虎視眈々
手を離さないでと彼は云つた。ずつとずつと繋いでいて欲しいと彼は願つた。離されたら、きつと凍えて死んでしまうからと彼は泣いた。私はその願いを聞き入れて、彼が壊れていくのをじつと見守つた。
繋いだ手がだんだんと冷たくなつていく。それでも私は手を繋いだまま、彼のことだけを想つていた。少しでも私の手の温もりが伝わればいいと祈りながら。最期の時に彼が一瞬笑つたやうに思えて、私はそれだけで幸せだつた。君が笑う。ただ、それだけで。
「翔くん、一つゲームをしないか」
それは突然始まった。
「んあ?」
今日の練習はこうだっただのあの先生の授業は退屈だの、本を読みながらつぎつぎと話題を出していく心理を器用だなと思いながら頷いていれば、そろそろ山盛りになったハンバーガーも食べ終わろうとしていた。
すると、心理は読んでいた本をパタンと閉じ、何の脈絡もなく上記の発言をしたのである。翔は頭上にクエスチョンマークを浮かべていた。
「これからうちが出す問題に答えてほしいんだ。大丈夫、翔くんにもちゃんと理解できるくらい簡単だから」
最後の言い方が馬鹿にされているようにしか聞こえないが、自分が馬鹿なのは理解しているのでスルーした。しかし問題とは一体どんな内容だろう。国語か? 英語か? 化学か? それとも数学? せめて日本史にして下さい。幕末ぐらいまでならまだ答えられるから!
「じゃあ、始めるね」
そんなことを思いながら待っていれば、心理の口から出てきたのは、全く違う類の問題だった。
Kさんという女の子がいました。現在高校一年生で、運動部に所属しています。成績優秀、品行方正、容姿端麗、スポーツ万能、Kさんはとても優秀な人なので家族や先生からも大変好かれ、期待されておりました。
何でも一生懸命でそつなつこなすKさんですが、彼女には決定的にかけているものがありました。
それは性格です。彼女は他人とコミュニケーションを取るのが苦手でした。共感する能力や空気を読む能力が欠けている上に、偏屈で不愛想、友人と呼べる関係がとても少なかったのです。それはもう、両手で数えられるほどしかいません。携帯のアドレス帳なんて寂しいことになっています。
真面目な子なので、最初の一山を越えさえすれば仲良くできるんですけどね。彼女の懐へ入るのはかなり難しいだけで。
才能溢れる上にそんな困った性格なので嫉妬や反感を買いやすく、周囲には多くの敵が存在していました。ですがKさんという人は、図太いのか鈍感なのか馬鹿なのか全く気にしていないのです。友人達が呆れるレベルです。他人に何と言われようと、ただ検品作業の如く自分のやるべきことを行い、過ごしていました。
「そして事件は起こってしまいます」
ある日の休み時間、移動教室のため友人と二人で教室を離れたKさんは、階段を降りようとしたその時何者かに背中を蹴られて階段から落ちてしまいます。頭から血を流したまま気を失ったKさんは、友達の迅速な対応によってすぐに病院へ連れて行かれ、数日の間入院することになりました。
「さて、本題はここからです」
「へ?」
一瞬、心理が得意な国語の問題なのかと思ったけれど、何か違う。翔には問題の意図が分からず、ただ黙って話を聞いているしかなかった。そもそも今までの話は序盤だったのか。
「入院したKさんの元には、四人の客人がやってきました。それぞれ別々の日にお見舞いの品を持って、面会時間ギリギリまで病室に居ました」
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