賠償<帝国皇帝ヴィタリー視点>

ギウスとの賠償を決める日が来た。

場所はギウス戦の拠点としていた帝国の街だ。


初対面の為、立場が上の者から紹介されていく。


レーフと共にテーブルに就く。

私が座ったのを確認してから、皇国側の者達もテーブルに就いた。


帝国からは私とレーフ、スタンキナとソコロフの4人。

皇国からはクーデンホーフ公、オットー公、シドニア公、エヴァンズ公、バフェット公、クレッシェン公、エステルハージ公の皇国公家が勢揃いしている。

ギウスからは族長であるバトエルデニと、セオラ姫。

アルト公とルシアンは場を取り仕切る立場として参加するらしい。


「さて、楽しくない話はさっさと終わらせようか」


誰にとっても面白い話では無い。かと言ってそれをそのまま口にすれば角が立つ。それなのに、アルト公はあっさりと口にする。

わざと口にしているのだろうと、誰もが思っている。アルト公は思った事をそのまま口にするような男ではないからだ。

わざと軽口を叩き、わざと挑発する。


「ギウスは帝国に攻め込む正当な理由もなく、一方的に帝国に対して侵略行為を行った──これについて、異論はあるかい?」


アルト公の問いに、ギウス族長は首を横に振った。


「……どんな物も、正当な理由にはならんだろう」


疲労の滲んだ顔に、同情をする。

内幕は分かっているのだ。彼はそのツケを払わされているだけに過ぎない。


「貴公は兄君と違って話がしやすくて助かるよ」


族長の眉がピクリと動く。

だが何も言わない。


帝都の城の地下牢に、今回の戦争を起こした張本人である族長の兄は捕えられている。


「聞かせる程の事は話していないからね、割愛させていただくよ」


ふふふ、と笑う公爵に、皆が一様に怪訝な顔をする。


「皇国皇帝の玉体に傷を付けた事は、今回の議題には上げない」


皇国のアレクシア陛下は女性だ。その身体に傷を付けたにも関わらず、それを責めない?


祖父であるクレッシェン公だけが、複雑な表情になる。


「戦争とはそう言うものだ。その覚悟は陛下にもお有りだからね、罪に問わないとおっしゃっていただいている」


あの、まだ少女と呼んでも差し支えのない陛下が、そのような決断をされているとは。


「その前にまず、皇国公家に、我がカーライルへの賠償をお願いしたい」


突然の発言に、皇国公家の重鎮達は目を見開く。

楽しそうにアルト公は口元に笑みを浮かべる。


ああ、これは茶番劇なのだ。

アルト公による、予定調和に過ぎない。


「何を驚いているのかな。

貴方達はかつてカーライルがギウスに襲撃された際に、一切の援助をしなかった。皇国とカーライル、サルタニア、ハウミーニアは"何かがあれば、必ず皇国が援助する"と言う盟約を結んでいたにも関わらず」


アルト公が齢十二の頃に起きたギウスとの戦争は、カーライルに甚大な被害をもたらした。その後、若き宰相がギウスを退けた事により、皇国はそれ以上の被害を出す事も無く、現在に至る。

それに対する恩賞も援助も、何も無かったのだ。本来であればあり得ない事である。


「ここにいる貴兄達はあの時、まだ当主ではなかっただろうが……今は諸君らが当主だ。当時の不手際を先代の所為にはしないだろう? 何処ぞの滅んだ国の王に、名言を吐かれたのはバフェット公だったかな?」


ふふ、と笑うアルト公を見つめるバフェット公の顳顬に青筋が立つ。


「その上、絶望的な状況に陥ったハウミーニアをカーライルに押し付けた。我らアルトに王室を立ち上げろと言われた時には困ったよ。

皇室の崩壊を防いだ事へのお礼が、あのような無価値どころか負債にしかならぬモノを押し付けてくるのだからね。

つまり、余計な事はするなと言う事だった、そう受け止めて当然だろう?

それなのに、皇国はルシアンに宰相補佐をやらせようとした。ただでさえ前皇帝の娘から迷惑ばかりかけられていたと言うのにね?」


ははは、とアルト公は笑った。


「ルシアンの妻はご存知の通りラルナダルトの姫だ。我らは王家にはなれない。もっとも、なりたくもないけれどね」


誰も何も言えない。

当時、それを知る者はいなかった。知っていたのはアルト公のみ。

そんなつもりはなくとも、皇国公家が知るべき事を知らないままでいた事は、何ら言い訳にならない。


「もし王家になっていたなら、ミチルは取り上げられてしまう。まさか、それを狙って我らにハウミーニアの王になれと言ったのではないだろうね?」


「そうではない」


苦しげにクレッシェン公が答える。


アルト公が私を見た。

ぎくりとする。

標的が自分に移ったのが分かる。

言われる事は分かっているが、それでも胃が縮むような思いがする。


「帝国のヴィタリー陛下とスタンキナ公には、カーライルとしても、アルト家としても大変お世話になったね」


スタンキナが興したウィルニア教団の事、レーフの身代わりにとルシアンの命を狙ったにも関わらず、皇位継承問題を解決に導いてもらった。


「レペンス枢機卿、正妃、大公。個性的な面々による舞台はなかなかに見応えがあったよ」


「それは……公への恩義は、言葉には尽くせない」


抵抗するだけ無駄だ。素直に認めた方が良い。

皇帝だとかは関係ない。この男に対抗するのは、私には無理だ。


「よろしい」


アルト公は笑顔で頷いた。


「族長」


ギウス族長はゆっくりと顔を上げ、アルト公を直視する。


「幼かったとは言え、貴公は私を覚えていてくれたようで有難いよ」


族長の顔色が悪くなる。


「あの時保留にしていた賠償を、今、果たしてもらえるかな?」

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