第9話 ひょっとしたら……

 

 あいつの家を後にし、私は早足で帰宅の徒につく。


 自分の動揺が隠せなかった……。

 池袋でも動揺したけど、その前から私は色々とあいつの部屋に疑問を抱いていた。


 だってあいつの部屋……オタの匂いが充満していた。

 入ってすぐに感じた……新しい同人雑誌のインクの匂い……え? そんなのわかるのかって? 私にはわかる、あの独特の匂い……私の大好きな香り。

 そしてそれだけじゃない、あの不自然な本の配置、普通漫画の間に参考書置く?

 明らかに何かを抜いた跡だ。仮にエッチな本だとして、あのお母様だ、エッチな本を堂々と置いたら大泣きだろう……いや、すでになんか泣いていたよね? そういうのが好きってバレている? 彼女も出来ずにそういうのばかり読んでって思ってる。


 だから私の事を大歓迎したのかも……。


 彼の家から少し歩くと川があった。自宅に戻るにはこの川をわたらなければ行けない。

 川に架かっている橋を渡り丁度真ん中付近で足を止め川を眺める。

 昔から川を眺めると何故か落ち着く……私は川を眺め自分を落ち着かせた。今は冷静にならなきゃ行けない、冷静にさっきの彼の事、彼の部屋の事を考えなければ行けない……私は彼の部屋の事をもう一度よく思い出してみた。


 そうだ他にも疑問があった……それは壁だ。所々ポスターを剥がした跡があった。 私が来る為にポスターを剥がす、エッチな奴か……アニメやゲームキャラのどちらかだ。さっきも言ったけど彼の家庭と彼の性格を考慮すると、やはりエッチな物を堂々と貼れる感じはしない、


 そしてあの棚……新品でもない棚に何も置いてないなんて不自然だ。


「フィギュアなんて置いたら……ぴったりだよねえ……」


 川から魚がポチャリと跳ねた……それと同時に私の心にも何かが跳ねる……そして波紋が広がる様に胸騒ぎがしてくる…………そうよ、そもそも彼とカップリングされた時点でその可能性も……上野だってそう、秋葉原に近いし日暮里にも近い……そして今回の池袋……全てオタの聖地じゃない……。


 まさか彼も……でも……怖い……聞けない……言えない。


 1年の時から彼の視線が気になっていた……嫌な視線じゃなかった……でもどうしても男の人っていうだけで反発してしまう。


 なぜだか彼は常に側にいた……席替えをしても何故か近くにいる。

 運命……なんて思えないけど、腐れ縁? なんて思っていた。


 でも、どうしても余計な事を言ってしまう、反発してしまう、拒絶してしまう。こんな事じゃいけないのに、こんな自分じゃいけないのに。


 私は男の子が憎い……あいつの事を、私を裏切ったあいつの事を思い出すから……。


 ただ……もし、もしも彼が……私の事をわかってくれたら、私が彼の事を信じられれば……彼ならひょっとして私の秘密を言えるかも知れない。


 彼がいい人なのはわかっている。あれだけ言ったのにあれだけ拒絶したのに彼はうんって言ってくれたんだから。


 システムの罰則はあるけど、よっぽどの事じゃなければ恐らく利用停止止まりだ。


 3年間の利用停止、私は困るけど、多分彼は困らない……でも精一杯協力してくれている。こんな私の為に精一杯。


 オタをやめるのが多分一番いいんだろう、自分の容姿にはそれなりに自信がある。中学の時の噂も高校では広まらなかった。うちの中学出身で近しい人は殆どいない。リセットして全てやり直せるって思った。


 現に今学校が楽しい……だからオタをやめれば、それが出来れば……そうすれば男の人を避ける事も友達との会話にビクビクする事もない。


 多分システムなんて使わなくても……彼氏くらい作れたんだろう……。


「だって、だってしょうがないじゃない……好きなんだもん」

 きっかけなんて無かった、小さい頃からアニメやマンガが好きだった。

 何の疑いもなく中学まで続いただけ……。


 私の容姿はいい、自分でもわかっている。だから皆私に理想を押し付ける。私にコンプレックスを抱く……私がオタだとわかった途端に幻滅だとか、キモいとか言われた。自分の方が上だと蔑まれた。


 もうオタバレはしたくない。もう中学の時のような目には遭いたくない。

 だから私は隠している……誰にも言えないでいる。


 そして……私は絶対に彼氏を見つける。私の事をわかってくれる理想の男の人を見つける。



「だってそれが可能なんでしょ?」



『理想の人に出会えます。』それがあのシステムの売りなんだから……。



 

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