第14話 進展?

 こんなシチメンドクサイことする気は、サラサラなかったのですが、先日のはらいせ(?) まぎれにソルは、羽ばたきをつくりはじめていました。

 ちょっとがっかりというか、きみょうだったのは、紙箱かみばこのパッケージに、鳥とも飛行機ひこうきともつかぬ黒いものが、えがかれていたことでした。

 箱絵はこええがかれた、正体オリジナル不明ふめい鳥飛行機とりひこうき。青空のバックふであとあらい白い雲。画面中央がめんちゅうおうを、不当ふとうにしめる黒い物体ぶったい。アンバランスな左右のつばさ

 一般的いっぱんてきにいって、遠近法パースのかかる飛行機ひこうき画像がぞうは、手前てまえよりおくつばさの方が、大きく見えがちです。でもこの絵は、見るからに奥側おくがわがみじかい。手前のよくとはちがうパーツのように、暗色あんしょくで引きつり、ちぢみ上がっています。

 はるか下方にひろがる緑野りょくやんで、手をかざし見やる、黄色いキャップの学童がくどう。その彼のかおは、だいだい色の平面へいめんにつぶれていました。

 絵柄えがらはライトな二流にりゅう小松崎茂風こまつざきしげるふうタッチで、すでに発売時点はつばいじてんにおいて、なんちゃってレトロフューチャーでした。――SFほど「なつかしさ」を想起そうきさせるモノはありません。その作品さくひん世界観せかいかんは、描写びょうしゃされた各時代かくじだいの、最先端技術さいせんたんぎじゅつのデフォルメだからです。感性かんせいとは、おくれた技術ぎじゅつへの感傷かんしょうのことです。ゆえに、ノスタルジーの作家さっかブラッドベリは、究極きゅうきょくのSF作家さっかなのです。もし本当の未来を記述きじゅつする作家さっかがあらわれたら、彼はナンセンスと無視むしされるでしょう。

 つくりはじめると、なんだか人がよく、ちかよってきました。かれは用心ようじんしつつも、ちょっぴり、うれしくなりました。彼が一ばんびっくりしたのは「わざとやってる」と言われたことでした。まさに青天せいてんのヘキレキ。あまりに以外いがいだったので、ハラを立てるのをわすれました。むしろ、こんな小さな高みから、社会しゃかいをしる機会きかいをえたことを、自分に警戒けいかいしながら感謝かんしゃしていました。こういう学習がくしゅうをつみ重ねていけば、いつか自分も、人なみになれるかも? という、あわい期待きたいをもちました。

「なんか、やってる」

 ジュリがヘイタンな目で、ソルの横に立っていました。

 まわりがガヤガヤして、なんかうるさくてイヤだなと思っていたら、今日は夏休みの一時顔見いちじかおみせ、中間共有日ちゅうかんきょうゆうびでした。しらぬ間にみんながそろい、母親ははおやのところにいたジュリも、エリゼにかえっていました。毎年毎年まいとしまいとしのことですが、いつも彼は、わすれてしまうのでした。来年らいねんもきっと、わすれていることでしょう。

「さいきんやけに、おとなしいそうね」

「今までカゲで、な~んかコソコソ、やってたみたいですけど」

「……」

「おなじハン(班)なんだから、あんまり他の人に、メーワクかけないでよね」

「……」

「きいてんの?」

「おとなしいだろ?」

「……」

 こんどはジュリが、だまってしまいました。

 しばらくだまっていると、ジュリはおこったそぶりで、どこかへいってしまいました。



 ソルはキットと、格闘かくとうしていました。「ああ、メンドクサ」「こんなのやっぱムリだわ」「べつに今やるひつよう、なくね?」彼は心の中で、なんどもぼやいていました。手作業てさぎょう経験けいけんがないので、じぶんが道具どうぐ不自由ふじゆうしていることも、気づけませんでした。

「♪ユー・ガッタ・メール♪」

「♪ユー・ガッタ・メール♪」

 手紙てがみちゅうをとびかい、ヒラヒラ、白いハネが落ちては消えます。自分にはめったにこないから、ソルは他人ひとのだとめこみ、むしして作業さぎょうをつづけていました。

 しつこくりやまない音声おんせいと、ふりそそぎつづけるハネ。キャラクターアイコンなし、BGMなしのデフォルト構成こうせいに、自分のだと気づきました。かくにんすると、ホルスからでした。

「ふぁー!」

「なんだよ、今ごろ?」

 そのないようは、れいの鳥がなくなったことをしらせる、メールでした。

「いや、だからなに?」

「だから、なんなんだよ?」

 しばらく一点を見つめて。

「しらんわ!」

 ベッドの上ですわったままジャンプして、さけびました。

「なんだよ、今さら」

「なんなんだよ、まったく」

「今さらあいつは、ブツブツ…………」

「あっ」

 重大じゅうだいなことに、今気づきました。わすれていたのです。メールの通知つうちをOFFってたのを。タイムスケジュールで起動きどうしたそれは、一月ちかく前のメールだったのです。

「ヤバイ!」

「あ~」

「そういう、ことかよ」

 彼は「後でしらせる」の時間幅じかんはば の目もりを、最長さいちょうに合わせていたのでした。

「もぉー」

「もぉー」

「がっかりだよ」

「えー、どうすんだよ、これ……」

 じつはソルのかんちがいは、これ一つきりで、すまなかったのですが。



 メールが来ていたのは、鳥を見つけた日から、半月ほどたった後でした。ソルはなやんだすえ、とりあえず、ホルスのうちにいくことにしました。どのみちホルスは、すぐにおりかえしの返事リプライをせず、鳥をなくならせてしまったのですから。

 玄関エントランスホールに下りていくと、ジュリがいました。

「また、どっかいく気ぃ」

「もう、あんまりメーワクかけないでよね、他人ひとに」

「はぁ、もうソウルメイトじゃないだろ」

「おなじハンでしょ」

「おなじだから、なに?」

「わたしはハンの、れぇぷれぜんてぇてぃぶなのよ」

「れ、れ、なに?」

「わたしには、代表だいひょうされるものとしての、責任せきにんがあるの」

「なにかってに、されてんだよ。わからんコトバつかってるじてんで、ねーよ」

 まったく浸透しんとうしていませんでしたがRepresentativeとは、リーダーのことです。ただリーダーというより、ナカマウチの代表だいひょうといったニュアンスが強いようです。ふだんめったにつかわれない、さいきん作られた役割概念かいきゅうがいねんでした。この手の新しいコトバは、つぎからつぎへと導入どうにゅうされましたが、気がついたら、ほとんどがアワのように消えていました。おそらく、彼女はソルのしらぬ間に、キャッチャー(教師)から任命にんめいされたものと思われます。

「で、そのナンチャラナンチャラが、どうしたの?」

「かってに動きまわると、みんながメーワクするっていってるの。わかんないの?」

 大げさに、ためいきをつくしぐさで、こたえるジュリ。

「ホントに、単独行動たんどくこうどうがすきねぇー」

「ほんとうにメーワクだと思ってるヤツ、今すぐ、につれてこいよ」

 イラつき、人さしゆびでゆかをすソル。

「はぁ~い、ここにいまぁーす」

 げんきよく、手をあげるジュリ。

「他には?」

 あたりを見まわす、ふりをするソル。

「けっきょく、なにがめいわくなの?」

 もうめんどうくさいので、だまっていってしまおうかと、そろそろ思いはじめていました。でもなんとなく彼は、ふみとどまっていました。

「どんっ」

 くぐもった音が、彼の内部ないぶからきました。つぎの瞬間しゅんかんは、エアバックの上。もうろうとした意識いしきで、記憶きおく欠落ブランクをうめ合わせようとします。

 理性りせいともつかぬものが、背後はいごからの衝突しょうとつ断定だんていし、のっそりと体のむきをかえました。

 見上げると、ニコライがニヤニヤしながら、つっ立っていました。ソルのきらいなラベンダーが、はなの内にしみこんできます。

「――てめぇ!」

 今すぐ、とびかかりたいソル。しぼみかけのエアバックに体をとられ、立ち上がろうと、もがきます。

 ニヤつき顔で、しばし、それを観察かんさつするニコライ。ソルの体勢たいせいがととのいかけると、せなかをむけ走りだしました。

 センターラインをまたぎ、右側通行みぎがわつうこう逆走ぎゃくそうするニコライ。けっこうなスピードです。おくれをとったソルも、立ち上がり、追撃ついげき開始かいし

「ドタドタドタ……」

「ドタドタドタ……」

「キケンだよ、ゆっくり歩こうね」

「キケンだよ、ゆっくり歩こうね」

「おともだちが、めいわくしているよ」

「おともだちが、めいわくしているよ」

「ゆずり合いの心で、ルールをまもって、みんなでなかよく歩こうね」

「ゆずり合いの心で、ルールをまもって、みんなでなかよく歩こうね」

 カンオンが音声おんせい矢印やじるし注意ちゅういをうながし、子らに避難誘導ひなんゆうどうします。ピンク色に紅潮こうちょうしたかべゆかが、小刻こきざみみにふるえ、おなじメッセージと避難ひなんエリアを表示ひょうじしていました。

「チヤチャン」

「チヤチャン」

緊急危険速報きんきゅうきけんそくほうです」

「つよい衝突しょうとつに、警戒けいかいしてください」

「これは訓練くんれんでは、ありません」

「これは訓練くんれんでは、ありません」

「チヤチャン」

「チヤチャン」

緊急危険速報きんきゅうきけんそくほうです」

「つよい衝突しょうとつに、警戒けいかいしてください」

「これは訓練くんれんでは、ありません」

「これは訓練くんれんでは、ありません」

 不気味ぶきみ諧調かいちょうのチャイム音、成人男性せいじんだんせいの声が、むやみに子らを刺激しげきさせぬよう、おちついた口調くちょうでかたりかけます。

「ドタドタドタ……」

「ドタドタドタ……」

 無人むじんをゆくみたいに、センターラインを交互こうごにまたぎ、走りぬける二人。緊急車両きんきゅうしゃりょう通過時つうかじに、交差点こうさてんから間をおき停止ていしする車のように、子らが行儀ぎょうぎよく、はじに退避たいひしていました。

「ドタドタドタ……」

「ドタドタドタ……」

 走りながら、なんどもふりかえる、ニコライ。そのたび見せつけられる、あのニヤつき顔。さっきから、ほとんどソルを見っぱなしです。

 とつぜんソルのうでが、グングン、のびてゆきます。ニコライを射程しゃていにとらえると、巨大きょだいなハンマーになったコブシで、ブンなぐりました。ホルスのあたまかべにつきささって、かべから足が生えています。ケムリがモウモウとあたりをつつみ、パラパラとコンクリの破片はへんが落ちてきました。ソルのあたまの中では……

「ドタドタドタ……」

「ドタドタドタ……」

 こっちを見っぱなしのホルス。「あいつ、前見ろよ」と思ってたやさきでした。

「よけろ!」

 さけぶソル。前方ろう下のまん中で、立ちすくんでる女子が!

 空中に射出しゃしつされたエアバックをはさみ、反動はんどうでたおれゆく二人。先にまちかまえる、特大とくだいエアバック二つ。そのせつな、ソルによぎったのは「おれのせいになるな、これ」でした。




 ことのてんまつ。

 二人にたいしたケガはありませんでした。カンオンとかべは、注意喚起ちゅういかんきをおこたらず、衝突しょうとつをやわらげるための三つのエアバックは、りっぱに開きました。射出しゃしゅつされたもの一つと、下でうけ止めたもの二つ、ともに正常せいじょうにはたらきました。

 被害少女ひがいしょうじょは、ふいをつかれたのではなく、立ちすくみりきんでいました。彼女は体の病院びょういんへはこばれた後、すみやかに、心の病院びょういんへと引きわたされました。PTSDという診断名しんだんめいがつきました。

 多角的たかくてき映像音声記録えいぞうおんせいきろくがあることは、今や空気あたりまえでした。しかし、ある現象げんしょう記録物アーカイブがあることと、それを解釈かいしゃく価値かちづけることは、べつなのです。証拠しょうこ公正こうせいさは、ツンデレ以下の関係だからです。

 ニコライの方はしりませんが、ソルには、加害性かがいせいの心のやまい行為障こういしょうがい」という診断名しんだんめいが下りました。これから長期ちょうきにわたって、彼は心のケアを、うけなければなりません。おまけに共有要項ミンナノキマリにもとづき、毎日しばらくの間、日記(反省文)を書く権利(義務)あたえられました。週末しゅうまつには、自主(強制)的なボランティア(徴集)にも、コミットメント(従属)しなければなりません。今はセカンド・バイオレンスでだめですが、おちついたら、ぶつかった(?) 少女にも、あやまりにいかなければなりませんでした。

 エリゼを管轄下かんかつかにおく、これらのルールをさだめジャッジするもの。そのドーナツの中心ちゅうしんの、市民代表しみんだいひょうを「カンオンを見るものら」といいました。「カンオンを監視かんしするものら」ではありません。それより上位(?) にあるものは「カンオンと、ともにあるものら」といいます。

 未発達行動みはったつこうどうをおこなった子にたいし、カンオンがあたえた発達権利(使役義務)を、「カンオンを見るものら」は、広義こうぎの共有(授業)と見なします(あくまで見るのが建て前です)。それらはカンオンにしたがい、人にしかできないこまやかな援助(管理)を、当該とうがいする子らに提供(指導)しました。

 それらは一員未満いちいんみまん状態じょうたいしにある、特定とくていの子の保留期間モラトリアムを「少年のためのwill」とよび、巣ののヒナドリのアイコンであらわしました。また特定とくていの子らを支援しえんする団体名だんたいめいも「少年のためのwill」であり、そのアイコンには、カッコウがえらばれていました。

 くだくだしく言ってきましたが、ようするに、うすめてのばした社会しゃかい制裁せいさい復讐ふくしゅうです。もっとていねいに言えば、だれも手をよごさないソフト懲罰ちょうばつです。

 ちなみに、もとからあった彼の方のうすい個性(発達障がいの境界域の境界域)は、なんの考慮こうりょもされませんでした。

 今からまちうけているものに、ソルは目の前がまっ暗になりました。彼は「さっさと、ホルスんにいっとけばよかった」「おとなしく、オーニソプターでも作っとけばよかった」と、こうかいしどおしでした。

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