虎視眈々8

「珍しい鳥を見せてやる」


 愛しい恋人の誘いに、女は何の疑いも持たずに彼の屋敷を訪れた。いつもの笑顔で迎えてくれた男に手土産を渡して屋敷の中へと通されていく。奥へ、奥へ、奥へと。そして男が立ち止まったのは、屋敷の一番奥にある古びた扉の前だった。扉は鎖と錠で固く守られている。女がその理由を問うと男は鳥が逃げないようにだと、また笑った。

 最後の錠が外れ、重い扉が慎重に開かれる。広い室内の中央には高い天井に届きそうなほど大きな鳥籠が置かれており、それを囲むかのように部屋全体にさまざまな花が敷き詰められていた。アイスバーグや薔薇、スミレ、金魚草、桜草、ヒヤシンスなどが咲きほこり、部屋を明るくしている。まるで絵画の世界だと女は絶賛した。

 けれど、鳥籠の中には何もいなかった。不思議がる女をよそに男が彼女の手を掴み、鳥籠の傍へと近づいていく。鳥籠の中には大きな寝台が一つだけ置かれていた。それ以外は何もない。勿論、肝心の鳥の姿もない。もう一度女は問うた。鳥はどこにいるの? 長身の恋人は答えた。


「ここにいるだろ。――綺麗な綺麗な鳥が」


 男が女の背を押した。鳥籠に中に倒れこんだ途端、背後でがちゃりという音がした。慌てて振り返ると籠の入り口が固く閉ざされていた。頑丈な格子の向こうに男が佇んでいた。妖しげな、それでいて狂ったような笑みを浮かべて。


「お前を誰にも渡さない。お前を誰にも触れさせない。お前は俺だけのものだ。俺だけを見つめて、俺だけのために唄えばいい」


 そう囁くと男はここから出してと格子に縋りつく女の手を取り、手の甲に優しくキスを落とした。瞳にはあいかわらず狂気を宿したままで。その日を境にとある屋敷の最奥の部屋では、毎晩囚われた鳥のなき声が木霊した。






 図書館で心理はその章だけを読み終え、閉じた本を棚に戻した。


「灯さーん」


 湿り気を帯びた街を歩いていると、聞き覚えのある声が心理の苗字を呼んだ。心理が立ち止まって振り返ると、オレンジ色の髪をヘアバンドで纏めた少年が笑顔を浮かべながら立っていた。


「久しぶりだね。永久乃くん」

「ハイ久しぶりー。会ったいきなりで悪いんだけどサ、時間ある?」

「この後かい?」

「ウン」

「ごめんね。実は今から友達との約束があるんだ。長い話じゃなかったら、ここで聞くけど」


 まるで誓からそう言われることを予感していたとばかりに、心理はスラスラとでまかせを口にする。友人との予定なんて嘘だ。本当はこの後ビニール袋が付いてこないスーパーに寄って、家で大人しく読書をしようと思っていたところだ。

 しかし、誓も心理が嘘を言っているとわかっているのか、それを聞くと途端に誓の瞳が細められた。――獲物を見据える、捕食前の蛇のような眼つきで。


「ふーん。じゃあ簡潔に言っちまうからここで答えてクンネ? あのサ……」


 誓が一歩近づくと、心理は、以前の偉音が不気味だと思った笑みを浮かべた。誓は気に留めずに言葉を紡ぐ。


「緑チャンがどこにいるか教えてヨ」

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