第10話 弱き剣士と契約者
私の名前はエリス、齢は14歳にして最底辺である銅級冒険者だ。
今はある冒険者パーティの一人として、洞窟の調査に参加していた。
目的は洞窟内に出現したというダンジョンの調査だ。
どうやら王国の貴族はダンジョンの出現した際にどこに出現したのかを知ることが出来るらしく、それを利用して早期にダンジョン攻略をする事で地方貴族は一定の収益を上げていた。
その為の足掛かりとして、冒険者ギルドに声が掛かったのだ。
ダンジョンを保有する事が出来れば、毎年一定の収益を期待できる。
一つに、魔物を退治するとなれば拠点が必要になるし、そこではある程度の規模の消費活動が期待され街は活発になるらしい。
だが貴族様の本当の目当ては、ダンジョン内に存在するかもしれない財宝であろう。
ダンジョン内には財宝が溜め込まれている事があるのだ。その内容はピンキリではあるのだが、一気に大貴族と並ぶ程の富を与える事さえある。
大方依頼してきた貴族はその財宝を期待しての事なのだろうが、しかしここら一帯に強い魔物が出現したという話を聞いた事が無かった。
その地域の魔物の強さと財宝に必ずしも相関関係があるとは言えないが、それでも大金が発見された有名な事例の多くは一般人では到底立ち入る事の出来ない様な地域にあったらしい。
それ故に、私には王国が期待する程のそんな大層なお宝があるとは到底思えなかった。
勿論、私達冒険者にとってみれば簡単な依頼内容に反して報奨金額が多かったのでありがたい話ではあったのだが。
そして幸運な事に私は競争率が高くなったであろう、この依頼を受ける事が出来た。
なんでも丁度最近魔物が大量に発生した地域があるらしく、腕の立つ冒険者達の多くは出掛けていたのだ。
別に残っていた冒険者達が皆弱いかというと全然そんな事も無いのだが。
そして私達のパーティは洞窟目の前の野営キャンプ地点から調査へと向かう為の準備をしている最中だった。
私の主な役割は荷物持ちだ。
理由は簡単で、私がこのパーティの中で一番の新参者で、尚且つ弱いから。
「おい、エリス! 早く来い。」
「弱いんだから行動くらいは早くしろ、カス野郎。」
「はい! 今行きます!」
だから罵詈雑言を吐かれた所で反論をする事も許されなかった。
こいつらだって冒険者の中では落ちこぼれの癖に……
まあ、それでも私は構わなかった。
強くなる為に必要な事なら我慢出来ると思っていたから。
洞窟の中は僅かな光が差し込むだけで薄暗く、松明を片手に歩く必要があった。
ダンジョンが近くに存在している場合、こういう洞窟には罠が仕掛けられている事がある。
そして守護者と呼ばれる強力な魔物も。
「ここのダンジョンマスターは能無しらしいな。」
「だな、この調子なら直ぐに調査も終わりそうだ。」
だがそれは杞憂だったらしく、全くと言っていい程何も無かった。
出てくる魔物はゴブリンやスケルトン、後はゾンビくらい、駆け出しの冒険者でも余裕を持って対処出来る弱い魔物だった。
そのおかげもあって、ダンジョン内の調査は順調に進みそうに思われた。
とは言っても、それなりの数の魔物が存在していたので、私は右手に持った剣で切り捨てながら進む必要があったのだが。
だが順調に進むと思っていたこの調査クエストは、突然その様子を一変させた。
魔物が全く見受けられなくなったのだ。
それも誇張を抜きにして、一匹たりとも。
仮に私が全くの無知である冒険者ならこの事態に直面していたのなら、喜んでいたかもしれない。
いや、流石にこの異常事態を目の前にしたら慄いていであろうか。
「おい……何か様子がおかしいぞ?」
「分かってるよ、おい、エリス、前を歩け。」
「私が、ですか?」
「お前でも前方にいる敵くらいは見つけられるだろう?」
下衆びた笑みを浮かべながら、男は私にそう言った。
それはただの口実で、一番に逃げ出したいだけの癖によく言うな、この腰抜け共め。
だが、ここら一帯の魔物を殲滅する事が出来る様な魔物と対峙出来るなら、望む所だ。
仮にダンジョンの守護者が存在しているというのなら、私がそいつを乗り越えて、強くなってやる。
だが、その警戒も虚しく、魔物は一体も現れなかった。
ただ異常の中で調査を続行した事が、確実に私達のパーティを疲労させていた。
それは突然現れた、いや、元からその暗闇の中に潜んでいたのかもしれない。
声が聞こえてきたのだ。
「エクレアくん、そろそろここら辺にいる魔物の反応は無くなっちゃったかも。」
「そうですか……次の進化までの道のりはまだ遠いようですね。それで、こちらに向かってきている冒険者達はいつ頃になったら出会えそうなんですか?」
「あ、もうそこにいるよー。ちょっと契約してくるから待っててねー。」
そして会話内容から、こいつらがこの洞窟の魔物を壊滅させた、新たなダンジョンマスターなのだと察した。
「おい、エリス、行けよ。守護者を発見したらお前が倒すって意気込んでいたよな?」
パーティに居た男の一人は私にそう言ったが、私としては既に戦意を喪失していた。
近付くまでは気付かなかったのに、明らかにそこにいる者達の魔力の質が違った。
噂では魔物の中でも強者は魔力の質で感じ取れると聞いていたが、この事を言っていたのだと確信出来た。
圧倒的な存在を前に、私は震えそうな足を抑えるのが精一杯だった。
「おい、何してるんだよ? お前はここで時間を稼げって言ってるんだぜ?」
「私は、逃げる!! お前達がここに残ればいいだろう!! 私は最弱なんだから。」
別に私はおかしな事を言っていない筈だ。
勝てないと判断して逃げるのは恥でも何でもない。
このクズ達の為に自ら犠牲になる必要もない。
「所詮は臆病貴族の末裔って事か。」
「あ? 本当の事だろう? 落ちこぼれ貴族の分際で? 戦争を前に逃亡した臆病貴族様の末裔さんよぉ?」
その言葉は、流石に看過出来なかった。
今まで堪えてきた怒りが、その言葉をきっかけに溢れ出して来る。
こんな事をしている場合じゃないのは分かっているが。
「取り消せよ、今の言葉っ!!」
「取り消さねえよ、どうせお前はここで死ぬんだからよぉ?」
「こいつの足だけ切断して、直ぐに逃げるぞ。」
「了解っす。」
男達はそう言って、腰に差していた剣を抜き出し、私へと剣先を向けてくる。
圧倒的に戦況は不利だ。
それでも、仲間を犠牲にして助かろうとする、こんなクズ達には負けたくない。
「お前達は私がここで叩き斬ってやるっ!!」
ああ、正直怖いよ、逃げ出したいよ。
でも、後ろも前も敵だから、戦うしかない!!
「ピアシングスラストっ!!」
私の中で最強の剣技を出した。
これなら取り敢えず一人は殺せると思っていた。
だが、現実は違った。
「それだけ大口叩く前のは、無詠唱を極めてからにしろっつーの!」
私の突きは完全に見切られていて、そのまま刺剣は弾き飛ばされた。
「死ね、落ちこぼれが。」
そして次の瞬間、私の両足は切断され――
「ああああああああああ!!!!!!!!!」
――痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛いっ!!!
両足の断面から、溢れる程に血液が流れ出している。
本当にこれだけの血液が、私の体を流れていたのだろうか?
……ごめんなさい、お祖母様、私は何も出来ませんでした。
「お取り込み中申し訳無いんだけどさ、俺と契約して魔王軍に入ってよ!」
ふと切断された足元辺りを見ると、黒い影が蠢きながら、喋っていた。
魔王軍……?
「契約をしたら、私はまだ、生きてられるの……?」
「さ、さあ? 俺も初めてだし。でもまあ、契約しないと確実に死にそうですよ?」
「……そこに居る人達にも勝てるようになるんですか?」
「いや、分からないけど……剣技くらいなら教えて上げようか? 自分でもどれくらい出来るのか自身無いけどね。」
適当な事ばかりを言いやがって!!
影の魔物が剣技なんて使えてたまるか!!
こんな魔物に誑かされるくらいなら、誇り高く死んだ方が――
「じゃあ、見せてくださいよ!? あなたが使う剣技を!!」
「別にいいけど、そこの殺人者達でいいよね? 6秒しか保たないから見逃さないでね? あと、その剣借りるね。」
「勝手にしてください。」
「おい、死ぬ前に何を言ってやがるんだ?」
「死ぬ前に喚いてくれた方が囮にはなりそうなんだがな。まあいい。逃げるぞ。」
「ちょっと待ってよ。折角俺が顕現したんだからさ。」
気が付くと、私の側には美しい女性が立っていた。
「あ、ごめん、もう死んでるね。」
そして次の瞬間、彼女は男達の後ろへと移動していた。
彼女が剣を振ると、男達の肉体はサイコロ状の細切れになって、地面へと落ちていく。
「どう? 見えなかった? あっ、もう戻る。」
そして彼女はそう言うと、元の影へと戻っていく。
正直言って訳が分からなかった。
それでも確信を持って断言出来る事がある。
この人は、最強の剣士なのだと、この人と契約すれば、私も高みを目指せるだろうと。
「どう? やる気になってくれたかな? そろそろ意識とか無くなりそうだけど……」
「契約の話、是非お願いします!!」
『お互いの合意により、契約が完了しました。魂の繋がりが形成されます。』
こうして、私は最強の剣聖と契約を結んだ。
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