第2話
そして事態は起こってしまう。
話は振り出しに戻る。
朝起きたら、明らかに記憶が抜け落ちている。
これは自分の感覚なので間違いない。
実際に自分の身に起こったことを考えるとにわかには信じられない事だが、こんな都合よく記憶喪失になる筈がない。
となると当然かの噂が関係してくる事は明白だろう。
「いや……意味わかんねえ…。」
盗まれたのは記憶? それも盗まれたものは不明。
警察に被害届を出す? 取り合ってくれるはずがない。
考える程に混乱だけが残る。
学校に着いても考えは止まらなかった。
人間の人格はその大部分が記憶によって形成されているというのを聞いた事がある。
それ故に、記憶とはそれだけ大事なものであるというのを否が応でも身をもって思い知ることになった。
探し物をしようにもその探し物が何か分からないというのだから既に目的を見失っているようなものだ。
ただ、何も出来ないがゆえの焦燥感が自身を支配していくのを感じた。
「ねえ、どうしたの?」
急に話しかけられて、驚いてかなりの速度で横を向き、動揺が目に取れる様に反応している自分を情けないと思った。
しかし、その話かけられた相手はなんと朝比奈さんであった。
「あ、朝比奈さん。珍しいね。」
なんとか平然を装い、僕はそう答えた。
「なんか悩んでそうな顔してたからつい話しかけちゃったけど、どうしたの?」
と、ここで優しさを見せてくれる朝比奈さん。
今の僕にとってその優しさは正直に有難いものだった。
しかし、昨日のその話題を振ったばかりとはいえこんな話をそうそう信じてくれる訳が無い。
「…いや、なんでもないよ。」
「なんでもなくないでしょ、だってさっきの神澤くんの顔が凄く辛そうに見えたのに。」
しかし、彼女は引き下がらなかった。
「何か困った事があるなら、なんでも相談に乗るよ。」
「……。」
それでも彼女の僕を心配してくれているというのは本当のようで、そしてそんな僕を気遣ってくれているのにそれに応えないというのは失礼な気さえもしてきた。
「じゃあ、話すけどさ。」
どうにでもなれだ。
「信じられないだろうけど……僕、記憶泥棒に記憶を盗まれたらしいんだよね……。」
「え……。」
反応は予想通り。
そんな話、逆に僕がされたら同じ反応を多分返す。
しかし彼女は机に強く両手を着いて。
「それ!? 本当なの!?」
「ふぇ?」
こちらに顔を近づけて声を荒らげそう言った。
何があった? と周りのギャラリーの視線を一斉に浴びるのを感じた。
「あ…ごめん。その…また後で話そ。」
そして、朝比奈さんは僕の耳元でこう囁く。
「放課後図書室で。」
そして彼女は去り、教室に元の喧騒が戻ってきた。
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