第15話 すれちがい

 ソルはいじになって彼の鳥、黒い羽ばたきをつくっていました。いつものことですが、いつもいじょうに、他人ひととはなさず、ベッドからこしを上げようとしませんでした。べつに先日のけんで、外出禁止令がいしゅつきんしれいが出されていたわけでも、ありませんでしたが。

 まわりの子らも、だれもちかよってこなくなりました。気をつかってというより、彼ら自身じしん保身ほしんのためでした。まるちゃんが野口のぐちさんを、さんづけするように、加害者わるものにされぬよう、ナカマと思われぬように。ちょっかい出されないので、彼としては、こうつごうでした。

 成員せいいんとみなされない、一員未満いちいんみまんちゅうぶらりんが、一ばんの解放フリーでした。ただし労働ボランティアつきですが。彼は今や、ニコライなみの権力よわさと、相手あいてにされなさ、をたのでした。

 じつは、このモデルは二機目にきめでした。さいしょのは失敗しっぱいしていました。タイミングてきに絶望感ぜつぼうかんにさいなまれ、なにもできないイラダチに、ベッドであたりちらしていました。ひとしきりふてくされた後、あらためてオークションをあさってみると、おなじものが複数個ふくすうこ出品しゅっぴんされていたことに、きがついたのでした。

 こんどこそ、しっぱいできません。かんたんに手を下さず、まず設計図せっけいずをよく理解りかいした上で、手順てじゅん確認かくにんしてから、実行じっこうにうつしました。

 しっぱいのおもな原因げんいんとなった、たりなかった道具類どうぐるいも、中古ちゅうこをただ同然どうぜんで手にいれました。ラジオペンチ、ニッパー、ピンセット、やすりぼう、ミニドライバー三本。それらをゴムでまとめたげやりな画像がぞうそのままで、手もとにとどきました。またべつのユーザーからも、やぶったサンドペーパー二枚と、半分使用済はんぶんしようずみの、接着剤せっちゃくざいのチューブをしました。このキットがつくられた当時とうじなかった、お手がる着脱可能ちゃくだつかのう、お手もとサラサラ接着剤せっちゃくざいです。おかげで、かくだんに作業効率さぎょうこうりつが上がりました。

 これができたら、ホルスに見せにいこうと思い、もくもくと作業さぎょうをつづけるソル。たんじゅんに、うれしさを共有ばいぞうしたかったから。




「チロロロロロロッ」

「チロロロロロロッ」

 ソルは袖先そでさきをかいさず、じかによびりんをおしました。箱状はこじょうになった布袋ぬのぶくろを、こわきにはさんでいます。朝の主体的参加きょうせいさんかの、ボランティアを終えたソルは、ホルスのうちの前にいました。

「チロロロロロロッ」

「チロロロロロロッ」

「チロロロロロロッ」

 みみをドアにあてると、鳥のさえずるような音が、家の中にひびきわたっているのが聞こえます

「チロロロロロロッ」

「チロロロロロロッ」

 はんのうがありません。

 もういちどおそうとして、ビクッとなりました。

「ホルスのおともだちかな?」

 反射的はんしゃてきにふりむくと、まゆのうすい細みの青年せいねんが、ソルのかたをわしづかみにしていました。茶色の大ぶりなサングラスと、カチューシャみたいなやつで、マットに黒くそめた前髪まえがみを上げていました。

 よく見ると、まゆが半分しかありません。白っぽい肌目はだめは、ふだんの化粧けしょう習慣しゅうかんを、あらわしていました。大きなカバンをかたにかけ、手にも大きな荷物にもつをかかえています。

「おーい、だれか出ろよな。人きてんぞ」

 カギのかかっていない玄関げんかんに入るなり、いいました。

 いがいと野太のぶとひくい声が、室内しつないにとおりました。ソルは荷物にもつといっしょに後ろからおしこまれ、ドアが閉められました。イレギュラー発生はっせいでした。



 ソルはヘラヘラしながら「これがいわゆる、世間話せけんばなしというやつなんだな」と思って、うけこたえをしていました。あたまがジイ―ンとしていて、ついさっきのことが、何時間なんじかんも前のことのように感じられます。なんかどっかでボロがでないかと、気が気でなく、ヒヤヒヤしながら、透明とうめいなロープを綱渡つなわたりしていました。

 ソルは気づいていませんでしたが、彼はフェンリル大橋おおはしの上で演説えんぜつしていた、完全様かんぜんさまのダイでした。はしの上で、らんちきそわぎをしていた、あの黒い狂集団きょうしゅうだん教祖きょうそです。

 はじめのうちダイは、ソルのカンオンをゆびさして「ええとことの子じゃん」「おまえにも、こんなともだちいたの?」とかいって、ホルスとむじゃきに、たわむれていました。

 今彼は、一人でしゃべっています。さいきん自分のみのまわりでおきたことを、みぶりてぶりをまじえ、おもしろおかしく、それもちょっと冗舌じょうぜつなくらい。ホルスはニコニコして聞いていましたが、おじいさんはなんだか少し、ふきげんそうにも見えました。

商売しょうばいの方は、もうかってるのか?」

 やおら、おじいさんが口を開きました。

「バカが多いからね」

 ダイがフフッとなって、いいました。

 ソルはバカというコトバに、ドキッとなりました。エリゼでは、子の前で大人が口にしないコトバです。一員いちいんの子どうしでも、よほどしたしくないかぎり、ポリティカル・コレクトネスではありませんでした。

 ダイは立ち上がって、パンパンのカバンと荷物袋にもつぶくろを、ひろい上げました。それをもったまま台所だいどころへゆくと、カバンをさかさにして、あいた口に手をつっこみました。

「コワンッ」

「コワンッ、コワンッ」

「コワンコワンコワンコワンコワンコワンコワンコワンコワンコワンコワ…………」

 あっちこっちはねっかえりながら、ペットボトルの小ビンが、フローリング中にちらばりました。ホルスがたのしそうに、それらをあつめ、テーブルの上へおいていきます。

「ジャーーー、キュッ」

「ジャーーー、キュッ」

「ジャーーー、キュッ」

「ジャーーー、キュッ」

 一本一本、ダイが水を入れています。それをホルスがけとると、せんをして、タオルでぬぐい、ゆかに一列いちれつずつならべてゆくのでした。手もちぶさたに、一連いちれん工程こうていを、じっと見ているソル。とくに、ねじるようにして出す、水の仕組しくみを。

「ジャーーー、キュッ」

「ジャーーー、キュッ」

「ジャーーー、キュッ」

「ジャーーー、キュッ」

 たんちょうな作業さぎょうがつづきます。ダイとホルスは、むごんのまま。おじいさんは彼らにをむけ、無料むりょうのレトロ・アニメを見ていました。

 カクカクしたり、とまったりの映像えいぞうと、とちゅうで途切とぎれる音声おんせい共有資料映像きょうゆうしりょうえいぞうで見た、モノトーンの無声映画サイレントフィルムみたいでした。


――これは「ふさわしくないものとして報告ほうこく」された、妥協だきょう産物さんぶつでした。上の供給者きょうきゅうしゃ行政ぎょうせいからの検閲けんえつではなく、下の消費者しょうひしゃ無料古事記われからのあおりを、上が追認ついにんする形の結果けっかでした。問題もんだいなのは「他者たしゃ気分きぶんがいすること」です。基準きじゅんは、群雲むらくものような「だれかの気分」なのです。

 作品さくひんによっては、芸術性げいじゅつせい時代背景じだいはいけいかんがみられ、考慮こうりょされたりしましたが、それらをのぞく大方おおかたのものは、切りきざまれるか、視聴不能しちょうふのうになるかの、どちらかたでした。

 権威エスタブリッシュメント確立かくりつされておらず、編集へんしゅう余地よちのないものは、もはや日の目を見ることはなくなりました。パスのないそれらBクラスなもの、文化ぶんか塩味しおみである、業界全体ぎょうかいぜんたい構成こうせいするかなめとしての要素ようそは、個々ここのカンオンのはざまでブロックされ、共有きょうゆうできなくなりました。

 この作品さくひんは、犯罪者ドロボウ主人公しゅじんこうのじてんで、かぎりなくアウトにちかそうです。おじいさんは、される前に、ひかり速度そくどで見ているのかもしれません。もっとも、この個人ユーザー提供ていきょう動画どうがは、倫理面りんりめんより先に、ロビー活動かつどうによって延長えんちょうされた著作権ちょさくけんで、すぐにアカウントごとけずられそうですが――。


 今おじいさんが見ているのは、三人のドロボウのドタバタげきです。ぎこちなくうごく、ピンクのジャケットの主人公ヒーローが、バスター・キートン(むかしのアメリカの喜劇俳優)じみていて、びみょうに作品内容さくひんないように合ってなくもありません。これは今なおつづく、ゆうめいなシリーズものです。このシリーズを手がけたこともでも有名ゆうめいな、巨匠きょしょうの手によらない、人気のなしシリーズの一つでした。

「もっとお金があれば、ちゃんとしたの見れるのにね」

 ダイは上がってくる水のせんを、しんちょうに見きわめながら、蛇口じゃぐちを開け閉めしています。

「それは、べつのだよ」

 ふいに、おじいさんは口をひらきました。

 たしかに物盤ぶつばんであれ、有料ゆうりょう転送版ダウンロードばんであれ、SS(サイドストーリー、ファンが手がけた非公式のもの)をのぞけば、公式こうしきのものは、欠損けっそんがソフトで補正あなうめされているだけでした。予算よさんにゆとりのあるものは、ストーリーじたいの変更へんこうと、大幅おおはばえがき直しがされましが、それはもうオリジナルとはいえない、べつの作品さくひんになっていました。ただばあいによっては、オリジナルのまま、見られないこともないのですが……

「ジャーーー、キュッ」

「ジャーーー、キュッ」

「ジャーーー、キュッ」

「ジャーーー、キュッ」

 さすがのソルも、いたたまれなくなってきました。しかたなく重い口を開き、お手つだいをかってでました。

「お、わるいな少年」

「いえ……」

 ダイはカバンの前面のチャックをはずし、中にキッチキチにつまったラベルのたばを、ちょっとずつズラシながら引っぱり出しました。

「それじゃあ、ここらへんに、はってってくれる?」

 ビンを片手かたてに、お手本てほんをしめしました。

「まあ、だいたいでいいよ」

ペットボトルには「神秘の水『ターマ川のしずく』引き合わせのキセキ」とロゴがあり、女体化にょたいかしたりゅうえがかれていました。

 スタンダードの水色の水属性みずぞくせいりゅう。火をふく赤い火属性ひぞくせいりゅう。ブリザードをはく青い氷属性こおりぞくせいりゅう。ほかにも、緑の植物属性しょくぶつぞくせい、茶色い土属性つちぞくせい、レアなシルバーの銀河ぎんがにした、時空属性じくうぞくせいりゅうなど、たくさんのバージョンがありました。

 ラベルおもてはPBプライベート・ブランド名が書かれ、うらには販売者はんばいしゃのみ表示ひょうじされています。原産国げんさんこく原料原産地名けんりょうげんさんちめい記載きさいされておらず、原材料げんざいりょうは水とだけありました。

「ジャーーー、キュッ」

「ジャーーー、キュッ」

「ジャーーー、キュッ」

「ジャーーー、キュッ」



 ソルはダイのおくりを、ていちょうにことわり、家を出ました。ホルスとは、ろくに話すこともできず、けっきょくなにしにいったのか、わかりませんでした。来たときとおなじように、わきにはこの入った布袋ぬのぶくろをたずさえ、カンオンをスリープモードにしたまま、とぼとぼと歩き出しました。



 草ボーボーの放置田ほうちでんにかこまれた、変電所へんでんしょが見えてきました。休日のおひるをまわり、二三人の子らが、小川でつりをしていました。

 カンオンのあるなしにかかわらず、たいていの子は、外ではあそびませんでした。今の彼らのように、子が時々思いつく、長つづきしない気まぐれをのぞいては。

――カンオンのある子らは、それをつうじて、ナカマとゲームをします。ない子は、おもに格安かくやす仮認証かりにんしょうカンオンや、すえおきの家電かでんをつうじてゲームをします。けっきょくどの子も、室内しつないでゲームにきょうじることに、かわりはありませんでした――。

 つりをしている子らのかなたに、ソルはおかしなを見つけました。ため池のわきをながれる小川のずうっと先、川のまん中へんに、はっきりしませんが、家が立っているみたいでした。目をこらすと、だんだん、とおざかっているのがわかります。

 ソルはじいっと、見つめました。もうかなり小さくなっていましたが、川幅かわはばいっぱいの白い船尾せんびは、見おぼえがありました。

 ふだんは考えられませんが、ソルはがまんできなくなって、しらない子らにちかより、たずねます。

「ねーあれ、さっき、ここまできた?」

「きたよ、さっき」

「どこらへんまで来た?」

「んー、池の直前ちょくぜんまできたよ」

 べつの子が、

「なんか、ずっとそこでモタモタしてたよ」

 水門すいもんのあたりを、グルグルゆびさしていいました。二人とも、カンオンはついていません。

「いつごろきた?」

「3、40分くらい前かな?」

 さいしょの子が、二人目の子にたずねながらいいました。

「40分以上はたってるね、に」

 三人目の子がわって入りました。この子にもカンオンはいません。

「ふーん、そう」

「ありがとね」

 ソルはかるく手を上げ、ぎこちない笑顔えがおをのこして立ちさりました。

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