第16話 祭りの当日

「パンッ」

「ダン!」「ダン!」「ダン!」

「パンッ」

「ダン!」「ダン!」「ダン!」

「パンッ」

「ダン!」「ダン!」「ダン!」

 三雷さんらい轟音ごうおんが、 早朝の空気をふるわせました。白いけむりが、まだ上空にとどまっています。

「ピンポンパ~ン」

「キィーイィーン!」

「みなさん、おはようございますぅ」

「キイィーン!」

「あ、あぁ、今日はぁ、クララン盆踊ぼんおど大会たいかいの日ですぅ」

「チッ」

 ソルは舌打したうちをしました。かれは自主参加きょうせいさんかのボランティア清掃せいそうを、今終えたばかりでした。

「なんだよ、今日にかぎって!」

「本日ぅ、午前十時からぁ、フォロ・クラランズ広場ひろば ぁ、フェスティバル会場かいじょうにおきましてぇ、クララン・カートゥーン・コンテンツゥ、振興会主催しんこうかいしゅさいによるぅ、クララン・レンジャー・ショーが開かれますぅ」

「またぁ、午後一時からはぁ、ごとうちアイドルゥ、Cラっ娘くらっこのミニコンサートォ、あくしゅかいぃ、 グッズ即売会そくばいかいがぁ、開かれますぅ」

「またぁ、午後三時いこうからはぁ、フリーマーケットなどぉ、さまざまなイベントがぁ、めじろおしでございますぅ」

「ご近所ふるってぇ、ごさんか下さるようぅ、おねがいもうし上げますうぅ」

「またぁ、夜の部につきましてはぁ、またおってぇ、ごれんらくぅ、もうし上げますぅ」

「なおぉ、今日はぁ、粗大そだいゴミィ、あきカンあきビンン、バッテリー電池でんちなどのぉ、もえないゴミの回収かいしゅうはぁ、おこないませんん」

「みなさまにつきましてはぁ、ごりょうしょうのほどをぉ、おねがいもうし上げますぅ」

「なおぉ、次回じかい のぉ、回収日かいしゅうびにつきましてはぁ、またおってぇ、ごれんらくもうし上げますぅ」

「お出しのさいはぁ、日にちをまもってぇ、お出し下さいぃ」

「なおぉ、今日のすくすくお子さまクラブゥ、シルバー元気クラブにつきましてはぁ、お休みとさせていただきますぅ」

「なおぉ、無料フリー市営巡回しえいじゅんかいバスゥ、今日が定例日ていれいびのぉ、無料フリー弁護士相談会べごしそうだんかいにつきましてもぉ、お休みとさせていただきますぅ」

「また再来週さらいしゅうのぉ、弁護士相談会べんごしそうだんかい開催日かいさいびつきましてはぁ、またおってぇ、ごれんらくぅ、もうし上げますぅ」

「みなさまにつきましてはぁ、ごりょうしょうのほどをぉ、おねがいもうし上げますぅ」

「なおぉ――」

「いつまで、やってんだよ!」

 今日にかぎって、彼はイラだっています。おまつり当日とうじつといっても、日曜にちようの朝は、だいたい、いつもこんな感じです。大事だいじを前に、彼の神経しんけい過敏かびんになっていました。

 日記はんせいぶんを「したことの、かじょう書き」で終わらせると、彼はベッドのある休息きゅうそくルームから、プレイルームのある階下かいかへ下りていきました。

 階段かいだんのおどりばで空気の異変いへんに気づくと、彼の胸中むねかげりがさします。ざわめきの正体しょうたい人声ひとごえだとわかると、たちまち心がコンクリと化しました。やっぱりオレはうんがわるい……。そう思いつつ下りてゆくと、そこには、予想外よそうがいのにぎわいがありました。

 ガヤガヤとそうぞうしい、人でごったがえしたフロア。夏休みの中間共有ちゅうかんきょうゆうは終わっていましたが、はなやかなで立ちの子らが、ろう下にあふれていました。

 あいかわらず、彼は世間音痴せけんおんちでした。年中行事スケジュールと、それをとりまく人々。その世間せけんに日ごろから無関心むかんしんな彼は「いつも自分だけが、おくれをとっている」ような気がして、なりませんでした。その原因げんいん世間せけんへの関心度かんしんどや、知識ちしきだけが問題もんだいとは、思えかったからです。

 その空気せけんに対する、彼の不全感ふぜんかん不思議ふしぎさ。たとえるならそれは「彼のキャッチできない独自どくじ電波でんぱがあり、みんなは意識いしきせずとも、常時いつも それをとばし合っている」みたいな感じでした。今様いまようにいえば、世間せけんのブルー・トゥースから疎外そがいされている。といったところでしょうか?

 プレイルームからあふれ、ろう下にたむろっている子らの、はなやいだすがた。ふだんは、ゆるやかな統一感とういつかんのある友服ともふく(エリゼの制服)をきている彼らにとって、私服しふくは女の子でなくても、神経しんけいをとがらせるものです。ソルのような友服ともふくにまじって、はやばやと浴衣ゆかたや、ドラゴンの扮装ふんそうをしている子らがいました。

 女子の浴衣ゆかたはスソたけ異様いようにみじかく、生足風なまあしふうストッキング。ヘアピンほど太さの、つけまの先っちょに、水滴ドロップ意識いしきしたカラフルな玉ビーズ。くびというくびに、ジャン宝石ほうせきのアクセ。二十通にじゅっとおりのネイルと、でっかいキャンディ指輪ゆびわ。光沢のあるメタリックの高下駄(ヒールの太い和柄ハイヒール)で足もとをかため、あたま一つぶん高くなっていました。

 また中には、大きすぎるマスクとサングラスで顔半分かおはんぶんをかくし、さらに巨大きょだい無音むおんヘッドフォンを装着そうちゃくした、メンヘラ女子もいました。

 キグルミを着ているのは、おもにやんちゃな男子です。女子の中では例外的れいがいてきに、とくにカワイイ子だけが、大きな顔出かおだあなのキグルミをかぶっていました。メディアでたまに目にする、男のは見かけませんでした。

 フロアに下りず回れ右したソルは、自分のベッドへ引きかえします。ベッド下のたなを引っぱり出し、ナップサックをすばやくとると、それを背負せおいいました。手には、れいの布袋ぬのぶくろ。わすれものがないか、ベッドまわりをキョロキョロ見まわします。彼は予定よていより早く、うごきはじめました。

 しったかおにあわぬよう、 早歩きで子らのわきをかすめ、玄関エントランスホールをめざします。失敗しっぱいが彼の背後スリップストリームにピッタリはりつき、期待きたいより不安ふあん先行せんこうしています。

 ざわめきがコダマする階段きざはしに立つソル。一気に一段いちだんとばし二段にだんとばしで、かけ下りていきます。なぜかフワフワした体と、それにのった、ガクンガクンひびくあたま

「キケンだよ、徐行じょこうして、キケンだよ」

「キケンだよ、徐行じょこうして、キケンだよ」

 赤い足あとの波紋はもんがステップにひろがり、赤い手がアドブロックみたいに、かべにうかびます。つづらおれの空間くうかんが、うすピンクに身もだえていました。

 一階いっかいにつくと、かたをいからせ、ズンズンろう下をいきます。個室横こしつよこの、大鏡おおかがみのあるかどをまがれば、玄関げんかんゲートです。

「どこいく気!」

 ピタッと止まりました。わきからジュリがとびだしてきました。

 ソルは、ゆっくりむきなおります。

「……」

「また一人で、フラフラどっかいく気でしょ」

「……なに? ずっとオレのこと監視かんししてんの?」

「ハっ、バッカじゃない」

「カンオンマスター先生にきまってるでしょ、自意識じいしきカジョ―(笑)」

 だれがそうセットしたんだよ。と思いました。

「あんたが不穏ふおんなうごきをしたら、アラートしてくれんのよ、じょぉーじゃくぅ」

 だから、だれがそう設定せっていしたんだ?

「ああ、そぅ」

 といったきりソルは反転はんてんして、あっさり玄関げんかんを後にしました。足早あしばやにとおざかりながら、彼は自分自身じぶんじしんにいい聞かせていました。「もっと、自分勝手じぶんかってにならなきゃ」と。


 ごかいされるであろう、このwill意志は、ソルにやどった小さな燠火おきびでした。

 彼は公正こうせいさをもとめるのは、もうやめました。正しささは他人ひとにたいする期待きたいです。なんの担保たんぽもない、あまえです。この世に前提ルールをもとめても、他人ひとにキリキリまいさせられるだけ。彼はしったのでした。じつは思っていたいじょうに、みんなの方がワガママだったのを。




 ソルはターマ川ぞいのちか道をとおって、変電所へんでんしょにむかっていました。ナップサックをしょい、こわきに布袋ぬのぶくろのつつみをかかえています。道すがら、すれちがう人々の声が、ちょっとだけシャープ気味(高め)に感じられました。週日しごとを持たぬ空が、いつにもまして高くすんで見えました。

 変電所へんでんしょのそばまでくると、入口のスロープに、一台いちだいくるまが見えました。彼の心がにわかにくもります。どうやら、タクシーのようでした。

 彼の到着とうちゃくをまっていたようにドアが開くと、高齢者としよりみたいな小柄こがらな人たちが、ゾロゾロおりてきました。高齢者ろうじんかと思ったら、さいごに下りたのが、ジュリでした。

 虚空こくうにうつされた請求内訳ねだんには目もくれず――

「ママにまわしといて」

 ぱっと、画面がめんが赤から青へ、ファンファーレのチャイムがなり、個別認証確認こべつにんしょうかくにんがおわりました。

「おそかったわね」

「……」

「で、ここでなにするの?」

「……」

「みんなをさしおいて、自分ばっか一人であそぶの、不公平ふこうへいでしょ?」

「……」

 ジュリの他にニコライ、マリもいましたひさしぶりに見た、マリのおなかの大きさ。その異形いぎょうにソルはおどろき、だまりこんでしまいました。なんで、つれてきた? 彼はしばらく、ジュリをにらみつづけていました。

「でもよく見たら、なにここ?」

「こんなとこで、今までなにしてたの?」

「マリになにかあったらどうするの、ニコライだって」

 自分より一回り小さい、マリと手をつないだまま、ジュリが立てつづけにいました。

「やぁ!」

 とつぜん、ジャンプするニコライ。なれっこなので、だれも彼の方をむきまません。

 当然とうぜんのように話すジュリの笑顔えがお 。彼は、自分とはべつの生きものを見るみたいに、その対象たいしょうを見ていました。 

 前回ぜんかいソルは、0と12、amとpmを、考慮こうりょうせず設定せっていしてしまいました。今回にあたって、少し早めにくり上げた時間を、船に送信(カンオンにおねがい)していました。

 ぬけぬけとうまくゆくとは、彼の性格上せいかくじょう、思っていませんでした。でも一度ならず、二度三度うまくいったがために、かなり期待きたいもしていました。じっさい船のドアが開いたり、エンジンがかかったり、ここまでやって来たりと、ありえないことが何度なんどもおきたからです。しないですむ安心あんしんと、できるかもしれないワクワクが、彼の水面下すいめんかで、せめぎ合っていました。

 とうとう彼は、まちきれなくなって金網カナアミのやぶれにちかづき、ナップサックを下ろしました。それをみんなの見てる前で、あなのむこうにげ入れてしまいました。

「チョッ、なに自分だけやってんのよ」

 ジュリがあわてて、彼をせいします。

「みんなといっしょでなきゃ、だめじゃない」

「てか、ダメでしょ入っちゃ」

 もはや、時間内にみんなを帰すことはムリとさとり、かまわず、いこうとするソル。

「ちょっとぉ!」

「きたければ、かってにくれば?」

 つっけんどんなソル。

「入るんなら、まずマリが先!」

「マリを優先的ゆうせんてきに入れてあげなきゃ、ダメでしょ」

 つづけざまに、ジュリがいいました。

「だから、入ればいいじゃん。かってに」

 ソルはもう、あなの中に足を入れています。

「なにかあったらどうするの?」

「ジコセキニンでおねがいします」

 ソルみたいな子でも、しるコトバとなりました。

「マリ一人で入らせるつもり?」

「つもりって……」

 体半分つっこんだままのソル。なにをあせっているのか。自分でもわからないジュリ。

「キケンと思うなら、入らなきゃいいだけじゃん」

 あおむけのソルの上を、白黒の小鳥ハクセキレイ二羽にわ横切りました。

「マリが一人でのこされたら、かわいそうでしょ」

「えー、いいよぉ」

 マリがいいました。

「いいの、あなたはだまっていて」

 すかさず、だまらせるジュリ。

「ぼくが、さきにいく!」

 とうとつにニコライが口をはさみ、マリがにらみつけました。

「どうすんだよ……」

 うっすら白い小さなくもが、形をかえず彼方かなたにありました。



 けっきょく、すったもんだのおし問答もんどうのすえ、タンカの要領ようりょうで、マリをはこぶことになりました。ムダに大きいマリのストールに彼女をのせ、あな通過つうかさせるのです。どう考えても非効率的ひこうりつてきで、ソルには、うまくいくとは思えませんでした。

 金網カナアミ外側そとがわでジュリがストールのはしをもち、内側うちがわからソルが引っぱりこみます。上半身じょうはんしんの力だけで、マリを土からかそうとするソル。自然しぜん重心じゅうしんをちかづけるため、体勢たいせいがくずれていきます。ほじられた地面じめんに、しりもちをつきました。あな両端りょうたんに足をかけ、ズルズル引きずっていきます。

 足から入ってゆくマリが、手で目かくしをかくしました。

「ヒジがじゃまだよ!」

「どならないでよ!」

「ヒジがジャマなんだから、しょうがないだろ!」

「もうぅ、いいよぉ」

 マリは手をのばしてわきにつけ、目をつむりました。

 重い方(あたま)から入れりゃいいのに、まったく……。さっきの問答もんどうでジュリにおし切られての、この体勢たいせいでした。

 ほとんどソル一人で、マリを引いています。とちゅう「もう、ムリゲー」と、なんどもであきらめかけましたが、とうとうあたままで入りきりました。おわってみれば、上着うわぎ乳首ちくびまでまくれ上がり、ソルはマリの下じきになっていました。ストールはヨレヨレの紐状ひもじょうになって、わきに落ちています。予想よそうしていたよりも、五倍ごばいは重く感じられました。

「あーあ、よごれちゃったねマリ」

 ストールをパタパタしながら、ジュリが金網カナアミのむこうでいいました。氏ねよと思い、なげやりにソルは言います。

「で、ニコライはどうすん――」

「キャッ!」

 マリがひめいを上げました。

「なに? どうしたのマリ」

「ヒッ!」

 びっくりしてたずねたジュリが、マリのゆびさす先に見た赤いもの。ソルの太腿ふとももからつたって落ちる、一すじのでした。

 みんながかたまるのを見てソルは動転どうてんの半分をくしたような、貧血的ひんけつてきめまいにおそわれます。はっきりした意識いしきと、うせる意識いしき混濁こんだく

――直後ちょくご、ソルの時間が正常せいじょう連結れんけつされ直されました。

 もうカンオンが、紫外線照射殺菌しがいせんしょうしゃさっきんをはじめています。ソルはあらためて、キズ口を見なおしました。やぶられた金網カナアミ先端せんたんを引っかけたのでしょう、さいわいキズのはばはせまく、のわくいきおいもにぶそうでした。つたったあとかわききる前に、出血しゅっけつみました。

 青ざめたかおのソルは、ひえた体をおこします。手のふるえがバレないようにナップサックをあさり、中から半透明はんとうめいのバンソウコウと、ぬれティッッシュを出しました。

 力の入らない手でぬれティッシュをひき出し、キズ口におそるおそる当てます。そのまま、つたったあともふきとります。あたらしいもので、二回おなじことをくりかえしました。また、あたらしいのをとると、今度はそれで手をぬぐいました。順番じゅんばんが、まったくぎゃくでした。

 かわいたティッシュで水分すいぶんをふきとると、半透明はんとうめいのバンソウコウをとり出します。力の入らない指先ゆびさき剥離紙はくりしをはがし、粘着面同士ねんちゃくめんどうしをくっつけないよう注意ちゅういして、ナントカはり終えました。バンソウコウがはだ肉色にくいろ一体化いったいかして、さかい目が見えなくなりました。ゴミをまとめてレジぶくろに入れます。

「ふぅー」

 ためいきをつく、ソル。

 なみだ目のマリとジュリ、そしてニコライは……。ニコライは変電所へんでんしょの前で、しゃがみこんでいました。石コロかなんかを、あつめているようでした。

「おい、なにやってんだ!」

「こいよ!」

 彼はいそいで小石をかきあつめ、それをわしづかみにして立ち上がります。ひらき気味ぎみのテイクバックでふりかぶり、金網カナアミにむかってなげました。

「カッ、ボチャ、ボチャ、ボチャン」



 その後、二人をなんと金網カナアミの中に引き入れると、ソルはしばらくボーとしていました。

 ふいに立ち上がり、レジぶくろをもって、池のはたまで歩いていきます。ニコライと同じようにしゃがみこみ、石コロをひろってふくろに入れ、口をむすびました。つかんでいるところをじくにして、ブンブン小さく回し、大きくアンダースローでほおりました。

「パシャンッ」

「なにやってんの!」

 ジュリがおどろいてうと。

「いいんだよ」

 そっけなく、ソルはかえしました。

「えー、よくないよー」

「いいんだよ」

「えーなんでー…」

「いーの」

 そういった後、ソルはだまってしまいました。

「えー……」

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