066.それぞれの思惑

ゼファス様が言った通り、殿下は命を狙われ始めたようだ。その瞬間は目撃していないけど、日に日に殿下が萎れていくというか、弱っていく。

話を聞いてから二週間程が経過している。

城から出ていないのに、殿下は狙われているみたいだ。

目の下にあるクマを見るに、人が少なくなる夜間の襲撃が多いのだろうと思われる。つまり睡眠不足。

遠巻きに見る殿下は、着実に窶れていっている訳なんだけど、それがまたアンニュイな雰囲気を醸し出して、色気が増すんだから、イケメンとは恐ろしい生き物だと思う…。どうなってるんだ、アレ…。


それはさておいて、私はゼファス様に、いつ何時殿下が襲われるか分からないし、実力が拮抗する影同士の戦闘に巻き込まれれば間違いなく死ぬから、殿下に絶対に近付くなと言われている。どうやら昼間も襲われているらしい。ようするに、人がいない瞬間が出来れば襲われているという事だろう。お義父様が本気過ぎて怖い。


死ぬという言葉に、身が強張る。前世の最期がある所為だと思う。正直に怖い。

出来たら老衰で大往生が最高だが、とりあえず殺されるという最期は、もう結構である。

殿下には本当に申し訳ないのだけど、怖くて近付けないし、アビスとオリヴィエが絶対に近寄らせてくれないとも思う。


…なんでこんな事になっちゃったのかなー。

殿下の手紙がお義父様の逆鱗に触れちゃったかなー。

それはありえるかも知れないけど、ゼファス様が言うには、私のおかげで全部分かったらしいんだけど、その私が何一つ分かってないって言うか?

色々聞いてみたい事があるけど、アビスに聞いてみても教えてくれなさそうなので、レシャンテに聞いてみよう。


ドアがノックされて、レシャンテが呼びかけてきた。


「奥様、お茶とお菓子はいかがですか?」


「入って下さい」


ドアが開いてレシャンテがワゴンを押しながら入って来た。週に一度は、レシャンテがお茶と和菓子を持ってやって来る。

今日のお菓子はきんつばですね!

アビスが部屋を出て行く。オリヴィエは待機。


すっかりこの部屋のキッチンにも慣れた様子で、レシャンテはお茶を淹れていく。

アビスやセラの、キレイな手が流れるようにお茶を淹れるのを見るのも好きだけど、レシャンテの、一つ一つ丁寧に淹れていく姿も、好き。ほっこりする。


「どうぞ、奥様」


カップからゆらりと湯気が立つ。今日は緑茶らしい。


「ありがとう、レシャンテ」


私の正面に座ったレシャンテは、人好きのする顔で話し始めた。


「先代様の話をお聞きになられたとか」


レシャンテはずっとアルト家に仕えているんだから、流れ的にレシャンテがルシアンのお祖父様の執事だよね。


「えぇ、お義父様が規格外だと言う話と、先代ご当主様の事を少しですが、伺いました」


「リュミエル様は素晴らしいお方でしたよ」


リュミエル様、ルシアンのお祖父様の名前だ。

一応それは、知ってる。


「聡明でお優しくて。奥方様が病気でお亡くなりになられてからも、後添えを娶らず、当主様とキース様に愛情を注いでらっしゃいました」


愛情たっぷり注いで育てた結果が魔王かー。


「若様は、リュミエル様にそっくりです。中身は似てらっしゃいませんが」


そう言ってレシャンテは笑った。


いやいや、レシャンテさん、ヤンデレまで遺伝だったら困るよ…。


「本当によく似ておいでです」


目を細めて懐かしそうに、呟くレシャンテ。


不意に、レシャンテがルシアンを若様と呼ぶ理由が分かったような気がした。それと、お義父様がルシアンを溺愛する理由も。お義父様が魔王になった理由も。


ゼファス様は言わなかったけど、いくら天才と言えど、12歳の少年の案に当時の王が賛同する筈ない。他に案がなかったと言うけど、他の国に協力を求めるという手だってあった筈だ。それなのにしない。いや、しても誰も助けてくれなかった可能性が大だ。

戦上手と言われるギウス国とまともにぶつかりたい国なんてないだろう。よっぽどの戦バカじゃない限り。

考えられるのは、周辺諸国は、カーライルを使ってギウスの兵力をいくらかなりと削ぎ落としたいと考えたんだろうと思う。

誰も助けてくれない中で、勝たなくとも引き分けに持っていく案を、誰が思い付けたというんだろう。

そんな中で案を出したのがお義父様だけで、他に案も無い。ギウス国は間違いなく攻めてくる。とりあえず砦を強化する事は必要だと誰もが思ったんだろう。


結果はカーライルの勝利で終わる。


お義父様は、魔王にならざるを得なかったんじゃないだろうか…。

苦悩するお義父様の姿を想像してみる。


……いや、なんか、アレは真正の魔王だろう…。

バフェット公爵とやり合う時のあの、イキイキした顔。


ギウス国との戦いで目覚めなくて良いものが目覚めちゃったような気もしなくもない。

その戦いで、通常よりも早くに家族を失い、守る側になったお義父様にとって、ルシアンの命が狙われている事は、許せる訳がない。しかも理由が理由ときた。

勝手に巻き込んだ挙句助けて欲しいなんて、寝言は寝てから言えという感じだろうか。


皇帝の弟を大切に思う気持ちは理解しても、やり方が気に入らないんだろうな。あれは私も気に入らない。って言うかムカついてます。ぐーで殴りたい。少なくともルシアンは殴っても許されると思う。

皇弟の命を狙って終わり、という事ではないだろうから、何か別の思惑があるんだろう。

戦争にはならないようにしつつ、皇帝兄弟をお仕置きするような何か?

でも、皇弟を本気でやっちゃったら、戦争まっしぐらだよね? 怪我させるって事?


私のお陰で分かったってゼファス様は言ってたけど、分からん。やっぱり頭の作りが違うから取りこぼしてるんだろう。


「お義父様は私の言葉から何かをお気付きになられたようなのですが、私には全然分かりません」


「今回は当主様自らが動いてらっしゃいますから、奥様は何もなさらなくて良いかと」


「邪魔をする気はありませんが、何故、殿下のお命を狙う事になったのかをお教えいただきたいのです」


ふむふむ、とレシャンテは頷くと、胸ポケットから紙を取り出した。

二つ折りにされたその紙を開くと、コホン、と咳払いする。

…なにその紙。


「" ミチルへ

色々気になって仕方ないだろうけど、今は我慢して待っていて欲しいな。

ミチルの出番はこの先に沢山あるから、それを楽しみに待っているように。

お義父様より "」


「……………」


なにを楽しみにしろと…?

私の考えてる事もお見通しな感じで、更にモヤりましたけど?


「あ、そうでした。こちらもありました」


さっきとは反対の胸ポケットから封筒を取り出すと、ニコニコしながら差し出す。


封筒にはルシアンの字で

" ミチルへ "

と書いてある。


「!」


ルシアンからの手紙! 初めてもらった!!


差し出された手紙を受け取る。


読みたい!

読みたいけど、レシャンテがいるから、今は我慢。我慢です!!

そっとテーブルの上に置いて、視界に入れないようにする。けど、存在そのものがめっちゃ気になる。


「気になられるでしょうから、私はこれで失礼させていただきます」


まだきんつばもお茶も食べ終わってないのでは、と言おうとして、レシャンテが自分の分を用意してなかった事に気付く。

最初から、手紙を渡して去る気だったんだなと思った。

それなら普通に手紙を渡してくれれば良いのに、そうしなかったのは、お義父様からのメッセージの所為だな…。


失礼します、と言って部屋からレシャンテは出て行き、ドアの前に待機しております、と言ってオリヴィエも部屋から出て行った。


お気遣いありがとうございます…。


皆の気遣いに感謝しつつ、封筒を手に取る。


ルシアンが皇都を出てから一ヶ月が経っただろうか。

まだ一ヶ月。

もう一ヶ月。


気持ち的にはもう、何ヶ月も会っていないような、そんな感覚すらしてくる。


おなかの奥がキュッと、握られたように痛む。


ルシアンに会いたい。


封蝋は、アルト家の家紋の蘭。

それをぺきりと割り、封を開ける。

便箋を取り出すと、かすかにルシアンの匂いがして、胸がぎゅっとして、涙が出そうになった。


" ミチルへ

何を書こうか悩みましたが、私がこれから成そうとしている事の一部を、貴女に伝える事にします。

聡い貴女の事ですから、気が付いている事でしょう。

皇都を立つ時の計画は破棄されましたが、新しく父上が立てた計画でも、私は雷帝国の帝都ヴァースラに向かいます。弟の身代わりとして私を殺そうとする皇帝と決着を付ける為です。

カーライルから帝都ヴァースラまでは馬車で二週間かかるそうです。全てを最短で成し遂げたとしても、ひと月はかかります。

ミチルが行おうとしている収穫祭には、残念ながら間に合わないと思います。

年が明ける前には必ず貴女の元に帰ります。

ルシアン "


愛してるとか、貴女のルシアンとか、そういう事を書きそうで書かないのがルシアンっぽいな、と思った。


やっぱり、帝都に行くんだな。

でも、教えてくれなかった時より、幾分気持ちが楽になる。それは、それだけ計画の成功確率を表しているように思えるからだ。

秘密であればある程、知られれば脆くも崩れる計画であると取れる。それが、このように形に残るものが手元に届いたという事は、知られても計画に支障がないという事に他ならない。


…表に出しても問題がない謀って何なの。

めっちゃ怖いわ。


私はもう一度ルシアンからの手紙を読み直した。


皇都ブルーノアは白亜の都と呼ばれる。外壁などが白で、街全体が白で統一されている為だ。

帝都ヴァースラは別名ロマーシカの都と呼ばれるぐらいに、ロマーシカの花があちこちに咲いているらしい。ロマーシカ、カモミールですね。


雷帝国は平民であっても、準男爵、男爵には功績次第では直ぐになれる国らしいからそれなりに実力は認められるみたいだけど。

それから、マグダレナ教の熱心な信者が多いらしい。

ディンブーラ皇国なんて、みんな信心うっすいのにね。

あっちに教皇がいた方がいいんじゃないの?


平民の振りして入るのかな、ルシアン。

どう見ても平民に見えないけど。立ち居振る舞いとか。

それとも潜伏するのかな。

下らない心配をしちゃうけど、あっちの女性にモテモテになるんじゃないかな?!

大丈夫かな、ルシアン?!


…はっ、いかんいかん、つい不安でたまらなく…。


深呼吸を3回程して、緑茶を飲み、きんつばを食べる。

うん、美味しい。


気持ちがいくらか落ち着いたところでまた手紙に目を落とす。


収穫祭に出られない事が書いてある。


収穫祭の事、覚えてくれてるんだなぁ、ルシアン。

自分の方が大変な状況なのに。私の事ばっかり。

いつもそう。


私に出来る事なんて、ここからルシアンの無事を祈る事だけだ。

女神様が何処にいるのか分からないから、教会の方を向いて手を合わせる。

どうか、ルシアンが無事に帰って来ますように。

えーと、ルシアンが女の人に襲われませんように。…女の人だけかな、襲うの。えーとえーと、よし、これだ!

ルシアンの貞操が守られますように!


フィオニアも一緒に行くんだよね、きっと。

フィオニアに何かあったら姫が悲しむよね。だからフィオニアの無事も祈っておこう。


ドアがノックされる。


「奥様、開けてよろしいですか」


アビスだ。


「どうぞ」


ドアが開き、アビスとオリヴィエが入って来た。

二人はお辞儀をする。


「レーフ殿下が何者かに襲われ、重傷を負いました。

七公家の皆様は登城するようにと皇室からの命が下っております」


「!」


遂に、この時が来てしまった…?


「…分かりました。エマとクロエを呼んでください。支度をします」


アビスが部屋から出て行った。


お義父様が何を考えてるのか分からない状況のまま、事態が動いていく。

ゼファス様もどれぐらい知ってるんだろう?


あーもう!

さっぱり分からないよ!!


殿下に何かあったら、皇帝が許さないでしょ。

…ん? でも、表向き対立してるんだよね?

対立してる弟が他国で怪我した場合、皇帝の取るべき対応って何だろう?

ディンブーラ皇国が対立を知らないという前提で、よくもうちの弟を! ってやるのかな?

それとも、感謝してる振りを、自分達を狙ってる人物に見せつけるのかな。


どれが正解?

叔父が黒幕なら、皇帝に戦争を嗾すんじゃ?

それで、その戦いに皇帝を向かわせて、そのゴタゴタの中で皇帝を亡き者にして、帝国を乗っ取るとか??


色んな人の思惑が動いていて、その上をいくのは誰なんだろう?

今回、お義父様は気付かなかったという。という事は、相手もなかなかの腹黒タイプって事?


エマとクロエがやって来て、支度が始まって、私の思考は中断せざるを得なかった。

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