第6話 ちょこっと本気を出してみよう

 いそいそいそ、いそいそいそ、俺は影に戻って、ヘルハウンドへ忍び寄る。

 まあ隠れながら進んだ所で、このヘルハウンドは俺の気配を察知する事が出来るのだろうけど。

 それでも気分的に、正面から向かっていこうとは思えなかった。


 どれだけ逃げても追跡され、排泄物を掛けられるというあの忌まわしき記憶が今も俺を蝕んでいるのだ。

 正直、ドラゴンなんかよりもずっと怖いと思う。

 怖いというよりは嫌悪感という方が正しいか。


 ヘルハウンドは俺が隠れている岩陰を凝視している為か、動きを止めていた。

 スライムくんも一応は居るというのに……本当に、どれだけ俺の事が嫌いなんだろう?


 はあ。

 取り敢えず俺は二重の影ドッペルゲンガーを使ってこのヘルハウンドを倒す。

 あわよくば、スライムくんとは反対の方で戦いながら、弱らせてから止めの一撃を譲る。

 まあスライムくんでも倒せるくらいにまで弱らせるなんて非現実的だろうし、普通に倒す事を目指すけど。

 正直、倒すだけなら出来そうだと思う。

 こんな犬っころに負ける気なんて微塵もしない。

 まあ負けた所で何度でも復活してリベンジマッチに挑むんだけど。


 よし、やるか。


二重の影ドッペルゲンガー

「グルウゥゥゥゥ……」


 俺はヘルハウンドの姿をと形を変える。

 そして俺が変身した途端、露骨に敵意と殺意を剥き出した。

 でもヘルハウンドが敵意を向けてきた所で何も怖くない。


 何故なら変身した事により、俺の身体能力は物凄く上がっていたからね。

 体の体重を感じない程にこの体は軽かった。

 重さをまるで感じさせないこの筋力……少しだけ懐かしいなぁ……

 まあ今はそんな事を懐かしんでいる場合じゃないか。



 俺はヘルハウンドの死角へと軽く跳躍してから、喉元目掛けて牙を走らせる。

 結構な速さだった筈なのだが、普通に躱された。

 うーん、この体は確かに優秀なんだけど、やっぱり同じくらい向こうも速いのね。

 まあ二重の影ドッペルゲンガーは明らかに相手の能力をコピーする類いの能力だし、仕方が無いか。


 なんて俺が考えていると、ヘルハウンドは口元に炎を収束させ始めた。

 えっと、さっきのブレスを見る限りは直撃は避けるべきだろうけど、岩陰に隠れればやり過ごせるかな?

 少なくともヘルハウンドの周りを高速で走り続けるとかだと躱せそうに無いだろうし、岩を盾にするべきか。


 いつブレスが来るのかとヒヤヒヤしながら、急ぎ足で厚さ3m程もある巨岩の後ろへと隠れた。

 うむ、これなら大丈夫だと思う。


 あれ、でも溜めている時間がさっきより、長い様な――

 ――熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱いっ!!!


 あっ、消えた。

 物凄く全身が熱くて痛かった!!

  死ぬかと思ったわ!!

 って、気が付いたら二重の影ドッペルゲンガーの体が消滅していた。


 でも、スライムくんに変身した時は何にも感じなかったのに……

 もしかしてスライムくんには痛覚が無かったからのかな?

 少なくとも何度も味わいたい痛さでは無かった。


 まあ勝つためならある程度はウェルカムだけどね。

 あ、決して俺に被虐趣味がある訳では無い。


 ……でも考えてみると、別に避ける必要は無かったかな。

 寧ろ炎を口に集め始めたその時こそ攻撃のチャンスなんだ。


二重の影ドッペルゲンガー


 だって、この通り、直ぐに再生出来るんだから……

 俺は決死の突撃を何度でも繰り返せばいい。

 この糞犬が死ぬまで――それだけで本当に倒せるのかな?

 少しだけ不安になってきた。

 でもまあ俺が選べる選択肢なんてそれくらいしかないし、失敗する事なんて考えても仕方がない。

 何度でもこの体を再生出来るんだから、駄目ならまた後で考えればいい。

 一応はMP切れの不安は付きまとうけれども。



 取り敢えず、ヘルハウンドへ真っ直ぐ、頭から突っ込む!!!

 そして一瞬で噛み殺してやる!!

 おりゃあああ!!!!


 ヘルハウンドは回避行動を取ると思っていたけれど、回避行動を取ろうとする動きすら無かった。

 いいのかな、あと一秒と経たずに俺の牙はこいつに到達するよ?


 それでも、ヘルハウンドは動かない。

 それなら、そのまま突っ込むだけだ。

 首を少しだけ擡げて噛み切って――


 ――がぁっ!?

 俺の首から血が吹き出している!?

 動きを読み切られて、首を裂かれたんだ!

 流石に直線的な攻撃では簡単には倒せないか。


 ……それでも、俺は何度でも復活出来る。

 こういう戦闘方法の経験は無いけれど、同格の相手なんだから、捨て身で攻撃をし続ければ――それだけで倒せる? 慣れないこの体で? 本当に?

 ……無理かもしれない。

 少なくとも俺なら、負けはしないだろう。

 がむしゃらに振られる剣筋など、目を瞑ったって避けられる。

 もしも剣さえあれば――

 剣が無くたって、ヘルハウンドの様にスキルさえ使えれば――


 ……あ、もしかして、俺もヘルハウンドのスキルを真似したり出来ないかな?

 えっと、口を開いてメラメラさせてから、一気に吐き出すだけだよね?

 肺に空気を流し込んでから一気に吐き出せば、俺だって同じ体なんだから――

 フゥゥー、スゥーッッッッッ。

『スキル【影真似】を獲得しました。』


 スキルを獲得出来たっ!!!

 そして俺が口を開いた隙に、ヘルハウンドは突っ込んでくる!!


 この時を狙ってくると思ってたよ!!

 それでも、相打ちなら俺の勝ちなんだよ!!!

 今度は俺がこの炎をお返しする番だ!!!


「焼け焦げろ、消え失せろ、ヘルブレスっ!!!」


 地獄の業火がヘルハウンドの体を焼き焦がす。

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