第4話 探索 1 アルトゥとイェレミー

 ホルスは、こまっていました。ホルスはおいつめられていました。

「あれあれあれあれあれぇー」

 アルトゥ。

「あれあれあれあれあれぇー」

 イェレミー。

「いいのかな、いいのかなぁ?」

アルトゥ。

「いいのかな、いいのかなぁ?」

 イェレミー。

「もってんでしょ? もってんでしょ?」

アルトゥ。

「もってんでしょ? もってんでしょ?」

 イェレミー。

「なーに、かくしてんのさ、バレバレですけど?」

 アルトゥ。

「それさ、いいと思ってんの?」

 イェレミー。

 ホルスは服の下に入れたりょう手を、どうしようか、まよっていました。

「さむいだけ、カンケイないじゃん」

 モゾモゾするホルス。

「手を入れてるだけにしては、ずいぶん、おなかがふくれてますよ?」

 あくまで、れいせつをうしなわない、アルトゥ。

「きみにはカンケイなくても、その下のモノにはカンケイあるの」

 わらいをこらえながらのイェレミー。

「なんだって、カンケイないだろ」

 みずからの不運ふうんのろう、ホルス。

「アレ、みとめちゃうの、もってんの?」

くだけたちょうしの、アルトゥ。

「うん、みとめちゃったね」

 えがおで反対側はんたいがわにまわって、道をふさぐ、イェレミー。

 二人は終始しゅうし、たのしそう。

 ホルスは、ハラがたっていました。いいようもなく。でも、どうすることもできません。とにかく今、自分がアタマにきているのだけは、たしかなんです。

「それは、きみのものかな?」

アルトゥ。

「だれのものかな?」

 イェレミー。

「おまえらのものじゃないさ」

「ぷっ」

 文字どおり口にだし、わらいを頃してかおをみあわせる二人。

「いうねえ」

 イェレミー。

「きゅうに、おりこうさんに、なったのかな?」

 アルトゥ。

ホルスのなかの審級しんきゅうが一つとびました。彼のタガがハズレやすくなったのです。

 もうなぐっても、よくね? でもけっきょく、そう思っただけ。それをわかってて、やってます、この二人。まだまだ、ぜんぜん、ダイジョーブって。

「それ、野生やせいって、しってるかな?」

 アルトゥ。

「じぶんかってなことしてると、タイーホされるぞ」

 イェレミー。

「おいおい、いきなりかよ!」

 アルトゥ。

「それはきみのもんじゃないの、だれのもんでもないの、それは野生やせいなの、やたらとひろっちゃイケナノ、かってにっちゃダメナノ、キチンととどけ出なくちゃイケナイノ、そうしないとにメーワクがかかるの、わかる?」

 いっきにたたみこむ、アルトゥ。

「なーんにも、しらないくせに!」

 ちょうしを合わせる、イェレミー。

「おいおい、しらないっていうなよ」

 アルトゥは目くばせして、イェレミーをヒジでこづきます。

「ヤセーて?」

「ブゥー」

 こんどは、すなおに大爆笑だいばくしょうする二人。

「うわ、でたよ、マジだよ」

「しらないって、そりゃまあ、しらないよね」

 二人でわらって、こづきあっています。

 ホルスは、りょう手をおなかにいれっぱなしなのをわすれて、ちゅうぶらりんになったいかりと、いごこちのわるさに、さいなまれていました。



 スモウ川のスーパー堤防ていぼうの上に、白い花びらが散乱さんらんしていました。ソルは花粉症用かふんしょうようの大きなマスクとゴーグルに、それにうすでの白い手袋てぶくろをはめ、手ぶらで歩いていました。カンオンがナビをするので、迷子まいご心配しんぱいしたことがありません。

 川の見はらしがよくなりました。左右の樹木じゅもくのカベが消え、かわって右がわに高いフェンスがそびえ立ちました。フェンスごしに、こんもりとした、サクラのこずえが見下ろせます。このあたりから、まだ区画整理くかくせいりが行われていない、基本計画地区きほんけいかくちくに入りました。とりのこされた木々が、へこんだコンクリートにかこわれ、開けた左がわでは、間のびするほど、ゆるやかなスロープがひろがっています。そのみどりのはてに、スモウ川の水面すいめんかがやいていました。

 この間まで、彼は歩くのがキライでした。体をうごかすことがキライでした。最近の彼は、どこかせわしないです。休日となると日課にっかみたいに、どこかをほっつき歩いていました。

 まえの方で三人の男の子が、かたまっています。うち二人は、ソルのみおぼえのある、エリゼの子たちでした。彼は外で、しっている人とあうのがイヤでした。でもここで、きびすをかえすことができません。とっさにめられない彼は、足どり重く、ずるずるとちかづいてゆきました。

 一人より、他人ひとといっしょは、自分が「いる」のをウキボリにします。「いる」は、彼を不安ふあんにさせます。不安ふあんとは、生の先どりです。未来に比重ひじゅうのかかったあり方です。今の彼は、ただ「ある」だけで、手いっぱいなのかもしれません。

 だれも見ていません。彼一人です。監視モニターしているものは、だれもいないはずです。今すべきは――しても、しなくても、どっちでもいいことですが――ただの方向転換ほうこうてんかんでした。

「おやおやおや」

「おやおやおや」

「いやぁねぇ、ヘンなのがきたぞ」

「いやぁ、これは、めずらしい」

 ヘラヘラがおの二人。

「なかがいいんだな、あいかわらず」

 ソルは知的洞察よみだけはできるので、二人の機先きせんせいします。さいわい相手あいて小者臭こものしゅうをみてとり、心ここにあらずの、ういた感じはしませんでした。

「おや、おや」

 杉下右京ふう(ドラマ相棒)でかえす、アルトゥ。

「いや、子のこがさぁ」

 いいよるイェレミー。

「――しらないっていうからね」

 ソルはしらない子のおなかのあたりに、目をうばわれます。モゾモゾ、シャツから白いモノがハミでていました。

 アルトゥとイェレミーは、ソルと同じ色ちがいの服を着ています。ぱっと見、エリゼの子らの服は、かるく感じます。その素材そざいのキメのこまかさは、まるでセンイをもちいていないようでした。まぢかで見ても、糸を判別はんべつできません。それにくらべると、ホルスの服はどこかヤボッたく、カセンのウネが見えてケバだち、しめって重たく感じました。

 エリゼの子らの服は新品しんぴんのようでした。経年劣化けいねんれっかがなく、よごれ一つみられません。そもそもエリゼでは、おなじ服を着つづけることが、できなかったのです。生理せいりのレベルから、親の意向いこう社会的しゃかいてき条例きまり経済的けいざいてき諸事情しょじじょうにいたるまで。

 ホルスの方は、ふつうにこなれて見えました。そばで見くらべないと、気づかないかもしれませんが。それよりも、ホルスにはもっと大きなちがいがありました。

「もうメンドクサイからさー、だせよ」

「いやさ、この子がさ、もってんだよ、アレを」

 アレアレと、かた方が、ホルスのおなかをさしました。

 もともと他人にきょうみのないソルは、どっちがどっちかわからず、名前もウロおぼえでした。

「ムキョカ、なんだぜ」

「この子、カンオンがないから、しらないのさ」

「あ~あ、いっちゃった、サベツだぜ」

 ひたいに手をあてて、アルトゥがいいました。

「キャベツ、キャベツウウ~」

 そういわれて、やっとモヤモヤがハレました。たしかに、この子のまわりにはカンオンがいません。

「こいつらみんな、自由ジユーが好きなのさ」

「ピー、あぶなーい」

 立てた人さしゆびを口にあてます。

 いくら世間せけんうといソルでも、それぐらいはっていました。ホルスは自由民じゆうみんの子なのです。依存民いそんみんともいわれますが、それは不適切な表現ポリティカル・コレクトネスでないものでした。彼らはソルたち自立民じりつみんとちがって、カンオンをもっていませんでした。

「どんだけジユーが好きで、ジョウホーがキライでも、のメイワクになるっていうのが、わからないの?」

 ホルスはただ、だまっています。

「キタナイな、野生やせいのものなんかを、服にいれっぱなしにして」

「もう、ぼくらのカンオンが見てしまったからね、おあいにくさま」

「それは君のものにはならないよ、手おくれさ」

「どういうこと?」

 ホルスから、なかば鳥は出てしまっていました。ソルの目はクギづけでした。そのまばゆい白いはねに。

「すぐに大人たちがやってくるのさ、そいつをとりにね、鳥だけに!」

「うわっ、こいつ、マジツマンネ~」

 ケラケラわらう二人。

「フン、だれが来んのさ?」

「鳥、はっけん、だれ、くる、コーキョー公共、あんない」

 ホルスを見たまま、やつぎばやにイェレミーがいいました。

 現在げんざい、カンオンは対人にかぎっていうと、音声パターン、みゃく振動しんどう、息のスペクトルによる分光分析ぶんこうぶんせきぶんせき体表面温度たいひょうめんおんど等を、人間の五感以上ごかんいじょうのセンサーを駆使くし処理しょりしています。それらにもとづき、各自の行動パターン分析ぶんせき防犯映像解析ぼうはんえいぞうかいせき動作測予測分析どうさよそくぶんせきなどを合わせ、情報行動科学的解釈じょうほうこうどうかがくてきかいしゃくにより、未来予測みらいよそくを立てていました。人の一歩まえをゆくかのごときそのはたらきから、カンオンは「心のつえ」とよばれていました。

 それらすべてのビックデータを相互そうごかんがみ、光のはやさで判断はんだんを下すと、イェレミーのおもわくが、空中に反映はんえいされました。

「ピンポンパンポ~ン」

 くびに黄色いスカーフをまいた、おねえさんがあらわれました。おなかに手をあて、深々ふかぶかとおじぎをします。市役所しやくしょの、動物愛護課いきものがかりのあんないが、はじまりました。

 おねえさんの左右では、ダイエット食品しょくひん、ミネラルウオーター、ヒーローフィギュア、四人であそぶ格闘バトルモンスターゲーム、ちょっとエッチなマンガ、添加物てんかぶつ少な目をうたう原色のおかしと、ソフトドリンク等のが、ぴょんぴょん、とびはねています。

 映像えてぞうが切りかわり、二人のキャラクターアイコンが登場とうじょうしました。十代の女の子と、その半分の背丈せたけもない、動愛護課いきものがかり課長かちょうのコンビでした。二人からの提案ていあん生物多様性せいぶつたようせい重要性じゅうようせいの」インストリーム公共広告こうきょうこうこくがはじまりました。これはスキップできない動画どうがなので、みんなでまちます。いっせいに、みんなでじかに、地ベタにしゃがみこみました。


 やっとおわりました。水辺みずべが、ホワイトからのフェード・インで、うかび上がってきます。「ヒトと動物たちとの共生きょうせい都会とかいでも生きている動物たちシリーズその4。皇居こうきょ水辺みずべ千鳥ヶ淵ちどりがふちのおほりの水鳥たち」がはじまりました。

 なかなか、ほんだいに入ってくれません。イェレミーとアルトゥが、むごんの間のわるさを、もてあましていました。

 クスクスするホルス。

「いつになったら、はじまんだよ」

「しっ! だまってろよ」

 いつもは冷静れいせいなアルトゥが、どなりました。

 ホルスは鳥をすっかり出して、アタマをなでています。目のはしで、ソルはそれに魅入みいられていました。

 カンオンとは、万能ばんのうではなかったのでしょうか? いいえ万能ばんのうです。人間よりはるかに優秀ゆうしゅうです。ただし、自分がなにをりたいか、しってさえいれば。

 なぜかつぎは、カラス対策たいさく映像えいぞうにきりかわりました。

「……から晩秋ばんしゅうにかけて……にミヤマカラスの大群たいぐんがよく見られるのは、この場所で越冬えっとうをするためです。冬ちかくになると、彼らが大陸たいりくからやってくる理由りゆうは、つめたい気温きおんのためではなく、冬になると減少げんしょうするエサ事情じじょうからな……」

 「……げんざいのカラス対策たいさくには、ハンターなどの駆除くじょによらず、彼らの習性しゅうせいをよく理解りかいした上で、それを利用りようするものがもとめられています。カラスは臭覚しゅうかくより視覚しかくにすぐれ……」

 「……ですから、このように出されたゴミの管理かんりには細心さいしん注意はらいをはらい、さいごまできちんと収納扉しゅうのうとびら密閉みっぺい確認かくにんして……」

「ふぁー、おわった?」

 あくびをするフリのホルス。

「まてよ、これだからジユーは」

 にがりきって、イェレミーが答えます。

「鳥、見つける、ツーホー通報!」

 アルトゥがどなります。

「……に飛来ひらいするハシボソカラス。四月から七月にかけての繁殖期はんしょくきをむかえ……さかんに…………ゴルフ場のツーホール目で見られ、ボールなどをもちさり――」

「いいよ、もう」

 アルトゥが、イェレミーのカンオンをとじさせました。イェレミーは、だまったまま。カンオンが同意どういをくみとったのでした。

「あとで大人の人にいっとくから」

「でもどうせ、カンオンがジドーテキに、やってくれてるさ」

 二人で交互こうごに、はきすてました。

 ホルスは少しつよがりつつ、

「へんっ、だ!」

 そっぽをむき、いきかけました。

 ソルがビクッとなって、ホルスに声をかけます。

「いいのかいキミは、このままで」

「?」

「ほら、アレだよアレ」

「アレだ、えーと、このままだと、だれかくるよ、だれか」

「まってていいの、キミは?」

「こまるよね、やっぱ」

「ちゃんとしときたいよね、やっぱ」

 アタフタつづけるソル。

「……?」

 とつぜんみしらぬ子に、いんねんをつけられたかっこうのホルス。

 なにやってんだ、オレ? ソルは考えながらはなす、自分の行動力こうどうりょくに、ビックリしていました。みしらぬ自由民じゆうみんの子の服をつかんでいるのを、あたまのはしに隔離ほりゅうしながら。

「ほら、アレだよアレ」

「ト―ロクだよ、トーロク登録

 ソルはあたまの中の検索けんさくで、この場をとっぱする、キーワード抽出ちゅうしゅつ成功せいこうしました。

「ト―ロクってゆうのしたら、かってもいいの?」

「いや、よくわからないけど……、カンオンが……」

「カンオンが……」

 ホルスを見ずに。

「カンオンが、なんとかしてくれるさ」

 くるっと、むきをかえ、ホルスの服をひっぱります。

「とりあえず、むこういって、そうだんしようよ」

 ソルも自分がなにをいっているのか、よくわかっていませんでした。

 かるくひっぱる彼のうでに、ホルスの体重たいじゅうがかかっています。拒絶きょぜつ確信かくしんしたやさき、少しかるくなって、ホッとしました。

 二人はぎこちなく、うごきはじめました。

「……」

「……」

 しゃべらないアルトゥとイェレミー。二人ともだまっていました。さっきから、ソルはジャマ立てを警戒けいかいして、心の中で、からぶりをつづけていました。

 慣性かんせい法則ほうそくがはたらくように、ソルをせんとうにして、じょじょに二両にりょう電車でんしゃが、スピードを上げていきます。やく二名をおきざりにして、とおざかってゆきました。

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