第2話 ふふ いい加減にしろよおとうさん お前みたいなやつはもっと苦しめてやる……
それは数日前の朝に起きた出来事だった。
「いやぁ、本当に良かった」
「……なにが?」
俺はインスタントの味噌汁を飲みながら、上機嫌でスマホをいじる親父のアホ面を眺めていた。親父は満面の笑み。一方で俺は仏頂面のまま。何せ、親父にとって良かったことが、俺にとって良かったことなど一度もないのだから。
「端的に言ってしまえば、お前が女装してデートすればお金が手に入るってことよ」
俺は素っ頓狂な話を聞いて、口に含んでいた味噌汁を思わず吹き出した。
「…………ッゲホ! ゲホッ! 俺が女装してデート?! 何も良くねぇよクソ親父!」
ホントにロクでもない話だった。俺はその話を少しでもいい話だと思った親父の頭のつくりを疑ってしまう。
しかし、親父は聞く耳を持たず、俺にスマホの画面を押し付ける様に見せてくる。
「ほら見ろミサオ。このサイトに掲載されている内容を」
「……なになに、『四星財閥の跡取り息子が彼女募集中?! デートするだけで百万円。相性が合えば一緒に豪邸に暮らせます』…………これを、息子である俺にやらせると?」
「うん、そうだよ」
悪びれる様子などなさそうだ。え、なんでそんな純粋な目をしてイカレたことを口にできるの? サイコパスなの?
「……俺、男だけど」
「似合うと思うよ」
「そういう問題じゃないと思うんだけど」
日本語通じてねぇ。と言うよりも、女装でそれを突き通せると思ってしまう親父がヤバい。ところがどっこい、親父はさらにこんなことを言う。
「だってウチ、貧乏だよ」
「どうして貧乏だからって俺の人権は無視されるの?!」
親父よ、穢れなき目で何を言っているの? そういう問題じゃないよ。越えられない垣根をグレーゾーンで飛び越えようとしているけれど、確実に激突するやつだよ。
とにかく、俺はこの狂った父親の目を覚まさなければならない。悪は成敗されるべきだ。許せ父よ。
にこやかに笑う親父の首に、俺は手を掛けようとする。それを見た親父は必死の抵抗を見せる。
「……な、何をする息子よ! お前、ついに気が違ったか!」
「親父に言われたかなねーな……! あとよぉ、俺はね、親父に掛かっている保険金を貰った方がよっぽど効率的だと思うんだが!」
「やめろぉ! 家庭内暴力だ!」
「それはこっちの台詞だクソ親父! 嫌がる息子に無理矢理女装させる方がよっぽどだと思うぜ! それに、息子の体裁を売ってまで金が欲しいってのか?!」
「ああそうさ! お前が恥かくだけでこっちは金が手に入るってんだよ!」
とんでもねぇ父親がいたものだ。更に、親父は重ねてこんなことを言う。
「旅の恥は掻き捨てというではないか」
「……代わりに親父を天国へ旅立たせてやろうか?」
何て父親だ。テレビで特番を組まれてもおかしく無いくらいクレイジーなダディだぜ。
「まぁまぁ、そんなことを言う前に鏡に立ってみなって」
そう言いながら親父は俺の腕をつかむ。そしてそのまま引きずられてしまう。
「……って、ちょっ! なんだよそれはッ!」
そして、俺は無理やり親父に連行され、衣装鏡の前に立たされた。そこには仏頂面の、不機嫌そうなクソガキが、さも文句言いたげに突っ立っていた。まぁ、俺なんだけど。
散髪もロクに行かせてくれないものだから、髪も少し伸びている。うっとうしいので後ろで束ねてしまっているが。ただ、髪が痛むのも嫌なので、手入れだけは欠かさない。そのおかげもあってか無駄にツヤがいい。さて、それをほどくとどうだろう。親父が俺の髪ゴムを外すと、俺の髪はさらりと肩に落ちて、急に女の子っぽくなってしまった。
「お客様。お似合いですよ」
「誰が客だ! 誰が!」
なんでアパレルの店員感出したんだ。と思っていたら、親父の片手には真っ白なワンピースが掲げられていた。戦慄する俺と、爽やかスマイルをする親父。その次に起きた出来事は言うまでもない。
「……うぅっ……こんな……こんな事ってッ……!」
気が付けば、鏡の前には涙目になって顔を真っ赤にさせる、純白のワンピースをまとった美少女がいた。もちろんそれは俺の事で、無駄に似合ってしまうことが腹立たしくて仕方がない。
「これでばっちりですねお客様」
「だから誰が客だっ! こんな姿誰かに見られたら婿に行けなくなっちゃう……」
「うるせぇ! 男なら堂々としやがれ!」
「やかましい! 今は女だ!!」
理不尽極まりない。なんで俺、怒られてるの? 情緒不安定なの?
「でも、本当に似合ってる。かわいいよ」
え、なにその
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
いろいろな事を考えすぎて、発狂する俺。だめだ、これ以上鏡の中の自分を眺めてしまったらおかしくなってしまう。
「覚悟は決まったようだな。俺はできてる」
「親父が覚悟できてても仕方ねーだろ!」
しかし、そう思いながらもぎらついた目をした親父は止められないだろう。ええい、もうどうにでもなれだ。
それに、演技は得意だ。昔、親父がタレントの養成所に俺を入れたことがある。金になると思ったのだろう。結局のところ、親父が養成所に通わせる金がなくて諦めることになったのだが。
まぁ、そんなことはどうでもいいさ。こうなったら全力で相手を騙してやる。金だけ貰ったらとっととオサラバよ。
かくして、俺はこの戦いに身を投じることになったのであった。
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