065.天才というか魔王と言うか?

別に隠してなかったんだけど、リュドミラの書いた小説がお義父様の耳に入って、お義父様がリュドミラにちょっとお話があるらしい…。

リュドミラは顔を青くして、お叱りを受けて参ります…と、まるで処刑を受ける人間のような顔をしていた。

ルシアンは良いって言ってたんだけど、あかんかったのかな。その場合、ルシアンも怒られちゃうのかな。

そんな訳でリュドミラはカーライルに戻る事になった。

そうなるとクロエが私の髪をまとめる訳ですが、この前ミリオンバンブーみたいにされちゃったから、そこはかとなく不安。だからと言って自分でやると怒られるしで、理不尽だと思う!


魔石を口にしてから一週間程経って、カーネリアン先生の足は元に戻った。

あれからも追加で魔石を口にしたらしい。長年に渡って蓄積した魂の汚れはなかなかしぶとかったようで、かなりの魔石を消費したとの事だった。

だから、魔石で何とかするというのはあまり現実的ではない、という結論になった。

魔石はただでさえ高価なのだ。それを数十個単位で入手して食べるのは難しい。

今回は、院長がその立場を遺憾なく発揮してくれたのと、研究という名目で通す事になったので懐は痛んでいないみたいだけど…。


カーネリアン先生は、一族を助けたいと言ってカーライル王国に急いで帰国した。従兄弟が発症したって言ってたから、無理もないことだよね。

既に亜族になってしまった人達を助ける事が出来るのかが、これからの課題らしい。

亜族になってしまった人は、凶暴化しているから危なくて近付けない。

足だけで数十個の魔石を消費したのだ。全身が変わってしまった人を助けるのに一体どれだけの魔石が必要になるのか。考えただけで頭が痛い。

出発前に先生はぽつりと呟いていた。

勢いで魔石を食べてしまいましたけれど、あの魔石を作った方は、美しい令嬢達であると信じております、と。

…………なるほど?

いざとなったら、魔石の作り手が美形かとかどうなのかとかは、気にしてる場合じゃないんだろうけど、気にせず口にした後になって、色々考えてしまったのだろうか。


院長とカーライル先生の共同研究として、亜族の治し方を発表するらしいけど、そうすると更に魔石の値段が高騰してしまうから、そのへんを皇室がどうにかするまでは発表出来ないね、という判断になった。

ちなみにこの辺はちゃんとアビスを通してお義父様に報告済みである。アビスが優秀すぎる。


魔石の安定供給と価格設定の制御が必要になるなぁ。

でもこれは政治のオハナシだから、ラトリア様に相談しようかな。あ、そうだ、他の貴族達もいるんだから、おやつミーティングで話題にしてみよう。


院長はお母さんの事があって魔道を極めていたようで、前ほどの熱心さはなくなってしまったようだ。

それはそれで残念な事である。


カーネリアン先生の事で頭がいっぱいになってキレイに忘れていたけど、院長が孤児の病気を見るのを手伝うよ、と言ってくれていたのだった。

言われた時、何の事だったかな、ときょとんとしていた私にアビスが助け舟を出してくれなかったらやばかったと思う。


それはそれとして、院長に孤児の健康状態を診てもらえたのは良かった。

予想通り栄養失調の子ばっかりだった。

孤児院の経済状況を考えると、子供達に毎日お腹いっぱいになるまで食べさせるのは難しそうだから、栄養価のあるものを厳選していかないとな。


孤児達の健康診断結果をゼファス様に報告した後、サラッとゼファス様が恐ろしい事を言った。


「……え?」


「ちゃんと聞いてなかったの?」


ムッとした顔になるゼファス様。


「いいえ、聞いた上で聞き返しております」


だってさ、皇弟が命を狙われるって、今言ったよね?


「それは、本物の追っ手でしょうか?それとも皇帝の追っ手でしょうか?」


「両方ハズレ」


えぇ?!

それ以外もいるの?!


「リオンの差し向けた刺客だね」


はぁ?!

何でそこでオトーサマ出て来たかな?!


「本気のを送るから、頑張ってって手紙が届いた」


いや、そうじゃない!

欲しい回答はソレじゃないよ、ゼファス様!


ゼファス様が皇弟に影を付けてるという話は聞いた。だからだろうか、その頑張って発言は…。


「何故お義父様は殿下を?」


この前、協力して欲しいって手紙送ったよね、私?

それなのに何で?!


「遊ぶ時は全力投球が家訓らしいよ」


初めて聞いたよ?!

遊びで命狙うんかい!


「意味が分かりません!」


それにしても、やっぱりいるんだ、アルト家にも暗殺行動をする人達。ガチですやん。ガッチガチですやん。

アサシンファミリー極まれりですよ!


「久しぶりなんだよね、リオンが動くの」


「え? 色々と動いてらっしゃいましたよね?」


バフェット家とぶつかるとかさ、色々やってたじゃん?


「罠とか謀はさ、色々やってるよ。でもそれは秘密裏でしょ。今回は隠さないんだよ。意味分かる?」


殿下の命を狙ってるって事を対外的にアピールするって事? 何の為に?!


「ますます分かりません。それでは戦争になるではありませんか。お義父様は帝国と戦争をするおつもりなのですか?」


「いや、しないでしょ、さすがに」


ホント?

だって、相手は皇弟なんだよ? その命を狙う事を隠さないだなんて。普通に考えたら戦争じゃん?!


「リオンは、ミチルのおかげで全部分かったって言ってたよ。だからほら、自分で考えて」


ええええええええ?!

私、何言いましたっけー?!


「それにこんな面白い事、滅多に起こらないよ? ミチルも楽しく見学したらどう?」


ちょっとちょっと、面白い事って!

殿下の命が狙われるし、ゼファス様の影ともやりあうのに、楽しくなんかないですけど?!


「お義父様が動かれるのは久々という事ですが、以前はどんな事を?」


んーとね、と思い出すようにしてゼファス様は話し始めた。


「リオンは通常の年齢よりも早くに家を継いだんだよ。

突如攻め込んで来たギウス国の将軍に襲われて、リオンの父である当主が死んで、リオンは跡を継いだ。

考えてみれば、アルト一門のどの家もリオンが継ぐ事には反対しなかったんだけどさ。あ、その時リオンは12歳だったかな」


小学6年生っスね。ギリ、ランドセル背負ってる年齢ですわ。それなのに一門背負って、しかも反対出ないとか、レジェンドか。


「ギウス国の将軍はカーライルに再度攻め込んで来た。その際の作戦を組んだのはリオンだった。周囲の反対を押し切って、前騎士団長はリオンの案を採用した。リオンの父の葬いだと言ってね。でも本当は、他に案が無かったと聞いてるよ。

ギウス国は軍事国家だ。彼らの騎馬隊の機動力は尋常じゃない。あの速さと数で攻め込まれたらひとたまりもない。カーライル王国が落とされたら、周辺諸国も落とされる事は必定だった」


ごくり、と唾を飲み込んでしまった。

お義父様がこうしているんだから、戦争には勝ったか、引き分けたんだろうと思う。でも、どうやって?


前世の日本でも騎馬隊を率いる武田軍は強かった。


「わざと情報を流したらしいよ。カーライルの指揮をとるのは齢12歳の少年だって。それと砦に籠城するように見せかけてね。徹底的に砦を強化した。

それでギウス側は投入する兵の数を減らした。勝算があると思ったんだろうね。こちらに来る筈だった兵力は2万から1万になり、その半分も途中の集落に置いて来たみたい。

更に、普通ならしないだろうに、ギウス軍は砦の前で夜営を張ったんだよ。まぁ、馬鹿にしてたんだろうね」


あぁ、うん。


「翌朝、さぁ攻め込むぞとなった時に、ギウス軍の馬の様子がおかしくなった。酔ったようにヨタヨタとして、そこに爆竹が後方から放り込まれて、陣内は大パニックになったんだって。想像でしかないけど、凄い騒ぎになってそうだよねー」


確かに。

軽いお祭りだよね、それ。


「ようやく馬達が落ち着いて、さぁ攻め込むぞとなった時に、将軍はいなかった。

何処にいたと思う?」


にやりと、意地の悪い笑みをゼファス様は浮かべた。


予想外の答えなんだろうな、わざと聞いてくるって事は。


「…まさか砦の中ですか?」


「惜しい。

砦の一番上から吊るされていたよ」


?!

砦の一番上ってどういう事?!


「将軍が乗っていた馬は、当時のギウス国の中で最も馬力があると有名だった。巨体の将軍を乗せて走れるんだから、当然と言えば当然だよね」


ラオウを乗せてた黒王号みたいな感じだろうか。

人も踏み潰せちゃう的な無茶苦茶さ。


「ギウス国の騎馬隊はね、結構トリッキーな戦い方をするんだよ、あぶみと片方の足だけで身体を支えてさ、こんな風に」と言って身体を横に沈ませるような動きを見せる。


「横にする事で敵の攻撃を避けたりとか、倒れてる振りをしたりと、まぁ、曲芸師のような動きをするらしいんだけど、将軍は巨体だからそれが上手く出来ないらしくてね、自身の足と鞍とあぶみを縄でくくっていたんだよ。

それに時間がかかるから、将軍は他の兵よりも先に乗る準備が早かったらしいよ」


「まさか…馬が驚いた時に…」


陣の後方で爆竹の音がして、馬が驚いて暴走した時に引っ張られたとしたら?

皆大騒ぎしてるし、爆竹鳴りまくってるし、馬も嘶いたりしてただろうし。

同じように爆走した他の馬もいたりしたら?


「でも、砦の上から吊るされるには、縄の長さが必要ではありませんか?」


「馬が何処にいるかまでは言ってないけど?」


「あ」


突撃して来た馬が通れるようにと砦の扉を開けてやると、馬はどんどん進みやすい方向に駆け上がって砦の上まで上がり、その勢いのまま砦の上から落ちたという。

その際に縄がひっかかって、将軍は砦の上から吊るされたと言う訳だった。


「増援を要請しに行ったギウス兵は、自分たちの集落が襲われているのを目にするんだよね」


えっ?!


「実は砦には然程兵を残してなくてね、カーライルの主戦力はギウスの集落を襲っていた。騎馬隊は攻めてこそ強さを発揮するものでしょ。馬場にいる馬なんて脅威でも何でもないよ。あっさりと集落は落ちたらしいよ。

リオンは将軍の首を持ってギウスの族長と会談し、和睦を結んで帰って来たって訳」


やだ、こんな12歳…!

これはもはや伝説ではなく、普通に魔王。

リアル魔王だ!!


「当然だけどさ、一気にリオンの名前は知れ渡るよね。

偶然だとか運がよかったとか言ってた奴も結構いたみたいなんだけど、気がついたら言わなくなってたらしいよ。

何をやったのやら」


こわっ!!


「リオンが表立って出たって事は、完膚なきまでに潰されるんだと思うんだよね。

皇帝だとか弟だとか叔父とか、この際どうでも良いよね」


良くないよ?!


「今回はリオンにしては気が長いと思っていたんだけど、思ってたより怒ってたし、本当楽しみ。

ねぇ、ミチル、黒幕誰だと思う?」


あっちの黒幕は分からんけど、こっちの黒幕は間違いなくオトーサマだよね?!


「叔父かな、正妃かな?」


「お父様、悪趣味ですわ」


「そう? うちの者達とリオンの部下と、どっちが上なのかも楽しみだよね。こんな事でもなければ分からないからね」


お義父様といい、ゼファス様といい、何でこうなの…。


「そうそう、各地の枢機卿に補助を付ける話。補助見習いに仕事させるから、今後はミチルは手伝わなくていいよ」


「お父様ご自身のも手伝わなくて大丈夫ですか?」


「こっちより孤児院の話を進めて、資金集めて来てよ」


…そっすか…。

まぁ、それも大事な事だけどね…?


「それと、エスポージトだっけ? アイツの医療知識、何とか平民に伝えられないかな。医者らしい医者が貴族にしかいない現状は良くない」


「それはそうですね。

学校で教えられれば良いのですけれど」


「学校ね………よし、孤児院の子供にはどうせ読み書きを教えるんだから、孤児院の子供に医療も覚えさせよう」


それもありかもね。平民で子供を学校に入れられる家なんて限られちゃうし。


院長に聞いてみた結果、あっさりとオッケーが出た。

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