水上列車、永遠の乗客。不死の彼は不満を吐露する。
この世界は一度、滅んでしまっているらしい。その滅びる、というのがどういうものだったかは誰も知らないが、あいも変わらず世界が回っているのは紛れもない事実だ。
だから、案外まぁ、自分らの想像する滅びるってのとは、違うのかもしれない。
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煙草の煙が空に昇っていく。
肺に悪いだ何だと言われても、やはり煙草は神世からずっと存在しているらしい。酒も、麻薬も、違法な売春も。
「やっぱなぁ、人間の欲ってのは尽きねぇもんだよ」
ケラケラと煙草片手に彼は笑う。
不死人が煙草を吸った場合、肺は永遠に悪いままになるのだろうか。それとも他の傷と同様に瞬時に治ってしまうのだろうか。誰も不死人を解剖できない現代、それを知る者はいないだろう。
「利益を求めて戦争が起きる、貧困が発生する、不幸な子どもが生まれてしまう……無情だねぇ」
口から吐かれた煙は空に吸い込まれていく。
ガタン、ガタンと水上列車は揺れる。
目の前に座る彼は不老不死らしい。青みがかった黒髪と混沌を押し込んだような黒い目をした、変わった男だ。両脇には彼の身長と同じ程の組み木細工の長細い箱が置かれている。
彼は自身の事を『夜森 あぜみ』と名乗った。片仮名でアゼミではなく、平仮名であぜみ、らしい。女みたいな名前だろ、と彼は煙を吐いた。
「畦道のように、一見どうしようもなくても重要なものになれ。そう言う意味らしいから、漢字で書くならこれだろうな」
空中に神世の文字で『畦道』と書かれる。
「あんたの名前は?」
「月桂です」
「良い名前だな」
煙草の煙がまた吐かれる。
彼は小さく微笑んで、その気味の悪い目を細めた。
どれくらい経っただろう。外が暗くなって列車内の電灯が点く。
「えらく神世的だな。
「水上列車は神世に造られたものを使用しているそうです」
「そうかい……だが、臭うな」
眉間に皺が寄る。何本目かの煙草に火をつけてあぜみは息を吐いた。
「臭うって、何が?」
「憂鬱の魔女、ロストの臭いがする。あいつの魔力が流れてやがるぜ、ここ」
憂鬱の魔女……どこかで聞いた気がしたが、あまり覚えていない。
噂によればとても凄い魔女らしい。なんでも、その気になれば世界を壊し尽くせるだとか。ああ、自分には想像すらできない人だ。
「その人は悪い人なんですか?」
「善いも悪いもねぇよ、あれには。あれと世界の都合が合ってりゃあ善い奴、合ってなけりゃあ悪い奴だ……それに、あれを人だなんて呼んじゃあならねぇよ。あれは、人じゃない」
ロストという人物に相当深い縁があるらしい。あぜみは深い皺を消す事なく口元に弧を描いた。
ガタン、ガタンという規則的な揺れがだんだんと遅くなる。それと同時に車内放送が流れ、聞き慣れた車掌の声で、間もなく幻想都市です、とアナウンスが入った。
あぜみが立ち上がる。
「ロストには関わんねぇ方が良いぜ。少なくとも、面倒は起きない」
箱を、一つを背負い一つを俵担ぎにし、あぜみは車両を出ていく。
……変わった人間だった。そう思い、窓を見る。月光が照らす海は黒く、自分のいた場所のようだった。
……姉と弟は、元気だろうか。そんな心配事が脳裏をよぎるが、まぁ、今はどうにもできない話だ。考えるだけ無駄というもの。
とりあえず、今は、夜森あぜみの旅路に幸あれ、と。そう祈らせてもらおう。
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