第17話 つまずき

「きた」

 小川の先を見ていたソルがいうと、みんながいっせいに、そちらをむきました。かすんだかなたに、川はばと同じ大きさの白い帆影ほかげが、うすぼんやり見えています。

「ふぅーね、じゃーん」

 ニコライのよろこびがおに、なぜか、とくいになるソル。

「なに、あれ?」

 ジュリがききました。

「ふーね、じゃん」

 こたえるソル。

「だから、なんで、ここにいんの?」

 いぶかるジュリ。

「さぁ」

 うそぶくソル。

「あのふねぶつからないの?」

 マリが不安ふあんげにいいました。

「さぁ……」



 ゆっくりゆっくり、遡上そじょうする白いふね発見はっけんから、実感じっかんできるちかさまで、しびれが切れるほど、またされました。

「おっせー、おっせーよ」

「すっトロい、ふねだなぁ」

 イラだつニコライ。

「ぶつかるよ、あれ」

「あのふねぶつかるよ」

「ぶつかってもいいの?」

 不安ふあんをつのらせるマリ。

「まだかよ!」

 ジュリは、うたがわしげに、ソルとふねとを見くらべています。だまりこくっていましたが、じつは内心ないしんソルも、かなり不安ふあんでした。うわぁ、ギッチギチじゃん。アレ……。うんでもまあ、前にも来たっていうし……



 スクリューが逆回転ぎゃくかいてんして、ふね水門すいもんの手前で止まりました。目の前にすると、たいした大きさではありません。ボックスカーよりやや大きく、送迎そうげいバスより断然だんぜん小さい、といったところでしょうか。つるっと、まるみをおびた船体せんたいと、護岸ごがんブロックとのすき間には、サッカーボール一コぶんほどのスペースしか、あいていません。止まってしばらくの間、モーター音が高鳴たかなっっていました。

 音がやみました。

「さて」

 とは、いったものの。ソルはどうしたらいいか、わかりません。とりあえず水門すいもんに歩みより、赤茶色あかちゃいろにサビたハシゴを、よじのぼってみます。てっぺんは、サビついた鉄枠てつわくかこわれていました。舵輪だりんみたいなハンドルがあり、もとの水色が、かすかにのこっていました。

 こればっかりはカンオンに、たよれません。りょう手でつかんで、順手じゅんてで回そうとしましたが、回りません。こんどは逆手さかてにもちかえました。

 ウンともスンともいいません。ハンドルにのぼって、グングン体重たいじゅうをかけ、鉄枠てつわくをつかんだままび上がって、るようのっかったりしました。足のウラがいたくなっただけでした。

「まぁムリ、だわな……」

「おーい、ニコライ!」

「ちょっと、こっちこいよ!」

 彼らしくもなく、しかたなく、たすけを他人にもとめました。

 共同作業きょうどうさぎょうで、ちょっと居心地いごこちのわるいソルですが、はらえられません。こんどは二人がかりで、ニコライと左右にわかれ、ハンドルまわしにいどみます。

 全力ぜんりょくをふりしぼってみたけど、やっぱりダメでした。こんどは上下にわかれ、ニコライがハンドルにのぼり、ソルがぶら下がります。ニコライがグングン足でおし、ソルがそれに合わせ、体重たいじゅうをのっけて引っぱりました。

 いったんやめて、おき上がるソル。しきりなおしをます。ニコライにはジャンプしないで、力だけ入れるよう指示しじしました。逆手さかてでハンドルをにぎったソルは、足を「つっかえぼう」にして、ふんばります。

「ぐっ………………」

 ガクン、となりました。

「まだヤメンナ!」

 さけぶソル。ニコライが体重ちからをのせかかるたび、ちょっとずつ、ずれるハンドル。あるていど下がると、ニコライはのりなおします。体勢たいせいをととのえると、また二人でくりかえします。あきずに、なんどもなんども。

 なんとかなりそうなところまでくると、もどかしいソルは、一人でハンドルをもちました。めいっぱい背筋はいきん に力を入れ、まわしていきます。

 まだまだぜんぜん、門扉もんぴはビクともしません。ソルがを上げかけたころ、ようやく変化へんかがあらわれました。

 プクプクとびらのきわで、あわが立ちはじめました。わずかに上がったような気もしますが、大きな変化へんかは見られません。池と川の水位すいいが、かわらないせいでしょうか? 水のうねりがおきず、いたってしずかなままです。

 体力たいりょくそこをつきました。しかたなく、ニコライに手伝てつだってもらいます。しばらく二人で奮闘ふんとうしても、なかなか、しきりいたそこが見えてくる気配けはいはありません。ウラがえった、悲鳴ひめいのような声を上げるソル。

「まぁだっ、かよっ!」

 やっと水面すいめんがゆらぎ出すと同時、いっきに、にごってしまいました。どっちからどっちへ、ながれこんでいるのか、わかりません。でもそろそろ、しきりのそこが、見えてきそうな気配けはいがします。


 コククリートにねころんで、あせだくのソル。いきが上がり、手はまっ茶色で、てつくさいニオイがしました。気がすすみませんが、ソルは、もういちどおき上り、再開さいかいします。いつまで立っても終わらない、むげんにとおざかるゴールポストのようでした。

 ほぼ上がりきった、そう思ったやさきでした。

「コオォン、コオォォン、コオォォォンオン、オン、オン、オン……」

 やおら、停止ていししていたエンジンが、うなりはじめました。さざなみ水面すいめんに立ちます。

「なんか、いってるぞ!」

 ソル。

「うごけ、うごけ!」

 はしゃぐニコライ。

「カッ、ツツン」

 マリンギヤが、ニュートラルから前進ぜんしんクラッチへ入り、ふねがゆっくり、うごきはじめました。

「バキバキバキッ! ボクンッ」

 エコプラスティックのかざりびちり、細片さいへんこなのようにかびます。グラスファイバーでおおわれた船体ハルとちがって、そこだけべつの素材そざいでした。むきだしになった、かぼそ金属きんぞく支柱しちゅうが、直角ちょっかくに、おれまがりました。

 けたたましくみみざわりな音を上げ、左右のかべに体をバウンドさせ、デッキにをねかしたまま、水門すいもんにシゴかれるよう、つうかしていきます。

 ほほをひきつらせるマリ。ジュリもふるえています。二人ともみみを手で、おおっています。ニコライをのぞいて、みんな青ざめたかおをしていました。その音は「お前の先はない」とばかり、ソルの前に立ちふさがっているようでした。

「ギギギギギギギギギィィィー、ザシュッ」

 せんがぬけるよう、四角しかくあなから船尾せんびが出ました。

 惰性だせいで池の中ほどまでたどりつくと、スクリューを逆回転ぎゃくかいてんさせ、ふね停止ていししました。

 さざなみがソルたちのいるはたまで、おしよせてきました。モーターが終息しゅうそくにむけ、回転数うなりを上げます。

「ウィィィィィィィン……」

「カッカッカッ…」

 だんだんしずまってゆくと、かわいた音を立て、モーターが完全かんぜん沈黙ちんもくしました。

 しばらくの間、みんなは、むごんのままでした。

「あ~あ」

 やっぱり口を開いたのは、ニコライでした。

「やっ、ちまったな」

「……」

「……」

「……」

 むごんのままの三人。

 シクシク、マリがき出すと、ジュリが背中せなかから、だきかかえます。

「しーらね、おれ、しーらね」

 他人ひとごとのニコライ。

「ゴトンッ」

 船内せんない金属きんぞくが落ちたような音が、ひびきました。小さななみがおしよせ、護岸ごがんブロックにあたりました。

「ガッガッガッ」

「ガリガリガリガリ……」

「ゴウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……」

 今までとは、ちがう機械音きかいおんがなりだしました。

 鳴動めいどう振動しんどうするふねから、チャプチャプ波頭なみがしらが立ちます。ねつをもったダクトから、うっすら蜃気楼しんきろうが立つと、異臭いしゅうをともない、灰色はいいろのケムリをはき出しました。

 ソルたちから見えない船尾せんびから音がして、ふねが左右にゆれました。いっそう高鳴たかな機械音きかいおん。なんだかもう、とんでいきそうです。

 高々と茶色いかべふね背後はいごに上がり、にごったが水しぶきが、ソルたちにふりかかかります。

「うわぁ、下がれ下がれ!」

 目をおおい、うでをまわして、さけぶソル。いったん引くと、マリがのこっているのに気づきました。もどってかたをつかんで、電車でんしゃゴッコみたいに、おしていきました。

「ピャー」

 うれしげに、奇声きせいをはっするニコライ。

「んもおぉ、どおしてくれんのよ、これ!」

 ジュリのみじかいポニーテールは、ぬれてさらにみじかく、なっていました。

 ソルはなにか、あきらめたような表情かおをみせ、ナップサックをあさります。ハンドタオルを出すと、ジュリになげました。

「おまえじゃないからな」

 カンオンが、みんなに温風おんぷうをあてはじめました。はた目に心細こころぼそげでも、けっこう効果こうかはあります。ソルは、どうせすぐかわくしと、高をくくっていましたが、じっさいそうでした。機能性きのうせいの高い、ソルとニコライの友服ともふくは、かわくさいの発熱作用はつねちさようで、かえってあせばむほどでした。むしろ、女の子二人の高価こうかな「よそゆき」の方が、機能性きのうせいは低かったのです。ただそのぶん(?) 、オシャレのための重ね着をしていましたが。

 ジュリはマリのあたまをふき終わり、ながいマリのかみを、手グシですいていました。

「これ、ひっさしぶりー」

 ニコライはカンオンの温風おんぷうを、たんのうしているようでした。

 ふねは切り返しをつづけ、池をジグザグランダムに、うごきまわっているよう見えました。

 数十分後すうじゅっぷんご、やっと停止ていししました。氏んだように、ふねはしずかになりました。

「こわれた」

 そっちょくに、ニコライがいいました。

「おなかが、いっぱいになっただけだろ」

 自分を安心あんしんさせるように、ソルはいいました。

「こわれたんじゃない?」

 しんぱいするマリ。

「だから、くるとちゅうで、もうこわれてたのよ。ねっ」

 といって、ソルを見るジュリ。

「……」

 もはや彼にはことが大きすぎて、いやな未来みらい、それも未知数みちすうのそれを、先まわりでかんがえられませんでした。まじまじと、ふねを見ているだけした。

 繊維せんいがむき出しの舷側げんそく舵室ブリッジにのった、おれたマスト。甲板デッキ粉々こなごなにとびちった、かざ破片はへん……。ソルの目の前には、彼に不利ふり決定的物証けっていてきぶっしょうばかり、出そろっていました。それらを客観的たにんごとにしかけ入れられない、自分がいました。

「カッッン」

 かるい音が船内せんないから、こだましました。

「シュルシュルシュルシュルシュル…………」

「モーターがうごきだした」

 ちょっとホッとして(?) 、ソルがいいました。

「チッ、しんでなかったのか」

 したうちするニコライ。

 氏というコトバに、ドキッとするマリとジュリ。少しムッとするソル。

 ふね効率的こうりつてきに切り返し、360度回頭かいとうしました。

「なんだ、かえっちまうのか」

「ところで、どこにかえるんだよ?」

 ニコライがソルを見ていいました。とうぜんソルは、むごんのままでした。

「これ、わたしたちが、こわしたことになるの?」

 マリがたずねました。

「えー、ならない、ならない。ならないよ」

 ジュリがマリをだきながら答え、ソルにむかっていいました。

「まったく、だれかさんのせいで、ひどい目にあったわ!」

 やっぱりソルは、むごんのままでした。

 のろのろのろのろと、水門すいもんにむかう、満身創痍まんしんそういふね。キズとは無関係むかんけいですが、よそうどおり足のおそいふねを、みんなで見おくっていました。ソルはみんなの後ろにまわて、ナップサックとふくろを、ひろい上げました。ぬき足で、そのばを立ちさります。

「チョットなに!」

 ジュリが気づきました。

彼は水門すいもんに上がっていました。

「なにやってんの!」

 きわめて低速ていそく侵入しんにゅうしてくるふねを、見下ろします。せまい水路すいろのせいで、さらに徐行じょこうしました。

「チッ、はやくしろよ」

 イラだつソル。ふりかえって見ていませんが、ジュリたちの声が、どんどん大きくなってくるような気がします。遅々ちちとしてすすまぬふね拷問ごうもんのような猶予ゆうよが、彼をかり立てます。おれたマストの根本ねもとをさけ、ジャンプしました。

 見上げるソル。逆光ぎゃっこうに、まっ黒な三人。といってもじっさいは、たいした高さでもありませんが。

 歓喜かんきがこみ上げる間もなく、予期よきせぬ事態じたいがおこりました。

「ドタ、ドタ、ドタ」

 地震じしんみたいにふねゆれました。甲板デッキ護岸ごがんブロックが水平すいへいになったところから、三人がのりこんできました。

「おじゃましまーす」

 笑顔えがおのジュリ。

「なんで、くんだよ!」

 おもわず、どなるソル。

「マリまでつれて!」

「しょうがないでしょ!」

「あんたが、かってにいくからよ!」

 どなりかえすジュリ。

「かってに、ついてきたんだろが。なんでお前までいっしょなんだよ!」

 二コライにも、ほこさきをむけます。

「おこってる、おこってる~」

 にやけるニコライ。

 心底しんそこソルは、がっかりしました。

「なにやってくれたんだよ……」

 あたまかかえるソル。ほんとに、なにやってくれてるわけ……

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