第12話 夜の外出

 いつまでまってもホルスから、鳥がおくられて来る、けはいはありませんでした。ホルスにおくった、エリゼあての、着払ちゃくばらいいのもうしこみ。その送信そうしんから、もうだいぶたっていました。あいつ、バックレやがったな。ソルは日に日に、そのかくしんのどを、ましてゆきました。

「まぁ、現実げんじつってのは、だいたいこんなもん」「さいしょっから、しってましたけど?」とかなんとか、自分をなぐさめていました。彼はものごとに対し、つねに悲観的ひかんてきでした。それが心の保険ほけんだったわけですが、事前事後じぜんじごにかかわらず、それがほんとうに役立やくだったことは、一度もありませんでした。

 午前中のエリゼすまいかん休息きゅうそくルームは、人影ひとかけまばらです。夏休みに入り、子らのさわがしい声も、やんでいました。ソルは彼の一時所有物いちじしょゆうぶつである、ベッドにねころんでいました。カンオンあいてに、あいかわらず一人で、ブツブツいっていました。

「こんなんじゃないんだよ、こんなんじゃ」

「だから、ちがうって」

「いや、だかさらぁー」

 カンオンの照射映像しょうしゃえいぞうを、視野角0度プライベートモードでスクロールしています。彼は、鳥の飛行機ひこうきのオモチャをさがしていました。

 それは羽ばたき、もしくはオーニソプターといわれています。鳥やこん虫のように、バタバタと羽ばたいてとぶもので、人間にんげんが考えた、さいしょの飛行機ひこうきとおなじ形をしていました。ソルはおそらく、今までなんども無料放送むりょうほうそうされてきた、スタジオ・フグリの作品さくひん「天空の城ラビア」あたりから、見しったものと思われます。

 ソルのさがしているのは、ミニカンオンが組みこまれた、高価こうか自律無人機ドローンでなはく、もっと素朴そぼくなものでした。できれば鳥の形をしていて、ゴム動力とうりょく簡単かんたん構造こうぞうのもの。自律型じりつがたでなく個立型スタンドアローン。よそからの情報じょうほう掣肘ちょっかいされつづけ、姿勢制御しせいせいぎょするのではなく、はじめにほおったコマの回転力かいてんりょくだけで、みずからよって立つもの。孤立無援こりつむえんで足をひっぱられない、立たされずに立っていて、力つき、たおれてしまうもの。これは彼がそう思っていた、というより、ニュアンスの要約ようやくです。

 カタログは、どれもこれもドハデなカラーリングでした。しらない会社かいしゃのロゴやキャラクターが、うるさくおどっていて、しかもそちらの方が、おやすいときています。

「う~ん」

「この」

「なんだよ……」

 彼は完成品フィギュアをあきらめ、中古ちゅうこをあきらめ、組立くみたてモデルをあきらめました。どれもこれも「伝説でんせつ」とか「レジェンド」とか、もったいぶったカンムリとプレミアがついていて、大人おっさん独壇場どくだんじょうでした。

「なんだよ、このシキイの高さは」

「やらせる気ないだろ、アフォが」

 もうやめようとして、さいごの確認かくにんのため、さっきマークしておいた、本、雑誌ざっしのカテゴリーを開きました。

 かみ科学かがくマガジンで、ふろくに「羽ばたき鳥の組立くみたてキット」がついており、創刊号そうかんごうとありました。ふろくというより、そちらがメインのようです。かなり本格的ほんかくてきなもので、オークションにかけられていました。

 しらべてみるとつづきがなく、どうやら創刊号そうかんごうで、廃刊はいかんになったようでした。じょうたいは「わるい」とありました。裏表紙うらびょうしがやぶれ、天と地と小口(本を閉じた状態で露出している、ページ端の三方の部分)が黄ばみ、全体的ぜんたいてきにかすれていました。

 ソルは自分で組み立てる気など、まったくありませんでしたが、ねだんのやすさで、とりあえずカートに入れていました。その確定かくていボタンを、今おしました。

「ふぅー、時間かかったー」

 ただ、えらんだだけなのに、一仕事ひとしごとおえた気ぶんになりました。




 3時間後。

 ソルは無料むりょうの、配信動画はいしんどうがを見ていました。配信停止はいしんていしのがれのユーザーと、CM効果こうかだけのぞむメーカーの、規制きせい希望きぼうのせめぎ合いによる、コマギレ縮小画面しゅくしょうがめんのアニメを見ていました。

 民営化みんえいかされた前島逓信局まえじまていしんきょく から、バイト派遣はけんの人が配達はいたつにきました。顔出かおだしアゴなしジェットがたのヘルメットのまま、玄関エントランスゲートをくぐりぬけ、私服しふくの上に、おしきせのみどりのベストをきていました。ふたむかし前のみなりで、おじさんか、おばさんか、よくわからない人でした。

「えー、ホントにきちゃったよ」

「どうすんの、コレ?」

 ソルは手にしたものが、おもいのか、かるいのかさえ、はんだんつきかねました。そのまま、つつみのふうもあけず、ベッドの下のひき出しに、しまいました。




 夜半やはん

 みんなはねしずまっていましたが、ソルはおきていました。うすくらがりの中、目くばせすると、カンオンがやわらかく、てまえをピンポイントで、てらしました。よういしておいた圧縮あっしゅくぶくろを、手さぐりで見つけ、トイレでもいくようなそぶりで、ふいっとぬけだします。ろう下に出て、個室こしつしかないトイレに入りました。すそ長のチュニック風のパジャマを、あたまからぬぎました。

「ぷしっ」

 ふくろをあけ、外むきのふくに着がえます。パジャマをいれたふくろを、トイレだいにのり上がって、しきりの角上かどうえにおきました。

 ろう下に出ました。ここからは、だれにも会いたくありません。グリップのよすぎる、スリッポンのクツをぬぎ、手にもちます。よこくミラーとして、先回りの風景ふうけいをうつす半透明はんとうめいかべは、グレーになっていました。機能停止きのうていししているのではなく、ただのしょうエネです。教材きょうざいアプリを提供ていきょうしている、GUMONのペールブルーのロゴだけ、すみっこでともっていました。

 しずかな館内かんないにひびく機械音きかいおん空調くうちょうのコンプレッサーかなにかが、とつぜんやんだかと思うと、またうごきだしました。

 ソルはこんな夜おそくに、エリゼから外に出たことは、一どもありませんでした。玄関エントランスホールにちかづいたことさえ、なかったはずです。エリゼという、せまい世間せけんすらうといい彼は、他の子の冒険譚ぼうけんたんも、よくしりませんでした。さっき思いついて、カンオンで前例ぜんれいをしらべようとして、バカバカしくなってやめていました。

 気をぬかず、あかりを最低限さいていげんにしぼって、階段かいだんを下りていきます。低反発ていはんぱつ高反発こうはんぱつを組み合わしたゲルの階段かいだんは、くつ下だけだと、いたく感じます。先っぽのすべり止めをさけ、いっぽいっぽ、まん中に足をおいていきました。

 玄関エントランスホールにつきました。ここから先については、彼はまったく、無策むさくでした。しばらく逡巡ウロウロして、時間をムダにします。

 けっきょくわからないことは、やってみなければ、わからないのです。ソルは、おそるおそる、かた足をゲートにふみ入れていきます。自分のしていることを、意識いしきしないようにして。ゲートといっても、いかめしい機械類きかいるいなどなく、ゆかとマットとガラスのとびらだけでした。目やすの白いラインが、ガラスのとびらの前に、わざと大きく引かれているだけです。

 ガラスの内扉うちとびら外扉そととびらの間の天井てんじょうには、監視かんしカメラがつられていました。一目でデコイダミーとわかる、こっけいなサイズでした。二回り大きくした半円のカンオンが、ボコッと、天井てんじょうの中心から出ていました。映像えいぞうは24時間、防犯映像解析ぼうはんえいぞうかいせきされている、というふれこみですが、とうぜんそれは、個々ここのカンオンのことでした。

 玄関げんかんには、子の絵と低俗ていぞく標語ひょうご入りのステッカーが、ガラスとびらの内にも外にも、はられていました。

 足をいったん引きもどし、さっきはいたクツをまたぬぎました。それを手にし、ガラスとびらにむかってなげます。

「コフッ」

 はねかえった時の方が、ヒヤッとしました。マットレスにころがって、ラインの内がわで止まりました。

 ぐっと、みがまえます。

 力んだまま、いくらまっても、なにもおきませんでした。クツのもう片方かたほうを手にとり、こんどは、かるめになげます。

「ホフッ」

 力を入れ、なにかを、まちかまえます。

 が、なにもおきません。

 彼はさっきとおなじように、自分のしていることを意識いしきしないようにして、ソロソロ足を入れていきます。心の中では先まわりして、大音量だいおんりょうのブザーがなっていました。

 体をななめに、半身はんみでラインをこしていきます。まえ足を入れ、のこされた方のモモをもって引きぬきます。しせいをおこすとちゅう、鼻息はないきがガラスにかかりそうな気がしました。

 頭がカラッポのじょうたいで、なにを思ったか、ふと、足をマットにのせてしまいました。

「シュィ―ン」

 とびらが開きます。あわてて引っこめると、足がさっきとべつのポジションに! 反射的はんしゃてきに出したり、ひっこめたり。キョどって足をジタバタ。

「シュィ―ン」

「シュィ―ン」

ピーンと、ちょくりつポーズでかたまるソル。センサーのさかい目にいるせいか、とびらが止まりません。血のせ青ざめ、全身心臓ぜんしんしんぞうと化します。

「シュィ―ン」

「シュィ―ン」

「シュィ―ン」

 開いたり閉じたり。開いたり閉じたり。そのつど、寿命じゅみょうがちぢむ思いのソル。たまらず中にとびこみました。

 後ろのとびらが閉まり、止まりました。にげばのない、とじこめられた状態じょうたいになりました。二重扉にじゅうとびらの中の、かごの鳥です。しばらく身構みがまえたまま、ホールの先をのぞいたり、時々ふりかえったりしていました。

 ドタバタやらかしましたが、けっきょく、なにもおきませんでした。耳をすますと、かすかに外のさざめきが聞こえます。ソルの中で、あらためて時間がながれはじめました。

 天井てんじょうを見上げ、みせかけのカメラを、マジマジと見ます。それと不必要ふひつようなサイズのカンオンいがいは、思ったいじょうに、なにもありません。他にすることがないので、あっさり、もういいやと外扉そととびらのまえに立ちました。

 ガラスのとびらがあくと、ムッとした外気がいきみこまれ、無音むおんヘッドフォンを外した時みたいに、音が「わっ」と、とびこんできました。


無音むおん消音しょうおんヘッドフォン。外部の音に相殺そうさいするべつの音波おんぱをぶつけ、外耳道がいじどう(耳の穴)に人工静寂じんこうせいじゃくをつくりだす耳あて。自閉症じへいしょうスペクトラム、パニックしょうがい、極度きょくど過敏かびんによる嫌音症けんおんしょうなどの人たちの、生存権せいぞんけんをまもるための騒音遮断装置そうおんしゃだんそうち。その人が苦手にがてな音だけを、除去じょきょすることも可能かのうである。現在げんざい健常者けんじょうしゃ屋外おくがい使用しようは、禁止きんしされている。

 外見指定がいけんしてい外出用がいしゅつよう医療専用器いりょうようせんようきは、不人気ふにんきで使う人はまれである。ふつうのおしゃれなヘッドフォンでも、ソフトを違法いほうダウンロードしさえすれば、おなじ機能きのうをもたすことができ、でっかいサングラスとマスクと共に、メンヘラ御用達ごようたしアイテムとされる」 ――アンサイクロンペデイアより。


 まずは、げんかんロータリーの、小さな花時計はなどけい半周はんしゅうします。せまい前庭まえにわをとおり、境界きょうかいがわりの、ざわめくポプラなみ木をくぐりました。パーキングメーターにとまった車を、あみだクジのようにぬい、うす暗がりをぬけ表通おもてどおりに出ると、そこはもう明るい繁華街はんかがいでした。

 光とノイズの炸裂さくれつ。ミニ太陽たいようだらけで暗部あんぶがなく、反照はんしょうする月をもたない。体中の水分をふるわす騒音そうおん。それらがまち構成こうせいしている、おのおのに、共鳴振動きょうめいしんどうをおこしていました。

 ウインドウからもれる明かり。コンビニ、ファミレス、ファストフード、居酒屋いざかやチェーン。ファション紙のような、女の写真しゃしんをつかったパチンコ店。規制緩和きせいかんわで24時間営業えいぎょうになった、消費者金融しょうひしゃきんゆう。外には、自販機じはんきの横におかれた、ガチャガチャみたいな形の、ゲームつき自動契約機じどうけいやくき飲料いんりょうメーカーみたいに、他社同士たしゃどうしがあいのりしていました。

 行きかう車のLED。道路どうろに光でプリントされたキャラクターの絵と、本人にだけわかるメッセージ。こうこうと光る青白い街灯がいとう。それへ上からのしかかる、ライトアップされた巨大きょだい看板かんばん飲食物取扱店前いんしょくぶつとりあつかいてんまえの、バチバチとなるむらさき紫外線殺虫灯しがいせんさっちゅうとう

 暗くなったオフィスビルに、ながれる緑の数字すうじ英字えいじ、もうしわけていどのローカル自国文字じこくもじ。緑のフォントがれをなし、れつをみださず、窓面まどめんのRを回りこんでいきます。

 直線曲線ちょくせんきょくせんとわず、あらゆるめん余白スペースにうたれる、光の刻印こくいん

 自販機じはんき看板かんばん、タクシーの社名表示灯しゃめいひょうじとう、トラックのコンテナの4めん風切りエアデフレクター、バスのボディの5めん、店のレジスター、自由民じゆうみん依存民いぞんみんのための格安かくやす仮認証かりにんしょうカンオン……

 それらに表示ひょうじされたものは、たいはんがかぶった内容ないようでした。芸能げいのうスポーツニュース、コマーシャル、時刻じこく天気予想てんきよそう血液型けつえきがた星座占せいざうらないによる、明日の運勢うんせいなど。

 音楽おんがくも、たえまなくたれながれています。コマーシャルのリフレイン、セールのよび声、どなるような店員てんいんのあいさつ、保身ほしんのためのしつこいアナウンス、内外にアク充(アクチュアルな充実、リア充のこと)であることをアピールするための、なかまどうしの大声おおごえ笑声わらいごえ

 サイレンが、けたたましくひびきます。

「ハイ、道を開けてください」

緊急車両きんきゅうしゃりょうがとおります」

「道を開けてください、パトカーがとおります」

 おれいをいう、おしゃべりな機械きかいたち。自動じどうドア、自販機じはんき道端みちばたにおかれたゲーム駐車券発行機ちゅうしゃけんはっこうき、キーでロックを解除かいじょすると、車もえ声をはっし、自分の位置いちをしらせます。

 とおりを歩いてゆくと、二階にEECCの入った、テナントビルがありました。


「EECC、エスペラント会話教室かいわきょうしつ。Esperanto Educational Communication Communism エスペラント語の実践教育じっせんきょういくによって、地球上ちきゅうじょうの人々の意思疎通いしそつう相互理解そうごりかいを深め、繁栄はんえい平和へいわ社会共同体しゃかいきょうどうたい目指めざす。総合教育関連団体そうごうきょういくかんれんだんたい語学部門ごがくぶもん」 ――Wikkipediaから。


 一階にはドンキー・ホッティーが入っていて、バナナがらのパジャマをきた子が、ウロウロしています。べつのコーナーにいる親は、ジャージの上下、黒地にブディズムの、きんぬきサンスクリット。四天王してんのう紅蓮ぐれんほのお背負しょい、憤怒ふんど表情ひょうじょう邪鬼じゃき見つけています。それにぎんネックをあしらっていました。

 そのとなりには、薬局やっきょくスーパーのマツトモ・キヨシがあります。店の前のカードレールにこしかけ、休憩きゅうけいするメイドール。パーマネント・セブンティーンがをまるめ、スーパースリムのメンソールで一服いっぶくしていました。

 真夏まなつ真昼まひるより明るい店内てんないでは、コスロリファッションのが、一人でお買いもの中です。グレーのカゴの中には、グミチョコストロベリー、ミネラルウオーター、DeHCのボリュームマスカラ、つけま、生理用品せいりようひん、カラフルなゴム、黒いドクロのイカツイさいふ。手首てくびの内側には、ネコに引っかかれたあとがありました。

 ソルはもう、ターマ川のスーパー堤防ていぼうの上にいました。川のせせらぎを聞きながら、ナビは消し、しらべた近道ちかみちにそって、ホルスのいえのある方へ歩いていました。街灯がいとうもいらないくらい、街あかりがしていました。

「ジー……」

 クビキリギリスのなき声がします。ソルは虫のと気づかず、あげもののニオイをただよわす、食品しょくひんスーパーうらの、機械(変圧器)の音だと思っていました。企業きぎょうグラウンドの照明しょうめいが、とてもまぶしいので、早歩きでそこをすぎました。

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