第2話 実体化した少女

 俺は早速、ゲームの運営宛てにメールを書いた。

 日時、状況等なるべく詳しく記載した。昨日までのデータを復旧して欲しいと丁寧に書き綴った。

 送信して直ぐに返事が来た。

 

 早すぎる! と思いながら開いてみると、受付完了の定型文だった。そりゃそうだろう。こういうのは自動で送信されるものだ。明日か明後日か、担当者から返事が来るはずだから焦らずに待て。


 そう自分に言い聞かせる。


 ふと時計を見ると0時を回っていた。

 明日も学校に行かなくてはいけない。寝ておかないと授業がきつい。


 俺はPCをシャットダウンし、ベッドへと潜り込んだ。

 外の豪雨は小康状態となり、雨音は大人しくなっていた。雷鳴も遠くでかすかに聞こえているだけだ。


 程なく眠りに落ちたのだと思う。

 何か楽しげな夢を見ていた気がするのだが、何の夢なのかは分からない。

 いつもこうなんだ。夢を見た気がするんだけど覚えていない。

 そんなことを考えている自分がいるという事は、もう朝になっている。


 ちらりと時計を見るとまだ6時前だった。

 あと一時間程は眠れる。そう思ってタオルケットを被って寝返りを打つ。


 ポヨヨヨヨヨーン。


 何やら柔らかい感触が……。


「うーん、くすぐったいよ」


 どこかで聞いたことがある女子の声。


 何だ。このやわやわの感触と女子の声は!?

 俺は手を動かしてその柔らかい物を揉んでみた。


「もう朝から胸揉まないでよ。我慢できなくなっちゃったの?」


 何のことだ。

 俺が揉んでいるのは胸? 女子の胸なのか?


 有り得ない。


 俺は高校生なんだが、一丁前に一人暮らしをしている。

 もちろん彼女なんかいないし、ここに泊まりに来る女子なんているはずもない。


 俺はガバッと起き上がり、隣に寝ていた人物を見た。


 そこには、白いTシャツと短パン姿の嶋名しまな由美ゆみがいた。俺が見間違えるはずがない。この一か月間、精魂込めて細かいディティールを作り上げてきたんだ。


 その嶋名由美が目を見開き俺の方を向く。そしてニコリと微笑んだ。


「もうお終い? もっと触ってもいいんだよ。胸だけじゃなくて他のとこも」


 なんてこった。


 夢にまで見た……いや違う。PC画面の中の由美を見ながら何度も何度も妄想の中でエッチしてたんだ。

 その由美が、もっと触ってもいいと言っている。そう、それは俺がいだいていた数々の妄想を現実にできるという事だ。


 由美は俺の右手を握り微笑んでいる。俺は今にも由美に乗っかり、彼女の体を貪ってしまいたい衝動に駆られた。


 しかし、思いとどまった。


 怪しすぎる。

 有り得ない。

 何かがおかしい。


「ま……またにしよう。学校へ行かなきゃ」


 俺はそう言ってベッドを降りトイレへと向かった。

 猛烈に後悔した。初体験できるかもしれない千載一遇のチャンスを棒に振ったからだ。

 圧倒的な性的欲求を押しのけてしまったのは、やはり理性が働いたのだろうか。やや不思議な感じはしているのだが、ここで紳士的な態度が取れた事は自分を褒めてもいいのではないかと思った。


 やや苦労してトイレを済ませダイニングへ出ると、由美は朝食の準備を始めていた。


「目玉焼きでいいかな?」

「うん」

「食パンはトースターに放り込んであるよ。飲み物の準備はお願いします」

「わかった」


 俺は冷蔵庫からオレンジジュースのパックを取り出してマグカップに注ぐ。そう言えばコップ的なものはこれ一つしかなかった。


「あ。マグカップ一つしかないんだけど」

「同じマグカップでいいよ」


 ドキッとした。

 一つのカップを二人が使う。


 これってモロに恋人同士じゃん。


 猛烈に顔が熱くなった。耳まで熱い。赤面しているのだと思う。


 何なんだこれは。さっきの強烈な性衝動とは別次元の、よくわからない感情に支配されてしまった。


 これが恋なのか?


 俺は恋愛経験がなかった。たったそれだけのことで胸がこんなにトキメクなんて思ってもみなかった。


「由美が良ければそれでいいよ」

「うふ。じゃあ少し飲ませて」


 由美はマグカップを取ってオレンジジュースをゴクゴクと飲み干した。


「全部飲んじゃった。まだ残ってる?」

「たっぷりあるよ」


 俺はオレンジジュースをカップに注いでそれを飲む。

 心臓の鼓動は激しく収まりそうにない。


 由美が作ってくれた目玉焼き。そして焼きあがったトースト。


 一つの皿に二人分の食事。


 俺たちは並んで座り、食事をとる。


 たったそれだけの事なのにもうどうしようもないくらいテンパってた。目玉焼きの味なんてわからなかったし、パンにジャムを塗ったのかバターを塗ったのかも覚えていない。


「明彦は学校に行くの? それともサボってどこかに遊びに行く?」


 甘美な誘惑。

 これに乗っかれば、俺の全ての欲求が満たされるのではないかと思った。しかし、そうはいかない。


 俺は高校生の分際で一人暮らしをしている。

 家から学校までの通学距離がありすぎたからだ。バスと電車を乗り継ぎ二時間程度かかる。それでは気の毒だと学校の近くにワンルームのアパートを借りてもらった。ただし条件があった。それは皆勤と全ての試験で平均点以上を取るというものだった。

 このごく当たり前の条件。誰にでもできる困難ではない条件。しかし、一回のミスも許されないところが非常に厳しい条件だった。


「学校に行く。俺はやることはやる。サボったりしない」

「そう言うと思った。じゃあ支度するね」


 そう言った由美はテキパキと食器を片付け、俺の目の前で着替え始めた。何故か俺の学校の制服に……。

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