大ッ嫌いだし
俺にとっての心の支え。それは、“
ツインテールに髪をまとめ、さっちゃんと呼ばれて親しまれる彼女は、誰からも人気のあるクラスの中心的な人物だ。彼女は当時散々にイジメられていた俺とですら、分け隔てなく接してくれていた。
クラスで俺がイジメられていると、率先して止めに入ってくれたのも彼女だけだった。当時の俺にとっては彼女の浮かべる屈託のない笑顔だけが、荒んだ日常の唯一の救いだと思っていた。
さっちゃんが同級生を止めてくれることは一度や二度ではなかった。いつもイジメの現場に颯爽と現れる彼女を見て俺はなんとなくさっちゃんのことを正義のヒーロー、いやヒロインのように見ていた節があったかもしれない。
誰もが憧れる可愛い女子に咎められれば、中学生の男子なんて何も言い返せず退散してしまう。すごすご引き下がっていく奴らを見て、俺は内心「いい気味だ」なんて思ったりもした。
さっちゃんは誰もが認める美貌の持ち主で、男女問わず人気があった。それは誰もが等しく「さっちゃんとお近付きになりたい」と思っているくらいのものだ。そんな彼女にイジメについて咎められることは、男子ならダメージが大きいハズ。密かに優越感を感じていたのはここだけの話だ。
さっちゃんは、俺がイジメられているのを助けてくれた日は必ず一緒に帰ってくれた。傷の手当てをして、家の近くまで送ってくれた。
その時はさっちゃんのことを俺が独り占めにできる唯一の時間だ。キモいとか思われるかもしれないが、その時の俺は別にどう思われても構いやしなかった。
罵声なんて言われ慣れてるしね。ノロイのくせに
変化を迎えたのは、中学二年生の終わり頃。俺はその日も、いつものように放課後校舎裏でイジメられていた。この頃になると殴られ慣れて、どうすればあまり痛く無くて済むのか分かってきていた。
あまり動かずにじっと耐えるよりも、打撃に合わせてわざとらしく吹っ飛んだりした方が勢いが殺されて痛みは少ない。相手も豪快に吹き飛ぶ俺を見て気分が良いからか、すぐに満足してさっさと帰ってしまうようになった。
いつものルーチンをさっさとこなして、帰ろうとボロボロのカバンを覗いた時。
俺は宿題のプリントがカバンに入っていないことに気がついた。恐らく教室に忘れてしまったのだろうと予想し、俺は殴られて切ってしまった口を制服の袖で拭い立ち上がった。
変に真面目な性格と、不幸な体質が災いした。今思えば、この時教室に戻るべきでは無かったんだ。
※
俺が教室に戻ると、さっちゃんとその取り巻きの女子達が複数人で机に座って話しているところだった。さっちゃんは良かったが、他の奴らがいるせいで俺はなんとなく入りづらくて、早く帰ってくれないかと廊下から隠れるように教室を覗いていた。
これが間違いだった。
「……さっちゃんさぁ、アンタもよくやるよねぇ」
取り巻きの一人がニヤニヤしながら何かを話している。俺はさっちゃんがどうかしたのだろうかと、できるだけ気配を殺して耳を澄ませた。
「ホントホント。物好きというか、悪趣味というか。いつまでこんなこと続けるつもりなの?」
まさか、さっちゃんが同級生に責められている?
一瞬そう思って助けに入るべきか俺は迷った。しかし当のさっちゃんはそう言われても笑顔のまま、机に座って足をプラプラさせている。
「だって面白いんだもん、ノロイのこと観察するの」
「えー? あんな目つきの悪いやつの何処が良いんだか。それにしても、あの運の悪さは有り得ないって。呪われてるとしか思えないし、名前の通り!」
周りの女子達が俺のことを相変わらず馬鹿にしているが、さっちゃんはいつもみたいに庇ってくれることもなく一緒になって笑っていた。
そこでなんで俺の話題をしているのかさっぱり分からなかったが、さっちゃんも周囲に合わせないと色々とやり辛いのだろう。
と、俺は自分に言い聞かせるように都合よく解釈をした。
「いくら演技とはいえちょっと可哀想になっちゃうよね。誰が見ても分かるけど、アイツさっちゃんのこと絶対好きじゃん」
「わかる! さっちゃんのことを見る目がまた気持ち悪いよねー!」
彼女らはなんの話をしているんだ?
やめておけば良いのに、俺はますます彼女らの会話に意識を集中してしまう。
「まさか夢にも思わないだろうね。さっちゃんが、ノロイをいじめてる首謀者だなんてさ」
――ドクン。
俺の中で、時間が止まった気がした。突然冷や汗が流れ、喉がヒリヒリと焼けるように乾く。何言ってるんだアイツ。そんなわけないじゃないか。さっちゃんは、彼女だけはこんな俺にも優しくしてくれる唯一の存在なのだ。
さっちゃんが悪いことなんてするわけが無い。デタラメなことを言うなと、殺意にも似た感情を抱えたまま俺は息を潜め続けた。
「さっちゃんが男子達に命令して、ノロイをいじめて。で、弱った頃に颯爽と現れて助けてあげるんでしょ。全く泣かせる話よね」
「あのねぇ、あんまり大きい声で言わないでくれる? 一応、先生達の間でも優等生で通ってるんだから……いじめられっ子にも手を差し伸べられる、良い子としてね」
しかし、現実は無情であった。
さっちゃん自身の口からも意味のわからない言葉が溢れ続ける。何を言っているのか理解できない、いや理解したくなかった俺はひどく混乱していた。彼女は何を言っているんだ?
そんな悪どい笑顔を浮かべて。俺の知っているさっちゃんは、もっとお淑やかで優しかったはずだと。
「お陰で内申点もガッポリなんでしょ? アンタは成績も良いし、指定校推薦も貰えそうなのよね」
「まぁね。そのためにも、今はまだ良い子でいなきゃいけないんだから。ノロイに優しくしてるのは、保険よ。私、利用できるものは利用するタチなの。実際、アイツ私のいうことはなんでも聞いてくれるし、困ったことがあれば助けてくれるしね」
一体何がそんなにおかしいのか、さっちゃんはゲラゲラと下品な声で笑っていた。
嘘だ、やめろ。そんな下衆な顔で笑わないでくれ。キミは、そんな奴じゃないだろう。
「こないだなんかケッサクだったわよ? 私ったらちょっとうっかりして大事な課題の提出を忘れちゃったんだけど、アイツに相談したら喜んで自分が忘れたことにしてプリントを交換してくれたし」
「あー、だからかぁ! この間バカ真面目なアイツが残って先生に怒られてたの」
「それが原因で、男子達に放課後来るのが遅いっていつもより酷くボコボコにされたらしいじゃない」
取り巻き達がギャハハなんて笑って机を叩いている。そういえば、そんなこともあった。俺はただ、さっちゃんが困っていたから助けたかっただけなのに。
「そこにまたしても颯爽とさっちゃんが現れて守ってあげるわけでしょ」
「元はと言えばさっちゃんが原因なのにねー」
もう限界だった。『頼むからもうやめてくれ』と願いながら、俺は声が漏れないように必死で自らの口を抑える。
「まぁ、そのおかげで私は成績も良くなって恩も売れるってわけ。ちょっとお願いすれば代わりに宿題やってもらうなんてワケないし」
「生意気にも勉強だけは出来るからね、アイツ。受験が近づいたら事故を装って指でも折ってやれば?」
「当然よ。何かの間違いで同じ高校でも目指されたらたまったものじゃないし」
残酷過ぎる話をゲラゲラと無邪気に笑いながらするクラスメート達。
俺はそんな笑い声を聞いて頭が痛くなってきていた。心臓がドクドクと波打ち、息苦しくなる。認めたくない、聞きたくない。しかし、身体は言うことを聞いてくれない。
「ノロイと関わるのも中学を卒業するまでの我慢よ。推薦が決まってしまえばもう用済み。だって、私も本当はあんな気持ち悪い奴……」
やめろ! その先は言わないでくれ……!
俺はそれまで生きてきて唯一、見放されていたと思った神様にさえ祈った。これは悪い夢なのだと。もうすぐ、目が覚めて自分のベッドにいるに違いがないと。
しかし――。
「大ッ嫌いだし」
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