064.三つの術

よし、やるぞ! とは思ったものの、ですよ。

何をどうすれば良いんだろうか?


えーと、変成術をやり過ぎると、魂が汚れて亜族になっちゃうというのは、頭では理解しました。

発症すると一年で身体が完全に変わってしまって、運が良くて死亡。運が悪ければ理性を失ってその姿で生きていく事になると。


髪が抜けて、皮膚が黒ずんで、黒目が小さくなって、骨と皮だけになって、おなかだけぽっこり出る…。

…なんだか、餓鬼みたいだなぁ…って絵でしか見た事ないけども。

餓鬼は確かに理性とは無縁の生き物のように思える。


それにしても、不思議なんだよね。

変成術を教えたのは女神マグダレナなんだよね。

慈愛の女神がさ、使い続けたら餓鬼になるようなものを、教えるものかなぁ?

教えたとしても、回避する術も教えてくれそうじゃない?

神の理は人の理とは違うと言われたら、それまでなんだけどね。


皇宮図書館で借りてきた"マグダレナの加護"の下巻を読み始めた。


[ 魔石は魔力の器の色を表す。鳩尾のあたりに器を持つ者は黄色い魔石、心臓近くに器を持つ者は黄緑色の魔石を排出する。オーリーの民とマグダレナの民の血が混じった者が排出する場合は、青い魔石が多い。 ]


へぇ、魔石、青いんだ。

青が好きだからちょっと羨ましい。


魔力の器の位置によって魔石の色が違うという事は、私達が発見した、他の場所に器があった人達が排出する魔石は別の色なのかな。


ルシアンと私が作った虹色の魔石なんてものもあったしなぁ。虹と同じ配色だったりしてね。


[ 魔石はその名の通り魔力の結晶である。魔道具の動力源として使用出来る。

女神マグダレナが与えて下さった魔力は、女神マグダレナによる慈愛であり、加護である。

女神マグダレナにより授けられた魔力の使い方は、3つ。

生成、錬成、変成の3つである。 ]


生成? 錬成?

初めて聞く。


[ 錬成は体内で魔力を作り出す事。魔力は体内で自然に生成されるものだが、意図的に作り出す事も可能である。

生成は体内を巡る魔力を体外に排出し、魔石とする事。

変成は物質を分解して体内の魔力を用いて別の物に変質させる事だが、同じ構成要素を持つ物しか作る事は出来ない。全く別の物を作り出す事は、それは神の領域である。 ]


生成は魔石を作る事か。なんだ。何かと思ったよ。

それにしても、錬成は初めて知った。作れるんだ、魔力。


[ 錬成は、生成や変成により失われた魔力を補うだけでなく、魂に不浄が混じった際にも用いられる。 ]


ん!?

これってもしかして、もしかする?!


逸る気持ちを抑えつつ、次の文章を読み進めていく。


[ 錬成術の説明の前に、魔力の元となる魔素について記載しておく。

錬成術は大気中にある魔素を体内に取り込み、魔力に練り上げる事から錬成と呼ぶ。

魔素は鼻や口から吸い込まれる事で、体内で魔力に変換される。それは人間だけではなく、動物も植物も、女神マグダレナの加護を受けた者は生まれつき、教わらずとも生きていれば無意識に行っている。

大地は魔素を生成せず、魔力も生成しないが、魔力を注ぎ込む事は可能で、それにより大地から魔力を吸収した植物は豊かに育つ。その植物を食む事で人や動物は、魔力そのものとして体内に吸収する事が可能になる。動物を人が食した場合も同様である。

なお、魔力を持たないオーリーの民などが魔力を含む物を口にしても害はないが、器がない為蓄積はされない。 ]


なるほどねー。

魔力の器が、マグダレナの民と、オーリーやイリダの民との決定的な違いなんだろうなぁ。


[ その魔素を意識的に魔力に変換する錬成は、魔力操作の中で最も難易度が高い。

まず、魔素を認識しなくてはならない。

目に見えない魔素を感じ、自らの体内に取り込む際に魔力に練り上げた場合は、無意識に取り込んだ場合よりも魔力量は増える。

錬成により生み出された魔力は、変成術により混じった魂の汚れを分解する効果を持つが、魂の浄化は錬成術を行わなくとも可能である。

魔石を口にすれば良いだけだ。ただし、その際には己と同じ色の魔石を口にする必要がある。

浄化に必要となる魔石の量は、魂の汚れ具合による。 ]


「!!」


思わず立ち上がってしまった私を、アビスとオリヴィエがガン見している。


「アビス、カーネリアン先生の魔石の色を確認してちょうだい。それから、エスポージト伯との面会の約束を取り付けて欲しいの」


院長の名前が出たので、この前のやりとりを見ていたアビスの眉間に、わずかに皺が寄った。でもほんの一瞬で、アビスは深々とお辞儀をすると、かしこまりました、と答えて部屋から出て行った。


それにしてももうちょっとで叫びそうだったから、自重した私はグッジョブですよ!




院長からの返事は簡潔で、許されるなら今すぐにでもという事だったので、カーネリアン先生の魔石の色と同じ魔石を出来るだけ沢山用意して欲しいとお願いし、カーネリアン家所有の屋敷に向かった。


屋敷はこぢんまりとしており、無駄がない感じで大変私の好みです。

顔馴染みの先生の従者に案内され、階段を上がって行く。


従者がドアをノックすると、どうぞ、とカーネリアン先生の声が聞こえた。

私の顔を見た先生が起き上がろうとしたので、慌ててそれを止めた。


「お見舞いに来たのですから、どうぞそのままで」


「このような見苦しい姿をお見せして申し訳ございません」


どうぞこちらへ、と案内された椅子に腰掛ける。


「私の事はどなたから?」


「…エスポージト伯が教えて下さいました」


先生は頷いた。


「もう少し時間があると思ったのですけれど、思いの外早くに発症してしまいました。堪え性のないのが、身体にまで出てしまって、恥ずかしいですわ」


肩を竦めて先生は苦笑いした。


こんな状態なのに、明るく振る舞おうとする先生は凄いと思う。

一族の難病を治したいと思っていたのに、自分も発症してしまって、悔しいだろうに。

だから私も、いつも通りに振る舞う事にした。


「先生の魔石の色は黄色だったと記憶しているのですけれど」


突然の私の言葉に、先生は目をぱちぱち瞬かせた。


「えぇ、黄色ですわ。それがどうかしまして?」


黄色なら、私と同じ色だ。


院長も来るだろうけど、魔石を持って来て欲しいとお願いしているから、到着まで時間がかかるだろう。


「発症すると、痛みや見た目などに出ますか?」


先生は頷いた。


「足から大体症状が出るのです」


「見せていただいてもよろしいですか?」


淑女が足を見せるなんてはしたない事だから、普通ならあり得ない訳です。

同性でも躊躇うところです。


少し迷った後、先生は頷いて、従者に目配せをした。

従者は失礼します、と断ってから先生の足にかかったタオルケットをめくった。

そこには、泥遊び後、洗うのを忘れてしまったかのような、茶色くしわしわになった両足があった。

足首から下は、染めたようにキレイに茶色い。靴下にも見えるぐらいだ。


「痛みなどは?」


「動かそうとすると痛みがありますけれど、こうしている分には何て事ありませんのよ」


なるほど。


私は来る途中の馬車の中で作った魔石を取り出した。

3つ程作ってきた。


「魔石を取り出されてどうなさったのです?」


首を傾げる先生に、魔石を差し出す。


「私の魔石です。召し上がって下さい、先生」


「え?!」


「…私もまだ、確証はないのですが…」


先生は私の顔をじっと見た。

不安だ。

あの本に書いてあって、勢いでイキナリ来ちゃったけど、本当に有効なのかは分からない。


先生はにっこり微笑むと、お菓子を食べるように魔石を口に入れた。


虹の魔石は口の中で溶けたけど、普通の魔石はどんな感じなんだろう?


ごくり、と先生の咽喉が嚥下する。


「いくつか口にした方が良いのかしら?」


はい、と私が頷くと、私の手の上にあった魔石を2つ、連続して口にした。


それから先生の足に目をやる。

変化はない。

やっぱり駄目なのかな。


そう思った時、あら? と先生が言った。

先生の顔を見る。


「…ちょっと、動かしてみますわ」


そう言って先生は足に力を入れる。

でもすぐに顔を歪ませた。

…駄目か。


「今朝、動かした時よりも痛みが少ない気がしますわ」


「本当ですか?」


見た目は全然変化がないけど。

私をがっかりさせないようにと、気を使ってくれたのではあるまいか。


ドアをノックして、侍女が顔を見せた。従者がすぐにドアに駆け寄り、何か話している。


院長が来たかな。


少しして、院長が部屋に入って来た。

私にお辞儀をしたので、頷いてそれに応える。


「エスポージト伯、お願いしていたものはお持ちいただけたかしら?」


「はい、殿下。こちらになります」


院長が差し出したベルベットの布袋を受け取り、金色の紐を解いて中を確認する。

お願いしておいた、黄色い魔石が沢山入っている。


「先生、おなかはいかがですか?」


「いくらでもいけそうですわ」と言ってウィンクをした。


先生に魔石の入った袋を渡すと、遠慮なく魔石を口に入れた。


「え?!」


院長が驚きの声をあげる。

それを無視して、先生は1つ、2つと魔石を口にしていき、7個程口にしただろうか。


大きく息を吐き、先生は足を動かし始めた。

さっきはすぐに顔を歪ませて動かすのを止めてしまったけど、今度は足首をぐるりと回した。


「痛く、ありませんわ…指先は、まだ違和感があって動かせませんけれど」


「ど…どういう事ですか?」


院長と先生の視線が私に注がれる。


「先日お会いした際にお話した本を覚えてらっしゃいますか?」


「"マグダレナの加護"という本でしたか?」


院長が言った。


よく覚えてますね! さすがです!


「あの本は、皇宮図書館所蔵の本だったのです。

その本に変成術によって汚れた魔力の器を元に戻すには、錬成術を行うか、自分と同じ属性の魔石を口にする事で治せると書いてあったのです」


私がそう言うと、二人はあぁ! と同時に声を上げた。


「だから…」


「それで人を…」



「亜族になった人間は、人や動物を襲ったり、植物を荒らすのです。あれは、魔力を欲していたのですね」


あぁ、なるほど。

意識的なのか、無意識なのかは分からないけど、浄化する為の魔力を求めていたって事なんだ。


「レンセイジュツというのは、どういうものなのですか?」


院長が聞いてきた。


「大気中の魔素を意識して、体内に取り込む際に魔力に錬り上げるんだそうです。錬成術が一番無駄なく魔素を魔力に出来て、器を浄化させられるようなのですが、私にはその魔素というのをどう意識すれば良いのかが分からず…。説明も出来なさそうでしたので、魔石で先生を治せたらと…」


「そうだったのですね」


先生は微笑んだ。


「これで、私の一族の呪いが、とけるのですね」


微笑んだ先生の目から、涙がこぼれた。


「そうです、先生」


錬成が人々に伝わってないのは、習熟がかなり難しく、変成術をそんなに頻繁に行う事はないと判断されての事だったのではないだろうか。

でも、魔導値が低い人や、カーネリアン一族のように変成術を日常的に行う人達が、命を落としたり、亜族になってしまった。


私の手を、先生が握った。


「ありがとう、ミチル。本当にありがとう。

私を…私達を救ってくれてありがとう…」


握った私の手に、先生は額をのせた。

零れ落ちた涙が布団にパタパタと染み込んでいく。


「運が良かっただけです、先生。

でも、本当に良かった。女神に心から感謝します」


先生の手を握り返した。


良かった、本当に。

私はただ本を読んで解決策を見つけただけに過ぎないけど。

今回は皇族で本当に良かった、って初めて思いましたよ。


皇宮図書館には、もっと色んな知識があるのかも知れないなー。

そう考えると読みごたえがありそう!

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