第二劇 タノシイオマツリ

 目が覚めると、僕は、霧がかかってよく見えない暗闇の中を、ふらふらしながら真っ直ぐに進んでいた。どういうわけか、身体は言うことを聞かず、引っ張られるかのように道を歩き続けている。

 …………むにゃむにゃ、これは夢なのかな? なら、のんびり散歩し続けよう。むにゃむにゃ。

 身体の動きに心を委ね、のどかにウォークアンドスリープを楽しむ。相変わらずどこをみてもふわふわしかないのだが、これもまた一興だろう。

 そんな風に歩み続けて、バフォメット(悪魔羊)が一匹、バフォメット(悪魔羊)が二匹、なんておかしなことを心の中で呟き始めた時だった。

 なんと、身体の感覚が戻っているのだ。

 手も足も自分の意志で動かすことができるし、何か得体の知れないモノに歩かされることもない。だけど、もっと驚くべきことは――いや、驚きなどという言葉では表現できないような、そんな凄まじい光景が、僕の眼球には映し出されていたのだ。

 そう、霧が晴れた先には――――――


      *  *  *


「ふんふんふふーん」

 何と素晴らしいことでしょう。霧が晴れた先にあったのは、異形たちが集う優雅なお祭り、だったのです! 

 真っ赤な背景におどろおどろしい黒色でメニューが記された横断幕! が掲げられている小綺麗な屋台! そして、それらの屋台の隣に一つずつある、大きめのテーブルで供物をお食べになっている魔物の方々!

 ああ、なんと醜く、そしてお美しいのでしょう…………。頭部が羊になって仕舞われている其処そこの貴方様。一見ふつうの人間と変わらぬ御姿を為さっているのに、歯はサメのように鋭く尖っておられる其方そちらのあなた様。そして、もはや全身毛まみれの狼人間になって仕舞われている彼方あちらの貴方さま………………。

 これこそが! これこそが、私が夢見ていた情景なのです!!

 本当に素晴らしい! メニューもとても美味しそうでございます! たこ焼きに焼きそばにわたあめに百パーセント血液ジュー、す??

 ん?? 血液ジュースって何でございましょう?

 そのおかしな名前の出し物がある方へ向かってみると、慣れない、しかしどこかで嗅いだことがあるような、生臭い匂いが僕を襲ってきた。

 こ、この匂いは……………………。 

 その屋台では、透明な容器に真っ赤な謎の液体が溜められていて、どうやらその液体がこの匂いを発しているようだった。

 それを悟った時、僕の脳裏に、あの奇妙な手紙に書かれていた文章の一節がよみがえる。 

 ”共に鮮血の祭りを楽しもうぞ!”

 あれは…………生き物の血液なのだろうか? だとしたら、一体何の…………。

 その先を考えれば考えるほど、僕の心は震えに震え、目の前はあの液体と同じように真っ赤に染まってゆく。

 …………怖い、怖い怖い怖い怖い怖い。

 確かに、今までの僕は悪魔たちを崇拝し、そのような存在に憧れを持って生きてきていた。けれど、けれども……実際に、彼らのおぞましい本性を目の当たりにしてしまうと、どうしても、恐ろしいという気持ちを抑えることができない。

 結局のところ、僕は甘ちゃんだったのだ。この世界はつまらない、などとほざきながら、闇に染まりきることもできないような、役立たずの半端者…………。

 自分自身への嫌悪感を抱きながらも、僕の心は更なる恐怖に蝕まれてゆく。

 これから僕は、一体どうなってしまうのだろうか? 彼らに見つかれば、きっと………………。

 足が震えて、前に進むことができない。これは単なる夢に過ぎないはずなのに、伝わってくる感覚は恐ろしい程に鮮烈で、僕から平静さを奪い続けている。

「ねえ、そこのあなた」

 不自然に立ち止まり続けていた僕に、いよいよ声が掛けられてしまう。

 ――ああ、ここまでか。

 意を決し、できる限り落ち着いた挙動で後ろを振り返る。しかし、そこにいた一人の女性を見た瞬間、今まで僕の心を占拠していた、あらゆる感情がお空へ吹き飛んでしまっていた。

 滑らかな黒髪に、細められた艶やかな瞳。そして、吸い込まれそうなほど赤くて張りのある唇。……彼女は、今まで僕が見たことないほどに美しい女性だったのだ。

 彼女の佇まいとその表情は、人ならざる者だからこそ醸し出すことのできる妖艶さを纏っていて、僕の心と体を惹き付けて止まなかった。

 しばらく見惚れていると、彼女は面白そうに微笑み、僕に対して問いを発した。

「ひょっとしてあなた、このお祭り初めてなの?」

「え? いや、えっとその…………」

 てっきり、人間かどうか聞かれるものだと思っていたのだけれども…………。

「ふふ、まあいいわ。私に付いて来て。面白いところに連れて行ってあげる」

 そう言うと、彼女は僕の左手を取り、左側にある路地へと引っ張っていった。

「ちょ、ちょっと!?」

「大丈夫、大丈夫」

 僕の抵抗を気にも留めず、そのまま道をまっすぐに進んでゆく。すると、少し大きめの建物がある場所に差し掛かった。

「ふふ、ここよ」

 薄暗い木製の扉を開き、彼女は、僕をその建物の内側へと招いた。

「し、失礼します…………」 

 少しためらった後、手招きされるまま室内に入ると、そこには、ほのかに赤い光が灯った空間が広がっており、流れている音楽に合わせて、優雅に踊る“モノ”たちの姿が目に入る。中央から右、左と視線を動かしてみると、ダーツをたしなんでいる者たちもいれば、カウンターやテーブルでお酒を嗜んでいる者たちもいて、それぞれがそれぞれ、思い思いに時間を愉しんでいるようだった。

「とりあえず、あの席に座って話さない?」

 彼女はそう言って、手前の方で、あまり周囲に”ヒト”がいない席を指差した。

「え? あ、えっと……うん」

 状況を飲み込めていないのだが、彼女に心惹かれてしまっていることもあって、引っ張られるように付いて行ってしまう。

「さあ、どうぞ座って?」

「う、うん………………」

 彼女に促され、二人用のテーブル席に腰を降ろす。僕が椅子に座ったのを見た後、彼女も正面の席にそっと座った。

 魔力を宿した、妖しくも美しい瞳が、心まで覗き込むように、じっと僕を見つめてくる。

「何か、飲み物でもいかがかしら?」

「え? の、飲み物ね…………。うんと、何か適当に…………君のおすすめとかって、何かある?」

 テンパりすぎて、質問に質問で返してしまった…………。

「そうね~~。それじゃあ、ワインとか、どう? 甘くて、口どけのいいワインがあるの」

「あ、えっと……なら、それでお願いします…………」

「ふふ、分かったわ」

 席を立ち、バーテンダーらしき人がいるカウンターに、彼女は向かっていった。

 …………情報量の多さのあまり、さっきから不審な言動ばかりしてしまっている。とにかく一旦落ち着いて、外側だけでも取り繕わなくては……。人間だと気づかれることだけは、絶対にあってはならないのだから………………。

「お待たせしたわね」

 気づくと、彼女が目の前までやって来ていた。ワイン瓶と二杯のグラスを机の上に置き、そのグラスに、赤色の液体を注ぎ込んでゆく。

「あ、ありがとう…………」

「いえいえ」

 器が程よく満たされた後、彼女は正面の席に再び座った。

「それでは、私たちの出会いに、乾杯と行きましょうか」

 高く掲げた杯を、少しだけ触れ合わせた後、芳醇な香りのするその液体を、ゆっくりと口に流し込んでゆく。

「ワインのお味はどう?」

「…………ん。とっても美味しいよ。さっきあなたが言っていた通り、口どけがよくて、すっきりと飲めたよ」

「ふふ、それは良かったわ。……ところで、ちょっと聞きたいことがあるのだけれど、構わないかしら?」

「ん? うん。なあに?」

「あなたって、ひょっとして人間?」

「え………………」

 恐れていた言葉が飛んできて、心臓がドッと止まりかけてしまう。

「な、何言ってるの? そんなこと、あるわけないじゃないか!」

「ま、まあまあ落ち着いて。……そうね、周りに聞こえたらちょっとまずいから、いったん近くに寄りましょうか」

 そう言うと彼女は、僕の隣の席まで移動して来て、耳元で囁くように言葉を続けた。

「気分を害してしまったのなら、謝るわ。でも、そんなに怖がらないで欲しいの。私だって、昔は、人間だったんだから」

「そ、そうなの?」

「ええ。みんながみんな、そうだったわけではないんだけどもね。…………けれど、少なくとも私は、あなたにひどいコトをしたりはしないわ。せっかく、このお祭りに来てくれたんだもの。一緒に、楽しい時間を過ごしましょう?」

「う、うん……」

 大事なことを言っているみたいなのだけれど、耳にかかる吐息が刺激的すぎて、まったく平静さを保つことができない………………。

 というか、僕は人間ということで、確定されちゃってる? ………………え? や、やっぱり?

 まあ、そんなわけで、一応僕が納得した様子を見せると、彼女は正面の位置へと戻っていった。

「無粋な質問をしてしまって、ごめんなさいね。代わりと言ってはなんだけど、私も、あなたの問いにいくつか答えるわ。さあ、なんでも聞いて?」

「わ、分かったよ」

 できる限り心を落ち着けて、訊ねるべきことを整理してみる。

「それじゃあ、ひとついいかな?」

「ええ、どうぞ」

「えーと、この世界って……夢、っていうことであってるんだよね?」

「うーん。そうね~」

 少し考えるように、顔と目線を上に向けた後、彼女は再び話し始めた。

「そうね。確かに、この世界は、夢のような場所ではあるわ。現実の世界にはない場所だもの、ここ」

「え……それって、どういうこと?」

 疑惑の念が、心の中でますます膨(ふく)れ上がってくる。

 夢でも現実でもないのなら、ここはどこなのだろうか?

「一言で表すなら、異界、と言ったところかしら。普段は存在しないけれども、人々の想念と、現実空間のねじれが重なりあった時に発生する、夢と現実が曖昧になった世界…………」

 何やら訳の分からないことを言い始めなさった。異界? 夢と現実の中間地点? …………ふざけないで欲しい。そんなもの、この世界に存在するはずがない。

「あのさ、君の言っていることは無茶苦茶だよ。僕は今までそういう超現実なことを求めて、色んなことを試してきた。だけど、結局何も起こらなかった! 今更そんなことを言われて、信じられるはずがないじゃないか!」

「と、とりあえず落ち着いてくださらない? 周りのヒトもこっちを見てしまっているわ……」

 彼女に指摘され、自分を客観的に見直してみる。……僕は席を立ち上がり、前のめりになって熱弁してしまっていた。

「あ……。ご、ごめん…………」

 顔が赤くなってゆくのを感じながら、椅子に座り直し、佇まいを落ち着ける。周囲からの視線はだんだんと無くなり、赤色の空間は平穏を取り戻していた。

「まあ、心配しなくても大丈夫よ。ここのヒト達、みんな人間の姿のままでしょう? だから、あなたが人間かどうかなんていう疑いはかけられていないわ。せいぜい、何やら痴話喧嘩を始めやがった、と思われているぐらいかしらね」

「そ、そっかあ…………」

 見てみると、確かにみんな人の姿のままだ。外にいる魔物たちは、その本性を余すことなく押し出していたというのに。ここのヒト達はまるで、仮面舞踏会に参加しているかのような優雅さだ。そう、彼らはきっと愉しんでいる。”ニンゲン″という名の仮面を被って………………。

「それでは、話の続きに戻りましょうか。確か、異界なんてものは信じられない、だったかしら?」

「そ、そうだよ…………。僕は信じられない。魔物の存在だけならともかく、現実の空間とは独立して存在している、異界なんてものは…………」

「なら、それでいいわ」

「え? いいの?」

 彼女のケロっとした返答に、思わず目をぱちくりさせてしまう。

「よく考えてみたら、そんなこと全然重要じゃないんだもの。重要なのは、今私たちがこの場所にいて、共に楽しい時間を過ごせているっていうこと。そうでしょう?」

「そ、それはそうだけど…………」

 そっと席を立ち上がり、戸惑っている僕に手を差し伸べる。

「私と一緒に踊りましょう? そうすれば、悩みなんてすぐに忘れられるわ」

 彼女に手を引かれ、中央の踊り場へと進んでゆく。

「僕、ダンスなんてしたことないよ?」

 そう言うと、彼女は優しく微笑んで返事をした。

「大丈夫よ。最初は私がエスコートしてあげるから。それに、踊りなんてものは、お互いが楽しめればそれでいいのよ。だから、ね? あなたの好きなように踊って魅せて?」

「わ、分かったよ。頑張ってやってみる」

 誘導されるまま、僕の右手を彼女の左手と繋ぎ合わせる。それから、僕の左手を彼女の肩に乗せ、僕の背中を支えるような形で、彼女の右手がその下に添えられる。

「さあ、始めましょうか」

「う、うん」

 彼女にリードされるまま、少しずつ足を動かしてゆく。前へ、後ろへ。右へ、左へ。単純な動きに慣れたら、お互いに回転するように踊ったりして、徐々に色んな動きを試してみる。

「ふふ、あなたは筋がいいわ。この調子で、あなたの踊りを私に教えて?」

「うん、ありがとう。ダンスも案外、悪くないかもしれないや」

 最初はたどたどしかった足どりも、今ではそれらしいものになりつつはある。僕ってば、案外飲み込みがいいのかもしれない。なんて、普段はそんな片鱗どこにも見えないのだけれども………………。

「あなた、今、つまらないこと考えていたでしょ。そんなんじゃ、せっかくのダンスが楽しめないわ。もっと私を見て、ね?」

 藍鉄色の瞳が、じっと僕のことを見つめてくる。その視線はあまりに情熱的で、狂わんばかりの熱が、僕の心まで侵してしまいそうなほどであった。

 僕の中で理性の鎖が砕け、隠されていた本性がおもてに現れる。今だけは、すべてのことを忘れよう。ただひたすらに、この燃え上がるような情欲にこの身を捧げて………………。

 手を組み替え、今度は僕がエスコートする側に回る。とは言っても、その踊りはもはや、エスコートなどと呼べるものではなく、獣のようにただ欲望を押し付けているだけの、乱暴な踊りであった。

「いいわ! もっと、もっと、あなたの真実おどりを私に魅せて!」

 彼女もたかぶっているのか、その動きに激しさが伴ってゆく。しかし、彼女の踊りは、粗雑なだけの僕の踊りとは違って、野蛮さの中にも整然とした美しさが保たれており、もて余した僕の熱情さえも、二人のダンスとして、艶やかに昇華してくれていた。

「さあ、もっと、もっと(よ)…………!」

 やがて僕らの情熱は、周囲の景色をすべて置き去りにして、二人だけの世界を作り出してゆく。

 ……ああ! この情欲! この刹那! なんて美しく、そしておぞましいのであろう!

 今だけは、今だけは! 僕は、僕ではない!

 この世界のすべてが、ぼくら二人を軸にして、たった一つへと収束してゆく!

 もっと、もっと、この鮮血のごとく熱い時間を、永遠に………………!


 二人は、ただひたすらに、踊り狂い続けている。

 そこにあるのは、もはや、人でも魔物でもなく、欲望のままに貪る、二つの獣の姿であった。


      *  *  *


「………………もうすぐ、時間ね」

 ポケットから取り出した懐中時計を見て、彼女は言った。

「そうなんだ………………」

 残念な気持ちを隠すため、グラスに残っていたワインを一気に飲み込み、感情を酔いの中に溶かしてゆく。

「ねえ、最後に一つ、聞いておくことがあるの」

 彼女が言う。その言葉も表情も、今までとは打って変わって、とても真剣なものであった。

「もし、もしも、人ではなく、魔物として、永遠の生を享受できるとしたら、あなたはどうする?」

 真っ直ぐに向けられた彼女の瞳が、僕にその問いの真意を理解させてくれた。  

 気づいていないふりをして、気楽そうな調子で返事をする。

「う~ん。魔物としてか~。…………例えばさ、それってどんな魔物なの?」

 僕の質問への返しに、彼女は少し間を置いて答えた。

「そうね、例えば………………。例えば、吸血鬼なんてどうかしら?」

「吸血鬼ね~!」

 そうか、彼女は吸血鬼なのか。

 考え込むふりをしてから、僕はもう一度問いに答えた。

「吸血鬼になれるなんて、とても魅力的だと思うな~! できるなら、今すぐにでもなりたいぐらい! …………でもね、今はまだ人間でいたいんだ」

「それは、どうして…………?」

 彼女が、少し悲しそうに問いかけてくる。

「僕はね、とっても嬉しかったんだ! この世界に、そして、君に出会えたことが! でもね、今、君たちとおんなじになっちゃったら、その楽しさが半減しちゃうかもしれない。だって、僕が君たちに憧れたのは、君たちが、決して手の届かない、遠い場所にいる存在だと思ったからなんだ。そして、君たちと出会えた、この夢のような奇跡を、この憧れがあったからこそ、今こんなに愉しめている。だから、今はまだ、人として、この喜びを噛みしめていたいんだ」

「そう、なの………………」

 僕の返答がショックだったのか、彼女は少しうつむき加減になってしまっている。

 どうやら、だいぶ違う意味で伝わってしまっているようだ。

「違う、違うんだ! そうじゃなくてさ、なんていうか、その………………」

「その?」

 彼女は不思議そうに僕を見つめる。

「その…………そう! 今はまだ、人としてこのドキドキを味わっていたいんだ! でも、僕は君たちのこと大好きだし、いつか君たちみたいになりたいとおもってる。………………だから、僕に……、もう少しだけ、考える時間をくれないかな?」

「考える時間………………分かったわ」

 彼女は、少し難しそうな顔をした後、手元から十字架のネックレスを取り出し、僕に向けて差し出した。受け取って見てみると、その十字架は、全体が濃い赤色で塗りつぶされているようで、わずかに銀色の下地部分が残っている。

「これを持っていれば、必ず、再び、巡り会うことができるわ。だから、その時までに決めておいて。人として生きるか、あるいは、私と共に魔物として生きるのか」

「う、うん…………」

 彼女の心のこもった言葉を聞き、先ほどの質問は、やはり本気だったんだと実感する。

 僕は、彼女の期待に応えられるのだろうか………………。

「ふふ、大丈夫よ。そんなに気負わないで」

 不安そうな僕に、彼女が優しく微笑みかける。

「私は、あなたの意思を尊重するわ。待って欲しいなら、いくらでも待つ。それこそ、あなたの命が尽きる、その時までね」

 言い終えた時、辺りに霧が立ち込み始める。

「とうとう、お祭りもおしまいね…………。そういえば、あなたの名前を聞いてなかったわ」

「ああ、名前ね。僕の名前は、クロダユウミっていうんだ。君の名前は?」

「ええ、私の名前は――――――」

 周囲を覆う霧が僕の視界を奪い取り、その意識も次第に刈り取っていった。

 

      *  *  *

 

 ………………みなさんおはよう。僕の名前は黒田優美、悪魔崇拝者だ。

 あれから一年、僕はとても楽しく毎日を過ごしている。とは言っても、あれから何か、特別なことが起こったりしたわけじゃないんだけども。

 あの日僕が体験した出来事は、どうやら単なる夢ではなかったみたいで、ベッドで目が覚めた僕の右手には、赤十字のネックレスがしっかりと握られていたんだ。

 だから僕は信じている。いつか必ず、あの人が僕のことを迎えに来てくれるんだってね。

 それじゃあ、またいつか会おう。君のためにいつでも特等席を用意しておくから、是非ともまた、楽しい時間を過ごしていって欲しい。

 

 青色の幕がゆっくりと降りてきて、彼の物語にひとまずの終わりを告げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る