イリダ戦 後編<ルシアン視点>

湾内に侵入した一隻目の戦艦は、擬似要塞からの威嚇射撃に反応した。

擬似要塞に接近し、要塞の魚雷の射程に入った。擬似要塞の攻撃で沈んだように見える筈だ。

二隻目、三隻目が湾に入る。一隻目の撃沈の理由が判然としない内に湾に沈めたい。擬似要塞の砲撃の威力を確認するように、威嚇射撃をしてくる擬似要塞に戦艦が近付く。

片方ずつ攻撃してこちらの手が発覚するのを避ける為、二隻がそれぞれ擬似要塞に近付き、射程に入ったのを確認してから魚雷を掃射させる。

雷撃を受け、二隻共に船体を揺らし、湾に沈んでいく。

擬似要塞による誘導と威嚇で最低でも撃沈したかったのは二隻。三隻沈められたのは僥倖。


次の戦艦は、二隻連れ立って湾内に侵入した。

連携の取れた動きからして、イリダ王族とそれに付随したイリダの上位貴族とオーリーの上位貴族といった所だろう。

擬似要塞には見向きもせず、湾の中央目掛けて進む。それすら罠だとは気付いていない。

機雷を浮かばせていた領域に戦艦が到達し、戦艦と接触した機雷が水中爆発した。

爆発により生成されたガスが球状の泡を形成する。爆薬の種類によっては戦艦を破壊するだけの力を持つが、ここでは敢えて最大火力の爆薬は用いない。この時点で残りの戦艦が湾に侵入する事を断念されては困る。あくまで船底が破損して浸水し、沈没するぐらいで良い。

水中爆発により船首が不自然な程に立ち上がり、バランスを崩した戦艦は船体をもう一隻の方へ傾けた。のしかかられそうになった戦艦が転回しようとした先には別の機雷がある。機雷に触れた戦艦が水中爆発で船底が損傷受け、沈んでいく。


「……あの時、そなたが敵に回らないでいてくれて、本当に良かった」


湾内で起きている戦闘を眺めていた皇帝が呟くように言った。


「妻(ミチル)に言って下さい」


そうだな、と答えて皇帝は苦笑した。


ミチルが望まなければ、あのように穏便には済ませなかった。俺も、父も。

全てを滅ぼす事に躊躇の無い俺は、イリダと然して変わらない。


前世の倫理観がそうさせると彼女は言うが、女神の愛し子に相応しいと思う。

平民の為に皇都を変える事に尽力し、ギウスの民を助けようとする。その行動が慈愛でなければ何だと言うのか。


父を見る。

湾に沈む戦艦を無表情に見つめている。


残りの二隻を、マグダレナの戦艦六隻が追い立てる。行き場を失った戦艦は湾内に入った。

追い立て終えたマグダレナの戦艦は試作艦と交戦する為に南下して行く。


他の五隻が沈む様を見ていた戦艦は、湾岸の要塞とは一定の距離を取りつつ攻撃をしてくる。擬似要塞が二つ程燃えるが、双方共に燃えやすいようにしてある。気を強くして最奥に進ませる為に。

湾の最奥に位置する要塞を、普通なら本拠地と認識する。

最小限の人数と、バルカン砲を何基も設置した要塞は、他の要塞と異なって見えるだろう。

接近した戦艦二隻は、容赦なく要塞に攻撃を仕掛ける。

バルカン砲の反撃を受けて戦艦の砲塔がいくつか破壊されていく。

だが、バルカン砲だけで何とかなる筈も無い。艦砲からの連続攻撃を受けて要塞が火を上げる。その火が要塞最下層の火薬庫に着火すれば、戦艦はその爆発に巻き込まれて沈む。

段階を経て起こる爆発は、その度に威力を増していく。

爆発が起きる度に、こちらの要塞も揺れる。


「……ギウスなど、赤子の首を捻るように仕止められたのではないのか?」


族長が父に疑問を投げ掛ける。

ふふふ、と笑う父に、族長は呆れた表情を向ける。


「ほら、終局(フィナーレ)だよ。美しい花のようだ。彼等の命を燃やしながら咲く花だ、見届けてあげよう」


昼を思わせる程の光が辺りを照らし、爆発音が耳だけでなく腹の底にまで響いてきた。それから振動と爆風。爆風で湾の水面が時化(しけ)たように荒れる。


爆発による煙が全て晴れた時には、戦艦は無残な姿で湾に沈みゆく所だった。


……ここまでは、予定通り。

残るは試作艦。

どこまでやれるか──…。


「陛下も族長も、気は変わらないのかい?」


父がわざとらしくため息を吐く。


「無論だ」


「その為に、ここにいる」


二人の返答に父は肩を竦めた。


「余は元々、あの時死んでもおかしくなかった。それを貴兄らに助けてもらった。レーフも大分育った。余がおらずとも国は回る」


「新婚だろうに」


「リュドミラには手を触れていないよ」


「おや、うちの息子とは随分な違いだね」


──煩い。


父の視線が族長に向けられる。


「我等には、あのまま飢えて死ぬか、戦争で死ぬかしかなかった。それにも関わらず、人としての尊厳を守ってもらった。十分だ」


皇帝と族長の視線が俺に注がれる。


伝令が部屋に飛び込んで来て叫んだ。


「失礼致します!

試作艦を皇国の戦艦六隻で包囲、海上で戦闘を開始致しましたが、皇国の戦艦は尽く全滅!

試作艦はこちらに向けて進行しております!」


戦闘が開始してから、それ程時間は経っていない。

それにも関わらず、全滅。


「ロイエ、アビス」


父の呼びかけにロイエとアビスが立ち上がる。


「ルシアンを連れて逃げなさい」


「御意」


「仰せの通りに」


ロイエとアビスが俺の腕を掴む。


命を狙い続けた余が言うのも何だが、と前置きをして皇帝が言った。


「生きよ、ルシアン」


ギウス族長は胸の前で両手の拳を重ね、軽く頭を下げる。


「我らを助けてくれた事、感謝していると夫人に伝えてくれ」


死ぬつもりなのか。

ここで。


父を見る。

父は微笑んだ。


「リオン・アルトも人の親なのだよ。子を守りたいと言う親の思いを無碍にするものではないよ」


「父上……」


いつも人を揶揄うばかりで面倒な人だと思っていた。

己よりも劣る俺と兄をどう思ってるのかが、分からなかった。


「優秀だから可愛いのではないのだよ? ルシアン。

我が子だから、これ程愛しい。自然の摂理に逆らってでも、生かしたいと思う程にね」


胸が軋む。

何故、今なのか。


「さぁ、もう行きなさい。試作艦は我らが思うよりも消耗している。エネルギーを充填する為に全速力でここに向かって来る筈だろうからね」


「ルシアン様、参りましょう」


「ルシアン様」


ロイエとアビスに促される。

目を閉じ、息を吐く。

父を見据えて言う。


「父上、孫の顔を見ずに死ぬのですか?」


俺の言葉に、父が困ったように笑う。


「決意が揺らぐような事を言うなんて、意地が悪い。誰に似たんだい、ルシアン」


そんなの、貴方しかいない。


皇帝と族長を見て言う。


「御三方、お先に失礼します。また」


「ルシアンらしくない事を言う」


「いえ、皆様に何かあるとミチルが悲しむので」


三人とも笑った。


「そうだな」


「姫はあれで怒ると怖いからな」


「平手打ちされてたね」


胸に手を当て、頭を下げる。


「では」


全員が頷いた。


部屋を出て直ぐに、廊下を駆け抜ける。


「馬を用意しております」


ロイエに案内された場所に馬が三頭、木に繋がれていた。

馬に跨る。


「ミチルの元へ」


近いとは言っても、そう直ぐに到着する距離では無い。

しばらく走った所で背後から衝撃が来た。

馬を止め、振り返ると要塞が燃えていた。


「ルシアン様!」


「お早く!」




見えるのに、蜃気楼のようにミチルのいる要塞との距離が縮まる気がしない。

気が焦る。


俺のいた要塞はベリウム湾の入り口にあり、そこから湾最奥部の要塞に辿り着くにも馬を二時間は走らせなければ着かないような距離だった。

直線距離ならそう遠くはなくとも、陸地で行こうとすると湾が邪魔をする。

今は消し炭しか残らない最奥部の要塞跡地から、ミチル達の要塞まで、一時間は要する。


突然、馬が前のめりに倒れ込み、その場に放り投げられる。

何が起きたのか確認しようと身体を起こした時、身体から力が奪われる感覚に襲われた。


「……始まったようです」


未だ燃え盛る要塞に目を向け、ロイエが言った。


──試作艦が接岸したか。


背後から青白い光が溢れ、足元を照らす。

振り返ると、ミチル達のいる要塞の上に巨大な渦が発生していた。

渦はゆっくりと回り始め、回転速度を早めたかと思うと、空に向かって弾けた。


「滅びの……祈りでしょうか……」


「……そうだろう……」


試作艦には今のマグダレナでは太刀打ち出来ない。

滅びの祈りしか、女神に頼るしか術が、無い。


ミチルを傷付けたくなかったのに。

あまりの己の情け無さに腹が立つ。


弾けた筈の光は一瞬にして要塞の上空に戻り、巨大な円陣を浮かばせていた。

複雑な模様を内側に刻んだその円陣は、ゆっくりと回転しながら、大陸を覆うようにして広がっていく。


空に浮かぶ円陣目掛けて、砲弾が放たれる。

当たりはしまい。

アレは人の力の及ぶものでは無い。


「馬は使えそうにありません。申し訳御座いません」


屈んで馬の様子を確かめていたアビスが言った。

馬は口から泡を吹き、痙攣している。さして多くもない魔力を全て奪われたのだろう。


「仕方の無い事だ」


「早くここを離れましょう。原理的に近くにあるものから魔力を吸い上げていると思われます」


頷き、要塞に目を向ける。


円陣は動きを止め、ブルブルと震え、爆ぜた。


「……まさか……失敗したのですか……?」


呆然とするロイエの声が、やけに通る。


滅びの祈りは、祈りを捧げる者達の持つ魔力により果たされるもの。

魔力が奪われ、祈りが持続出来ないのだとしたら、この状況は当然の結果だった。


「!」


再び、ごそりと魔力が奪われる。

力が入らなくなり、その場に膝をついた時だった。聴き慣れた声と蹄の音がした。


「ルシアン様!」


レシャンテとソルレ様が俺の身体を支えた。


「レシャンテ……ソルレ様も」


何故ここに?


頭が回らなくなって来ている俺の口に、ソルレ殿が魔石を数個放り込んだ。途端に体内を流れる何かが感じられ、息苦しさが無くなった。


「ありがとうございます……」


「そんな体たらくでは、可愛い孫娘を任せられん」


「それは、困ります」


二人が乗って来た馬に跨る。

レシャンテは俺達に袋をいくつも持たせた。


「魔石にございます。道中も口にしながらお進み下さい。馬の口にもお入れ下さい」


「分かった」


「ロイエ、ルシアン様をお守りせよ」


「はい、必ず」


「行け」


二人の手には魔石が無い。

分かっている。

彼等は、死ぬ覚悟で助けに来た。


ただひたすらに馬を走らせる。

今は早く、ミチルの元に行かねばならない。

魔石を皆に口にさせなければ、魔力の枯渇で死ぬ。

ミチルが死んでしまう。


背後から衝撃がした。

背後だけでは無く、あちこちに砲弾が落とされ、大地が揺れた。

振り返りはしなかった。


祈りは途中までだった。

攻撃が止んでいない事からしても、試作艦は今も稼働している。

もはや試作艦を止められるのは、滅びの祈りしかない。


ひと際眩い光がし、背中を誰かに押された。

いや、押されたのでは無い。

身体が浮かぶ。


これは、爆発だ。


口から熱い物が溢れた。

背中に痛みが走り、脚に何か重いものがのしかかった。

目の前が真っ白になり、意識が薄れていく。


──ミチル

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