063.そうでした、私は凡人でした
念の為、というか…。
「アビス、人を探して欲しいのだけれど…可能かしら?」
「それは皇国内ですか? それともカーライルででしょうか?」
「まずはカーライルで。それでも見つからなかったら、他の国でも探してもらいたいの」
私の無茶なお願いを、アビスは拒否するでもなく、受け入れてくれた。
「その方はご存命ですか?」
「多分まだ生きてらっしゃるとは思うわ。亡くなったとは聞いていないから。
家名は不明なの。イルレアナ・レイ、もしくはイリーナ」
「かしこまりました」
考えてみたんだけど、皇宮図書館のハルとエルは、レイ様が来たって喜んでいたんだよね。
私はあの二人の言うレイ様ではないと思うんだ。だから、本当のレイ様は何処かにいる筈。
ただ、それについては残念な事にどう調べれば分からない。だけど何もせずにいるのも何となく気持ちが悪いので、気になる事は、なるべく調べて解決していこうと思う。
まずは、お祖母様の事から調べてみようと思う。都合の良い事に、私が嫁いだ家は諜報に長けたアサシンファミリーです! これを使わない手はないです。
………もう、手紙届いたかなぁ。
私の送った手紙が間に合って、ルシアンが帝国に行ってませんように。
「ご主人様、先程からページが進んでおりませんが」
ぎくり。
…カーライルから連絡が来ないかなって、気になって気になって、内容が頭に入って来ません…。
「ようやく当主様に手紙が届いた頃だと思います」
ですよねー。
「いずれ返事は来ますので、ご主人様はなすべき事をなさって下さいませ」
なすべき事…そういえば、ゼファス様と次の祝祭をどんなものにするか決めないといけない。
祝祭は皇都全部を上げてのお祭りだから、時間かかるんだよね。
「お父様の元に今からお伺いします」
本当はこんな、アポなしは駄目なんだけどね、良いんだ、ゼファス様だから。
「申し訳ございません!」
馬車の外で悲痛な声で謝罪する声が聞こえる。
実はさっきから馬車が全然進まない。
夏も終わりに近付いているとはいえ、残暑という奴で、まだまだ暑いっス。
「何があったのかしら?」
「確認します。もうしばらくお待ち下さいませ」
アビスは馬車から降りると様子を確認したようで、すぐに戻って来た。
「数台前の馬車の前に、牛がおりまして」
牛?
「道の真ん中で座り込んでしまい、押しても引いても動かないようなのです」
「引き返すのも難しいのよね?」
はい、とアビスは頷いた。
「アビス、塩を手に入れて来てもらえるかしら?」
「塩、にございますか?」
この状況で私が塩なんて言い出したものだから、さすがのアビスもきょとんとしている。
「えぇ、塩ですわ」
アビスが馬車を降りると、オリヴィエが不思議そうな顔で尋ねてきた。
「姫、塩を何にお使いになるのですか?」
ふふ、と笑ってごまかす。
「まだ、秘密ですわ」
多分、塩があれば何とかなるんだけど。
少しして、塩と、塩ファッジを持ったアビスが戻って来た。なにゆえ塩ファッジまで?
「ご主人様、塩でございます」
「ありがとう、アビス。それで、この塩ファッジはどうしたの?」
「塩を扱ってる店がすぐには分かりませんでしたので、塩ファッジを扱っているファッジ専門店で譲っていただきもらったのです」
なるほど。そこなら塩ありそうだね。
「ついでに塩ファッジも買ったということですか?」
「いえ、名前を名乗りましたところ、是非、ご主人様にと渡されました」
えー…?
んー…と、とりあえずそのお礼はまたするとして、今は塩だよね。
「アビス、着いて来て下さい」
馬車を降りた私をアビスが慌てて追いかけてくる。
「ご主人様、馬車にお戻り下さい、必要な事は私が代わりに行いますから」
馬車の中から、何だ何だと顔を出す人もいるけど、とりあえず無視です。
「オリヴィエ、よろしくお願いしますね」
あまり良い行動ではないからね、オリヴィエとアビスには申し訳ないのだけど、護衛よろしくお願いシマス。
オリヴィエはこくりと頷いた。
5台程の馬車の横を通り過ぎて、ようやく問題になっている牛の元に辿り着いた。
かなり立派な牛だ。近くの馬車の御者も動かすのを手伝っているけど、ぴくりともしていない。
牛の持ち主らしき人物は泣きそうな顔で牛の紐を引っ張っている。
私に気付いた牛の持ち主らしき人物は頭をぺこぺこと下げ、申し訳ありませんと謝り出した。
オリヴィエが一歩前に出た。
「こちらのお方はいと高きお方。発言は許さぬ」
皇族の御前だから、勝手に喋っちゃ駄目、といった事を言われて、牛の持ち主はその場に跪いた。
皇族と知って衆人環視が私達に集まる。
「どちらに行きたいのかしら?」
直接私が話しかけてはいけないので、アビスに言う。
アビスが尋ねると、牛の持ち主はおそるおそる顔を上げ、行きたい方向を指差し、震える声であっちに、と答えた。
皇族の進行を止めた場合、最悪不敬で処罰されてもおかしくない。その恐怖で震えているのだ。
私はアビスから塩の入った皮袋を受け取ると、牛の鼻の前に少し零した。
牛はすん、と鼻を動かし、地面に落ちた塩を舐めると、立ち上がった。分かっていた事だけど、牛って本当に大きいよねぇ。さっきも塩を舐めた舌の大きさと言ったら。
ギュータンですよギュータン。あー、レモン塩かけて食べたいです!
行きたい方向に進むように少しずつ塩を落としていき、牛が完全に道から外れるように撒いていく。
牛はゆっくりとではあるものの、塩を舐めながら誘導した方に向かって来た。
跪いたままの牛の持ち主は呆然と牛を見ている。
大人の男数人がかりでも、押しても引いても無理だったからね。
「アビス、この塩をあの者に渡しても良いかしら?」
「ご随意に」
「では、渡してあげてちょうだい」
塩の入った皮袋をアビスに渡すと、アビスは頭を垂れて受け取り、呆然としている牛の持ち主の元に向かった。
「牛の歩みが止まったら、少しずつ塩を与えてやるが良い」
皮袋を渡すと、その人はありがとうございます、ありがとうございます、と何度も頭を下げてお礼を言った。道に頭をこすりつけんばかりだった。
私はその人にちょっとだけ微笑みかけて、自分達の馬車に向かって歩き出した。
「ミチルは、自覚あるの?」
行き掛かり上もらってしまった塩ファッジを、ゼファス様と食べていた所、呆れたような顔で言われた。
「何の事ですか?」
自覚? 何の自覚?
「ここに来る前に、道の往来を塞いだ牛を何とかしたんだって?」
…前も思ったんだけど、ゼファス様って情報の入手早過ぎない?
「さすが教皇ともなると、皇都で起きた事を何でもご存知なのですね?」
「何言ってんの。ミチルに付けてる影が報告して来たの」
え。
私にもついてんの?
「お父様…私を監視なさってるのですか?」
過保護だわぁ…。
「何言ってるの。皇族にはみんな付いてるんだよ。常に二人」
二人も?!
「何故二人も付いてるのですか?」
「一人は何かあった時に報告する為に存在する。襲われたりなんかした場合なんかは、専用の救難信号を出して、二人がかりで応戦するんだよ」
それで、私の影がゼファス様に報告したって事?
「普通に考えてさ、皇族のミチルの警護が執事と護衛騎士一人だけで済む訳ないでしょ?」
確かに!?
呆れ顔のゼファス様には申し訳ないけど、お勉強になりました。アリガトーゴザイマス。
「ですが何故、お父様にお知らせに行ったのでしょう?」
父親だから?
「ちょうど良いから、七公家としてのうちの役割を説明しておくよ。面倒だけど」
ねぇねぇ、それ結構大事じゃない? 皇族として必須知識っぽくない? そこは面倒がっちゃ駄目なんじゃないの?
「オットー家は、番人の役割を持つんだよ」
「番人」
「武力集団を持つ事を特別に許されてる。皇族に付ける影なんかを派遣するのもうちの役目。まぁ、本人がいらないって言ったら派遣しないんだけど。
以前はバフェットにいらないって言われて付けてなかったけど、今は皇族全員に影が付いてるよ」
ほぇー?!
「皇弟にも付けてるよ。この国に滞在してる時に何かあったら困るでしょ?」
「お…」
「お?」
「お父様カッコいい!」
思わず叫んでしまった!
ぽかん顔のゼファス様。私の発言が予想外すぎたようだ。
こほん、と咳払いすると、ゼファス様はぷいっと顔を背ける。ちょっと耳が赤いから、あれは照れてるな。
「ミチルは本当に、訳が分からないよ」
えぇっ?!
隠密部隊を取り締まってる家って事でしょ?
カッコいいじゃないか!
「兄上は皇国圏内全体を見ているからね、私は皇都だけを見てるんだよ」
あー、そうかそうかー、だからゼファス様とお義父様は仲が良いんだー。
同じアサシンファミリーだから、通じるものがあるんだ、きっと。そうに違いない。
「説明終わり」
え、いくらなんでももっと色々あるでしょ?
面倒だからって酷い。
とは思うものの、まぁ良いか。
「じゃあ、これ手伝って」
そう言って指さされた書類の山。
「お父様、やはり枢機卿に補助を付けましょう」
「言いたい事は分かるけどさ、それは現在の枢機卿がまず補助に色々教えなくちゃいけない訳でしょ? 付けたからって、その補助がいきなり使える訳じゃないんだから」
正論ですね。
「でしたら、ここで育てれば良いのですわ。ミルヒもいるのですから、大丈夫です」
私とゼファス様が同時にミルヒを見たから、ミルヒが苦笑いを浮かべた。
「…善処します」
「それで、用件は次の祝祭?」
「そうですわ」
今度のは考えなくともネタがありますよー。
ハロウィンですよハロウィン!
「収穫祭だっけ?」
「そうです」
本当はかぼちゃをくりぬいて、ジャック・オー・ランタンのランプとか作りたいけど、それはまぁいずれやるとして。教会で飾る分ぐらいは作ろうかな。
「子供も大人も、出来れば仮装していただきたいですわ。子供たちは、そうですね、お店を回って、trick or treatと言うのです。お店はあらかじめ用意しておいたお菓子を子供達にあげます」
「何の為に?」
「悪霊が災いを持ってくる、という事を想定しているのです。その悪霊に扮した子供達が、悪さをされたくなかったらお菓子を寄越せと言うのです。お店はお菓子をあげる事で災いを払った事になるのです」
大人達は秋に豊かな実りに感謝して、飲み食いするという、そんなお祭りですね。
ルシアンにはヴァンパイアの格好してもらいたい!
私は…魔女の格好しようかな!
ゼファス様は…うーん…ミイラ? っていうかこっちの世界でミイラって説明しづらっ!
「アルト家でまたパーティする?」
「そうですね。出来ましたらしたいですわ」
かぼちゃとか栗とかぶどうとか、あ、さつまいもなんかもあるね。
燕国 はやっぱり、さんまとか食べるのかなー。
さんま食べたいな。もう何年も食べてないよ。
これはやはり、物の流れをもっと良くした方がいいんじゃないかな!
国主導で道を整備するんですよ。道が整備されれば馬車も物資を運びやすくなるし。
全ての道はローマに通ずじゃないけど、街道を作るとか。
あー、でも、皇都って人の出入りにそれなりに厳しいよね。誰でも入れていい訳じゃないけど…。
パスポートみたいなのがあれば良いんだけど、本人だと証明出来ないもんなぁ。
変成術で………カーネリアン先生…。
「急にしょげてどうしたの? 悪いもの食べた?」
「それならお父様もしょげる筈です」
「力になる気はないけど、聞くだけ聞いてあげるから、言ってみなよ」
それ、聞く意味あんの?!
まったく…ゼファス様は素直じゃないんだから…。
「学園で私に変成術を教えて下さった先生が、病気になってしまわれたのです」
「ふぅん。それは治らないの?」
「………難病です。まだ誰も、治せていないのです」
院長は私に、力を貸して欲しいと言ったけど、私が加わったところで何が変わるとも思えない。
「諦めたら?」
「そんな、冷たい事を…」
「じゃあ頑張れば良いじゃない。悩む必要あるの?」
「私が加わったところで、何が変わるとも思えないのです。むしろ、引っ掻き回してしまうかも知れません」
私は魔道学について、ズブの素人なのだ。
「ミチルに出来る事はどちらかしかないよ。
自分には出来ないと諦めるか、出来ないかも知れないけど、頑張るか」
そもそもさ、とゼファス様は言って万年筆を机に置くと、背もたれに寄りかかった。
「ミチルはただちょっと前世の記憶があるだけでしょ。
別にリオンのように天才な訳でもないんだし。
立て続けに発見してるから過剰に期待する奴がいると思うけど、放っておきなよ、そんな奴ら。別に何してくれるでもないし、代わりに責任取ってくれる訳でもないのに勝手に期待するなって話だよ」
ふん、と鼻を鳴らすと、ゼファス様は塩ファッジをバリバリと食べた。…そんないっぺんに?!
私は息を吐いた。
不器用な、その優しさがくすぐったい。
きっと、ルシアンも、お義父様も、セラも、ラトリア様も、みんなみんな、同じように言ってくれると思う。
…そうだった。そうだったよ。
最近立場が変わったりして、色々と期待されて、それに応えなくっちゃ、成功しなくちゃって、ちょっと思ってた。
期待する人はいるだろうけど、私は聖女でも天才でも何でもなくって、人より少し進んだ知識を持ってるだけの、凡人だった。
後悔はどうやったってついて回る。
その後悔を、どれだけ少なくしたいか、自分の心に嘘を吐かずに生きたいって、思ってたのにな。
馬鹿だから、すぐ忘れちゃう。
「ありがとうございます、お父様。出来なくても、やってみます」
「あっそ、やってみれば?」
そう言って、満足げに笑うゼファス様に、私は笑った。
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