第3話 つかもうぜ! ゴールデンボール!
……とか何とかあって、今に至る。今の俺の名前は『ミサオ』ならぬ『ミサ』だ。
そして、ミサこと俺は、このお坊ちゃんであるテイの手を繋いでいる。カフェで、悩める彼の話に懸命に耳を傾け、時に全力で応えてあげる。あぁ、なんていい彼女なんでしょう。そして、俺頑張り過ぎ。自分にご褒美してあげたい。
「とにかく大丈夫ですよ! テイさんは私から見ても素敵な方だと思います……!」
けれども、テイは照れるばかりで、もじもじしながらこう答えるのであった。
「……う、うん」
それだけ!? 俺がここまで迫真の演技をしてそれだけですか?! やめたくなりますよ! 俺が身を
とにかく、俺はいったん落ち着いて席に座る。
「す、すいません……感情的になってしまって……」
そしてすかさず照れ隠し。俺は顔を赤らめ、もじもじしながら、申し訳なさそうにうつむく。そうさ、俺だって考え無しではない。ちゃんとプランAだけでなくBも控えているさ。油断せずいこう。
そして、テイが俺の様子を見てハッとした瞬間に……カウンター発動! 『儚げにはにかむ』!!
このカウンターが発動した時、相手は発動側の心情に感化され、余計な心理描写まで読み込んで罪悪感を誘発させる。同時に、それを
すると、今度はテイが身を乗り出してきた。少し恥ずかしそうにしている。
堕ちたな。
などと思っていると、テイが口を開く。
「あ、あのっ……!」
やったか? ……と思っていたのだが。
「ちょっと、ボク、トイレに行ってきますね」
それは不発に終わるのであった。
しかし、ここでトイレ?! 何てヤロウだこいつは! そういうのはもっと早く済ませてこいこの小便小僧!
「ど、どうぞー……」
何だか拍子抜けしてしまう。開幕からだが、彼はちょっとずれている。この鈍感っぷり、ラノベの主人公か何かだろうか。
そして、しばらくしてテイは戻ってきた。飲み物は全てのみ終わっていて、時間もだいぶ経っている。なら別のところにそろそろ行くべきだろう。
「じゃあそろそろ出ましょうかね?」
俺は優しくそう告げると、テイもうなずく。すると、テイは自身のポケットに手を入れる。どうやら財布を探し始めたようだが、そんなことを気にする必要は無い。何故なら、
「大丈夫ですよ。お会計は私が済ませましたから」
そうして俺は微笑む。完璧だ。完璧な彼女だ。
しかし、それを知ったテイは少ししょんぼりしているようだった。もしかしたら会計をテイが持とうと心構えしていたのかも知れない。ちょっと、失敗したかなと思ってしまう。
「……本当はボクが払うところを、ごめんなさい」
「あ、気になさらないでください。大丈夫ですよ!」
俺はすかさずフォローするようにした。けれども、テイからしたら面白くないだろうなぁ。心の底から申し訳なく思う。
しかし、テイは本当に俺と遊んでいて楽しいと思っているのだろうか。あまり乗る気には見えないし、出会った時から俺と距離を置いているような気さえした。
もしかして、女の子が苦手なのだろうか。そういえば父親の指示でこんなことになっているんだっけ。そう考えると、ちょっとかわいそうだ。せっかく遊びに出ているのに、毎回居心地悪いのはいかがなものなのだろうか。ただの時間の無駄としか思えない。
それに、高校生で彼女がいないなんて別に普通の事だろう。まぁ、俺もいないんだけどな!!
とにかく、こんなことは親が強制する事では無い。だったら、今日くらい気遣いなく遊んでほしいものだと思ってしまう。俺は所詮、女装した男だ。俺が彼とこのまま付き合える訳がない。だとしたら、俺がするべきことはきっと一つしかない。
「テイさん!」
俺は思わずテイの手を取った。テイはちょっと驚いた顔をして、俺をまじまじと見る。
「あ、え……! な、なんでしょう……?」
その時に俺がしていた表情が自分には分からない。けれど、きっと、俺がテイへ向けた表情は演技とか計算してつくろったものではなくて、彼の事を想ってできたものだと思っている。
「いろんなとこに、行ってみましょうか」
「え……ちょっ……!」
そう言って、俺はテイの手を引いて店を出る。テイをどこに連れて行こうか、どうしたら楽しんでもらえるだろうか、なんてことを今になっては考えている。初めの気持ちとは打って変わって、なんだか楽しくなってきた。ただ単純に彼に楽しんで欲しくて仕方がなかった。
「……ミサさんはいいんですか? ミサさんは、ボクなんかと一緒にいることが嫌じゃないんですか? インターネットの公募で決まった出会いですよ?」
テイは不安そうにする。でも俺はそれに対する答えを知っている。だって二人はお互いに押し付けられた関係。だからこそ、俺にはするべきことが分かっている。
「デートとか男女とか誰かに言われたからとか、そんなの関係ないんです。今日は遊んでいるんですよ。だとしたら、楽しまなくちゃ」
俺はテイに笑って見せる。ちょっといたずらっ気があって、男の子っぽかったかもしれない。けれども、何だかそんなことは、どうでもいい気がした。
俺もそうだ。気を遣って欲しくないし、気取っても欲しくない。自然に笑ってくれるだけいい。ただ単純に楽しんでくれればいい。今日はそんな日にしたかった。
そうしたら、その想いが伝わったのか、俺が握った手を彼は強く握り返してくれた。なんだか、信頼されたようでたまらなく嬉しかった。
その後は、時間を忘れるくらいデートを楽しんだ。
まず、ショッピングモールで買い物をした。色んな服を見ていると、テイは意外にも俺に色んな服を勧めてきた。あれが似合うだ、これが似合うだと言って、更にはテイが俺に服を買おうかと言うものだから、俺はそれを必死に断った。そんなものを持ち帰ったら親父にどやされてしまうだろう。けれど、結局テイがしょんぼりとするので買ってもらうことにした。このままでは変な趣味に目覚めてしまいそうな自分が恐ろしい。
次にカラオケに行った。テイは意外にも歌が上手で、高音の女性ボーカルでも難なく歌い切っていた。俺は残念ながら元気ハツラツな熱い男性ボーカルの曲が好きなので、なるべく歌わないようにしていた。キャラ崩壊だけは、避けねばならぬ。
……かと言って歌わない訳にもいかないので、最近の流行りの歌に挑戦してみたが、女性っぽく歌えず撃沈した。その様子があまりにひどかったので、俺は思わず笑ってしまい、それにつられて、テイも笑ってくれた。なんだか、そんな些細な事でも嬉しかった。
そして、楽しい時間は思いのほか早く過ぎ去ってしまう。
「次は、あれに行ってみましょう!」
俺はこの街にある小さな遊園地の観覧車を指さして、無邪気に笑って見せる。もう、テイが男であることはとうに忘れていて、もはや関係なくなっていた。
「……いいですね。ボクも、乗ってみたいな」
テイは観覧車と、その背景に映る夕陽を切なそうに眺めていた。もう辺りは少しずつ暗くなっている。今日がもう終わろうとしている。テイは日が沈んでゆくその後姿から視線を外さない。行かないでと言うかのように、名残惜しそうに。
それを見て、何だか俺も少しさびしくなってしまう。だって、きっともうテイと会うことは無いだろうから。俺はテイにとって今日だけの彼女だから。
今度はテイが心に決めた女の子に出会って、その子と楽しく遊べるようになって欲しいものだ。本当はテイを楽しませるべき人は俺じゃない。すまないけれど、俺は男だから。
そんなことを考えて俺は少し悲しくなったけれど、気を取り直して笑顔をテイへ向ける。
「じゃあ、行きましょうか」
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