皇弟の思惑<フィオニア視点>

カーライルに戻られたルシアン様は、アレクサンドリア領をアルト公爵領に併呑する為の申請を王室に提出した。

王室はその件について難色を示す事もなく、滞りなく処理は進んでいった。


私が解せない事は、カーライルに戻ってもルシアン様を狙う輩が減らない事だった。

むしろ増えたと言っても良い。


皇弟にも差し向けられているのだろうが、ルシアン様の方が狙いやすいと思われているのか。


「ここまでして、皇帝は戦争がしたいのでしょうか?」


私は苛立ちを隠せなかった。


「私もそう思っていたが、思い違いだったようだ」


ルシアン様は手元の書類に目を通しながらおっしゃった。

感情の乱れは感じられない。


「思い違い、ですか?」


「皇帝はレーフの命を狙っていない。最初から私の命を狙っている。どちらなのだろうと思っていたが、カーライルに戻った事ではっきりした」


そこまで言って、ミチル様に作っていただいた万年筆を置くと、コーヒーを召し上がる。


「それはどういう事ですか? 皇弟の存在が疎ましいから刺客を差し向けているのではないのですか?

戦争に持ち込もうとするのも、確実に皇弟を抹殺し、ディンブーラ皇国を手に入れる為かと思っておりました」


「根本が違っていたという事だ」


根本?


「レーフが兄である皇帝を憎んでいないように、皇帝もレーフを疎ましく思っていない。むしろ、守る為に帝国から追い出したのではないかと考えている」


守る為に追い出す?

皇帝は何から弟を守ろうとしている?


「それと、ルシアン様がどう繋がるのですか?」


「そのままの意味だ。弟を生かす為に私の死体が必要なんだろう」


それが本当ならば、あまりに勝手な動機に腹が立つ。

ルシアン様は皇帝兄弟の為に存在する訳ではない。


「父上の元に行く、確認したい事がある」




「私の元に来たという事は、気が付いた、という事かな?」


アルト公爵邸に、ルシアン様のお供として上がると、当主様は笑顔だった。


「あちらに行く前に気が付いて良かったね」


「…父上は既にお気付きだったと言う事ですか?」


いや? と答えて当主様は首を横に振った。


「可能性としては頭に入れていたけどね、確信を抱いたのは皇都で皇弟と話をして、調べ直しをさせてからだね」


座るよう促され、ルシアン様がソファに腰掛けたのを確認してからその後ろに立つ。


「ルシアンは何処で気が付いたんだい?」


「皇弟が皇都に来てから一度も襲われてない事が判明したからです。皇城の警備は確かに堅固ですから、侵入し難い事は事実ですが、皇帝の影がその程度の筈はありません。だとするなら、そもそも狙っていないのではないかと思い、ゼファス様にお願いして調べていただきました」


これがその結果です、と書類を当主様の前に置く。

当主様は書類に目を通し、頷いた。


「結果として、一度も狙われた形跡がない、という事か」


「はい。ですから皇帝の狙いは最初から、弟によく似た私なのだと分かりました。確認の為、カーライルに戻ってからも動向を探らせておりました。

本来であれば双方に刺客を送る筈ですが、あちらには送っていないままですので、私を狙っているのだと思い至りました」


ルシアン様は一度言葉を切った。


「父上は何処でお気付きになられたのですか?」


「皇弟を揶揄った時にね、あまりに帝国の状況を把握していないものだから、不思議に思ってね」


そこまで話すと、紅茶を召し上がられた。帝国で買ってきたものだろう。当主様は大の紅茶好きだ。


「いくら亡命していると言っても、帝国の事を調べておくだろう? あの顔は実際に調べさせていたのだと思うよ。

それなのに把握出来ていないとするなら、どういう事だと思う?」


「意図的に隠蔽しているという事ですか?」


そうだ、と当主様は答える。


「皇帝は、これ以上弟の心を乱したくないんだよ。だから、帝国の情報が入らないようにしているんだろう。

おかしいだろう? 命を狙っている相手の心を慮るなんて。少なくとも私はそんな変わった思考の人間を見た事がない」


ルシアン様も頷く。


「それに、あの年齢にしては幼さを感じた。随分と慈しまれ、囲われて育ったものだと感心したよ」


「そうしていたのは皇帝という事なのですね。

あの二人の関係性は分かりましたが、このままでは済みません」


そうだね、と当主様は頷いた。


その時、扉がノックされ、ベネフィス様が入室して来た。


「皇都のミチル様より、お手紙が届いております」


ベネフィス様は当主様に2通の手紙を、ルシアン様に1通の手紙を渡した。

封筒には、ミチル様の字で

ルシアンへ

と書いてある。


手紙を読んでいるルシアン様の後ろに立ったままではいられないので、お二人の状況が見える位置に移動する。


ルシアン様の表情を伺う。

喜んでいるかと思いきや、いつも通り無表情である。

封蝋を折ると、中から便箋1枚を取り出した。

便箋を目にしたルシアン様は、微動だにせず、食い入るように見つめている。

何が書かれているのだろうか。

そっと便箋を封筒に戻すと、当主様に視線を向ける。


当主様はと言うと、楽しそうに手紙を読んでらっしゃる。

2通とあったが、両方ともミチル様からなのだろうか?


両方の手紙を読み終えた当主様は、2通共ルシアン様に渡された。

ルシアン様は片方の封筒に書かれた差出人の名を見て、一瞬目を細めた。


当主様はルシアン様が手紙を読み終えるのを、紅茶を飲みながら余裕の表情で待っている。

手紙を読み終えたルシアン様はため息を吐いた。


「ルシアン、どうする?」


「潰すのみです」


その言葉に、当主様はふふふ、と笑った。


「お礼はたっぷりとしなくてはならないからね」

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