俺……いや、食べる友達が居ないわけじゃないんだ、えっとその……母さんが弁当に凝る時があって、たまにI Love youなんてメッセージを弁当に書いたりするから……だからいつも一人で食べてるんだからね、勘違いしないでよね!


 なんて思いながら寂しく(寂しくなんかないんだから)弁当を食べていると唐突に女子から話かけられる。


「最近君たちは喧嘩しないんだねえ」


「ん? えっと……」


「ひ、酷いなあ、1年の時から同じクラスなのに名前も覚えてないのかい? 五十川君は」


「いや……覚えているんだけど、読み方が」


「読み方って、それを覚えていないと言うんだ、普通逆だろ? 書けなくても名前は言えるだろ? 僕は高麗川こまがわだ、高麗川 菫こまがわ すみれだ」


 ああ、ハイハイ、そう読むんだ。苗字も名前も両方難しくて記憶から除外してた。俺の中では彼女はボーイッシュちゃんと呼んでいたから、今思わずそう呼ぶ所だった、危ない危ない。


「いや、ごめん、でも高麗川さんてほらいつも居ないと言うか、関われないというか」

 ボーイッシュちゃん改め高麗川さん、1年から同じクラスだった女子の一人だ。しかし彼女は何故かいつもクラスに居ない、月夜野の周りにも居なかった。授業も特に金曜日に決まって休む事が多く授業以外は殆ど見かける事がない不思議な女の子だった。


「ああ、それは仕方がない、僕は陸上部だからね」

 高麗川は俺の前に膝をつき机に腕を乗せその上に顎を乗せ俺を見上げて笑顔で話始めた。短いベージュの髪、小さい顔に黒目がちのクリっとした目、身体小さいが健康そうな小麦色の肌、いつも早足で教室から出ていく姿うーんなんかハムスターみたいな娘だなあ……。


「朝練で片付けと着替えをしてから教室に戻るからいつも授業開始ギリギリだし、昼はミーティングに行かなきゃだし、放課後も授業が終わったら直ぐに部室に行かなけりゃ行けなかったんだ」


「へーーーそうだったのか、そうしたら時々学校休むのも陸上部?」


「あははは、名前は覚えて無いけどそう言う事は覚えてるんだね君は、うんそうだよ、試合の遠征だね」


「へーー遠征って言うと相当強いんだな」


「まあねえ~~って言いたい所だけど、殆どは先輩の付き添いさ、残念ながらね」

 高麗川はウインクして舌を出す。小さな口からチョロっと出てきたピンクの舌に俺は少しドキッとした。


「そ、そうかでも、今日は良いのか?」

 今は昼休み、高麗川が昼休み教室にいるのを俺は入学以来初めて見た。


「ふふふ、昨日から新入部員が仮入部から正式に入部したんでね、僕は晴れて上級生さ、ミーティングは午後の練習機材の準備とか大会の打ち合わせとかだからねえ、2年生全員で行く事はなくなった。そもそも部室はあまり広くないからねえ」


「そうか」


「いやそれよりさ、君の事だよ、君達最近喧嘩してないねって話をしに来たんだよ」

 机をポンと叩き思い出したようにそう言う高麗川……畜生誤魔化したのに駄目だったか……。


「……なんでそんなに気になるんだ?」


「だってほら君たち授業中や授業の合間によく喧嘩してたじゃん? 僕あまり教室に居られなかったんだよ、教室のイベントに関われなかったんだ、その中で唯一見れた楽しいイベントだったのに」


「た、楽しくねえ!」

 なんだイベントって、俺は月夜野に近寄りたく無いのに席が近いせいで、例えば隣の席の人と何かする時、授業のプリントを配ったり回収したりする時にどうしても月夜野に近付かなければならず、そこで必ずトラブルが起きる。やれ近寄るなとかやれ臭いだとかやれ汚いだとか、汚物は消毒されろとかいいやがる。


 ん? あれ? なんか……引っ掛かるなあ……そう言えば……なんだっけこの感覚。


「それで、何の心境の変化なんだい? ひょっとしたら君と月夜野君の間で何かあったのかい?」

 高麗川は中腰に態勢を変え目を輝かせながら俺に顔を近付ける。いや、近いから……。


「さすがに……俺も大人になったって事だろね~~」

 そう大人ぶって答えると、突然俺の横から冷えきった口調で声をかけられる。


「へーーー汚物って大人になるのねえ、新しい発見だわ、消毒薬が減るわね」

 いつの間にか席に戻っていた月夜野が物凄い目付きで俺を睨む。


「あ、つ、月夜野さん!」


「あら、こまがわさん、こんな時間に教室にいるなんて珍しいですね」


「あ、うん、2年になったら部室にあまり行かなくてよくなったから」


「まあ、そうなんですね、では今度ご一緒にお昼でもいかがですか? 是非とも陸上のお話をお聞きしたいわ」


「あ、うんそうだね……あ、五十川君じゃあまたね」


「あ、うん」

 高麗川はそう言うとばつが悪そうにそそくさと自分の席に戻って行った。


 そしてそれと同時に月夜野の周りに人が集まり始める……「今何があったの?」 「あれって高麗川さんよねえ」とかそんな話を月夜野聞いている。

 月夜野は「1年の時同じクラスだったよ」とか、「陸上部で頑張ってる」とか当たり障りの無い話をしていた。


 そして昼休みが終わり授業が始まってすぐに月夜野がトントントンと机を指で3回叩く。


 これは今日放課後いつもの喫茶店で会いましょうという合図だった。

 俺は同じように机を3回指で叩いた。


 わかった……という合図を月夜野に返す。

 週末に池袋があるのに、ここで一度会う理由って……やっぱり……今の事だよなあ……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る