切磋琢磨 蛇足

「次はあの子だね。あの委員長会議で教師泣かせてた子」

「偽善者乙」

「F組なんだって」

「そうそう、みんなと違うことしててさぁ、いじめてくださいって言ってるようなものだよねぇ?」


 万人に平等に進んでいく時の流れの中で、誰一人として同じ人生を送るものはいない。とはいうけれど。それなら、どうしてこんなにつまらないのだろう。毎日のマンネリ化にうんざりしていた及川涼華あたしは、何か面白いことを探していた。朝起きて食べて学校行って勉強して風呂入って寝る。つまならい、下らない。刺激が足りない。

 学校だって楽しいのは最初だけ、ただ義務みたいにぎゃあぎゃあ騒ぐだけで。友情も恋愛も漫画のネタをパクったような猿以下の芝居。学校が曰くつきの場所とか、漫画みたいに突然変異であたしに不思議な力があったらよかったのにと思う。憧れの世界に溶け込みたい、あの空気を吸いたい。あたしはどこの住民だというくらい飢えていた。

 真面目に正直に生きてる方がバカを見る世界。如何に騙して自分が生きるかを模索するのが正しく生きる道。ただ受付嬢しているだけじゃ始まらないというから、あたしは生徒会に入った。

 学園ものといえばコレだ。会長になれたのは想定外だったけど。嫌でも学校の情報が入って来るからラッキーだと思った。でも期待外れ。この学校の生徒はいい子ちゃんすぎて問題をおこしてくれない。あまりに暇だから、自分から火種トラブルを仕掛けようかとも思ったけど、考えてみるといろいろかったるい。バレたらもっと面倒臭い。


「あー……ほんっと、つまんないなぁ……。あのしばらく休校扱いだったカミカゼヨゾラさん? 何か問題起こしてくれないかなぁ」


 空は青いよどこまでも。給水塔にねっころがった。なんか落っこちてこないかなー。がちゃんと音がして、誰かが入って来た。神風さんと野々宮きららとその取り巻き。どっちが何したんだろ。『首絞め悪魔』とあだ名されるヤツは好かれてないくせにクラスで主導権持ってるしなぁ。あたしにゃ適いませんけど?

 まぁどうせ可愛い喧嘩だろ。授業やクラブ活動を邪魔してるしたわけじゃないし、めんどくさ……あたしのでる幕じゃないね。


「非日常……って、何なのかねぇ」


 例えばだけど、今あたしのいる屋上にいじめる子といじめられる子がやってきてワイワイガヤガヤしないかな。事実は小説より奇なりとは言うけど、現実はどんな没小説よりしけてるのが実情なんだけどな。


「なに考えてんだよ!」


 ナニってあれだよ。あたしの願望、いや欲望だよ。ほんとなんか起きないかな。ちょっと君達、なんか起こしてよ。ちゃんと此処で見てるから。


「何とか言えよ!」


 うるさいなぁ。あたしは今妄想に浸ってんだから邪魔すんなっての。なんだ? ヒーローの登場をご希望かい? どこかの情報屋のように人の上に着地しないまでも、飛び出てみようかと思って下を見た。


「文句があるなら、死ね」


 聞こえたのは綺麗な声。およよ? 野々宮達と……さっき(あたしの脳内で)話題に上がった神風さんじゃないか。なにこれカオス。いやちょい待ち。死ねつったよね? 氏ねじゃなくて死ねって。


「死んで償え」

「っ!」


 うわ、かっけー。ハサミ持ってるし。どこのタワーに出没する殺人鬼ですか、いや、年齢的に赤い髪の天帝キャプテンかな。


「でも、君のために私の貴重な時間を浪費するのは嫌。消えて」

「な、ん」

「私に楯突くならこれくらい覚悟してもらわないと」


 え、やばくない? これっていわゆるイジメ? つか、どっちがどっちを? 身を乗り出して現場を観察してると、あら不思議、神風さんが野々宮のカチューシャをハサミでぶった切った。いや、切ったっていうか、そりおろしたというか。え、カチューシャって鋏で切れんの? だって振り上げただけで切れたし。実はハサミじゃなくてナイフ同士をくっつけたアレなの?


「…………!」

「なーんて、嘘だけど」


 意地悪そうに神風さんがいうと、野々宮はその場に崩れた。


「きららちゃん!」


 叫んで駆け寄る取り巻きにハサミちゃんを向けて神風さんは多分、笑ったんだと思う。


「ありがとう、短い間だったけどすごく楽しかった。私は大満足した、もう怖いことしないよ、」


 ヒィッと悲鳴がもれるその前に、神風さんは鋏を構えた。怒り方は静かでわかりにくいけど、やることは心臓に悪いタイプか。


「だから安心して死ね」


 その言葉を聞いたが最後、放心状態の野々宮を無理矢理立たせて、神風さん以外は屋上から出ていった。電光石火。極悪非道、弱肉強食。それが非日常を望む私の目の前で起きた出来事である。いやはや、これはこれは……。


「……えげつないなぁ」


 ポツリと呟くと神風さんは躰をそらし、私を見上げた。鋼のような度胸だけでなく、地獄耳もお持ちらしい。


「君も、覗きなどなかなか良い趣味していると思うよ」


 あ、やっぱり気づいてた。なんだかそんな気がしたんだよねぇー。


「何? 君も私に文句でも?」

「まさか。滅相もない」


 まさか、深窓の美少女のこんな一面を拝めるなんてね。まぁなんだっていいけど、その鋏の構えやめてくれないかな。下に降りる気配を伺ってたけど、なんだか逆に降りずらくなってしまった。


「……君は自分の人生をつまらないと思ってるんだね」

「っ!」


 見透かしたように言う。


「……そうだね。つまらない。都合のよすぎる世界だと思う」

「…………」


 神風さんは先ほどとは違う笑みを浮かべ、あたしを見上げた。あたしも神風さんを見つめた。


「……でも、君が来て変わったよ。さっきのすっごく面白かった」

「好きものだね、君」

「そんな私に好かれたあなたも相当変わり者だと思う」

「否定はしないよ」


 まるで何もかもわかっているような目をしていた。これであたしと同い年。不思議な気分だよ。どんな生き方してきたんだか。


「……ねぇ、変わり者同士仲良くしようよ」

「生憎だけど、仲良しこよしは苦手。大体君には君を慕ってくれる人間が揃っているでしょう?」

「あたしだってただの仲良しこよしは大嫌い」

「ふうん?」

「でも、君といたらこれから先もっと楽しいことが起こる気がする。私を利用していいから、あたしを楽しませてほしいの」


 あたしは内心必死だった。またとない賭けのチャンス。非日常が見られるなら、あたしはいくらだって手を貸そう。


「…………」


 神風さんは笑った。ニヤニヤと。まるで、そう言うのを待っていた、なんて言いたげな目で。


「成程成程。こんな人間は初めて。生徒会長という素晴らしい権力者からそんなことを言ってもらえるのは」


 そういうと、鋏を持っていない方の手――左手を差し出した。


「っ!」

「私は君を利用して楽しませてもらう。でも、君が私の所為で危険な目にあったとしても私は興味無いし助けはしない。君は私に見返りを求めるな」

「…………」

「それで構わないなら、私は君を受け入れる」

「…………」


 拒むことはできたが、したくはなかった。美少女の#仮面__ペルソナ__#を被った怪物に、私は魂を奪われたのだから。


「共に非日常を謳歌しようじゃないか」


 怪しく笑った夜空さんの手をあたしは取った。来る者は構わないが、去る者は決して許さない。そんな道下師……夜空さんから逃れようとは思っていない。何故か、そんなの簡単だ。逃げられないからだ。


 あたしは窓を開けた。同時に入ってくるのは、柔らかな風とそれに混じる檸檬の匂い。一応今日は晴れているらしい。


「……つまり、あたし達はお互いを利用しあってるだけなの。だからお互いが死のうが泣こうが知ったこっちゃない。でもあたしは夜空さんが好きだし、いなくなったら寂しいから夜空さんに味方してる。夜空さんが、自分でも認識できないくらいに大切な存在になってるんだ。そうなるとあたしは夜空さんを友達だと思ってることになるけどあっちは利用する人間の一人、みたいな感じに思ってると思う。あたしとお金どっちを取るかとか聞かれたら、彼女は間違いなくお金を選ぶね――でもね、柘榴さん」


 息継ぎも惜しくて、言葉を繋ぐ。


「あたしは夜空さんが大好きなんだ。あんたが彼女を傷つけるならその時、あたしは君を許さない」


 そう言って笑顔を向けた。


「歪んでるし普通じゃないよね、あたし達の関係は。でもこれを壊そうものなら容赦はしない」

「……っ!」


 驚愕してるのかな柘榴さん。


「き、きもちわる……」


 そうだよね、こんなの狂ってるとしか言いようがないよね。でもね、あたしはいいんだよ。あたしと夜空あのこがいいんだからいいじゃないの。


「もう一つ教えてあげる。昨日の放課後の時だっけ? あたしもその場にいたよ」

「なっ……!」

「何で言わなかったのよって? だって面白そうだったから。結果あたしと夜空さんの関係を話すことになっちゃったね。まぁいっか」


 あははと笑ったら睨まれた。気持ち悪っ。それでも我慢して顔を耳に近づいて、小さな声で言ってやった。


「嘘つき女」

「……さぁ、何か言ってごらん」


 すると柘榴さんはあたしを押しのけて、足早に教室を出ていった。何だ、つまらない。行動力はあるがおつむと度胸が足りないな。知らないが故に、積もり積もる思い。それが爆発した時、どんな事態が起こるのだろうか。


「……ま、頑張れ。バカオロカなお姫様よ」


 彼女が出ていったドアをぼーっと見ていたら、件のクラスメイトが入って来た。


「ああ、夜空さん。おはよう」

「……数分前に猪のように×さんが階段降りていったけど、何かした?」


 その様子じゃ、さっきの会話を聞いていなかったらしい。てっきり盗聴してるかと思った。


「あたしが思う『愛』について語っていたのだよ」

「気色悪い」


 おっとブルータスよ、お前もかを初体験しちゃった。一蹴した夜空さんは、先週よりは綺麗になった席についた。まだあたし達以外いないし、前から聞いてみたかったことについて聞いてみようと思う。


「夜空さんはさ、」

「私が?」

「今のあたしのこと、友達だと思ってる?」

「…………」


 教科書を出す手が止まった。彼女としては予想外だったらしい。でもそれは一瞬で、すぐに動き出す。


「……どうだろう。お金と比べればそちらを取るし」


 うわやっぱり。期待通りすぎて嬉しいくらいだ。どうせ一方通行な思いですよ。


「……でもまあ」

「ん?」

「今は、お金の次くらいには大事だと思っているよ」

「っ!」


 いつもみたいにさらりと言いのけた。この時のあたしの言う言葉は決まってる。


「……嘘でしょ」


 あたしの自分の顔で最も受けがいい笑顔で言った。すると夜空はまたニヤリと笑った。


「君が好きに望めばいい」

「……え、本当に!?」


 にこっと笑われた。

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