062.忘れてはいけない事
貴族として相応しくない態度である事は分かってる。
分かってるんですけどね。
ため息を吐いた。表情も取り繕えません。頭痛が戻ってきました。
ご冗談は顔だけにして下さい、殿下、とツッコミそうになるのをぐっと我慢する。
「…それは、そう思わせるという事でしょうか? それとも…?」
「そう思わせる、という事だ」
ですよね?
もし本気で死ぬ気だったら、一応止めます。
「その目的は、皇帝陛下に命を狙われる事を止めさせる為でしょうか?」
「そうだ」
皇帝には優秀な影がいるんでしょ? そんなのすぐに嘘だってバレるんじゃないの?
でもあれかな、皇帝としては弟を守る為にこんな事をしてるんだから、表向き死んだ事になればそれで良いんだろうか?
「兄上が、私を何から守る為に帝国から追い出したのか、追い出してなお、命を狙っている振りをするのは何故なのかを、私なりに考えた。
そなたには先日、義姉上の事について強く反発してしまったが、義姉上はお優しい。父親と夫である兄上の間で板挟みになっている事も考えられる」
それは確かに。
もし、父親が帝位を狙っているとしたら。
叔父目線で考えるとすれば、だ。
皇帝とレーフ殿下がいなくなれば、自分が皇帝になれる。
なれなかったとしても、娘に子供が出来れば、皇帝の祖父として権力を得る事が出来る。これは、鹿蹄草に避妊効果がある事を知らないと仮定した場合。知らなかったとして、あまりに子供が出来ない事に焦りを感じ、行動に移したか。
もし知っているとするなら、皇帝に子供が出来ないようにさせ、殿下の命を狙って、帝位を狙う。
自分が皇帝になって、娘に別の男の人をあてがって子供を産ませ、それが男子だったら、一代すっとばして皇帝にさせれば良いだけだ。もしくは、女性でも帝位を継げるようにするとか。
最高権力を手にしたら、ある意味何でもありだもんね。
何というか、どう転んでも、叔父にメリットがあるように見えるよね。
「叔父が私を狙っていると仮定して、私が死んだ事を知って動き出そうとする叔父を、その前に止めたい」
その為の囮として、自分が死んだ事にしたいって事?
「協力者はいるのですか?」
「アルト伯爵に頼みたいのだ」
何故そこでルシアンが…。
「命を惜しんだ私が、アルト伯爵を自分の身代わりにさせようとして襲い、返り討ちにあって死んだように見せかけたい」
なんてベタな!
「ですが、殿下は皇都では命を狙われてらっしゃらないんですよね?」
「そうだ」
「それでどうやって命を惜しんだ設定にするのですか? 皇帝陛下にバレてしまいますよ?」
いや、そこはバレていいのか?
「私自身も狙われる必要がある。兄上が本当に私を生かそうと思って下さっているのであれば、兄上は、アルト伯爵を狙っている場合ではなくなる。
叔父上が私の命を狙ってるように見せかけたい」
それは確かにルシアン狙ってる場合じゃないよねー。
本物の危機だからね。
「その上で、私は死んだ振りをする。遺体として帝都に戻り、兄上と協力して叔父上の野望は砕く」
「…そんなに上手く行くでしょうか?」
私の言葉に殿下は苦笑した。
「上手くいかなければそれまでだ」
「協力者を募ってからの方が良いのでは?」
「情報を知る者は少ない方が良い。それに私は兄上の敵に見做されない為に味方を作っていないからな、今更言っても仕方のない事だが、単独で動くしかない」
そこにうちのルシアンを巻き込むのは止めて欲しい…。
「おっしゃりたい事は理解しましたが、現当主のお義父様の了承を得なければ、殿下のその案は通りませんよ?」
分かっている、と殿下は頷いた。
「それで、そなたにアルト公爵宛の手紙を書いてもらいたいのだ」
「それは構いませんが、諸々お約束はしかねます。それでもよろしいですか?」
殿下は強く頷いた。
「無論だ」
そう言って殿下は私に一通の封筒を差し出した。
「これは、私から公爵宛の手紙だ。頼む私から何も送らないのはどうかと思うからな」
殿下って、意外に常識人なのかな。
「お預かり致しますわ」
執務室に戻った私は、おやつミーティングに参加した。
今日の話題は、ギルドからの嘆願書のようだ。
「平民からの要望が書かれていてね、なかなか興味深いよ」
おやつミーティング中、ラトリア様は普段通りの口調に戻る。正直ホッとする。
宰相の元に届けられるのは貴族目線のものばかりだ。最近はゼファス様から送られてくる教会関連の書類で、聖職者ならではの視点を目にして、なるほど、と思う事が多い。
立場が違えば物事の捉え方も異なる。
ギルドに属する商店や職人などの多くは平民だ。そのギルドに上がる声は平民からの声だ。
" 他国から入ってくるものの所為で、自分達の作ったものが売れなくて困る "
あー、皇国よりも安定して作れたりそれが特産だったりするものが入ってくると、そっちの方が安くなって、皇国産のものが高くなって売れない、なんてのはザラにあるだろうなぁ。
嗜好品なら放っておけば良いと思うけど、もし流入が止まったら皇国民が困るようなものとか、皇国そのものの特産品なんかの場合は、関税を設けてもいいかも知れない。
それが皇国内の産業を守る事になる。
でも、あんまり皇国内の産業ばかりを守ると、流通が滞って、いざ何かがあった時なんかは困るし、皇国が取り残されてしまう事も考えられる。
もし関税を導入した場合は、皇国内のその産業のレベルを上げないと、質が悪くて高いものを買わされる事になる皇国民が怒るだろう。
関税関連をやるとするなら、帝国やギウス国とやる方が得策で、皇国圏内ではやらない方が良いだろうなー。
皇国って、前世の日本で言うなら京都のような感じだよね。
さすが皇都、と思ってもらう方に特化していった方がいいんじゃないかなー。
それで、皇国圏内の各国から様々な物が流入する、豊かな都市にしていく。
皇国独自の文化を守る。それは他の国もそう。その国で生まれた文化には意味があるんだから、大事にした方が良いと思うんだよね。
そんな事を話すと、なんだか皆に感激された。
何でだ?
よく分かっていない私に、ラトリア様が、彼らは皇都の貴族だから、皇都らしさを大事にしようと言ってもらえたのが嬉しかったんだよ、と言われた。
街の文化の事ばかり考えていたけど、そうだよね。
皇都で生まれ、皇都で育ってきたんだから、この街に愛着があるよね。私もなんだかんだ言ってカーライルに愛着あるもの。
そこから、皇都らしさを残しつつ、上手く他からの文化を取り入れていくにはどうすれば良いか、という話題で盛り上がった。
私も、カーライルに戻ったら、アレクサンドリアらしさを見つけたいなー。
「お義兄様」
「なんだい?」
「お義兄様は、レンブラント領をどんな所にしたいですか?」
私の質問に、ラトリア様は目を閉じ、うーんと唸った。
「元々陶器が盛んな土地だったし、カーライルの食器事情もあったから、陶器にばかり専念していたけど、他の産業も育てていきたいなとは思っているよ」
「レンブラント領は土に恵まれておりますから、お花なども良さそうですよね」
「花か、いいね」
アレクサンドリアは何だろうなぁ。結局色々回れてないからなぁ、落ち着いたら見に行きたいなぁ。
殿下に頼まれたお義父様宛の手紙に、何て書こうかを悩んだ結果、ちゃんと伝わらないと困るから、ストレートに書いてみた。
殿下が兄である皇帝と和解し、犯人をぎゃふんと言わせたいけど、日頃の行いもあって仲間がいない為、助けて下さい(意訳)
お義父様宛の手紙は直ぐに書き終えたんだけど、ルシアン宛の手紙がなかなか書けない。
いや、別に書かなくてもいいんだけどね。何て言うか、今まで一度も書いた事ないなって思って。
もらった事もないんだよね…。
書いては捨てて書いては捨ててを繰り返していたら、アビスに紙を取り上げられてしまった。
「ご主人様、思い付いてからお書き下さい」
…最近、アビスが冷たいと思うの…。
何だろうな、ルシアンに伝えたい事。
それらしい事を書こうと思えばさ、そんなのは前世の記憶もあるから、書ける訳です。
でも、それは私の本当の気持ちじゃないから、何となく嫌なのだ。
今の私の気持ち。
会いたい。
声が聞きたい。
触れたい。
触れて欲しい。
抱きしめて欲しい。
名前を呼んで欲しい。
今すぐ帰って来て欲しい。
私の側から離れないで欲しい。
あぅー…全部その通りなんだけど、なんかこれをこのまま書くのはちょっと嫌で。欲しい欲しいと欲張りすぎる気がしてならぬ。
「ご主人様は、旦那様にお会いしたいですか?」
「…それは、そうです」
「毎日お会いしたいですか?」
「……そうね、出来るなら」
「では、旦那様がいらっしゃらない今はお寂しいと」
そんな直球な?!
何でそんな事を聞いてくるの、アビス?!
答えに戸惑っている私に、アビスはもう一度尋ねた。
「お寂しいですか?」
頷く。
アビスも頷いた。
「では、そのように旦那様にはお伝えします」
え?!
伝える?!
代筆って事??
部屋を出て行ってしまったアビスを、追いかけた方がいいのか、任せた方が良いのか。
セラだったらきっと破廉恥メッセージになっていたと思うので、アビスなら、まだ、何か大丈夫かなと思ったり。
しばらくして、アビスが戻って来た。
「大旦那様と旦那様宛の手紙を送付致しました」
「…ありがとう、アビス。あの、ルシアンには何と書いたの?」
「手紙ではございませんが」
え?
手紙じゃないの?
じゃあ、何であんな質問を?
「旦那様には365本の薔薇をお届けするように手配致しました」
えぇ?!
365本の薔薇って、"あなたが毎日恋しい"じゃ…。いや、うん。その通りだけど…。
「本当に送ったのですか…?」
はい、とアビスは頷いた。
そんな、そんなのを送ったら、次に会った時の私は一体どんな目にあう事か…!!
なんて事をしてくれたんだ、アビス!!
「贈らずとも、旦那様がご主人様を溺愛なさると思いますが」
その通りだけど、それなら贈らなくてもいいんじゃないの?
「ただ少し、溺愛の度合いが深まるかも知れませんが」
一番そこが問題なんですけど?!
いや、あの、ルシアンに想われる事はとても嬉しいですよ? 嬉しいですけど、あまり熱烈なのは心臓に悪いと申しますか、即死級と申しましょうか…!
「スナビキソウも一輪入れておくようにとも伝えております」
「…スナビキソウの花言葉、何でしたかしら…」
嫌な予感しかしない…!
「"私を愛して下さい"です、ご主人様」
「!?」
あまりの事に口をパクパクさせるしか出来ない。
顔が熱い! 久々に顔が熱いよ!
"あなたが毎日恋しくて""私を愛して下さい"だと?!
そんなの…!
そんなの…!!
「アビス!! いますぐ、いますぐ花を贈るのを止めに行って下さいませ!」
「ご主人様は旦那様からのご寵愛を望んでらっしゃらないのですか?」
そうじゃないでしょ!
何でわざわざ燃料投下するような事をするんだね!
「そういう話ではありませんっ」
「想いは正しく伝えた方が良いと思います」
それは、そうなんだけど、そうなんだけどね?
でもやっぱりスナビキソウはやりすぎだと思う!
薔薇だけで良かったんじゃないかなって。
「ご主人様や旦那様のなさろうとしてらっしゃる事は、下手をすれば命を落とす事も考えられるようなものだと認識しております。ご主人様はこれまでにも危険な目にも遭ってらっしゃいます。
それでも、羞恥の方が勝りますか?」
アビスの言葉に、冷水をかけられたような気持ちになった。
本当にその通りだったからだ。
キャロルに襲われたり、誘拐されたり、媚薬飲まされたり…むしろ無事なのが不思議なぐらいだ。モブなのに。
人は忘れる生き物とは言うけど、実際問題、忘れてはならないような危険な目に私は遭ってる。それは全て幸運な事にギリギリのところで回避されてきていたけれど、今後もそうとは限らないのだ。
「……そう、ですね」
それなら、私がルシアンに言いたいのは、あなたが恋しいとか、愛して欲しいとかでは、ない。
役にはたたないだろうし、むしろ足手まといにしかならない事も分かってる。
でも、側にいたい。
「追加でお送りする事は可能です。何かお書きになられますか?」
「今、書くので待って」
紙に
" ルシアンの側にいたい "
と書いて、封筒に入れた。
それをアビスに渡した。
「必ずお届けいたします」
「お願いします」
ルシアンに、会いたい。
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