044.滅びの祈り

身を乗り出し、ベリウム湾入口の要塞を見る。

要塞はかなり遠く離れた戦艦に向けて反撃している。


アレは、何?


「……やはり来たのか」


その呟きに、思わずゼファス様の肩を掴む。


「ゼファス様、あれは、何ですか…? 別の方向に進んでいた戦艦が戻って来たのですか?」


私を見ずにゼファス様は答えた。


「違う」


ベリウム湾の方に顔を向ける。


「あれは、イリダの最高傑作だ」


「さいこう、けっさく……?」


「イリダの持つ技術の粋を集めた物だ。

実用化はされていないから、あくまで試作艦だけど」


試作艦(プロトタイプ)──。


「推進力、火力、飛距離、装甲の防御力、どれを取っても今のマグダレナの技術力では勝てないシロモノだよ」


「ルシアンも、お義父様も、皇帝陛下も、ギウスの族長も、皆、あの要塞にいるんですよね……?」


声が震える。


さっき聞いたばかりだ。

間違いは無い筈。でも、信じられなくて、違うと言って欲しくて、聞いた。


「……そうだよ」


肯定された答えに、息が詰まる。


「でも、リオンは試作艦が来る事を分かっていたし、手紙にもルシアンを逃すと言ってたんでしょ?」


「そう、です」


「それなら間違いなく、リオンはルシアンを逃す筈」


ルシアンの生死は不明だ。でも、ゼファス様の言葉が、私を正気でいさせてくれる。

私を慰めてくれようとしてる。


ゼファス様は私の手をポン、と叩くと皆に声をかけた。


「イリダの最新技術を搭載した戦艦との戦闘が開始した。もはや猶予は無い」


「随分落ち着いている。アレが来る事を聖下はご存知だったようだな?」


バフェット公の問いにハッとする。

確かに、知っている風だった。


「来るかどうかは未知数だった。そんな物の為に時間も手間もかけられなかった。それに、来たとしても我等の技術ではどうしようもない」


「それ程迄に、違うのですか?」


エステルハージ公の問いにゼファス様は頷く。


「用意してどうにかなる物ではない。でもリオンとルシアンは出来る技術で足止めしようとした」


要塞に目を向けると、要塞は丸ごと火に包まれていた。

もしルシアンが逃してもらったとするなら、お義父様達は? お義父様達は逃げられたのだろうか……?


「今すぐ滅びの祈りを捧げる」


「随分急ぐが、その理由をお教え願えるか」


「帝国で貨幣を偽造した機械は、大地から魔力を吸い上げて動力とした。その技術は更に進化し、装置の近くにある物全てから魔力を吸い取る」


「!」


それは、大地の魔力だけでなく、生きてる私達からも奪えてしまうと言う事……?

そんな事まで、イリダは可能なの?


「滅びの祈りは、祈りを捧げる者の魔力を必要とする。試作艦が魔力を吸い上げればこの距離だ。我等の魔力も直ぐに奪われる。猶予は無い」


皆の顔に焦りが浮かぶ。


「始めましょう」


祖母が声をかけると、皆、頷いた。


私達が祈りを捧げる場所として用意されたこの屋上には、巨大と言って良い大きさの布が敷かれており、真ん中に円などの模様が織り込まれている。

内側の円と、外側の円。円と円の間に二つの正方形。重ならないように、角度を変えて織り込まれた正方形。


内側の円の中心に台座が置かれており、その上には"天秤"が置かれている。"杖"と呼ばれた物は、"天秤"の軸と言うのか、中心の棒になっている。

"杖"が"天秤"に乗った魔力を増幅させるとか、お義父様が言っていたような気がする。


首から下げている"アンク"を握り締める。

"アンク"も、魔力を増幅させる。これは日常の祈りで体感している。


「陛下、こちらへ」


そう言ってゼファス様はアレクシア様を台座の前に立たせる。それから四人呼ばれる。台座を中心として、正方形の角に立つ。次に呼ばれた私を含む四人も、もう片方の正方形の角に立つ。

私達を点として見るなら、八角形だ。


「……っ!」


突然、無理やり何かを引き剥がされたような感覚がした。

とても不快な感覚だった。

ゼファス様を見ると、眉間にシワを寄せていた。皆も、自分に何が起きたのか分からないと言った顔をしていた。

もしかして今の、試作艦が魔力を吸ってきた?


「皆、陛下の言葉を復唱せよ」


ゼファス様は円から出ると、お願い致します、と声をかけた。それを受けてアレクシア様が頷く。


「"女神マグダレナよ 創造と破壊の女神よ。

天地(あめつち)の理(ことわり)を定めし尊き御方よ"」


倣って同じ言葉を口にする。


青白い光が足元の円の上に浮かび上がる。光は引き寄せられるようにアレクシア様を包んでいく。

アレクシア様の身体が丸ごと光が包まれると、柱のように光が立ち上がり、空に向かって伸びていき、空でばらけて光の点となった。


「"御身から溢(あふ)るる慈悲によりて

我らは生まれ給いぬ

この大地に生ける草木 獣 人 すべては

御身のもの"」


上空に浮かんだ光が、ゆっくりと回り始めていく。

それと同時に、身体から何かが出ていく感覚がした。

さっきのとは違って嫌な感じはしなかった。

ごく自然な感じからして、祈りで自分の魔力を捧げているのだと思った。


光の渦は回転の速度を上げていく。


「"輝ける光の化身よ 

御手により作られしこの緑満ち満ちたる大地から

穢れを払い給え"」


アレクシア様が言い終えた途端、渦が弾けた。

続けて私達が復唱すると、一瞬にして光が戻り、上空で金色の円になっていた。

ファンタジーで良く見る、魔法陣だった。

読めないけど、何やら文字がびっしりと書かれている。

金糸で闇夜に縫い付けたような、美しい模様みたいだ。


「"今ひと度 この地を浄化せしめ給え"」


魔法陣はゆっくりと回転しながら大きくなっていく。それに合わせて身体の中から魔力が吸い取られていく。


祝詞? 呪文? を唱え終えたら、ひたすら祈れ、と予め言われていたのを思い出す。

胸の前で祈る為に両手を重ね、握りしめる。

目を閉じ、さっき唱えたのと同じ言葉を口に出さずに繰り返す。


そう遠くない場所で爆発音がする。


「愚かな。祈りに攻撃を仕掛けるとは、女神を冒涜する事になる事も分からぬとは」


バフェット夫人の声がした。声が怒っている。

目を閉じてるから見えていないけど、内容とか音から察するに、試作艦が魔法陣に攻撃してるっぽい。

疑問なんだけど、当たるの?


「!」


アレクシア様の声にならない悲鳴がして、何かあったのかと目を開けた時、アレクシア様がその場に座り込んでいた。皆に動揺が走る。


「皆、動いてはならない」


そう言うと、ゼファス様は何か口の中で呟きながら円の中に入り、アレクシア様の横に立った。


「"フセ"より、後を引き継ぐ」


"フセ"は、アレクシア様が継いだ、女皇のみが名乗る名。

引き継ぐのなら、祖母なのでは?


「"フセ"から"ヤツフサ"へ」


"ヤツフサ"?!

え、何なの。何でゼファス様が名前持ってるの?

シミオン様が持ってるのに?

しかも"ヤツフサ"とか、なんかワイルドカードっぽい。


台座に寄りかかるようにして立ち上がったアレクシア様は、首を横に振った。


「力不足なのは、分かっております。ですが、最後まで、やり遂げます。

罪なき者の命を奪うのです。愚かな私が出来る、最後の務めです」


光の柱はアレクシア様の中を通って登っていく。

もしかしなくても、中央に立つアレクシア様への負担って、凄いのでは?


ゼファス様がアレクシア様に手を差し出す。

戸惑うアレクシア様に、ゼファス様が言う。


「手を」


恐る恐る差し出したアレクシア様の手を、ゼファス様が握り締める。


光がゼファス様とアレクシア様を包み、再び光の柱が立ち上がり、魔法陣は広がり始めた。

アレクシア様の額に汗が滲む。


アレクシア様から目が離せなかった。

あの時、アレクシア様は私と話がしたいと言った。

もしかしたら、私が思っていたような話じゃなかったのかも知れない。

悪い事をしてしまった。ちゃんと聞けば良かった。自分の事ばっかり考えてしまった。

人の事、全然言えない。


これが終わったら、話をしよう。

ずっと逃げてたけど、これが終わればアレクシア様は女皇じゃなくなる。

私達の関係性も、変わる。それが良いのか悪いのかは分からないけど。

私も進まないといけない。


強く、強く祈る。


滅びの祈りでしか、試作艦は倒せない。

あんなに、お義父様もルシアンも、もっともっと沢山の人達が努力しただろうに。


王位継承だのエネルギーだの、たかだかそれだけの為に、私達から色んなものを奪おうとするイリダが許せない。


この祈りでしか、イリダを何とかする力が無い自分達にも、嫌になってくる。

きっと、お義父様もルシアンも同じ気持ちだったに違いない。努力した分、無力感も強かったろうと思う。

それなのに、諦めずに立ち向かった二人。


「!」


心臓を鷲掴みされたような息苦しさがした。

身体の中を蹂躙される、根こそぎ引きちぎられるような感覚がして、立っていられなくなる。

見ると、他の人達もそうだった。

膝を付いている人、手を付いている人、様々だ。


アレクシア様は気絶して横たわっている。

ゼファス様の顔色も悪い。片膝立ちをしている。


空に浮かんでいた魔法陣は消えていた。

失敗した。

祈りに、失敗してしまった──。


じわりと、心に暗いものが侵食してくる。


ドン、と言う衝撃がして、要塞が揺れる。

皆の視線が試作艦があるだろう方向に向けられる。

それからまた、大きな揺れ。

この要塞が攻撃されてるんだと理解するのに、時間はかからなかった。


繰り返し、要塞が砲撃される。

恐怖に引きつりそうになる。


ここで、死ぬの……?


「ミチル!」


爆発の衝撃に、目を閉じ、頭を腕で守るぐらいしか、出来なかった。

圧迫される。


ルシアン……!

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