第6話 迷路 1 狂集団

 いくら堤防ていぼうぞいを歩いても、中々その上の道、天端てんばにのぼる階段かいだんを見つけられません。それどころか、しだいしだいに、はなれていってしまいます。だんだん彼は、あせりはじめました。

 少し肌寒はだざむくなってきました。もう、うでがいたくって、しかたありません。彼はをけっして、かかえていた赤いフードをかぶりました。なんだかちょっと、におうような、におわないような。でも、かまわず歩きだします。上半身じょうはんしんだけでもあたたかくなり、重さも分散ぶんさんされて、いい感じになりました。



 もはや堤防ていぼう完全かんぜんに見うしなっていました。足のウラがやけどしたみたいに、ヒリヒリします。ただやみくもに、にぎやかな方へ、明るい方へ、すすんでいました。もうかげの多い、民家みんか密集地みっしゅうちへもどりたくありません。今いるせまい道から、大通りらしき、ひらけた空間が見えます。しぜんと、足がそちらにむきました。


「キーーン」


「バァーーーーーーーーーーーーーーーン」


「キーーンィーンィーン」


 音われの悲鳴ひめいが耳をつんざき、シンバル? の雷鳴らいめいとどろくと、また音われの共鳴きょうめいでおわりました。

 むらさき脳裏のうりにチラつき、火薬かやくのような異臭いしゅうが、ほのかにはなをつきます。音のショックに誘発ゆうはつされた共感覚ショートでしょうか? ことなるものが一遍いっぺんに、彼におしよせました。

 大通りに見えたのは、じつは橋のたもとでした。車が一台も走っていないので、歩行者天国ほこうしゃてんごくみたいに見えます。赤に黒い斑点はんてんのある、ナナホシテントウがら街灯がいとうが、もうっています。太陽の下、脱色ブリーチされた街灯がいとうの光と、せた月あかり。ま昼の空に、太陽と月と街灯がいとうが、パワーバランスを無視むしした三つどもえで、かがやいていました。

 フェンリル大橋おおはしは、新市街しんしがい旧市街きゅうしがいをつなぐ生活道路せいかつどうろとして、またポートまでの幹線道路かんせんどうろとして、ターマ川とスモウ川の合流地点ごうりゅうちてんにかけられました。橋の欄干らんかんは七色のにじ等間隔とうかんかくでえがき、やわらかい擬似ぎじ大理石だいりせきをあしらった、ベンチがすえられています。ところどころ、空中にふくらんだスペースがもうけてあり、七色のパラソルのかかった、まるいテーブルとイスのセットがおかれています。川を眼下がんかのぞみ、吹きぬける涼風りょうふうをあじわい、夏祭りには花火のパノラマの絶景ぜっけいを楽しめます。フェンリル大橋おおはしは、クララン市にとどまらない重要じゅうようなインフラのかなめとして、また市民しみんうるおいといこいをあたえる場として、○○××年起工ねんきこうし……

 ソルは竣工しゅんこうプレート横の記念碑きねんひから、目を上げました。

 頭上には木調もくちょう横柱よこばしらが、わたされています。はらわれたえだ黄土色おうどいろ年輪ねんりんと、緑にえた対の葉っぱ。光沢こうたくのあるつたが、それにからまっています。アンバランスに大きな葉っぱにのったカエルが、大きく四角く口をあけています。電光掲示板でんこうけいじばん明滅めいめつして、交通情報こうつうじょうほう盗難情報とうなんじょうほう、もよりのお買いもの情報じょうほうやタウン情報じょうほうをおしらせしています。 別枠べつワクのマドで、地元FMの放送風景ストリーム、お天気やスポーツニュースなどをながしていました。

 道のりょうわきに、直立したキリンのくび整然せいぜんとならんでいます。一れつにならだ、黄色と黒のまだらのはしらに、太陽拳たいようけんみたいな白い顔。一頭一頭いっとういっとうのクビには、色ちがいのチョウネクタイがまかれ、そのむすび目のまん中には、監視かんしカメラがしこまれていました。

 こうさてんの明るい童謡どうように、かぶせるよう防災無線ぼうさいむせんがなりひびきます。自治体じちたいからの連絡事項れんらくじこう。もえないゴミの日のおしらせ、50代の行方不明ゆくえふめいミドルの外見的特徴がいけんてきとくちょう、ふりこめ詐欺さぎへの注意喚起ちゅういかんき薬局やっきょく併設へいせつした食品しょくひんスーパーからもれる、エンドレスなコマーシャル。いろいろな店の音楽、音楽、音楽。選挙せんきょカーのウグイスBBAの声……それらのスキマをぬって、かすかに「ゴウゴウ」と、うなる音が聞こえました。欄干らんかんのわずかなスキマからのぞくと、ターマ川とスモウ川が、おたがいの色をまぜず合流ごうりゅうしていました。


「バァーーーーーーーーーーーーーーーン」

 

「ツァカ、ツァカッ、ツァカ、ツァカ、トットン、トン」「ツァカ、ツァカッ、ツァカ、ツァカ、トットン、トン」


 シンバルの後に、タンブリンの音がつづきます。橋のたもとにいるソルの反対側はんたいがわから、とお目に、もやにつつまれた黒の一団いちだんがあらわれました。

 仮面かめんやマント、ベールにスカーフなどで顔をおおった、黒装束くろしょうぞく一行いっこう。レバノン杉風すぎふうのおこうくゆらし黒衣こくいまとわりつかせ、前ぶれもなく奇声きせいをはっし、わめきちらす。それぞれてんでバラバラおど久留くるって、ノミのようにピョンピョンはねまわって、寝転ねっころろがって四肢しし痙攣けいれんさせ、ピーンと固まって硬直こうちょくする。頭からかぶった、重っ苦しい黒マント。銀の腕輪うでわ金の腕輪うでわジャラジャラならし、ひるがえるたび、むらさき裏地うらじが目におどります。神輿車みこしだぐるまおおむらさきのビロードは、いかずちワシの 金の刺繍ししゅうをほどこし、さらにそのまわりを銀の薔薇バラでフチどる。下地が見えぬほど色とりどりの旅行宝石プラスティック・ジュエリーをもった、蓮華れんげ装飾そうしょく座台ざだい。さらにそれへ巻きつけたLEDチェーンライトが、エレクトリカル・パレードみたいに、チカチカまたたいていました。

 巨大きょだいな黒い聖石せいせき隕石いんせきが、座台ざだいの上にのっています。ずんぐり角ばった玉ネギがたで、レンタルされた工事現場こうじげんばのバルーン投光機とうこうきが、光をあてています。呪文じゅもんめいた文言もんごんにまじって、一つだけがせなかったのか、「安全十第一」とありました。

 もうもうといたドライアイスには、おこうのエッセンスがまぜられ、ドラ、シンバル、タイコ、ラッパ、シストラ、フリュートなどをかきならし、よくわからない声明しょうみょう呪文じゅもんうなり、時々、絶叫ぜっきょうを上げ、奇行きこうでもって、見る人を威嚇いかくしています。

 太陽神たいようしん象徴しょうちょうのような黒石のまわりを、長裾ながすそのチュニック、長いフリギア風の三角帽子さんかくぼうしをかぶった司祭しさいらしき人物と、それに首輪くびわをつけた宦官ガロイっぽいのが、ドンキしゅうただよう衣装コスをまとってとりまいていました。

 一人の青年? が、黒い陽物石ようぶつせきぶつのてっぺんにのぼると、後ろむきにまたがってしなだれかかります。石をさすったり、こしをずらしたり、もてあそぶたび、ふれた面から内部にむかって、白い稲妻いなずまひらめきました。

 目のまわりになぐられたあとみたいな化粧けしょうをほどこし、ものうげに片手で鴉羽色からすばいろかみをすくい上げると、その黒いヴェールをらしてあざとく目をかくすしぐさ。チラチラかいま見せるその目は、厚い氷河ひょうがの下でチロチロしているりゅう舌先したさき。そのカラコンのかがやきは、気ままにぜるエメラルドの燠火おきび。ゴルフボール大の頭に深緑ふかみどりのモスリンをかぶり、シリアシルク風の緋色ひいろのセパレートを身にまとう。あらわな幅狭はばぜまこしのクビレは、フォトショ後なみの異様いような細さ。ムキダシの四肢ししは、蛍光灯けいこうとうほどの白いぼうきれ。

 首、手首、足首、各部首かくぶしゅのクビレには、白金色プラチナいろへびと細い銀鎖ぎんくさりからみつき、指が足りないくらい、はめられた金色の指輪ゆびわには、擬似宝石トラベル・ジュエリーがちりばめられています。雪白せっぱくはだは、赤い血管けっかんと青い血管けっかん立体的3Dけて見え、そのおもてを、冷たい蒼白あおじろい線が雨のように走っていました。

 死のような美しさをたたえたその人を、信者しんじゃたちは「完全さま」とよび、あがめまつりした。いちおう彼としておきますが、男なのか女なのか、よくわからない人物でした。19世紀末の象徴派しょうちょうはとされる画家ギュスターヴ・モローが好む、冷たく人工的で退廃的たいはいてきなビザンティン・ツワイライトの世界。そこからそのまま、ぬけ出て来たような風貌ふうぼう雰囲気ふんいきがあり、とりまき連中れんちゅうは、かぎられた予算よさんと時間内で、そのイメージをうまく演出えんしゅつしていました。

 完全さまをシンボルとし、仮面かめんやマントで姿すがたをかくし、ときに奇声きせいを上げ、街をねり歩く狂集団きょうしゅうだん。リーダー不在ふざい帰属性きぞくせいをもたぬ集まり。あくまで自然発生的しぜんはっせいてきで、あくまで烏合うごうしゅう。それをほこりとし、むしろ強みとする。現地集合げんちしゅうごう現地解散げんちかいさんむねとする、名なしの通りすがり。仮想空間かそうくうかん否定ひていしつつも、それによらねば集まれない集団しゅうだん揶揄やゆされ、利用りようされるのではなく利用りようしているのだと言いかえす、匿名とくめいのアノニマス。

 名のることより、名自体なじたいをこばむ彼らの信条しんじょう教条きょうじょうは、「闇の復活」もしくは「闇の復興」でした。とくに、心のやみ復興ふっこうをかかげ、黒のルネッサンスとしょうしていました。あるかなきかのごとくの具体性ぐたいせいにとぼしい、彼らの主義主張しゅぎしゅちょうは、ファッションとして、一部の若者文化わかものぶんかにとり入れられていました。それを戦略せんりゃくとして深読ふかよ迎合げいごうめそやす、一部の老いたる進歩的知識人お花畑たちと、さらにごく一部の、危険視きけんしする自称じしょう教養人きょうようじんたちがいました。それ以外の大多数は、無関心ニヒルでした。

 欄干らんかんに手をかけたまま歩く、ソル。まだ引き返せるほどの十分の距離きょりがありますが、なにかに束縛そくばくされているかのように、欄干らんかんのレールにそって、前へ前へ進みます。

 優柔不断ゆうじゅうふだんにみえても、主体性しゅたいせいという責任せきにんをなげ出し、いいわけじみた客観きゃっかんで見れば、ちがって見えます。彼には「禁止」の呪縛じゅばくが、かかっていたのです。つねに、なにかに監視モニターされている、自分をている自分がいるのです。詩人のまわりに、きまぐれな精霊ジン美神ミューズがいるように。ソクラテスの背後はいごに「汝~するな」という、禁止のダイモニオン(神的な存在)がいたように。

 ソルは、おじいさんからもらった赤いフードを、まぶかにかぶり直し、歩調ほちょうをくずさず歩いていきました。

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