海上都市、一途な魔女。夢遊医師と無念を語る。
世界は一度崩壊してしまった。
そこのお若い方? それは紛れもない事実で、取り返しのつかない失敗なのよ。あなたは気をつけなさいな。
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海上都市にはいつも海風が吹いている。当然ね、ここは海辺なのだもの。しかも回遊魚のように動くのだから、風が吹いてなかったらおかしいわ。
アトランティスだなんて名前に惹かれて来てみたけれど、アトランティス以上に素晴らしいかもしれないわね。
ここは、アトランティスのように文明が発展している訳じゃないわ。科学だったら電脳都市や機械都市の方が素晴らしかったし、魔術なら魔術都市。でもね、魚を取って、ちょっとの野菜を食べて、他の都市の貿易を中継して。それだけ。それだけだけど、そんなちょっとした『素晴らしい』が沢山ある都市。さっき上げた都市にはないものだわ。私は好きよ。
けどね、この都市は少し物騒だわ。クリスの言葉を借りるなら、『解放された閉鎖空間に閉じ込めてるんだ、馬鹿に小さないざこざから猟奇的な連続殺人事件が起きたっておかしくない』ね。
現に今、私の喉にはビックリするくらい鋭利な包丁が刺さってるわ。慣れたとはいえ、ちょっと痛いわね。
包丁を抜いて投げ返す。ちゃんと相手の右腕に刺さったわ。
「それで? 次はなぁに? まさかこれで終わりだなんて言わないわよね?」
返事はないわ。無様にうずくまって、痛がってる。
つまらない男ね。たったこれだけで駄目になっちゃうなんて。
「ウィルならもう少し耐えるのに」
「っ……あんな化け物といっ!?」
あらあら、うっかり殺しちゃったわ。どんな魔術を使ったかも分からないくらいうっかりだけど、血の跡だけ残ってるし、多分潰しちゃったのね。私のうっかりさん。
「相変わらず物騒な女だな、ロスト」
「人の旦那を馬鹿にする方が悪いのよ。あなたはそう思わないの? 例えば
「そんな事を言う奴は存在しない。もしいたらそれは
腫瘍って菌が原因じゃない気がするのだけど。まぁ良いわ、クリスだってこんなに怒るのだもの、私が怒って、いえ、うっかり殺しちゃったって誰にも責められないわ。
「相変わらず
「別に許可なんか取る気はない。あいつも僕もいい大人だ。そうだろう?」
そうだけど、ねぇ。まぁ良いわ。
「そろそろ船の時間だ。さっさと行こう」
そう言ってクリスは先に行ってしまう。だから、仕方ないから私も後を追わないとね。
クリスは世界が崩壊した日から時間が止まってしまったみたい。いいえ、この子の時間は元から止まっていたわ。フローレスが死んだ日からずっと。その隣に
「ロスト、何か異常でもあったか?」
「いいえ。なぁんにもなくって、つまらないくらい。ねぇ、何か面白い事言いなさいよ」
「無茶振りだな……」
ええ、精々そうやって頭を抱えてれば良いわ。悩んでいる時だけは、あなた達の時間が動いてるんだもの。
でも、暇ね。ええ、そうよ、暇なのは事実よ。船の上は海上都市と同じで、どこを向いたって海しかないのだから。いい加減飽き飽きした風景とおさらばできると思ったのに。
そういえば、海といえば水上列車はどうしてるかしら。気まぐれで手伝ったけれど、案外便利そうだったからいつか乗ってみたいわね。勿論、ウィルと。
「ああ、そうだ。面白い話といえば幻想都市だが、」
「幻想都市?」
「…………数年前に、お前が気まぐれで滅ぼそうとした都市だ。覚えてないか?」
「気まぐれなら覚えてないわ。でも、まぁ、良いわ。その幻想都市がどうしたの?」
「あそこに新しい魔術を編み出した者がいるらしい。名前は、確か……フライフェイス。
イサイヤ? 変わった名前ね。
「聖書にイザヤという名前で出てくる聖人だ。僕も詳しくは知らないが」
「聖書、ねぇ……今のご時世、珍しいわね」
この世で今一番人気なのは世界教。神はいないから人間が頑張るしかない、っていう教義を抱えて、有神論者を皆殺しにしているわ。
私、他の宗教なんてもう存在しないしどうでも良いのだけど、世界教は大嫌いだわ。困った時に神様助けて、って祈る事すら許されないなんて、酷い話じゃないの。
すいません、と可愛らしい声。噂をすれば影、というのかしら。世界教の人だわ、宣教師の服を着た。
魔法陣を張る。
「今、
「転移するわよ、クリス」
クリスの腕を掴む。魔法陣が一層強く青く光る。
宣教師様はようやく今気づいたようね。慌てて武器を出すけど、遅いわ。私達だって死にたくないもの。
「さようなら、可愛らしい人」
伸びた手から逃れる為に海に身を投げ出す。
暗転、曇天が目に映る。
ええ、落ちて逃げたものね。落ちるところから始まるに決まっているわ。
「おい! ロ、ロスト!」
「分かってるわよ」
転移。今度は見えた場所だから正確に、地に足をつけて降りられたわ。
抱えていたクリスを下ろして、ちょっと周りを見てみる。
廃ビルね、ここ。廃ビルの屋上に私達は立ってるみたい。周りも似たような建物ばかりね。
「幻想都市か……中心地からは外れてるようだな」
「中心地って、あそこ?」
妙に明るい方を指で示すとクリスは頷いた。
「ここは廃墟だな。確か、マフィア? だか、ギャング? だかが蔓延っているらしい」
「不確かねぇ。でも、危ないのは嫌いじゃないわ」
どうせ、これ以上転移はできそうにないもの。こんなど田舎、魔力があるわけ……いえ、いえ、あるわ。ここに、龍脈がある。
目を凝らす。地面いっぱいに、それこそ大草原のように龍脈が張られている。
「……なに、これ」
「知らなかったのか? 幻想都市には魔術協会の本部がある。魔術都市程ではないが、あそこと地形が似ているそうでな、崩壊するちょっと前に龍脈が人為的につくられたらしい」
「龍脈を、つくる……!?」
それにしては、龍脈が美しすぎる。
本来、龍脈は人間でいう血管のようなもの。動かそうと思って動かせるものじゃあないし、近くから引っ張ってくるにしても時間とお金がかかる。もしつくれたとしても、維持も大変だしすぐに枯れる。枯れなくっても暴走する。
……ああ、そう。そういう事ね。
「幻想都市がこんなにボロボロなのは、龍脈が暴走したのね? でも、それが原因で安定して、こんなに綺麗に存在できてる」
「……突然、道端にいた人が血を流して死に出した。文字通り、穴という穴から血を流してない」
「あなた、その場にいたの?……それは、ええ、龍脈の暴走ね」
人には誰しも魔力回路というのがあるわ。龍脈が暴走して魔力が溢れたら、それがおかしくなっちゃって、血管に馬鹿みたいな量の血液が流れて爆発するように、魔力回路が爆発しる。それで……死んでしまうんだわ。
人ってなんて脆いのかしら。それを思ってしまうのは、私の傲慢かしら。
いけない、気分が沈んでしまうわ。
「クリス。それでも、見えなかった?」
「ああ、見えないとも。僕には回路自体が存在しないからな」
「良かった」
目を閉じて、目を開ける。龍脈はもう見えないけれど、それでもここが普通の場所じゃないのは分かるわ。
「さぁ、行きましょう。どうせ、そのイサイヤってのを探すのでしょう?」
「転移はしないのか」
「ええ。だって、協会に見つかったら面倒なんですもの」
それに。
空を見る。海上都市が昼だったからかしら、こっちは夜になったばかり。
「こんな素敵な星月夜なんですもの。歩いてみたくなりませんこと?」
夕焼けが一番好きだけど、そうね、こういう空も好きよ。まるで可愛い馬鹿弟子みたいで。
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