暗中模索
死刑が私刑か。それが問題だ。
「うおおおおおおっ……」
眼があった瞬間、男は狂ったような叫び声を上げて殴りかかってきた。その進行方向にいる制服姿の青年――
手足がバラバラで、彼からすれば珍妙なダンスでも踊っているようにしか見えない攻撃。カウンター気味に鳩尾へと曲げた膝を叩きこめば、腹を抱えるようにして男の躰はクの字に折れる。無防備に晒されたその首を掴んで、手近なコンクリートの壁に容赦なく額を叩きつける。二度三度その行為を繰り返せば、鼠色の壁に赤黒い沁みが滲んでいく。
――人を壊すのは簡単だ。武器なんてものは、実際あってもなくても然したる問題はない。要は、動けなくなるまでやればいい。それだけだ。それだけのことだ。次第にぐったりとし始めた男を無造作に地面に転がした。うつ伏せに倒れた男からは小さな呻き声が聞こえる。
久秀はだらりと力をなくした男の肩を足で転がし、仰向けにした。額は血の赤と皮膚の青が鮮やかに混じっている。膝くらいはへし折っておこうと、膝を踏みつけて体重を乗せようとした時。
ぷぴぷぴ。
駄菓子屋で売っているような、玩具のポンプつきラッパの音がした。振り向くと、一人の少女が立っている。久秀が籍を置いている
――全く気配を覚らせず、空気のように自然に。その姿を確認した久秀の目が剣呑なものになる。少年のように短く無作法に切られた黒髪。若干猫のように釣りあがった、濃いイエローの瞳。制服姿のところを見ると、学校帰りなのだろう。……鞄を持っていないのが気になるところだが。
「ずいぶんお派手にやりましたねえ」
「……何の用かね?」
転がる男を見下ろしながら言う真昼に対する、久秀の質問は至極当然のことだった。ここは、見捨てられて三年は経つ廃ビルの中だ。じめじめとしていて、昼間でも薄暗い、わざわざ滞在時間を割こうとはそう思えない場所である。取り壊す予定があるのかないのか知らないが、古びた立ち入り禁止の札と小学生でも簡単に跨げる高さのチェーンだけが張られているだけで、誰でも入ることはできる。
――とはいえ、こんな場所にわざわざ足を運ぶほどの用があると思うだろうか。真昼の様子を見ても、廃墟マニアには見えない。
「ええ? 別に用ナンカありませんよ。私は、オシリアイが入ってくのが見えたから、ついて来てみただけで。なにか文句でも?」
真昼は顔色一つ変えず、けろりと白状した。
「……別に」
「それにしても」
額が割れた男を見て。
「やりすぎじゃあないですか?」
「彼は覚醒剤か何かをやっているみたいだったからね……起き上がれなくなるまで壊すのは基本だ」
ヤクを使った人間を相手にするのは、相当面倒なのだ。薬の種類によっては、ほとんど痛みを感じない狂戦士になっていたり、狂った思考回路で手加減がきかなくなり、本気で殺そうとしたりする。それゆえに、必要以上に痛めつけることで、『動けなく』するのだ。
まあ今足元に転がっている男は、それほど強いヤクをやっているわけではなさそうではあった。痛みを感じていたし、わけの分からない雄叫びを除いて、言動もそれほどおかしいわけではなかったからだ。久秀は足を折るのが面倒になって、男を転がした。先ほどの攻撃で気を失ったらしく、ピクリとも動かない。
「覚醒剤って、アナタわかるんですかあ?」
「口から独特の甘い匂いがする、瞳が小さくなる、些細なことが気になって落ち着きがない。この三つにあてはまれば、ほぼ確実だ」
「なるほどなるほど。要は甘党のあずみと怒りっぽい繁戒先輩に挙動不審の緑青を加えて三で割った感じということですね」
「……そうだね」
誰だそれは。これが久秀の正直な感想だったが、面倒なので生返事。
「あら? ということならアナタもドーコーが開いて……まさか覚醒剤……!?」
真昼はハッとして、若干距離をとる。久秀は大きな肩を僅かにすくめて冷静に訂正する。
「私は単に生まれつきだ」
「本当ですかあ?」
滑るような歩方で間合いを詰めると、真昼が顔を近付けた。いきなりのことに、流石の久秀も少したじろいでしまう。更に爪先立ちで眼前に迫ってきた真昼は、無防備に目を閉じていた。マッチ棒が乗りそうなくらい長い睫毛に、目が釘つけになる。鼻先が触れるくらいの距離で、クンと鳴る。
「ふむふむ」
納得のいった顔で大きく頷き、すぐに離れた。
「あ、ほんとだ。煙草の匂いしかしませんね」
「…………」
久秀は何とも言えず、とりあえず顔を背けた。何故こんなに動悸が落ち着かないのかは、考えないことにする。その時、ふと感じた自分たち以外の人の気配。久秀と真昼は目を入口に向けた。
「――きゃっ……」
そこには――久秀や真昼の制服とは違うデザインの――制服姿の少女が一人。少女は足元に転がる男と久秀と真昼、それぞれを交互に見比べて、鞄を抱えて後退さる。同世代くらいだろう。どこの生徒かわからないが、真昼よりはいくらか大人びた顔立ちだ。久秀は目を細めて少女に近づくと、いきなり拳を振り上げた。
「何を!」
しかし、真昼が間に入り、久秀の拳を払うようにして受け流す。そのまま後ろに回りこみ、腕の関節を取ろうとしてきたので、久秀は肘を曲げてそれを防いだ。少女はその間にぺたりとその場にへたり込み、顔を蒼白にして久秀を仰ぎ見るしかない。久秀は舌舐めずりした。もちろん少女にではなく――久秀の攻撃をやすやすと受け流し、非難するような目で睨みつけている真昼に。
「……どうして殴ろうとしたんですか」
「…………」
真昼の問いには応えず、少女に向かって不気味に嗤うと拳を握りしめた。
「ちょっと待ちなさい」
ざっと久秀の前に、真昼が立ち塞がる。
「ワケもなく殴るんですか? オンナノコを?」
「男とか女とか、関係があるのかね?」
「そういうことを聞いてるんじゃねーですよ」
久秀は、応える義務はないとばかりに肩を竦めてみせた。真昼がどう反応するかわかっていて、敢えてそうした。
「……もういいですよ」
真昼は静かに呟くと、少女をかばうように前に出た。
「この子を殴るっていうなら私を潰してからに……しなァ!」
久秀の返事を待たずに、真昼が鋭い蹴りを放った。しょっぱなから、急所狙い。つまり下半身――股間だ。股下からの攻撃が来ることを読んでいた久秀は、右足を一歩斜め後ろに引き、半身の構えで真昼の足を捕まえにかかる。真昼は行儀悪く舌を打つと、力任せに右足を引き抜いた。
スピードと動体視力では真昼の方が上だ。久秀は真昼の足をそのままあっさり逃がすと、真昼が体勢を立て直すよりも速く一歩踏み込み、コンパクトに左拳を下から打ち出した。
そのショートアッパーは、後ろに躰を反らすことで躱された。続け様の右も、素早く体勢を立て直した真昼に簡単にいなされてしまう。 久秀の長い腕が戻りきる前に懐に入った真昼は、右足を軸にぐるりと躰を回転させた。
その狙いは、遠心力とカウンターの相乗効果が加わったバックハンドブローを、青年の顔面に叩き込むことだろう。久秀は真昼の拳が顔面に爆発する前に、脹脛を踏み抜いた。真昼の軸足の、膝の裏をである。刹那、かくんと彼女の膝が落ちる。更に落ちた真昼の頭を目がけて、肘を立てる。
だが、腰が落ちてのと身長差のために顔面に届かないとみるや否や、真昼は自分から沈み込み、足払いに転じていた。そのため振り抜いたその肘は意味をなさず――真昼の足を踏んでいた作用と回転を加えた鋭い足払いに、久秀のバランスが崩れる。何とか倒れずに踏み留まったものの、そこへ身を起こすことなく、下から変則的な回し蹴りを放たれたそれを、躰を無理矢理右方に傾けて躱す。
ひゅうんと、耳元を掠めていく鋭い蹴りに、鳥肌が立つ。後少し。反応が僅かでも遅れていたら、意識まで刈り取られていたかもしれない。
足を下ろす際に、躰をぐるりと横に捻って久秀から距離を取る真昼が立ち上がるタイミングに、今度は久秀の右上段蹴り。これを腕で防ごうとした真昼だったが、当たる前にベクトルを転換。踵落としに切り替える。 もはや慣性の法則無視の切り替えに、真昼は横に飛び退いた。そこへ踵落としから踏み込んで、久秀の喉へ水平に手刀を放つ。
しかし、それは首筋の薄皮を掠めただけに終わった。身を反らせて躱した真昼はそのまま一度バク転、素早く少女の前に戻る。そして低い体勢で重心を後ろにかける。
受け身の構え。とりあえずは少女の守りに徹しようということなのだろう。久秀は口角を吊り上げた。
「……何故その娘を殴るか、聞いたね?」
「…………」
「その訳を教えてあげよう」
久秀は構えを解く。
「その彼女も、ツッコンデいるよ、薬を」
「ナニ戯言を――」
背中にかばわれている少女がひゅっと息を呑むのを、真昼は目の端で捕えた。まさかと引きつった顔で真昼は少女を振り返る。少女はへたりこんだ体勢そのまま、もともと白い顔をさらに青くして肩を震わせていた。
「では聞くが、こんな廃屋に何の用があるというのかね? こんなヤク中の男などがわんさか出るところに女人が一人で」
「そっ……」
真昼は久秀が顎で示した男をさっと見た。【売人】という単語が浮かぶ。
「で、でもどこに持ってんですか」
「個人に売るなら、ポケットの中に入る量で十分だろう」
「でもっ」
「彼らの用語では
久秀は真昼のしかけた反論を容赦なく遮る。
「今はそれが一番流通しているらしいからね……女人の場合は、大方ダイエット効果狙いというところだろう」
「…………」
「どうだい覚醒剤は。射った瞬間――いいや、この頃は熱して吸うのだったか――その一瞬だけ寒気がして、あとはだんだんハイになってく。嫌なことは忘れられて、食欲もわかないし眠くもならない。私は知らないが、最高なのだろうね」
「つーかアナタ、なんでそんなに詳しいんですか?」
真昼の最もな疑いの眼差しをさらりと流し、久秀は無言で少女を見下ろした。少女は肯定もしないが否定もしない。うつむいて、久秀の言葉に脅えている。覚醒剤のダイエット効果というものは確かなもので、その辺の胡散臭いダイエット食品なんかより余程てっとり早い。
他にも、
しかし、この歳かつしかも女で【物足りない】とかいうのは流石に少ないだろう。それはともかく、今の子どもというのは、サラリーマンより金を持っている上、中毒に陥りやすい。売人のいいカモとなっているのが現状だ。
「……で、でもっ」
やっと話せるようになった少女はか細い声を絞り出す。
「私、まだ三回しかやってなくて」
「戯言だね。【まだ一回】も何も、【持っているだけ】で犯罪なんだよ。一グラム一年の懲役がつくの知らないのかね?」
「……え?」
知らなかったらしい。なんとまあ、無知なことか。
「大麻ならともかく、覚醒剤というのは依存性が強いんだ。骨の髄まで、絞り取られるしかない」
「……が、学校と親には言わないで」
少女は今にも泣き出しそうな声で言った。久秀は目をすがめて、舌を打つ。こういう女は煩わしい。これで腹も膨れない身の上話なんか始めてきたら、力ずくでも黙らせてやろうと心に決める。
「別に密告するなんて真似はしないよ」
面倒だし。適当に応えた。
「あ、あたし、まだ高校受験が控えて……」
「……何だって?」
ということは中学生か。久秀はうろんげに、少女をもう一度観察した。クリーム色のシャツの上からもはっきりとわかるくらいの――少女の胸元を押し上げる双丘に、スカートから覗く色香立つ太股。そして、真昼のどこにもとっかかりがないなだらかな躰つき(よく言えばスレンダー悪く言えば貧乳)を見比べて――深くため息。
「……嘘つくならもっとマシなものができないのかね」
「おーい、オニイサン、誰と比べやがりまして? というか何ですかそのため息? 哀れみ? 哀れみですかコラ。ぶっ潰しますよマジで」
「まあ、それが本当だとしたら」
久秀は真昼を押し退けて少女に歩み寄ると、身を屈めて少女の細い顎を掴み、強引に上を向かせた。ヒッと少女はひきつった声を上げる。久秀は目つきがよろしくない上に最初にいきなり殴りかかったのが、相当怖かったらしい。目尻に涙を溜めたままの青い目が、久秀を捕えた。久出はにやりと笑うと、声のトーンを変えた。
「勿体ないことをするんじゃない」
吐息混じりの囁き。
「せっかくそんな魅力的な躰しているのだから」
「っ……」
【こういうこと】に全く免疫がないのか、少女の頬はみるみる上気していく。
「命が惜しければもうやめておきたまえ。くだらないヤクなんて」
「は……はい」
少女はほぼ呆然と頷く。まるで小鳩だ。
「よし」
久秀は唇の端を上げた。
「薬物卒業記念にどうだい? 私と」
「こンのセクハラヤンキーがァァァ!」
久秀は背後から放たれた真昼の飛び蹴りをひょいと躱す。奇襲をしかけた真昼は、再び少女をかばうように前に立ちはだかる。久秀が少女に何かしようとしたら、すぐにでも攻撃すると警告するように低く半身に構えた。
「ロリコン! 変態! 強姦魔! 色情狂! スケコマシィィィ!」
思い付く限りのバリゾーゴン。
「酷い言いようじゃないか。そもそも逆セクハラ生物にどうこう言われる筋合いはないはずだがな」
「これが言わずにおられますか! このお嬢さんにはこれ以上変なことさせませんよコノヤロー!」
「何もしていないだろう。まだ」
ひょうひょうと。ぬけぬけと、久秀は全てをかわす。
「まだってする気マンマンじゃァないですか!」
「こんな魅力的な躰をしているんだ。薬で壊れる前に使わなければ損だろう」
「何に使う気ですか」
「続きはベッドで聞かせてあげよう」
「イッペン逝ってコォォォイ!」
ぎゃんぎゃんと目の前で繰り広げられるやり取りに、少女はぽかんとしていた。だが、やがて妙なやりとりに少し笑った。普通に笑ったことでか、それとも直前に久秀のフェロモンを直に浴びたからかはしらないが、血色が戻った少女の顔は子どもらしくあどけない顔立ちになった。
真昼は久秀に構えを解き、少女に手を差し出す。おずおずとその手を握ってくる少女を引っ張り、立ち上がらせた。どう見ても真昼の方が幼い。やっぱりこの格差がねと考えたところで、一睨みされた。
「じゃ、もう帰りなさい」
「え、でも」
「誰にも言いませんよ。なんにも聞きませんから、もうこんなのやめなさいね」
「……はい」
少女は少し戸惑い、頷いた。先程、久秀に迫られていた時よりも力強く。
「そうだね、」
久秀は真昼を指差す。
「薬物なんてつまらないものを使っていると、将来こんな貧相な見てくれに」
「エロ不良さんはもう黙ってなさい。再起不能にされたいんですか?」
真昼は久秀が言い終わる前にげしっと彼の脛に蹴りを飛ばす。久秀でも地味に痛かったようですまし顔が一瞬歪んだ。少女は逡巡の末、ペコリと丁寧に頭を下げてから出ていった。元来礼儀正しく、大人しいタイプなのだろう。だが、そういう子どもほど、一歩踏み外せばどうなるかわからない。――少女が完全に見えなくなってから、真昼は隣の青年に話しかけた。
「……あの子、やめられると思いますか」
「どうだかね。薬で人生無駄にするのも彼女の勝手だ」
「はいい? そんな放任主義ならどうして殴ろうとしたんですの。止めようとされたんじゃ?」
「……薬物中毒がアルコール中毒者より気に喰わなくてね」
「……子どもですか」
それなりに人生経験を積んでいれば、覚醒剤は『やってはいけないもの』だとわかっているはずだ。この情報化社会において、覚醒剤中毒者の末路を知らない者の数など少ないのだから。
『痩せたい』『刺激が欲しい』という欲望をクスリに求める願望の他に、『楽になりたい』――そんな自殺願望的なものが関係していると思えはしないだろうか。つまり、自分自信を傷つける自傷行為の一つだと。うつ病か、アルコール依存のような。――まあそれも憶測にすぎないが。
「でも、よかったです」
「……何の話だい」
「これでアナタはあの子に手出しデキナイ」
にやりと得意げに笑う。――だが残念な話、久秀はもう少女の顔も覚えていない。最初からあの少女に手を出す気はなかったのだ。――久秀にとって、本気で口説いてもいいと思っているのは、たった一人なのだが。それは真昼に近しい人間で、先程の少女を守れたことを誇らしげに思っている彼女は、それには気付かないし久秀もわざわざ説明してやる気はない。
しかし、この穏やかな沈黙はそう続かなかった。ばたばたと、騒がしい足音が向かって来たからだ。一瞬少女がまた戻って来たのかと思ったが、どうも違う。警察だったりしたら面倒だと、真昼と目配せした時。
「クソッ」
何かにつまずいたのか、柄悪く毒突く声がした。――その声には聞き覚えが、二人にはあった。
「――いた! この大馬鹿が、人様に鞄押し付けておいて一体どこに――あ? 天空の?」
「……何だ君か」
現れるなり久秀と真昼を見比べて、ひどく嫌そうな顔をする紅眼の少年――
「貴様ら何をしていた」
「何を仰るんですか繁戒先輩。何と聞かれたら、私達ナニをしておりましたと答えるしかないじゃないですか」
「何だと!?」
ギョッとする繁戒に、久秀は面倒臭そうに訂正する。
「勝手におかしな想像をしてくれるんじゃない。こんな躰に欲情するほど私は飢えてはいないよ」
「……どういう意味ですかそれ」
「そのままの意味だが?」
「そのまんまって何ですの。東の方ですか? コメディアン志望?」
「私は獣姦趣味はないということさ」
「なるほどじゅうか……って誰が獣だァァァ!」
「安心したまえ。君しかいないよ」
コントに興味のない久秀は、漫才のツッコミにしては激しすぎる真昼の拳をあっさり躱した。何故だか、今日の真昼は好戦的である(真昼にとっての喧嘩とは、趣味ではなく一種のコミュニケーションらしい)。先程の、短いが本気の喧嘩で血が滾っているのかもしれない。ますます獣である。
しかし繁戒の『弾丞ってこんなに喋るヤツだったのか?』という視線に気付いて、口を閉ざす。真昼も久秀の表情の変化に気付いたのか、拳を収めた。
どうやら逆セクハラ破天荒ヒト型ポメラニアンと同じ場所にいると、らしくなく饒舌になってしまうようだ。そんな事実を理解しても納得する気はないが、認めざるを得ない。
「で、君は何の用かね」
久秀は誤魔化しの意図も含めて、なるべく無愛想に繁戒に問う。
「俺はこいつから預かったブツを返しにきただけだ」
繁戒は答えと共に、真昼のものらしい鞄を掲げる。本人はぽんと手を打つ。
「ああ、そうでしたでしたー。ありがとうございますー。あ、でも勝手に漁ってないでしょーね」
「誰が漁るか失礼な! というかわざわざ預かっていてやった俺への礼はどうした礼は」
「ではポテトのLサイズ追加というコトで」
「それは礼と違う」
何やら一緒に帰っていたらしい会話に、久秀がニヤニヤと口を挟んだ。
「何だ、そういう仲だったのかい」
「まっさかー」
真昼は肩を竦めた。
「今日は一緒に遊ぶという約束をしているだけです」
「ふうん?」
「おい勘繰るんじゃないぞ。弟やこいつの友人達も一緒だ」
「はいはい。マックさんで燃料補給したら、アブサン会系事務所にぶっこみ、」
「それは言わんでいい」
がばっと繁戒が真昼の口を塞いだ。
「悪いな弾丞。他のヤツら待たせているから行くわ」
ふごふごと口を封じられた真昼が、恨みがましい目で繁戒を睨んだがスルーされていた。久秀は何やら物騒な台詞を聞いたような気がしたが、関係ないことだと聞き流すことにした。これ以上(一人でも面倒なのに)彼らの妙なことに巻き込まれるのはごめんだ。
「それで、アナタはどうするんですの?」
なんとか繁戒の手を退けた真昼が聞く。かなり今更だが。
「私はこの男を片付けてから帰るよ」
「埋めるのですね?」
「人を勝手に殺人鬼にするんじゃない」
「でも、死体が出てこなければ犯罪も事件も成立しないじゃありませんか」
「貴様は何さらっと恐ろしいことぬかしているんだ!」
身も蓋もない問題発言に、すかさず繁戒のツッコミが入る。一気にうるさくなったと久秀は眉を顰めるしかない。
「埋めはしないよ、静かにさせるだけさ」
「何事もほどほどが一番ですよお」
真昼は笑った。彼女は止める気はないようだ。この男が、女の子に売りつけた可能性を察したからだろう。法律の目を掻い潜って買ったのは少女の責任だとしても、売りつけられなければ買わなかったかもしれない。だから、八つ当たりに近いとしても、真昼も男を殴ってやりたいに決まっている。久秀が殴れるところがなくなるまで痛めつけてなかったなら、そうしていたはずだ。
「ほらほら、いきましょうか」
男のことについてはすっかり蚊帳の外だ。それでも詳しく聞きたそうにしている(野次馬根性ではなく保護者的なものからだろう)繁戒だったが、真昼はしがみ付いてせかしてくる。
「腰にくっつくな、歩き難いだろ」
繁戒は怒鳴りながらもそれに従う。真昼は一度振り返ると、ニッと笑った。小娘にしてはどこか奇妙に危うい艶を漂わせて。
「――ではまたご縁がありましたら」
久秀は応えずに、背を向けて軽く手を振った。
「オイコラ、貴様自分の鞄は持っていけ!」
次いで、繁戒が急に駆け出した真昼を追っていく。顔はヤクザものだがアレはたぶん嫁に尻に敷かれるタイプだな。なんてことを考えながら、久秀はおもむろに男に歩み寄った。
男の薄くなりつつある頭髪をわし掴んで乱暴に顔を上げさせる。意識が戻ってきたのか、焦点の合わない目を開けた男に、にたりと笑った。とりあえずこのまま絞め上げて、麻薬販売ルートを聞き出す。恐らく一人から一気に大元へ届くことはないだろうが、時間をかけてでも大元を叩くのだ。
――【
「さァて、君には聞きたいことがある」
――それはそれは、いい暇潰しにはなりそうだった。
何であれ、選んだ後は全力で生きましょう。
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