幻影少女

暗黒星雲

第1話 豪雨の夜

 昨日、俺は最愛の人を失った。

 これを失恋と言っていいのだろうか。


 失恋だと思う。そう、最愛の人を失ったのだから。


 経緯は複雑なのだが順を追って話そう。


 まずは一週間前。豪雨の夜だった。


 夜の10時ごろ。

 雷鳴が轟き、土砂降りの雨が降り始めた。


 やばいな。


 そう思った。


 落雷が怖いんだ。


 いや、怖いのは落雷によって発生する「雷サージ」の方だ。俺のPCは雷対策をしていない。そして停電も怖い。このPCはデスクトップで、瞬間的にでも停電すると作業中のデータは失われてしまう。


 俺は今、必死で恋人をいじくっている。手が離せない。


 いじくると言うと何やらいやらしい想像をする奴がいると思う。まあ、そういう意図がない事はない。しかし、いじくらなければ俺の恋人は完成しないのだ。


 いや、既に完成はしている。しかし、納得がいかない部分の微調整に取り組んでいるのだ。

 他の奴からすれば、どうしてそんなに細かい作りこみが必要なんだと突っ込まれるだろう。


 しかし、俺の恋人であるから他の奴とは違う、俺だけのオリジナルな恋人にしたいではないか。


 俺は必死にキーボードとマウスを操作し、恋人のディティールを修正していく。


 彼女の名は嶋名由美しまなゆみ。もちろん名付け親は俺だ。


 PC用恋愛シミュレーションゲーム「リアルGF(ガールフレンド)Limited」で作成したキャラである。


 このゲームは3Dで体形や髪形、肌の色や顔のパーツまで細かく設定ができる。上級者はアニメのキャラであったり、リアルのアイドルや友人・恋人等を本当にそっくりに制作しているのだ。

 そして、そのキャラが朝起こしてくれたり電話を掛けてくれたりする。スマホの画面に出てきて笑顔で挨拶もする。


 俺は全神経を集中させ、必死で体形の微調整をしていた。


「ねえ、明彦。お話しましょ♡」


 スマホの中の由美ゆみが話しかけてくる。白いTシャツに白い短パン姿だ。髪は短めでセンターで分けている。もちろん、染めていない黒髪だ。透き通った白い肌と大きな瞳が可愛いらしい。


 俺はあえて返事をしない。

 すると由美は焦れてくる。


「ねえねえ。聞いてるの? 私……退屈なんだけど」


 いい感じだ。もう少し焦らして爆発しかけたところを狙ってかまってやると超絶デレデレしてくれるのだ。


 ガラガラガラドッカーン!


 落雷の轟音が響く。


 俺はデータの保存をしてサーバーにアップロードするかどうか迷った。今、一番大事な胸の部分をいじくっていたからだ。


 俺は美乳派だ。巨乳ではなく貧乳でもない。

 大きければ良いというものではないし、小さいのが良いとも思わない。適度な大きさであり、そして美しい形が何よりも大事なのだ。


 マウスを操作し、胸の大きさを最大から最小へ変化させる。そしてまた最大へと……。


 どこで折り合うか。


 由美を制作してもう一か月になる。しかし、その最適値は未だ決まっていない。概ね80~88程度。カップはBからDまで。


 やはり悩んでしまう。


「あ・き・ひ・こ。もう怒ったからね。二度と口きいてやらないんだから」


 スマホの中の由美がキレ始めた。そろそろ頃合いか。


「ごめんね、由美ちゃん。今、大事なところなんだよ」

「大事なところって何? 私より大事な事ってあるの。無いでしょ!」


 俺は苦笑いをしながら返事をする。


「無い無い。由美ちゃんより大事なものなんてどこにもないんだよ。だから今、由美ちゃんがもっと可愛くなるように一生懸命作業してるんだ」

「え? そうなの?」

「そう」


 急に由美の表情が変わる。頬を赤く染めデレてきた。


「だったら、最初に言って欲しいな。相手してもらえないと、物凄く寂しいんだ」

「ごめんね、由美ちゃん。つい夢中になってたんだ。もう君から目を離さないよ」

「約束よ」

「うん」


 こんな何気ない会話が自然に行えるのも気に入っている。

 どういうAIプログラムを使っているのか知らないが、この臨機応変な対応は、ユーザーからの評価が高い。


 その時突然停電した。PCの画面も暗転し、本体もダウンしてしまった。スマホの中の由美の動きも止まった。スマホは生きているのだが、この由美はWi-Fi経由でPCが動かしている。つまり、PCがダウンしてしまえばスマホの中の由美も固まってしまう。


 外の豪雨は止む気配がなく、雷鳴は休むことなくとどろいていた。


 その時の俺は、作業データが消えてしまった事を残念に思い、そしてこまめにデータの保存をしなかった事を後悔していた。


 しばらくして電源が復帰した。

 ほんの数分停電しただけだった。


 俺はPCを起動した。

 本体に異常がないか心配だったのだが、通常通り起動した。


 「リアルGF(ガールフレンド)Limited」を起動してみる。これも通常通り起動した。


 先ほどまでいじくっていたデータが消えてしまったのは悔しいが、またやり直せばよい。そう思って嶋名由美しまなゆみを呼び出した。


 彼女は初期設定の顔と髪型、そして初期設定のメイド服を着て登場した。


「初めまして、嶋名しまな由美ゆみです。これからよろしくね♡」



 俺は唖然とした。

 見た目だけでなく、中身まで初期状態だったのだ。


 これはおかしい。


 このソフトは基本データはアップロードされ、メーカーのサーバーに保存される仕組みなのだ。つまり、別のPCでもそのままプレイできるはず。基本データのダウンロードに時間がかかるだけだ。


 俺はPCを再起動してみたり、ソフトを再インストールしてみたり、色々試してみたのだが、俺の愛しい嶋名しまな由美ゆみは初期設定のままの姿だった。そしてスマホを覗いてみたのだが、そこにいたのは初期状態の嶋名しまな由美ゆみだった。


 どういう理由かわからないが、俺のこの一か月の労力は露と消え、全身全霊をかけて作りこんだ嶋名しまな由美ゆみはどこにも存在していなかった。

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