オメテオトルの依頼<源之丞視点>

何と言うのか、目のやり場に困る。

オメテオトルは間違いなく男子である。だから堂々と見ても構わぬ筈だが、女人の格好をしていると言う事は心が女人なのかも知れぬ。


白く濁った液体が、オメテオトルと私の前に運ばれて来た。受け取ったオメテオトルは気にした様子もなく、それを口にする。


「イスタク・オクトリ、テパチェよ。大丈夫、弱いお酒だから」


酒を鼻に近付けて臭いを嗅ぐ。吸引性の毒であるなら、危ないとは思う。……が、相手の信用を得る為には多少の危険は冒さねばならぬ。


「……頂戴する」


少し口にする。蜜と果汁の甘さがした。女人が好みそうな酒である。


「燕国公方の三男が、何故エテメンアンキにいるのかしら、なんて無粋な事は尋かないわ……。

初めは兄二人にその地位を奪われそうになった三男が乗り込んで来たのかとも思ったのだけれど……あの二人は失脚したのね」


答えずにいると、オメテオトルはころころと鈴のように笑った。


「もし、兄達の上を行こうとするなら、魔石を渡している筈だもの。彼らよりもイリダに良い思いをさせられると証明する筈でしょう。

研究施設で働く研究員が貴方の元を訪れていると言うのに、貴方はそうしない。この点だけ見ても貴方は兄を超える事に興味がない──もしくは時期を狙って己を最も高く売れる機会を見極めようとしてる……」


賢い人物なのであろうとは思っていた。ほんの僅かなこちらの行動で、ここまで推察する。言綏もそうだが、実によく頭が回るものだ。


私は演技など出来ぬ。一時的に出来たとして、それを継続するなど到底無理な相談なのだ……。例えしたとして、先程のように可能性の一つとして見られるだけなのであろう。

とは言え、何でも話せる訳では無い。ただ、兄の事は知られても構わぬ。あの二人はもう表には出て来ぬ。隠し切れる筈も無い。


「兄二人は二度と貴国とよしみを結ぶ事は無い」


オメテオトルは少しだけ微笑み、頷いた。


「貴方の事は何とお呼びすれば良いのかしら?」


「二条と」


分かったわ、と答えてテパチェと言う酒を飲む。心が女人だと、やはり酒も甘い物を好むのだろうか……?


「私は王族だけれど、研究施設は王のみが出入り可能なの。貴方の元を訪れているホルヘとアドリアナは施設の中でも特に優秀と言われる研究員なのよ」


「……出入りは出来ずとも、良くご存知のようだが……」


ふふふ、と笑う様は本当に女人のようだ。仕草の一つひとつが、嫋やかである。


「王位継承者だもの……知る努力は怠らないわ」


流石知識の民と言うべきなのか。


「彼らは貴方にどんな話をするの?」


燕国の事を質問される事、お二方からはイリダの民の生活について、施設での大まかな職務などを教えてもらった事を話した。


「ちゃんと誘導しているのね」


誘導?


「あの二人を好奇心旺盛なだけの人物と見ると痛い目を見るかも知れないわよ?」


「好奇心旺盛ではあると思うが、下心がある事ぐらいは分かっておる。本当に好奇心を満たす為に近付くのであれば、私ではなく言綏に近付くであろう」


好奇心旺盛の体で、危険も顧みずに他民族にも近付くと言う事であるなら、私では無く言綏に近付くだろう。そうせずに私に近寄ったのは、私の方が御し易そうだと判断しての事。


にっこりとオメテオトルは微笑んだ。


「頭の良い人は好ましいわ」


最低基準は満たしたであろうか?

話にもならぬと思われては困るが、頭の良い振りなど出来ぬ。


「二条様はミチル、と言うマグダレナの姫をご存知?」


突然の事に動揺してしまった。


「知ってるのね」


冷や汗が出る。

とは言えもう誤魔化せまい。


「……あの方に手を出すのは止めた方が良い。死にたくなければ」


「いくら影に調べさせても情報が入って来ないから、厳重に守られているとは思っていたけれど……そう……マグダレナの珠玉と言う訳なのね」


マグダレナの珠玉でもあるとは思うが、ミチル殿に手を出さばルシアン殿が許すまい。


「女神に愛されていると伺ったのだけれど、そうなのかしら?」


オメテオトルがミチル殿を狙っていると聞かされてはいたものの、それは事実のようだ。


「貴殿は何の為にあのお方を求むるのか」


「私がミチル姫を欲する理由を教えたなら、私の企みに協力して下さるかしら?」


「確約は出来ぬ」


そうよね、と少し悲しそうにオメテオトルは目を伏せる。


「約束いただけないなら教えられないわ。でも……」


脅している風では無く、少し困ったように、悲しそうな顔をする。


「貴方は理由わけあってエテメンアンキに来た。それを教えてくれないかしら? 嫌と言ったなら、王族の権限で貴方をここから追い出すわ」


ぎくりとする。

来て数日で強制退去の憂き目に遭う訳にはいかぬ。りとて軽々しくも話せぬ。


動揺する私を見てオメテオトルは微笑んだ。


「私の絶対的な協力者になっていただきたいのよ。

そうしていただけるならミチル姫には危害を加えないと約束するわ。むしろ、協力をいただけない場合の方が姫を手荒く扱う事になるのよ……」


考えよ。

考えよ。

焦りで思考を曇らせてはならぬ。

目先の事に囚われては、皇都の二の舞になる。私は絶対にルシアン殿もミチル殿も裏切らないと決めたのだ。


「それならば、貴殿の理由をお話下され。

私は確かに目的があってここに来た。

追い出しの目に遭ったとしても、従えぬ内容であれば是、とは言えぬ」


今度はたがえぬ。


一瞬驚いた顔で私を見たかと思うと、目を閉じて頷いた。

顔を上げると、人払いをさせる。

広い部屋に二人きりになる。

日頃側に侍る者達にすら聞かせられない理由なのか。


オメテオトルは徐に立ち上がると、私の前に立った。

何をするのかと身構える。


「私が、ミチル姫を、女神を求める理由は一つよ……」


オメテオトルが明かした理由は、私に衝撃を与えた。

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