第3話 由美と登校

 学校までは歩いて10分少々。その10分間、奇妙な緊張感に包まれていた。


 いや、俺が女子とくっついて登校するなんて有り得ないだろう。しかも、俺はこの由美にメロメロだった。周囲からは奇異の眼で見られるのではないか。不純異性交遊とかで何かペナルティがあるかもしれない。そんな不安があったものの、由美と一緒にいることがもたらす興奮がそれをかき消した。それは気恥ずかしさと幸福感とが入り混じった不思議な感覚だった。


「ねえねえ。写真撮ろうよ。ツーショットで!」


 途中、土塀の前で由美がねだって来た。俺のスマホを器用に使い、茶色の塀を背景に二~三回撮影した。


「この写真upしていい? 明彦はツイッター使ってたんだよね」


 何?


 俺のアカウントにupするのか?


 由美は器用にスマホをいじる。


「俺の嫁だ。恐れおののけ!」


 何? 今なんて言った?


「えい! おーっと送信成功しました。アカウント名『明彦@改造人間』の最新ツイートが表示されました。それは何と、嫁を見せびらかす大胆なツイートであります!」

「俺のスマホで勝手なことはやめてくれよ」


 俺はツイッターのアカウントを作ってはいるが、あまり投稿したことがない。最近は時々リアルGFで作った由美の画像をアップしていた位だ。俺をフォローしてるのはクラスの数人と、リアルGFをプレイしているであろう数人だった。ほとんどぼっちと言っていい位寂しいアカウントだ。


「へへへ。これで明彦のアカウントも賑やかになってくるよ」

「そうかな。今まではほとんど反応がなかったんだけどな」

「見てて」


 由美はニコニコしながら俺にスマホを返してくれた。

 その後、学校に着くまでの数分間に、偉い数の通知が来ていた。全部が先ほど由美が送ったツイートの反応、すなわちリツイート、いいね、リプライだったのだが、今まで経験したことがない沢山の反応だった。


 うちの学校では一応スマホは禁止。昼休みや放課後は大目に見てくれるが、授業中や休み時間はいじくらない決まりだ。俺は通知の内容は見ずにシャットダウンした。スマホをカバンの奥に仕舞う。教室に入ると周囲は軽くどよめいていた。


「やっぱりできてたのね」

「同伴登校とかやるじゃん」

「もう熱々だね」

「マジかよ。彼女狙ってたのに」


 そんなひそひそ話が聞こえてくる。

 俺はその会話を聞いて違和感を持った。なぜなら、由美は俺と一緒に教室に入るし、俺の席の隣に座ったからだ。


 つまり由美の席は存在していたし、以前からこの教室に通っていた。そして、ぼっちの俺と仲良しだったらしい。どういう事なのか理解できない。


 突然、ずけずけと俺の前に立ちふさがり睨んでくる女子生徒が一名いる。学級委員長の椎原しいばら穂香ほのかだった。彼女はスマホの画面をこちらに向け、先ほど由美が投稿した画像を見せる。


かじ明彦あきひこ。お前達、何時いつからデキてたんだ? 私に隠し事をするなんて生意気だぞ!!」

「いやー昨夜停電しちゃって」

「だから何なんだ! 昨夜、市内は全て停電した!!」


 そうだったのか。

 比較的広範囲の停電だとは思っていたが市内全てだったとは知らなかった。

 いや、そんな事はどうでもいい。この唯我独尊で胸元が薄い少女は見た目麗しく成績優秀で、ぼっちの俺にかまってくれる唯一の女子でもあり、しかし、何かと鬱陶しいと感じることが多い幼馴染でもある。俺と同郷の田舎育ちなわけだが、彼女は市内の親せきの家に下宿している。


「まさか、私に断りもなく彼女を作ったのか!?」

「まだ付き合ってるわけでは……」

「嫁ゲット宣言してるではないか。これを付き合っているというのだ。この馬鹿者!!」


 再び俺の顔面にスマホの画像を突き付ける穂香。俺はだらしなく笑うしかなかった。何だか良く分からないがそういう事なのだろう。これは良い事なんだと自分に言い聞かせる。


 現状、期末試験が終わってすぐに、俺は同じクラスの嶋名しまな由美ゆみと付き合い始めた事になっていた。由美は俺の記憶の中では、『リアルGF(ガールフレンド)Limited』で作成したキャラなんだが、今、眼前にいる彼女は俺と同じクラスで以前から学校に通っていたらしい。


 穂香はスマホの電源を落とし、長い髪を振りながらさっさと自分の席に戻った。俺も自分の席に座って由美を見つめる。


「穂香ってうるさいよね。あの娘、明彦狙ってるんじゃないかって心配だったんだ。でも、明彦は私のカレシだよね。ねっ」


 俺は頷いた。由美も笑っている。


 周囲の目線はやはり俺たちに集中し、ひそひそと何か話しているのが分かる。一瞬にして時の人となった感がある。


 しかし、何故こうなったのだろうか。

 この自分自身に降りかかった不思議な出来事に対して、俺は全く納得できていなかった。

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