第38話 港にて

「あつまってるな。銀行屋ぎんこうやがいなくて、つごうがいい」

 開口一番かいこういちばん、チェロキーはいいました。

「どこいってたんだよ」

「おまえとおなじだよ。さがしていたのに、きまってるだろ。土砂崩どしゃくずれを迂回うかいして、反対側はんたいがわからまわりこんでいたんだ。荷台にだいにバイクもあったが、おろすのが面倒めんどうだっだし、おまえもいたしな」

「どうした? 子度藻をせないのか? やつを待っているのか?」

 ダイがなにか言おうとすると、ママがうでを引っぱりました。

 二人はだまりこみました。

「まあ、そんなこったろうとは、思ってたけどな」

 うすらわらいをうかべる、チェロキー。

「なにがおかしい?」

「行かないんだろ?」

 二人の顔色かおいろを見くらべ、

ふねは出さないんだろ? 図星ずぼしか」

 困惑こんわくしつつ二人とも、まだ、おたがいのかおを見合わさずにいました。

「そう警戒けいかいするなよ。べつに、どうもしないぜ(笑)」

 だまりこくったままの二人。

「どうするんだ? このまま、じっとしていてもはじまらんが」

 制止せいしするママをおさえ、ダイが口を開きました。

「なんか、いい手でもありそうな口ぶりじゃん」

「お、そだちのわりにはかんがいいな」

 ちょうはつてきな口ぶりのチェロキー。

「なんで今日にかぎって上から目線めせんの、おしゃべりなんだ? その口ぶりからすると、あんたも自立民じりつみんの出っぽいな」

「――もって、おいおい!」

 とつぜん、大声を出すチェロキー。

「それじゃあ、ママもそうだと言わんばかりじゃないか! そんなこと、わざわざオレに教えてくれなくったっていいんだぜ、うたがわしい人間にさ。まあ、それを言ったら全員ぜんいんそうだが(笑)」

「え、なんで、そうなるの? 銀行屋ぎんこうやだっているのに。そんなげ足とりでビビるとでも? あてずっぽうでも動揺どうようをさそったら、めっけもんてとこか? いやだねぇ大人は。はじ外聞がいぶんもなくなってさ」

 怒気どきのこもった早口で、ダイはいいました。

「ふふん。教祖様きょうそさま娑婆しゃばでもまれて、すこしは大人になったのかな?」

 語気ごきを強め、

「――いやしい依存民いそんみんのガキのクセに」

 あきらかにムッとするダイ。

「あいつが一度でも、自分の口からそんなこと言ったことあったか? だれも自分の過去かこなんて、はなしゃしないのに。それに言ったところで、ウソかもしれないじゃないか。おまえは信じるのか? 信じられるのか? おまえのおつむはお花畑はなばたけか? いったいこの中で、信用しんようするに足る御仁ごじんなんているのか?」

「なんだよ、ごじんって。死語しごか?」

「さすが教養きょうようのある依存民いそんみんはちがうな。スタンダードなコトバだが? そうかあれか、おまえらの世代せだいだと、よゆう教育きょういくのシッポか。かわいそうに、生まれとそだちと共有きょうゆうのトリプルパンチだな」

 声にだして、せせらわらうチェロキー。

教育きょういくって、なんだよ」

 けじと失笑しっしょうしてみせるダイ。

「わざと言ったんだよ。なにが共有きょうゆうだ、くだらんゴマカシだ。わかれよ、よゆう(笑)」

「そっちこそ。いつの時代じだいの人だよって言ってんだよ、おっさん(笑)」

好景気こうけいきエラン活気を知っているか、この、生まれたときから万年まんねんデフレの、しなびたうらなりの続編世代ぞくへんせだいが。あさひろ金儲かねもうけってか。文化ぶんかがテクノロジーのように時間とともに加算かさんされて、日進月歩にっしんげっぽ進歩しんぽするとでも思っているのか? さすが退化たいかした、よゆう世代せだいちがうな。(笑)」

「生まれた時からって、――だったら、おれらに責任せきにんないじゃん。むしろアンタら前の――」

 ダイはとちゅうで、だまってしまいました。彼は、みょうに今日にかぎって、チェロキーがあおってくることに気づきました。

「なんだ、きゅうに無口むくちになったな」

「ま、いいか。そういうことにしとくか」

 チェロキーはかたをすくめました。

「なんだよ、それ」

 と、ダイ。

 もとはと言えば、ソルによって引きおこされた騒動そうどうなのに、まるっきり、かやの外でした。彼はわれとわが身をもてあまし、大人たちの口げんかの行く末を、みまもっているしかありませんでした。

「ちょっとぉ、ケンカはわったの? はやく本題ほんだいに入りましょうよ」

 小康状態しょうこうじょうたいに入り、やっとママは、口をはさむことができました。

 チェロキーはあくびして、

「なんだったかな……ああ、そうそう。ガキのことか。で、どうするんだ? なにか良い対案たいあんでもあるのかな?」

「それより、あんたなんか、さっき言いかけたろ、そっちを先にしろよ」

 トゲトゲしく、ダイが言いかえしました。

 チェロキーにしろダイにしろ、だれにしたって同じことですが、ここでの「個人こじん」にみこんだコミュニケーションは、このむとこのまざるとにかかわらず、こうならざるをえませんでした。

 ちょっと、ほほえんでから、チェロキーは言いました。

「このふねはつかえないんだろ?」

 ダイがなにか言いかけると、「まあ、まあ」と手でおさえるしぐさをして、

「べつにおれは、こんなガキどうなってもかまわんが、なんにしたって、やっかいごとにまれるのはゴメンだ。それは、おまえらも一緒いっしょだろ?」

 間をおき、

「そこでだ、一つ提案ていあんがあるんだが――」

「おい!」

 ダイがって入りました。

「なんだ!」

 怒声どせいのチェロキー。

「うしろ」

 ヘイタンな声で、ダイがアゴをつき出しました。

 チェロキーがふりかえると、紺色こんいろのジムニーが、彼のジープの後ろにつけるところでした。

「チッ、見ろ! お前らがモタモタしているからだ」

らんよ!」

「とりあえず、ガキをふねに入れろ。まだ見られていなと分かったら、しらばっくれろ、いいな!」


 銀行屋ぎんこうやうででバッテンをつくり走ってきます。

「出すな! 出すな! おーい出すな! まだ出すなよ! ふねは出すな!」

 いきせき切らして走って来た銀行屋ぎんこうやを、ダイとチェロキーの二人でむかえました。

「よかった。とにかく、このままにしておいてくれ。あの子がきても、しばらくは中止ちゅうしだ。計画けいかく保留ほりゅうのままだ」

 ダラダラあせをたらしながらしゃべり、ぐっと、いきをのみました。

「いいな、中止ちゅうしだ! 中止ちゅうし! とにかく、まだふねは動かさないでくれ!」

 一気に言い終えると、銀行屋ぎんこうやは、われにかえりました。

「なんでおまえら、ここにいる! 子度藻はどうした?!」

 ダイとチェロキーは二人して、かたをすくめました。

「なにやってるんだ、聞いているのか!」

「聞いているよ」

 他人ごとのようなダイ。

 銀行屋ぎんこうやくるまから走ってくる間、ふねが動きだすことに気が気ではなく、人など見ていませんでした。

「お前も、なんでここにいる!」

 こんどはチェロキーにむかって、どなりました。

「うるさいよ。なんかやらかして、年下の女の上司じょうしにでも、大目玉おおめだま食らったか? 昼間ひるまっからさけくせえな。目ぇ血走ちばしってんぞ、おい(笑)」

 チェロキーは冷静れいせいさをうしなわせようと、銀行屋ぎんこうやあおりにかかりました。

 銀行屋ぎんこうやはジロリと、チェロキーを見すえました。口からツンとするあまいいきがもれ、目は赤く、すわっていました。まともな人間なら、あいてにしたくない状況じょうきょうです。

「なんだとう、おい! なんでお前まで、ここにいるんだ! こんなとこで油売あぶらうってるヒマがあったら――」

 ピタッと止まりました。

「おまえらが、ここにいるってことは」

 銀行屋ぎんこうやは走りだし、タラップに手をかけました。

「おい、どこへいくんだ!」

 二人の顔色かおいろが変わり、ダイが怒鳴どなりました。

「べつに~」

 ニヤニヤしながら階段かいだんを上がっていきます。

 どん、とぶつかって、見上げました。

「なにやってんのアンタ! さけクサイわよ! なに昼間っからんでんの!」

「どけよ!」

「まだ、準備じゅんびすんでないわよ!」

「いいから、どけ!」

「ちょ、ちょっとぉ」

 ママを強引ごういんにおしのけ上がると、乱暴らんぼうにドアを開けました。

 ガランとした船内せんない。ダンボールが片側かたがわ壁際かべぎわに、山とつまれていました。

 闖入者ちんにゅうしゃのように、あっちこっち、引っかきまわします。ふとんを上げ、ベッドの下をのぞきこみ、シーツを引っぺがし、イスをたおしてつくえの下をのぞきこみ、くくりつけのたなの小さな抽斗ひきだしから、冷蔵庫れいぞうこ野菜室やさいしつのトビラまで、開くものはぜんぶ開けて調しらべました。

「ふーふー」とあら鼻息はないきで、たちまち、船内せんない酒気しゅき充満しせゅえまんしました。ダンボールの山をくずすと、ガムテープもはがさず、つぎつぎ上面をやぶって開けてゆきます。

「ちょっとぉ、あらっぽいことしないでよ!」

 やっとそこに気づいたのか、ステンレスこうのハッチを開け機関室きかんしつにもぐりこみ、しばらくの間、モグラのようにいまわっていました。

「お~い。なにやってんだ(笑)」

 上からダイが、よびかけました。

「うわっ、くっせぇ。あんたのいき充満じゅうまんしてるよ」

 くびを引っこめました。

 ややあって、おじさんは、ばつがわるそうに出てきました。

「水を一本くれ」

備蓄びちくよ」

「いいから。どうせあんたのことだ、くさるほど持ってきたんだろ」

 そういって、ダンボールから水をとりだし、ごくごくみはじめました。

「ふん、いいさ。むしろ、いない方が――」

 といったきり、からになるまでみつづけました。

 ふーっと、一息ひといきつくと、ダイにむきなおりました。

「で、なんで、お前はここにいるんだ?」

「なんでって――」

 こたえ用意よういしておくのを、ダイはすっかりわすれていました。ドギマギしつつ、

「イヤ、そっちこそ、なんで連絡れんらくをよこさないんだ? あてずっぽうにさがしたって、そんなカンタンに見つかるわけないだろ」

 ぎゃくキレぎみにいいました。

「だからって、なんでここにいるんだ?」

 毒気どくけがぬけたように、冷静れいせいになった銀行屋ぎんこうや

「あんたんとこに行く、より道だよ。二人とも」

 チェロキーが、たすけぶねをだしました。

「なんだよ部下ぶかかよ。オレはあんたのしもべかよ。こっちは善意ぜんい参加さんかしてんだぜ。あんたらとは、事情じじょうがちがうんだ。いやならやめようか?」

「お前は?」

 ふりかえって、チェロキーにたずねました。

「だから、さっき言ったろ。オレのはなしはムシかい(笑)」

 銀行屋ぎんこうやはダイをにらむと、視線しせんをチェロキーにもどしました。

大荒おおあれだな」

 チェロキーは、ほほえみました。

 うすいたなのでっぱっただいに、あさくこしかけ、びどうだにしない銀行屋ぎんこうや不気味ぶきみなほど落ち着いた彼は、まっすぐ、チェロキーを見かえしています。

 ごうをにやしたチェロキーは、少し声をあらげ言いました。

「おまえは何だ? 何様なにさまだ? ――いや、よそう。ヨッパライと議論ぎろんしても、はじまらないからな。それより、ガキはどこにいるんだ? お前が指示しじする役目やくめだろう? あたまのお前がよっぱらっていたら、手足のおれらはらちが明かないんだが?」

 銀行屋ぎんこうやは大きく長いいききだすと、くうを見上げました。

想定外そうていがいのトラブルがおきたんだよ。今は、あの子の居場所いばしょは分からない」

 間をおき――

「な~に、食うもんなくなって、はらがへったら、そのうち帰ってくるさ。そっちは気長にまてばいい……」

「そっち?」

 よけいなことは言うなと、銀行屋ぎんこうや背中せなかごしで、ダイに目くばせするチェロキー。

「とにかく、子度藻のことはもういい。もう解散かいさんしてくれ。ごくろうだったな」

 力なく立ち上がると、おじさんは引き上げていきました。



「もう、いいわよ」

 ママは海をのぞきこんで、いいました。

「あら、いないわ」

「だいじょうぶかよ、おぼれたんじゃぁ――」

 ダイがいうと、

およげるって、いったのに!」

 キョロキョロする、ママ。

「あ、あんなとこぉ!」

 ソルは、こちらにむかって、歩いてきました。彼は小さな船着場ふなつきばに、くくりつけられたタイヤを足がかりに、なんとか自力じりきではい上がったのでした。エリゼの必須ひっすう共有きょうゆうで、着衣水泳ちゃくいすいえいをやらされたおかげでした。

「ホーッ、ホホ」

 口もとに手をあて、

「アタシがもと・・男でよかったわね。水音立てないように、はいつくばって片手かたてで海に落としたのよ」

「さすが、ゴリラなみの腕力わんりょく

「ちょっとぉ、よけいなこと言わないでよ。ここはめときゃいいの」

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