第25話 ねむけ


 存在するものを否定し、存在しないものを解釈するのが、時代を問わず哲学者の共通癖である。


      ――「新エロイーズ」第6部の手紙10へのルソーの脚注



 万物の移ろいやすい本性を見抜くことにかけては、わたしは傑出していると自負するものだ。まことに奇妙な傑出ぶりであって、わたしのいっさいの歓びを、いやそれどころか、もろもろの感覚をすらそれが廃物にしてしまうのだ。


      ――「生誕の災厄」E・M・シオラン(紀伊國屋書店)



 りゅうは、こちらを見ています。かおはまっすぐ前にむけ、微動びどうだにしません。透明とうめいなヒゲや触覚しょっかくが、ゆらめいています。脈打みゃくうつたび、パターンを変える虹光線にじこうせん動脈レッド・ハンマー静脈ブルー・ハンマーが、ゆきつ、もどりつ、ながれています。血流けつりゅう内部ないぶさらし、まばゆい発光体はっこうたいとなって、外部がいぶらしていました。

 少年はかたまったまま、うごけません。無機物モノかがみをあいてに、にらめっこをしている気ぶん。勝目かちめのないワンサイドゲームに、こちらのライフポイントだけが、へっていくみたいでした。

 ソルはあいての意向いこうを、はかりかねていました。もう、とっくに見つかっているはずです。そう思ってか、なかば、開きなおっていました。ふるえるほどの恐怖心きょうふしんはなく、ただその見た目の迫力はくりょくに、圧倒あっとうされていました。

 目もくらまんばかりのかがやきにも、だんだん、なれてきました。全体的ぜんたいてき不透明感ふとうめいかんに、「くすみ」や「かすれ」ぐあいなど、今まで気づかなかったあらが、見えはじめてきました。ところどころ、ウロコのプリズムが、はがれ落ちていました。

 にらみ合いが、つづきます。彼は、おなじ姿勢しせいでいるのが、つらくなってきていました。いいかげん、らちがあきません。足場あしばをおきかえるため、かた足をずらします。モワッと、黒いケムリが立ちのぼり、繊維状せんいじょうにほどけていたブルーシートが、もろくくずれました。

 りゅう反応はんのうしません。彼は直感的ちょっかんてきに「じぶんからは、うごき出さないタイプだな」と思いました。 

「ちぇっ、もったいつけやがって……」

 小声でブツブツ。

 オレがなんかするの、まってやがんな。クソ……。

 じっさいのところ、もったいつけているというワケではなく、それがりゅうにとっての普通あたりまえでした。天敵てんてきがおらず、寿命じゅみょうもなく、なににおびえる必要ひつようもないりゅうは、ひどくアンニュイ(倦怠)でした。その緩慢かんまん鷹揚おうよう態度たいどは、もはや生得的せいとくてきともいえるほど、龍自身りゅうじしんになっていました。

 りゅう成龍せいりゅうになってから、いったい、どれくらいの月日がながれのでしょう? りゅうは、むかしを思い出せませんでした。いくらさかのぼって、とおい記憶きおくびさまそうとしても、小龍こりゅうとしての自分は出てきません。ほしと海の誕生たんじょう永遠えいえん一瞬いっしゅんが、想起そうきされるだけでした。その創生そうせい記憶きおくを、バカらしいとみずからいましめるのにも、もう、あきあきしていました。

「おいっ!」

 シールドにポツポツ、ツバが、かかりました。

 水中で聞こえるわけありませんが、ソルはわかっていて、やっています。こんどは、示威的しいてきに見えてもかまわないくらい、大きく手足をふりまわします。

「おいっ!」

「おいっ!」

 ヘルメットの中で大声を出し、ブウン、ブウンと水を切りました。

 彼はこの時点では、相手あいて動物どうぶつ一種いっしゅとみなし、なめていました。どうせ聞こえっこないし、見えてもこっちは小さすぎるし、みぶり手ぶりの意味いみも分かるまいと。

「おーい!」

「ブウウゥン、ブウウゥン、ゴボボボボ……」

「おーい!」

「ブウウゥン、ブウウゥン」

「おーい」

「ブウウゥン、ブウウゥン、ゴボボボボ……」

 アレ、もしかして、ぜんぜん気づいてないかも? 

 ますます調子ちょうしにのります。

「おい! なんとかいえよ、コルァ!」

「おま――」

「ウルサイ」

 ドン! とハチキレそうになるソル。風船爆弾ふうせんばくだんみたいに、スーツの中で破裂はれつしそうになりました。

「ゴボボボボ……」

 呼吸こきゅうととのうのを、まちます。

 あたりは、しずかでした。

 空耳そらみみかも?

 おそるおそる、小石をげるように、といかけます。

「おーい……」

「聞こえてるか……」

「お――」

「聞こえてる」

 やっぱりりゅうでした。き声ではなく、キチンとしたコトバで、かえされました。コトバが分かることより、ハッキリこっちを認知にんちしていることが、ショックでした。

「なんだ、気づいてたのか」

 キョドリつつ、なにくわぬかおのソル。

 しばらく間がきました。

「よごしてくれたな」

「あ……、うん……」

におうぞ」

「あ……、うん……」

「……」

 あれ、なんで水の中で聞こえてんだ?

 と、思ったとたん――

「お前が自分に、はなしてる」

 すかさず、彼の中でひびきました。

 混乱こんらん

「人間じゃないんだ、っているだろう?」

 ?!

「そうだ、そのりゅうだ。お前らのコトバなんぞ、話すわけないだろう」

 今まさに思い当たるフシが、あたまかんだばかりでした。

 現前げんぜん知覚ちかくするりゅうと、知識ちしきとしてのゅう。その合一ごういつ体験できごととして、ソルにおきました。ばくぜんと喚起かんきされた、りゅうにまつわる記憶群イマージュ。そのうちわけである、不可解ふかかい生態せいたいと、神秘的しんぴてき能力のうりょくりゅうなるものの意味シニフィエが、結像けつぞうしかけたばかりでした。

――じつのところドラゴンについては、正確せいかく実態像じったいぞう把握はあくするものは、まだ、だれもいません。科学的検証かがくてきけんしょうえるほどのデータがとぼしく、カンオンいぜんのアナログ情報じょうほうが、未整理みせいりなままのこっているだけでした。今なお伝承でんしょう目撃情報もくげきじょうほうに、多くをっているのが実情じつじょうで、その研究けんきゅうは、いっこうにすすんでいませんでした。

 とくに成獣せいじゅうのドラゴンにかんしては、極端きょくたんなほど客観情報きゃっかんじょうほうが少なく、のこされた古い映像えいぞうは、つねに真偽しんぎ対象たいしょうとなっていました。近年きんねんにいたっては、単体たんたいでの突然変異個体とつぜんへんいこたい、もしくは、むかしの人の情報不足じょうほうぶそくからくる心理的肥大化しんりてきひだいかとして、その実在性じつざいせいすらあやぶまれ始めていました。

 科学的懐疑かがくてきかいぎを受け、ドラゴンの歴史的記述れきしてききじゅつを見直す気運きうんが、歴史学会れきしがっかいにも波及はきゅうしました。歴史修正化れきししゅうせいかながれに危惧きぐをいだいた人たちは、カウンターとしての反歴史修正主義はんれきししゅうせいしゅぎを立ち上げました。すると、そのカウンターのカウンターとしての、反反歴史修正主義はんはんれきししゅうせいしゅぎ積極的歴史修正主義せっきょくてきれきししゅうせいしゅぎがおこりました。そうなると必然的ひつぜんてきに、歴史中道主義れきしちゅうどうしゅぎもあらわれます。しだいに「なになにりの」とか、細かくセクト化していきました。

 みんなでたがいの力をそぎ合い、泥沼どろぬまのレッテルをり合い、口角泡こうかくあわばして舌戦ぜっせんり広げる中、当の本人たちでさえ、どっちがどっちだか、時々よく分からなくなりました。

 もはやロストドラゴン世代せだい現役世代げんえきせだいの大半をしめ、ひさしく時がすぎています。りゅうについて生々しい記憶きおくをもつ人たちは、すでに鬼籍きせきに入っているか、その順番じゅんばんをまつばかりとなりました。今の大人たちにとっての成龍像ドラゴンぞうも、ソルのような年少の子らと同じく、間接情報かんせつじょうほうによるものでしかありません。「知らないけど知っている」そんななつかしさでしか、ありませんでした――。

「――つまり、どういうこと?」

 うまく考えが、まとまらないソル。

「……」

 りゅうは、だまったまま。

「――ん、だから?」

 ぶしつけにこたえを、さいそくします。

「メンドウクサイな……」

 イヤイヤといった感じで、りゅうは話しはじめました。

「お前らのあたま横着おうちゃくをする。わからないモノに出合うと、知っているコトバにえる。お前らのあたまは、すぐに安心あんしんしたがる」

 イヤな仕事しごとは早くわらすべく、一気にしゃべりました。

「心をよんでいるの?」

「つまらないことを言うな。りゅうは人には合わさない。お前らに、わざわざ話しかけたりもしない」

「いってんじゃんw」

「出会わす、くらいはするさ。お前はウルサイ。こっちは、ただ指図さしずしている。あれだ、ようするにメンドクサイ……」

 生アクビ。キバにとどまっていた気泡きほうが、プクッと上がりました。

「べつに分からなくていい。お前の方で自重じちょうしてくれ……」

 やっとわったとばかり、目を閉じかけます。

「ジチョ―?」

「なにいってんの? ちがいが、わかんないんですけど?」

 つむらせまいと、すかさずくさびをうつソル。

「わからなくていい、といっている」

 まだ、なんかあるのかと、イラつくりゅう

「どけ、ジャマだ」

「石だ。石とおなじだ。かんちがいするな」

「石? 石になに、いってんの?」

「うごける石だ。お前からどけ」

「そんなもんないよw」

「どっちでもいい。お前らの問題もんだいだ」

「はぐらかすなよ」

「うごきたくないんだ」

 そういったきり、しゃべらなくなりました。

 りゅうかべみたいな沈黙ちんもくを前にして、彼もだまるしかありません。ゲームキャラクターが、えんえん、足ぶみするようなバグ状態じょうたい。もどかしい時間が、すぎていきました。

 とうとう、しびれを切らしたソルは、かるくツバをんでから、はなしかけます。

「ねえ……」

 へんじは、ありません。

「ねえ」

 無反応むはんのう

「ねえ」

 以下略いかりゃく

「ねえ」


「ねえ」


「ねえ」


「ねえ」


「ねえ」


「ねえ」


「ねえ」


「ねえ」


「ねえ」


「ねえ」


「ね――

「ウルサイ!」

 怒鳴どなりゆう

 やっとのへんじに安心あんしんすると、小声でもう一度、うかがいを立てます。

「あのさ……」

「もういいかげん、返ってくれないかな……」

 りゅう譲歩おねがいするような刺激いしを、彼にしむけました。

「きてよ」

「……」

「きてよ」

「……」

「きてよ、まちをこわしに」

怪獣映画かいじゅうえいがみたいに、まちをこわしに来てよ!」

「しらん……」

「そういうキマリだろ?」

「しらん」

「だって、そういうやくじゃん」

「だから、しらん!」

「……」

「……」

 心底しんそこウンザリしたように、りゅうはタメいきまじりでいいます。

「お前らがえらんだ結果みらいだろう?」

「そのままつづければ良いじゃないか」

「なにが不満ふまんなんだ?」

「つづければ良いじゃないか。いつまでも、いつまでも」

「生きつづければ良いじゃないか。どこまでも、どこまでも」

「ただ、いきをしつづければ良い」

 しゃべりえました。

「……いみ、わかんね」

 ソル。

「わからなくていい」

 と言った後、りゅうは思い出したように、きゅうにわらいました。

「ところで他の三人には、この世で最高さいこうのプレゼントをわたしておいたぞ」

「なに、いってんの?」

ねむりという、最高さいこうのプレゼントをな」

「だから、なにいってんの?」

不思議ふしぎだな、なんでお前はねむらないんだ?」

「なんかよくしらんけど、むかしっから、ねつきメチャクチャわるいんだけど」

「なんだイリヤか」

「なに?」

「なんでもない」

 はなしを、もどすりゅう

「気がついているか? お前らは、とっくに処刑しょけいされているぞ」

「はぁ? なにいってんの」

「だから、わからなくていい。といっている」

「もう、またかよ」

 もったいつけやがって。いるよね、こういう大人。じぶんだけ、わかってりゃいいじゃん。じぶんだけ。ホントはなに言ってるか、じぶんでも、よくわかってないくせに。ブツブツ……

「お前らの罪状つみは、吝嗇ケチだ」

「は?」

 とつぜん、なにいってんだコイツ。

「出ししみ、堰止せきとめ、引きばし――」

「ちょっ――」

 クチバシをはさもうとするソル。

 かまわず、つづけるりゅう

「ものごとの距離きょりをちぢめ、へだたりをくし、わずかな差異さい利用りようし、それを消費しょうひする」

「みずからのよわ由来ゆらい欲望よくぼうを、偽善メルヘン結託けったく僻目ひがめ隠蔽いんぺい。良心の呵責かしゃくをマヒさせ、がめつくもうめこみ、自分のところでながれを堰止せきとめる」

あまやかされたプライドの低さと、逆恨さかうらみのヒステリーを爆発ばくはつさせ、ブチこわすことで、性急せいきゅうにプライドをんとする」

差異自体さいじたい権威けんいと目を光らせ、にくそねみ、やっきになってくすそうと、一見正しい合理的行動ごうりてきこうどうにつっ走る」

「ストップ! ちょっとぉ、なに一人でいってんの?」

 手を前に出し、さえぎろうとします。

「なんのこと、いってんのか、さっぱりなんですけど?」

「お前の景色けしきだが?」

「ハァ?」

「お前の目に移った、風景ふうけいだが?」

「とにかく、オレ関係かんけいないじゃん。大人たちが、前の大人たちが――

「お前がえらんだ!」

 さえぎるりゅう

「こっえー、ぎゃくギレかよ」

こわしたきゃ、お前がこわせ。なんでも好きにすれば良い」

 りゅうは口を閉じました。

「しらんよ……」

 ソルは、なにも思いうかびません。

 間のわるいデジタルな時間が、すぎていきました。

 重たくなった空気をいて、彼はたずねます。

「ところで、あんたって、なに?」

 かなり時間をおいてから、ようやっと、りゅうが口を開きました。

「なんで、へんじを期待きたいする?」

「さいごだから、いいだろ」

 彼は少しヒクツに、ニヤリとしました。

「エラン……」

「え、なに?」

「なんでもない」

「なんでも、なくない?」

「石だ。お前より大きい石だ」

 つくづく、ガッカリするソル。

「そうかい、こたえる気はないってか。あんたの方こそ、ケチじゃないか!」

「こっちも最後さいごだからおしえてやる。お前の仲間なかまが、一人ったぞ」

「は?」

「一人んで四人になった」

「はぁ~?」

「イヤもとから四人だし。なにいってんの? (笑)」

 りゅうは、へんじをしません。

 また、つごうよくダンマリかよ。やっぱりこのじいさん、モウロクしてる……。

 どっとつかれました。終始しゅうしはなしがカミ合わず、今までの苦労くろうが、徒労とろうに終わった感じがしました。

 りゅうは目をつむっていました。たおれるように、ゆっくりくびが下ろされ、きれいにとぐろ・・・かれました。そっぽをむいた形で止まると、ガクンと空気がぬけたみたいに、体が一段いちだんしずみました。

 つづければいい。いつまでも、いつまでも。

 それを最後さいごに、りゅうの志向性(意志)はコトキレました。

「あっ、ずっりー。いいげかよ!」

 気配けはいが消えました。それっきりでした。

 あたりはすっかり、月明かりがさしこんでいました。天井てんじょうかして、月影つきかげがゆらめいています。ヘドロの雲が、落ちかけの緞帳どんちょううのみたい、スソにゆくほおもかさなっていました。ゴミのいただきから一望いちぼうする、黒い雲海うんかい。もうその中には、にじ切片カケラ痕跡こんせきすら、見ありませんでした。

 ソルは無言むごんのまま、しばらく立ちすくんでいました。

「わあー!」

 とつぜん、さけび声。

「おまえを、ぶっこわしてやる!」

 密閉みっぺいしたヘルメットで、とどろく声。

「クララン防衛軍ぼうえいぐんつれてくるからな!」

 水にむかって、がなりたてます。

「このまま、うごけないんだろ!」

「いつかおまえを、こわしにくるからな!」

「かえってきてやるからな!」

 目の前には、白っぽくすすけた岩山いわやまがあるだけでした。

「おぼえてろよ!」

 りゅうは、ほんとうに、石になってしまいました。




 哲学愛好家てつがくあいこうかにまで落ちぶれたりゅうに見切りをつけ、ソルはふねへとむかう帰途きとにつきました。

 サッと、みたいなのが、視界しかいのはしを横切りました。

 動作どうさ連動れんどうしていないので、じぶんのかげではなさそう。キモチワルイ海の生きものかと思ったら、カンオンでした。

 どういうわけか、こんなところにカンオンがいます。今まで、強烈きょうれつ照明しょうめいに、かくれて見えなかったのでしょうか。

 これって、オレの?

 だれかのと、入れかわった?

 エネルギーターミナル(エネルギー充填装置)、ふねにあったっけ?

 彼は目の前の状況じょうきょうに、半信半疑はんしんはんぎです。

 ふねにもどると、氏んだように、ねむりつづける三人。耳をちかづけると、とりあえず寝息ねいきは聞こえました。

 マジまだ、ねてんのかよ……。

 ソルの前には、時計とけい表示とけいひょうじされていました。さいごに確認かくにんしてから、一時間もたっていません。実感じっかん大幅おおはばにズレていました。

 フワフワとしているのはあたまなのか、それとも体なのか。ボーッとした感じのまま、かたづけをはじめました。ちらかったナップサックと遭難袋そうなんぶくろ中身なかみを、機械的きかいてきにひろっていきます。ペットボトル、おかしのふくろ食糧しょくりょうのパッケージ、まるめたティッシュなど、もくもくとあつめてまわりました。

 ひととおりえると、のこったのは、ビショビショになったゆかでした。ふれると、ヌルヌルします。ぜんぶカンオンでかわかすワケには、いきません。その前にエネルギー切れになってしまいます。どうしたものか。

「まあ、いいか。ほっときゃ、そのウチかわくだろ」

 カンオンが赤くまたたいています。海底かいていで見つけた時から、ずっとでした。もっと前からかも。気になっていましたが、緊急事態きんきゅうじたいがつづいていたので、危険表示きけんひょうじの赤に、なれっこになっていたのでした。

 カンオンをあらためましたが、なんだかサッパリわかりません。か細い光線こうせんかおにあたり、のけぞると、長イスの方にむかっていました。赤いガイドラインを目でおうと、マリの方へ。その足の間で止まっていました。

 悪寒おかんが走るソル。氏ぬほどイヤな予感よかん扇状せんじょうの広がり具合ぐあいからすると、そこしか水源すいげんは考えられませんでした。 

 いきをコロシ、つめを手のひらに食いこませ、殺意さついで、ぶるいしました。

「ぶはっ!」

 と、はき出しました。

 なにもかも、あいそがつきました。

 人権じんけんもへったくれもなく、ただ、ただ、迷惑めいわくでした。

「またオレのせい?」

 へへっと冷笑れいしょう

 オレの番になると、いっつも!

 じぶんがなにかをしようとすると、かならずジャマが入る。彼はそれが妄想もうそうとわかっていても、そう思わずにはいられません。

 てめーら、いいかげん、おきろ!

 と怒鳴どなりつけ、みんなをこそうとして、やめました。なんども大きく深呼吸しんこきゅうします。感情かんじょうととのえようとして、やっぱりやめました。

 なんで建設的けんせつてきになんなくちゃ、いけないの?

 バカバカしいじゃん。

 なにかしようとして、なにか考えようとして、メンドーくさくなってやめました。

 足を引きずるよう端(はじ)っこまでいき、ドサッと、こしを下ろしました。

「もう、しらねーよ」

 とめどもなく生アクビが出て、なんだか、ねむくなりました。窮地きゅうちひんした自我エゴを守るため、自己セルフ防衛反応ぼうえいはんのうしています。

 ゴロンと横になりました。体をまるめ、うであたまをはさんで、そのままねむりに落ちました。おくればせながら、ようやくソルにも、睡眠ギフトがおいついたのでした。

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