虎視眈々7

 すっかり問題から目の前のオムライスセットに夢中な偉音だが、心理はそんな彼女の様子なんか気にせず、最後まで問題を説明し続けた。


「は?」


 偉音からすれば、ほとんど話を聞いていなかったわけだから、当然問題の答えなんてわかるはずがないだろう。


「……あー。これって質問あり?」


 とりあえず、鉄板にこびりついていた卵をスプーンでかき集めてから、苦し紛れに聞いてみる。


「大丈夫だよ。答えられる範囲であれば、答えてあげる」


 紅茶のカップを片手に持ちながら、何故か上目使いで心理が答える。なんだアンタ何キャラ目指しているんだ。


「えーと、あー、Kさんってさ、恋人いたんだな」

「ふふ。君も翔くんと同じことを言うんだね。いるよ。愛し合う者同士が結ばれた時に付ける名称が」


 しょっちゅう喧嘩になる翔と同じと言われたことにイラッときた偉音は今度は向こうが考え付かないような質問をしてやろうと思った。あんな単細胞馬鹿と一緒にされるなんて最悪だ。


「あのすっとこどっこいと一緒にすんじゃねぇよ。じゃあー、あー……それってさ、実際にあった話なわけ?」

「…………」


 偉音が適当にあげた質問に、心理は目を見開いたまま偉音を凝視していた。その様子に逆に偉音が驚く。


「なんだよ。その反応」

「あ、ごめんなさい。まさか君からこんな質問が来るとは思わなくて。そうだね、この問題の内容は実際にあった話だよ」


 そうなのかと偉音は頷く。

 そこで単細胞の偉音は考えた。こんな長い文章問題を、自分はどう頑張って深読みしても解くことは出来ないだろう。ここは超単純に考えてしまうのだ。どっかの名探偵だって言ってただろ、真実はいつも一つだ! って。超単純に考えた答えが、真実だって時もあるのだ。

「じゃあ、見舞いに来たヤツは五人。得したヤツはKさん。恋人は、Bさん。で、あってるか? どうだ? し……んり……?」


 適当にあげた答えにドヤ顔を見せつけようとしたところで、今度こそ偉音は止まった。だって、だって、心理がスプーンを落として驚愕の表情でこちらを凝視しているではないか。口元は震え、信じられないとメロンソーダ色の眼が物語っている。何でそんな顔をしているのだろう。

 え、まさか自分はとんでもなくおかしな答えを出してしまったのか。

いや、この場合の結末オチは決まっている。まさかまさか……。


「ど、どうやってその答えを出したんだい?」


 離さんとばかりに偉音の両手をきつく握りしめて、問い詰めるように問い詰めるように顔を近くに寄せてくる。


「全問正解を言えた理由を、教えてくれないか」


 全問正解だってさ。あたし、天才じゃね?

 そんな感想は、冗談でも言えなかった。心理があんまりにも真剣だから、偉音も茶化すことが出来ないのだ。


「え、えーと……」


 偉音は戸惑いながらも、自分が導き出した答えの過程を説明した。


 一問目。

 Kさんのお見舞いに来た人は全員で何人でしょう。


「最初に謝ることがあんだけど、あたしさ、実はあんまり問題を聞いてねぇんだ。だから答えを言えたのもほぼ勘っていうか……」

「知ってるよ。君は長話を大人しく聞ける人ではないからね。大方、途中から飽きて食べることに夢中だったんじゃない?」

「そーだよ、よくわかってんじゃん」

「何年君とつるんでいると思ってるんだい。さてと、それよりも答えをお願いしようか」

「……あー、えっとな、アンタが問題文で『四人の奴らが見舞いに来た』って言ったし、Kさん自身も「AさんとBさんとCさんがきた」って言ってたから普通は四人と答えんだろけど、あたしさ、アンタに質問したじゃん?」

「この話は実際にあった話なのかって奴かい?」

「それそれ。てことはさ、その話を心理が知ってるのっておかしいだろ? もしかしたら他の奴に聞いたのかもしんねぇけど、そのわりには話の内容に詳しすぎるしよ。それにやたらKさん視点で話がすすめられてるのも違和感があったんだ。必ず最後に『Kさんはこう思いました』ってつけてたし。てことは、答えは一つ」

「…………」

「アンタがKさんに話を聞いたってことだ。Dさんがお見舞いに来た後でアンタもKさんのお見舞いに行ったんだろ? もしDさんが来る前に来てたなら、Kさんはお前も含めて四人って言ったはずだからな。つまりDさんにばれずに見舞いに来るとしたらDさんの後ってことだから一番最後。これで五人だ」

「…………」

「それに、AさんからDさんの話を全部知るには一番最後に行くしかないもんな」

「……一応聞くけど、Kさんが嘘を吐いているかもしれないという可能性は考えなかったのかい?」

「そりゃあねぇな。だって嘘を吐く意味がないじゃん。Kさんって性格的に嘘吐けそうじゃないっぽいし」

「なるほど。確かにKさんは嘘が得意じゃないね」

「なんか間違ってるか?」

「いいや、その通りだよ」


 心理は静かに同意した。

 一問目の解答、五人。


 二問目。

 この中で一番得をした人物は誰でしょう?


「これは言うまでもねぇだろ。自分を突き落した犯人は捕まるわ、唯一も問題だった性格は改善されるわ、好かれてないと思ってた連中からは実は好かれててしかも心配までされてるわ、後距離の合った友人とも仲良くなるわの、良いこと尽くしのKさんしかいねぇだろ」

「まあ、普通に考えればそうだね。でも深読みすれば別の人かもしれないって考えるよ」

「あ? 別の人? ……あー、あいつ、Dさんか。あいつなんもしてねぇのになんか不気味なんだよな」

「何にもしてないからこそ不気味なんだよ。問題を見ていればわかるでしょう。彼はKさんの一番傍に居ながら、いつもと変わらない行動しか取らなかったんだ」

「逆に言ったら、いつもと変わらない行動を取ることで他の奴らがいろいろ動いてくれたよな」

「そうだね。お蔭でKさんに好意を持つ人達が分かった」

「あぁ。Dさんは何もしなかったけど傍にはいたからな。Kさんのために頑張る奴らの行動をよく見てたんだろ」

「その時のDさんの心境を是非とも知りたいものだね」

「悪い顔してっぞ心理……深読みっつーと、もしかしたらKさんの『けーかくどおり』って考えもありだな」

「……え?」

「だって階段から落ちたことで、Kさんは結構いいことあったじゃん。そいつ頭良いみてぇだし、もしかしたら自分で考えて実行した可能性もあるじゃんか」

「……あぁ、そう、だね……そういう考えもありだね」


 何だか心理の返事が曖昧だ。自分は何かおかしなことを言ったのだろうか?


「あ、そういえばCさんだって相当怖いぜ。心配しすぎだろ。あれ」

「軽くストーカーの域に達しているね」


 偉音がとりあえず話題を逸らしてみれば、心理は予想通りそっちの話題に食いついた。反応も良いみたいなのでそちらの話を広げることにする。


「あーゆーのって放っておいたら悪化するんだよな」

「そうだね。次第には帰り道が心配だからと、こっそり後をつけていてもおかしくない」

「そうやってKさんに近づくことを考えて起こした行動っつーことも考えとしてはありかもしれねぇな」

「疑ってみると何でも怪しく見えるものだね。でもCさんは、全部心配から来ているから仕方ないんだよ」

「……仕方ないで済むのか?」


 偉音は首を傾げた。心理の日本語はたまに難しいというのが偉音の感想だ。

 二問目の解答、Kさん。


 三問目。

 上記の四人の中で、Kさんの恋人は誰でしょう?


「うちはこの問題を答えられたことに驚きだよ。だってあの偉音くんだよ? 性には興味津々だけど恋愛の『れ』の字も知らなさそうな偉音くんだよ? 絶対に間違えると思っていたのに」

「おい心理、かなり失礼な言い方するじゃんか」

「だって本当のことだし。でも今までの答えにもきちんとした理由があったし、この問題にもちゃんとした理由があるんだよね?」

「理由もなにも、アンタが答え言ったじゃん」

「は?」

「だから、『愛し合う者同士が結ばれた時に付ける名称』って」

「え、うん、言ったけどどういうこと?」

「質問したとき、アンタは『愛し合う者同士が結ばれた時に付ける名称』って答えただろ。あたしはそれをあだ名だと思ったんだよ。で、さっきのメンバーの中であだ名を使ってんのはBさんだけじゃん? だからBさんだと思った」

「……でも、DさんだってKちゃんと呼んでいたよ。もしかしたらあだ名かもしれない」

「確かにDさんはちゃん付けだけど、それが苗字プラスちゃん付けか名前プラスちゃん付けなんて言ってないだろ? それはAさんにもCさんにも言える。それにわざわざ「Kたん」なんて喜善みたいなあだ名をつける奴そーそーいないし」

「そうだね。でも、問題文からしてBさんは普通の友達。という印象を強く与えていたんだけど」

「そりゃあ他の奴らも同じじゃん。Dさんの怪しさでいろいろ隠れてるけど、みんな友達の印象バリバリじゃん。Cさんは先輩だけど。だからあたしは聞いたんだよ。恋人いんのかって」

「…………」

「な、なんだよ。なんで涙目なんだよ」

「……うち、君がここまでの理解力を持っていたことに驚いたよ。感動した。というか何が問題をほとんど聞いてないんだい。きっちりしっかり聞いているじゃないか。ちゃんと覚えているじゃないか」

「あー……いや、それ以外はほとんど聞いてなかったっていうか、たまたま耳に入った言葉だけ覚えてただけだし」

「恵まれた野生の勘だね。最後の問題は結構難易度を高めにしたのに、そこまで見破られるとは思わなかったよ」


 心理は肩を竦めた。これだから彼女の傍にいると飽きないと思った。

 三問目の解答。Bさん。

 さて、これで全ての問題が終わりました。


「どうだったかな、うちの問題は?」


 全てを答え終わった後の心理は何だかご機嫌だった。顔は相変わらず無表情なんだけど、こう……雰囲気的な何かが嬉しそうにしていたのだ。


「別に。ただなんでこんな問題出したのか疑問なんだけど」

「やっぱりそこが気になるんだね。答えてあげたいのはやまやまなんだが、ここも問題形式にしてもいいかな?」

「また問題かよ」

「まあまあ。聞いておくれ」


 面倒くさがる偉音を適当に宥めた心理は、カップをテーブルに置いてからゆっくりと問題を口にした。


 全てが解決したと思われがちな問題ですが、この問題にはまだ続きがあります。それは真犯人です。この事件の、Kさんを突き落とした犯人は捕まりました。しかし真犯人はこの事件が起こることを予知し、敢えて何も対策を取りませんでした。むしろそうなるように犯人を煽ったそうです。

 何故でしょうか? それは欲しいものがあったからです。そのためだけに真犯人は行動に移しました。

 みんなKさんを気遣い、心配していました。それが本心からであればいいのですが、人の心は簡単に覗けません。犯人候補は、Kさんと週に一回電話をするまで仲を取り戻したAさん、人懐こい犬のような恋人のBさん、心配性な先輩Cさん、親友的ポジションのDさん、そして突き通されたKさん本人です。


「――さて、問題です。犯人は誰でしょう?」

「……それがこの問題を出したい意味の答えにつながんの?」

「もちろんさ」


 心理は杏仁豆腐の、妙にすべっこい真っ白なところをスプーンで口に運ぶ。美味しそうに食べている心理は笑顔だ。それが何に対してかはわからない偉音は、それを眺めながらまた答えを考えていた。

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